冒険と意思と心 その1
これは少し経ったある日の出来事のお話。
「冒険と意思と心」、始まります。
「んじゃあ行ってくるぜ、エトル。それまで元気にしてろよ」
「はい! ウィーゼさん、それに皆さんも気を付けてくださいね!」
ギルド内。ウィーゼやイシャナ等、このギルドの精鋭たち十数名がギルドを出ていく。それをエトルは見送った。
エトルは行くことは出来ない。何故なら彼らの目的はガルーダだ。ガルーダ討伐にはエトルのようなランクの低い冒険者は向かうことができない。
更に、今回ガルーダは複数確認されていた。そのためギルド内の、この討伐依頼を受けられるランクの高い冒険者たちのほとんどがこうして依頼を受けることになった。
あるものは大義のため、あるものは力試しのため、あるものはガルーダの落とす素材のため。
目的がバラバラではあるが、そんな彼らは、ここから離れた地へと向かうのだった。
見送ったエトルは、少し寂しそうに息をついた。
「……自分も行きたかったかしら?」
後ろにいた、同じように見送っていたカティエが話しかけてくる。エトルはギルドの出入り口に身体と顔を向けたまま頷いた。
「そうですね……正直、行ってみたかったという気持ちはあります。けど、今はその時ではないんですよね」
「その通り。意外とこういうのって数か月にたまにあるから大丈夫よ。……それに、仮にもし受けられるようなランクだったとしても、行けないからね」
カティエは心底残念そうに、そして何処か認められないような顔つきでそう言った。
言われたエトルは、見送る2日ほど前の出来事を思い返していた。
「……本当にごめん!!」
ギルドの2階にある個室。そこにはエトルとカティエがいたのだが、先に入って待っていたエトルが最初に聞いたのはカティエの謝罪だった。
「ちょ、ちょっと待ってください? いきなり謝るだなんてどうして……」
「……そ、そうよね。順番は大事よね……」
そういってカティエは息を整える。
「その、ほら。昨日エトルから聞いたこともまとめて、上層部に話をつけていたのよ」
「僕から……もしかして森の件で?」
そう言ったエトルに、カティエは頷く。
「そう。ちゃんと嘘偽りなく、ね。もちろん処置の方も不問になるはず……だった」
だった、と言うことはつまり何かが原因で―――。
「そしたらその親が大抗議。『どんな形であれ、危害を加えたことは間違いないため処刑するべき』って主張をね」
「え……!? じゃ、じゃあ僕……」
驚き戸惑うエトルの顔を見て、慌てて首を横に振るカティエ。
「結論から言うと処刑はされないわ! ……ただ、冒険者としての肩書のはく奪とか、いろいろと、ね……」
「……そんな」
絶望的だった。まさかそんなことありえてしまうのだろうか。普段は温厚なエトルでさえ、今回の件はその人たちが原因であることは明白だ。
寧ろエトルは責められる立場ではない。被害者側だ。それだというのに関わらず、彼が全て責任を負わされる立場にされてしまった。
もう決まってしまったことだ。自分からはどうしようもない。エトルは諦めるかのように俯くのだったが……。
「……でも、そんなとき彼が助けてくれた」
「……彼?」
俯いた顔を上げて、エトルはカティエを見た。
「そうよ。いい年してるくせに子どもみたいな彼がね。『責任は自分が負うから、ここは俺の顔に免じてそいつのことは許してやってくれ』ってね」
「……アーディロさんが?」
本当にいいのだろうか。過ぎたことではあるが、エトルはそう思っていた。まだ冒険者としてなったばかりで、尚且つたった数時間ぐらいしか顔を合わせていない自分に。
「まぁ、流石にこの街にいる最高ランクに言われたら渋々従うしかなかったわね。だけど、一応3日ほどの外出禁止と依頼を請け負うことの禁止。それだけで良いってことにしてもらったわ」
「うーん……本当は喜ぶべきなんでしょうけど、アーディロさんは大丈夫なんですか?」
今この場にいないアーディロを心配するエトルだったが、なんてことないようにカティエは微笑んだ。
