穏やかな陽の下 その4
エトル達3人はパン屋から出る。片手にはそれぞれ自分で買ったパンがあり、更にエトルのもう片方の手には紙袋を持っていた。
「随分買ったなぁ、エトル」
「あはは……なかなか決められなかったので、どうせなら色々買ってみようかなと思ったので……」
「いいじゃねぇかよ、その思い切りの良さ。それにイオの焼いたパンはどれも美味いし、ハズレはないぜ?」
自分のことのように誇らしげにそう言ったアーディロに、「それは良かった」と言わんばかりに笑顔で頷いたエトル。
次はどこ行こう。……いや待て。自分で決めていいのだろうか。そう思ったエトルは2人を見る。
「あの……お二人はどこか行きたいとかあります?」
訊かれた2人はお互いに顔を見合わせる。どちらもキョトンとしているようだった。
「ないけど」
「ないな」
そして同時に答えた。2人ともリクエストはないみたいだが、寧ろそれはそれで申し訳なくなる。
「いや……本当にいいんですか? 今日は無計画ですし、それなら2人が行きたいところに行けば……」
それ以降何か言おうとしたエトルに対して、ルミナは人差し指をエトルの口元に立てて静止させる。
「いーのいーの。私が決めたところで面白くないし、だったら人任せでついて行った方が楽しいもん」
笑顔を浮かべてそういうルミナに、アーディロは同意するように頷いた。
「そーだぜ。こういうのも楽しみの1つだ。冒険は無計画でこそ! だろ?」
ガッツポーズを作りながらアーディロは力強く答えた。
冒険は無計画でこそ。確かにそう言われるとそんな気がしてならない。ここは先輩の言うことを聞くべきだろう。そう思ったエトルは軽くうなずいた。
「分かりました。じゃあ今日はいろんなところ見て回りましょう」
そういってエトルは先導するかのように歩いていく。2人はエトルについて行く。
不思議な感じだ。出会って約2か月、もう1人に至ってはたったの数時間だというのに、その2人が自分の後ろについて歩いている。まるで自分が、昔からの旧友になった感じだ。しかも今日は依頼を受けずに散歩しているだけだというのに、なんだか依頼を受けて一緒に『冒険』しているような。そんな気持ちだ。
もしかしたら2人には不思議な魅力があるのかもしれない。言葉では言い表せない、表現も出来そうにない魅力が。
「……ん? あそこは何だろう」
そんな風に思いに耽っていたエトルだったが、気になって足を止めた。扉の隣、窓の向こうの棚には何やら奇抜な置物やアクセサリが存在していた。扉の上には看板があり、どうやらお店のようだ。
「……入ってみましょうか。……こんにちは」
気になったエトルは扉を開けて中に入った。中は薄暗く、誰もいないようだ。
棚にはやはりというか、アクセサリに置物、家に飾るような小物が多数ある。そのどれもが独創的だ。
例えば近くにあった壺。小さい子どもがスッポリ入りそうなそこそこの大きさの壺には何やら不思議な紋様が彫られていた。奇抜と言うほかないだろう。そして近くの棚には、何やら棒人間らしき小物が複数飾られている。ポーズはそれぞれ違うが、どれも自分の腕力を魅せるかのような形をしていた。
その他不思議な形の小物、変なアクセサリ等、商品と思わしきものが多数存在した。
エトルはそれらを見ているうちに、奥に作業台と炉を見つけた。どうやらここにあるものは全てここで作られているようだ。
「しっかし変なもんばっかだな。俺ここ初めて入ったんだが、エトルもだよな?」
「え? あぁ……そうですね。僕もここには初めてで」
アーディロとエトルはそんな会話を交わしていると、奥の扉が開いた。そこから種族が『ヒュム』の、がさつな髪と髭の中年の男が顔を出してこちらを見てきた。
「あ? 客?」
「え、あぁごめんなさい。いきなり入ってきちゃったりして……」
「気にしてないか安心しとけ。……なんか気に入ったんなら売ってやってもいい」
中年の男は怠そうにそう言った。言われたエトルは「どうしよう」と心の中で思った。どれも気になるものばかりではあるが、わざわざこれを買いたいとは思っていない。アーディロはどうだろうと思い、エトルはそちらを見てみるが、やはり彼も買いたいとは思っていないようだ。
ただこのまま帰るのも流石に無下というものだ、そう思って品物を見て回ると、ネックレスを見つけた。小さな奇麗な石がはめ込まれているだけの簡素なものではあったが、これなら邪魔にならないだろうと思い手に取る。
と、ふと何か違和感あると思ってエトルは辺りを見渡した。いない。
「……ルミナさん?」
「あん?」
中年の男はエトルの呼びかけに反応した。それと同時に店の入り口側の扉がゆっくり開いて、ルミナがひょっこりと顔出した。何故か中には入ってこない。
「呼んだー?」
ルミナは扉の先で手に持ったものをちらつかせる。その手には手のひらサイズの、銅で作ったかのような枯れ木のような小物があった。
もちろん聞くまでもないだろう。
「……てめぇルミナこらぁぁぁぁぁ!!!」
「もらっていくねー!」
「金置くかさっさと返せやぁぁぁぁ!!!」
中年の男は様子が一転。怒声を上げながらルミナを追うために扉から飛び出す。ルミナの楽しそうな笑い声と2人の走る音が聞こえ、少しずつ消えていく。
まるで嵐のような出来事に、思わずエトルとアーディロは顔を見合わせた。
「……ここもルミナに気に入られてんだな」
アーディロがポツリとつぶやく。不思議な言葉にエトルは首を傾げた。
「気に入られた?」
「ん? 気づいているの少しの人ぐらいだし知らなくても当然か。あいつ、気に入った奴とかぐらいからしか盗んであんなことしてないんだぜ。それ以外であいつが本気で盗んだ時はあんな風に見せたりしない」
「……そうなんですか」
となると、自分も気に入られているのだろうかと疑問に思う。無意識に剣の柄に手を触れる。よく盗まれては必ず返される。アーディロの言うことが本当であるなら自分も気に入られているということになるが、いったい何がルミナに気に入られているのだろう。エトルはそんな風に思う。
少しすると中年の男が息を切らしながら帰ってきた。手には銀貨が数枚。どうやら結局ルミナは買ったようだ。
「……おかえりなさい?」
心配そうに声をかけたエトルに、中年の男は片手をあげる。
「あぁ、おう……あの野郎、最近盗まねぇなと思った矢先にこのざまだ……」
「……でもいつもあんな風にお金置いて行ったり品物返されたりしてるんですか?」
「……まぁな。でも盗むんだったら普通にお金渡せよって思う」
中年の男は疲れたかのように、店の椅子に座って壁に寄りかかりため息を大きくついた。
この人は知らないだろう。このお店がルミナに気に入られていることに。先ほど立ち寄ったパン屋もきっとそう。もしかしたら素直に伝えるのが下手なのかもしれない人なのかもと。
「しかしあいつの良心とも言えるあいつ……ずっと前から見かけねぇけどどうしちまったんだ」
「……え? あいつ?」
エトルがその話を詳しくしようとした時だ。突然アーディロが大声をあげた。
「そうだ! 俺行きたいところあったんだ!! 行くぞエトル!!」
「え、ちょ、アーディロさん……!?」
アーディロに腕を掴まれそのまま店を出ていく2人。中年の男は驚いて凝視していたが、やがて何かを感づいたかのような顔になる。
「……申し訳ねぇこと言っちまったかもしれん」
自分しかいない店の中で、中年の男は開いたままの扉を閉めたのだった。




