穏やかな陽の下 その3
剣をルミナから取り戻したエトルはルミナと共に街の中を歩いていた。エトルはルミナに行きたいところを聞いてみたが、ルミナは「エトくんの自由でいいよ」と言われてしまい、どこに立ち寄ろうかと見渡しながら歩いている。
「……あー、そういえばルミナさん」
「どうしたの、エトくん」
「……アーディロさんって知ってます?」
妙に扱いが悪く感じていたエトルはルミナに訊いてみる。ルミナは頷いた。
「……もしかして嫌いなんですか?」
そのエトルの問いには首を横に振って答えた。嫌いではないらしい。
「じゃあどうしてあんなこと……」
「うーん……挨拶替わり?」
「いやいやいや!? 挨拶替わりにしては仕打ちが酷すぎません!?」
「大丈夫だよ。ディロはあの程度じゃ死なないし。仮にもゴールドなんだから」
ディロというのはアーディロの愛称なのだろう。そういうルミナの言葉に、エトルは立ち止まる。
「あれ、でも今はプラチナでしたよ?」
「そうなの?」
「……もしかしたら最後に会った時はゴールドだったけど、その後にプラチナに昇格したのかもしれませんね」
最後にいつ会ったのかは分からないが、ルミナのことだしきっとそうに違いない。身分とか気にしなそうな彼女にとって、アーディロはアーディロのままなのだろう。そう思うとつい笑みがこぼれてしまう。
「おーい、待ってくれー!」
そこにアーディロの声が聞こえてきた。エトルの視線がそちらに切り替わる。どうやら本当に大丈夫そうな感じだ。
アーディロは2人の方に合流すると、肩を落としてうなだれた。
「いやぁ、死ぬかと思った……。ルミナ、お前の魔法は結構痛いんだから加減してくれって」
「どうして?」
「打ちどころ悪けりゃ死ぬんだって! 俺じゃなかったら死ぬぞあれ!」
「じゃあ大丈夫だね」
いたずらな笑みを浮かべながらルミナはそう言った。信頼しているのかしてないのかはよく分からないが……多分、信頼はしているのだろう。今のルミナを見てると、どこか楽しんでいるようにエトルは見えた。
「で、お前ら今どこに向かってるんだ? よかったら俺もついて行かせてくれよ」
「いや……特にどこに行こうかは決まってません。とりあえず歩いて、何かあったらそっちに向かってみようかなって」
エトルの答えに、アーディロは軽く頷く。
「つまり、お前……そうだエトルだ。エトルの気まぐれってことか?」
「え……まぁ、そうですね。だから歩いているだけってこともあるかもしれませんけど」
「なるほど。そいつも面白そうだ。……んじゃあやっぱり俺も付いてくぜ。新人君がどこ向かうか、ちょっと楽しみなんだしさ」
アーディロは気持ちを和らげるような軽い笑い声をあげる。今まで対面していると緊張していたエトルだったが、その笑い顔には不思議と安心してしまい、自身も同じように笑うのだった。
さてどこに向かおう。この街、フルーラは大分歩いて地形は把握しているが、店の中に入ったことはあまりない。お金にもう少し余裕あったら入ろう、と思いながら結局時間だけが経ってしまっているのがほとんどだった。
「……ん?」
ふと何か匂いが漂う。何かを焼いてるかのような、微かないい匂いがする。辺りを見渡し、その匂いの発生場所を探す。するとあった。パン屋の看板だ。匂いの正体はきっとあそこだろう。
「ルミナさん、アーディロさん、あっち行ってみましょう」
「りょーかい。……ってあっちって」
エトルがパン屋を指さし、ルミナは賛成した。するとルミナは不思議な笑みを浮かべている。エトルはそれに気づかずにパン屋へと向かう。
「OPEN」と書かれたドアを開く。乾いたベルの音が響く。部屋の中は少し狭いが、木で作られた棚や温かい色で塗られた壁が不思議と心を落ち着かせる。
「いらっしゃいませ! って、ルミナと……ディロ!? 2人も来てたのね!」
部屋の奥から青髪の『ヒュム』が顔を出すと、ルミナとアーディロの姿を見て驚いた。どうやら3人は知り合い同士らしい。
「よっ、イオ。数日前に帰ったばかりで顔出すの忘れてたけどな」
「別に平気よ。アンタのことだから他に何か用事とかあってここに来てなくても気にしてないし」
図星を突いたかのような発言にそっと目を逸らしたアーディロ。イオは微笑みながらそう言った後、エトルを見た。
「初めまして。ここ、初めてよね。アタシはイオ=フレスタっていうの」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はエトルと言います。……イオさんは、ルミナさんとアーディロさんとはお知り合いですか?」
エトルの問いに対して、イオは笑顔で頷いた。
「アタシも元々冒険者だったんだけどね」
「え……そうだったんですか?」
「うん。まぁアタシの場合は店を構えたいって理由。もちろん続けたいなとは考えたけど、やっぱ夢は捨てられないからさ」
「夢……」
確かに冒険者になった理由に、お金を稼いで何かをするという人も少なくない。夢の過程のために冒険者に一時的になるというのもこの世界では普通だ。
自分はどうだろう。エトルは心の中で疑問に思う。夢と憧れは違うもののように感じているエトルにとって、夢というのはやはりおぼろげだ。憧れたから冒険者になったのは確かだが、冒険者になって日記を書き続けたい、というのは夢というのには何か違うような合っているような感じだ。
「イオ、よく言ってたよね。自分のお店構えて経営したいって。私はよく分かんないけど」
「そうよねぇ。ルミナ、アンタは『何となく』って言ってたもんね。ディロは……何だったんだっけ?」
エトルの様子に気づかずか、ルミナとイオは談笑している。イオはアーディロに話を振ってきたのでディロはその場で仁王立ちをするかのように腕を組んだ。
「もちろん、冒険する!」
その一言を聞いて、エトルは少し戸惑っていた。でも堂々とした態度に、本気でそう言っているとも思っている。
冒険をする。そんな単純な理由でなった人もいる。
もちろん、何となくでなった人だって……そこにいる。
本当にいろんな人がいるんだなって、改めて実感したエトルだった。
「で、エトルはどうなの?」
「え、僕ですか? 僕は憧れから、だったかな。いろんな本を読んでいたらいつの間にか冒険者になりたいって思うようになってて……」
「へー本読むんだ。じゃあ今度アタシに教えてよ! オススメの本とか聞いてみたいからさ!」
話に食いついてきたイオに、エトルも笑顔で頷いた。
「さ、話はここまで。せっかく来たんだから買ってってよ! ……ルミナは盗まないよーに」
イオは両手を叩いた後に3人にそう告げ、ルミナにはくぎを刺すかの如く付け足した。言われたルミナは口を尖らせる。
「ひどいじゃんイオー。私が盗んだって証拠はあるの?」
「じゃあその後ろ手にあるもの見せてくれない?」
まるでいたずらを見抜いたかのような、少し呆れている様子な口調でイオはルミナにそう言った。素直に指示に従ったルミナは手に持っていたジャムの瓶を見せた。店の物であるのは確かだ。
「はぁもう……昔っからその盗み癖だけは相変わらずよねぇ……」
ため息交じりの口調でそう言ったイオだったが、すぐに笑いだす。その笑みには何処か「やっぱりいつも通り」的な感情が混じっているように見えた。
その笑い声に混ざるかのようにルミナが、アーディロが続けて笑う。
同じ仲間の何気ない会話。それがエトルにとって少し羨ましく感じたのだった。




