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穏やかな陽の下 その5

「いやーすまん! どこ行きたいか忘れちまった!」

「アーディロさん……」


 わざとらしく頭を掻くアーディロに、流石のエトルも呆れていた。

 とはいえ、下手すれば何かいけないことに踏み込みかけたのかもしれない。それを察した彼は慌てて引きはがした……と考えるべきだろう。

 一瞬とはいえ聞いた「あいつの良心とも言えるあいつ」。


「(ルミナさんやアーディロさん、そしてイオさんの他に誰かいたのかな)」


 それはきっと、ルミナにとって大切な存在。

 ふと、脳裏によみがえるルミナの言葉。


『もしかしたら、ある日突然なくなっちゃうのかもしれない。けどね、そんな大切なものがあるから幸せなんだと思う。……ずっと、大切にしてあげて?』


「……そうか」


 確かにもう1人いたのだ。ルミナにとって大切な存在が。そして―――


「おぉーい! 2人ともー!」


 遠くからルミナが笑顔で手を振ってやってくる。エトルはその声で顔を上げる。


「いやーごめんごめん。逃げるのに夢中でエトくんの散歩について行ってるの忘れてた! ……って、どうしたの、エトくん? なんか顔暗いよ?」

「え? ……いや、なんでもないんです。さっきのお店、変だったなーなんて」


 笑ってごまかすエトル。ルミナはそれ以上は言及せず、「そっか」と同じように笑う。


「あそこ最後にいつだっけなぁ……3か月ぐらい前? よく気を紛らわせるために顔出してたんだけど、盗んだのは本当に久しぶりだったよ」

「それ外で言うことかよ。お前じゃなかったら、今頃憲兵呼ばれてるぞ」


 からかうようにそういうアーディロに対して、ルミナは舌を出しながらウィンクする。そしてエトルの方に顔を向けた。


「で、エトくん。次どこ行こうか? ……エトくん?」

「……とりあえず、行きたいところあるので、一緒に行きます?」

「もちろんだけど……エトくんなんか変だよ? 休まなくて大丈夫?」


 心配そうに声をかけるルミナに、エトルは首を横に振る。


「寧ろちょっと気分転換……ていうのはなんか変ですけど、そうしたいので」

「……? まぁ、いいけどさ」


 キョトンとしたルミナであったが、すぐに頷いて同意した。


「……じゃあ俺は別の所行くか」


 そう言って何処かへと歩いていくアーディロ。その様子を見てエトルは慌てて声をかける。


「え? いやアーディロさんも……」

「んー、なんつーんだろ。2人とも相性よさげに見えるって言うっつーの? あんま俺の入る枠じゃねーなって」

「そんなことないですよ! 寧ろアーディロさんの方が……」


 それ以上言おうとするエトルに対して、アーディロは首を横に振った。


「俺が言うんだから間違いないって。しばらくその辺歩いてっから!」


 まるでその場から逃げるかのようにアーディロは何処かへと歩いて行ってしまった。現在、ルミナと2人っきりだ。


「……2人とも、今日変だけど大丈夫?」

「う……」

「なーんてね。気にしてないよ。……で、どこ行くのエトくん?」

「あ……そうですね」


 言われてエトルは、自分が行きたいと思ったところへと歩いていく。ルミナもそれに黙ってついて行く。

 エトルが今、どうしても行きたい場所があった。そうすれば自分自身の気持ちを落ち着けることが出来るのだから。


「(あの時、その内見つけようって決めた答え……それをしっかりしたいんだ)」


 エトルは小さな決意を胸に歩いていく。

 そしてたどり着いた場所は―――


「着きました」

「……ここ?」

「えぇ。ここってなんだか落ち着くんですよね」


 ここは教会に続く石橋。街が見渡せる、空気と風が心地のいい場所だ。

 ここに来た理由。それはエトルが「ルミナに訊いてみたいこと」を見つけるためだった。

 たまたま聞いたとはいえ、ある程度答えが揃ってしまっている。後はルミナからそれを訊いてみることで、答えが揃う。


 でも。


「(……僕が訊きたいのは、そんな事じゃない)」


 答えをルミナから聞くためではない。


「……」

「落ち着く……か。うん。確かに私もこの街は好きだよ」


 そう言ってルミナはいつぞやの夜のように、石橋の柵に飛び乗って腰かける。そしてそこから街の風景に目を向ける。エトルも、柵に乗ったりはしなかったがそこから同じように街の風景を眺め始めた。

 今日は快晴。まだお昼時というには早い時間。青空と太陽が町を優しく、穏やかに覆っているように見える。


「けど1番好きなのはここだね。街だけじゃない、街の遠くの景色も見れてさ、いろんなものが奇麗に見えるところだね」


 ルミナはそう呟く。エトルはゆっくり頷いた。


「……そうですね。僕も好きです」

「冒険者になるためにこの街に来たのに?」


 ルミナの問いに、エトルは笑った。

 確かにその通りだ。冒険者になるためにここに来た。でもよほどの理由がない限りここに来ることはないだろう。

 きっかけは本当に偶然であった。その偶然が重なり合って、奇妙な運命とはまさにこのことと言わんばかりの出来事。

 最初は、なんだか手先が器用で物をよく取る、元気なシスターだとは思っていた。その1か月半後に冒険者だったことを聞き、今は手伝ってもらっていて。

 それらはきっと、ここに来なければ『なかった』出来事だ。たった2か月だというのに、非常に充実した内容が詰まっている。


「あの……ルミナさん」

「ん……?」


 エトルはルミナの方を向いた。

 ここに来たのは、自分の気持ちにしっかりと答えをつけること。

 それはつまり―――。


「……ルミナさんは、どうしてシスターに?」

「……え?」


 あまりにも、何とも言いにくい質問にルミナの表情がキョトンとしたまま止まった。


「あー……いや。そういえば冒険者やっていた時もシスターさんだったのかなって。なんだか気になってて……」

「……ぷっ。く……うふふふふ……あっははははははは!!」


 まるで予想だにもしてない質問に、ルミナはその場で爆笑した。

 質問したのは自分であったのにも関わらず、エトルは驚いていた。まさかルミナがこんなに笑うとは。爆笑したルミナを見るのは初めてだ。


「あははは……ねぇエトくん神妙な顔して聞きたいことってそんなことなの? もーぉ……初めてだよ、こんなに笑っちゃうの……あっははは!!」

「わ、笑いすぎですよルミナさ……あ。」


 流石に恥ずかしくなって止めようと思ったエトルだったが、ふと手に持っていた何かに気づいてそれを見る。その手には、奇麗な石がはめ込まれていたペンダントがあった。


「……あー! そういえばさっきのお店で買おうとしたらアーディロさんに連れられてそのまま出ちゃったんだ!!」

「えー!? エトくんもとうとう盗んだの!?」

「ち、違います! こ、これは誤解で……!」


 そう言い終わらないうちに、ルミナは柵から降りると、あまりにも器用な手さばきでエトルの手にあったペンダントを取った。相変わらずの手さばきだった。


「じゃあ私が返しに行くよ」

「え、でも……」

「いーのいーの。テキトーに『ごめーん、他に盗んでたものあったんだ』って言って返して逃げればいいし」

「だったら僕が……」

「だーからいいって! その代わり答えは置いていくから!」


 答え? エトルは首を傾げた。その様子を見てからルミナは教会とは逆側へと歩き出す。数歩進んだ後にエトルの方へ振り返ったルミナ。


「私がシスターさんになった理由はこの服だよ。修道服着てると落ち着くし、それに肩書のおかげで着てても違和感ないでしょ?」

「え……もしかしてそんな理由?」

「そりゃあ私、真面目にお勤めしないシスターさんだからね! じゃーね、エトくん! 散歩、気を付けてねー!」


 笑顔で指を鳴らして、そのまま歩き去ってしまったルミナ。この場所に残ったのはエトルだけだ。


「なんというか……なんでだろう。やっぱりルミナさんらしいというか……」


 そんな風に一言呟いてから、苦笑を浮かべるエトル。

 ふと、ペンダントを持っていた手を見つめる。そういえばルミナの手の感覚はしなかった。まるで物だけをそのまま奪ってしまったかのような、そんな感覚に。


「……けど、これでいいんだよ」


 そういってエトルはまた、街の風景へと目を戻す。

 ここに来たのは、エトルが『ルミナに一番聞いてみたいこと』を言うために来ただけだった。

 つまり、『ルミナが冒険者を辞めた理由』は『ルミナがシスターになった理由』より順位が下だった。それだけのこと。


「もしかしたら、その内聞けるかもしれないけど……聞かなくても大丈夫だから」






「よっ、ルミナ」

「……もーぉ。隠れてたなら合流してればよかったのに」

「はは、流石お前だな。尾行なんかすぐばれちまう」


 大通り。ルミナの元に合流したアーディロは笑いながらそういった。


「で? わざわざ尾行してたのには理由があるんだよね?」

「……誤魔化すの下手だからなぁ、俺。ストレートに言うわ」


 自分の頭を軽くたたいた後、アーディロはこういった。


「冒険者やめてからずっと暗かったのに……随分元気になったな、ルミナ。あの新米冒険者、エトルのおかげか?」


 どこか安堵しているような笑顔で言ったアーディロに、ルミナは少しだけ驚いたような表情をした後に穏やかな表情に変わり、ゆっくりうなずいた。


「……そうだね。エトくんと出会ってから何だか毎日が明るいなーって感じてる」


 そう言いながらルミナは手に持っているペンダントを見つめる。なんてことのない、ただの装飾品だ。

 けれど、そのペンダントは不思議と輝いて見える。この穏やかな陽の下のおかげだからかもしれないし、もしかしたら彼が持っていたからかもしれない。

 それほどまでに、彼女にとって彼は輝いて見えていた。


「……なんでだろうね。ウォフが彼を引き連れてきたのかなーって」


 そう言ったルミナに、アーディロは目を丸くした後に小さく笑う。


「……へへ。久しぶりに聞いたな、その狼の、相棒の名前」

「そうだっけ?」


 そう言ったルミナだったが、そういえばそうだったかなと言わんばかりに笑ったルミナ。

 アーディロもつられるように、もう一度笑い返したのだった。

これにて「穏やかな陽の下」のお話はおしまい。


感想、レビューなどありましたら、どうぞお手柔らかにお願いいたします。

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[良い点] 文章の流れと会話文のつなぎ方がとても綺麗で読みやすかったです [一言] 応援に来ました!
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