「あぁ、大丈夫よ。彼には特に何もなし。……と言うか、『俺が助けたって話は内緒にしとけよ』って言われたんだけど」
「あはは……」
あっさりバラされてしまった辺り、案外カティエは口が軽いのかもしれない。バラされたアーディロには申し訳ないが、エトルは苦笑してしまった。
「あぁそれと。一応明後日には顔出してくれた方が私としては助かるのだけれど……」
「それは……どうして?」
そんなに何か大事な用事でもあるのだろうか。訝し気な表情になるエトル。
「明日丸一日かけて、ガルーダ討伐の呼びかけを行うわ」
カティエの言葉に、エトルは息をのんだ。カティエは続ける。
「いろんな冒険者がいろんなところ調査してくれたおかげで出現する場所や時間が分かったの。出発は明後日の11時ほど。……せっかくだからエトルもお見送りしてくれると嬉しいのだけれど」
この話をするのは本当は申し訳ないのだけれど、というような苦虫を噛み潰したような表情でカテェエはエトルに訊く。
「えぇ! 是非とも!」
対して、エトルの表情は明るかった。元々行けないとは言われており、そこは正直残念には思っていた。
しかしそれらを討伐するために冒険者が動く。それの見送りぐらいはしてあげたいともエトルは思っていた。
「……ホントありがとうね、エトル。その元気さと優しさが貴方の長所なのかもね」
「え? いや……でもそれが騙されやすくもあるって……」
優しく言うカティエに対し、エトルは照れくさそうに頭を掻いたのだった。
時は戻り、見送ったエトルは、午前と午後に分けて訓練所で1人、訓練を行っていた。
以前ウィーゼに教えてもらった動きや、自分で使えそうな戦術書や剣術など、自分の身体に馴染ませるようにゆっくりと、確実に沁み込ませていく。
一通り終わった後、今日はここまでにしておいてエトルは使ったものを片付けた後、カティエに挨拶してからギルドを出る。もう夕方だ。陽が傾き、空がオレンジに染まる。
今頃、ギルドの先輩たちはどうしているだろうか。確か発見場所からこのフルーラまではかなりあったはずで、今は準備でもしているのだろうか。そんな風に思いながら街を歩き、宿屋へと戻ろうとする。
「……ん?」
噴水のある広場まで進むと、噴水の近くに何やら10人ほどの人だかりが出来ていた。
珍しいな、この時間に。一体何だろう。そう思ったエトルは人だかりの近くへと歩いていく。
「……何だろう」
その中心には、奇抜なローブを身にまとった老人がいた。そして同じような格好の人間が4人。ローブの片側には不思議な紋様が描かれており、エトルはそれを不気味に感じていた。
「―――故に! これは試練なのです! 我らが一丸となるための!」
話の途中からなので何を言っているのか分からない。しかし周りの人たちも理解しているような顔ではなかった。
とりあえず気になるので、エトルは近くにいた『ドワーフ』の女性に声をかける。
「すいません。この人たちって一体……?」
「分からないわ。何を言っているのかさっぱりだもの。魔物がどうとか、儀式がどうとか」
「……なるほど?」
儀式、ということはこの人たちは祈祷師か何かなのだろう。一体何の儀式をしているのかはさっぱりだが。
「その揺ぎ無き意思を持ち、我ら『ジャヌフ』教団の元へ!」
「……あぁ。宗教勧誘か」
となると、自分とは無縁そうだ。エトルはそんな風に思う。彼は宗教や教団については無関心だったからだ。
人だかりも、聞き飽きたと言わんばかりにどんどん離れていく。エトルもそれに従うかのように、宿屋へと足を進めた。
「あぁ! 嘆かわしい! どうしてこうも聞かないものばかり!!」
老人はわざとらしい声を上げて嘆いた。普通なら気にかけているエトルだったが、きっと話を聞いてもロクなことが起きるわけでもなさそうだ、と判断している。
「(それに、いつか騙される、とか言われてるからなぁ……)」
カティエに、そしてルミナに言われたことを復唱しながら、今日戦術書で読んだことを思い出しつつ、夕飯の期待を膨らませるのだった。




