穏やかな陽の下 その1
これは森の中でのひと騒動から暫くしてからのお話。
「穏やかな陽の下」、始まり始まり。
「……もう朝か」
眠い目をこすりながらエトルは起きる。
あの後は大変だった。エトルの体調の確認をしたりとかギルドに抗議が飛んできてウィーゼがキレたりして非常に大変で、無事宿屋に帰ってベッドに倒れた瞬間に眠ってしまっていた。
それから3日ほど体調を戻すことを命令されてエトルは宿屋にずっといた。昼食と夕食を食べた後はギルドに所属している医者に様子を確認してもらっていた。
というのも、洗脳魔法というのは相当ヤバいモノらしく、突然再発症してしまうケースも少なくない。幸いゴブリンがかけたものであるのであれば数日すれば完全に治るらしいのでそれまでは大人しくしていることにした。
そして今日、4日目の朝。エトルは着替えた後に朝食を食べ、ギルドに向かう。昨日届いたギルドの伝令で、「明日の朝、体調に問題なければ来るように」と伝えられていたからだ。
「……きっとあの件だよね」
ギルドへと続く道を歩きながら、エトルは呟く。あの後は記憶も戻ってきていて、どうして奥地へ入ったのかもしっかりと覚えている。伝令も、その件に関してだろう。当時は本当に覚えていなくて、その日はカティエが切り上げてくれたが、いつまでも言わないままもダメだ。
やがてギルドの前にたどり着く。数日程度しか来なかったはずなのに何処か緊張する。エトルは息を整えてからギルドの中へと入っていく。
「……っ!?」
入った途端、空気がピリッとするのが感じ取れた。まるで、達人がギルドにいるかのようだ。
エトルは平常心を保ちながら、何ら気にしてない素振りで周囲を見渡しつつ、受付へと向かう。その中で気になる人物を見つけた。ギルドにある長椅子に、誰かが横になって寝ていた。髪は茶髪でボサボサしており、種族はヒュムで男性のようだ。
「エトル……? 貴方、もう大丈夫なの?」
「カティエさん……はい。もう大丈夫だと思います」
受付に近付くと、遠くから書類を整理してたであろうカティエが顔を出す。カティエは、エトルの顔を見た後に安堵の表情で息をついた。
「……その顔なら本当に心配なさそうね。でもあと3日ほどは安静にしてるのよ?」
「分かりました。……ありがとうございます」
カティエの言葉にエトルは頭を下げた。
「……カティエ、こいつがあの件の?」
「っ!!?」
突然の言葉に、エトルは思わず肩を上がらせた。話し方自体はなんてことない、というか寧ろ眠そうな声だったのだが、まるで悪さをして話しかけられたかのような驚きがやってきていた。
後ろを見れば、先ほどまで寝ていたであろうヒュムの男性がいた。エトルよりも身長が高く、顔つきも30代ぐらいのように見える。
「そうだけど……驚かせちゃってるじゃない、アーディロ」
「アーディロ……って、え!!?」
エトルはその人物の名前を知っている。顔は初めて見るが、名前は聞き覚えがあった。
ギルドのランクは6つある。その内最上位のアダマントにはこの世界全体でもほんの数名だけであり、フルーラのギルドにはいない。その1段下のプラチナはこのギルドにはたった数名しかいない。
その内の1人。その中にアーディロという名前が記されているのエトルは覚えていた。
そしてエトルの目の前にいるのが―――。
「あ、ああ、あの、お、お初にお目にかかります。え、えっと、僕は……」
「なんだよそんなに緊張しちまって。別にそんな怖がることじゃないだろ?」
アーディロは大笑いしながらエトルにそう言った。しかしエトルは緊張しっぱなしだ。何せゴールドからプラチナに上がるのは容易ではない。ウィーゼだって未だにゴールドのままだ。基準は公表されてなく、詳細は謎。
その謎の領域を突破した人物が、今目の前にいる。エトルにとって冒険者は憧れの存在だ。そしてある意味、憧れのその先にいるような立場にいる人物が彼だ。これもある意味奇跡としか言いようがない。
「……まぁ、流石にエトルの様子はちょっと大げさすぎるのは分かるけど、貴方の場合、ある意味で風格がすごいのよ。もうちょっと隠すことできない?」
「いや、これでも隠してるつもりなんだが」
対してカティエは、まるで知人と雑談でもしてるような様子だ。流石に自分が大げさすぎるのがいけないのだろうか、そう思うエトル。
ふと、疑問に思うことがあった。しかしこれを話しても大丈夫なのだろうか。怒られたりしないだろうか。頭が回らない。
「あー……エトル。貴方ももしかしたら疑問に思ってるかもしれないわよね。なんで彼がここにいるのか」
「あ、ああはい! そう思いました!」
「……とてつもなくくだらないけど、聞きたい?」
「……そう言われたら寧ろ聞きたくなります」
エトルの言葉にカティエは一度息をついてから理由を話した。
まず彼が来たのは4日前の、ギルドを閉じようとしたときの深夜だ。エトル達がその場で解散して少ししたらアーディロが顔を出してきたのだ。
長期遠征の依頼が終わったのでその報告をした後、「なんか変わったこととかないか?」と聞かれたのでエトルの話をカティエはしたのだ。ちょうどその日にあったトラブルの話もした。
するとアーディロは「そいつに会ってみたいから暫くギルドにいていいか?」と訊きに来たのでカティエは承認したのだが……。
「……馬鹿正直にギルドで待ち始めたのよ。ご飯食べに行くときとか、そういう時以外はずーっとギルドの中で待ってたの」
「……え? ま、まさか……」
「そう……そこを寝床にしてね……。ここ数日は他の人はなかなか立ち寄れない状況だったのよ……」
「……えぇー……?」
流石のエトルでもこの件は非常に引いていた。いくら何でもそれはないのではないのだろうか。ギルドで待つだけなら分かる。しかし寝るときは流石に宿屋に行くだろう。
それも待っていた? わざわざ自分が来るまで? 申し訳ない、という気持ちより先に、どうしてそんなことを、という気持ちが走っていた。
「いや……だってその方が手っ取り早いだろ? そうすりゃ行き違いにならんし」
「それ以前に宿屋行って見に行った方がいいって何度も言ったでしょ!? なんでわざわざここで待つのよ!!」
「だって休息してるんだろ!? そりゃ見に行きたかったけどよー……こうした方がなんか、いいだろ?」
「ど、こ、が、よ!!?」
エトルは2人の会話を、さりげなく下がって聞いていた。こんな声を荒げるカティエを見るのは初めてだ。と思いながら。同時にプラチナランクであるアーディロへの緊張も、同時に抜けていた。
「……てか、何で待ってたんだっけ?」
「聞きたいことあるって言ってたでしょ……」
「あ。あーそうだ。思い出した。昨日……じゃなくて4日前か。4日前、お前森に入ったんだってな?」
言われてエトルは、背筋をピンと伸ばした。先ほどまで抜けていた緊張もまたやってくる。
「……はい。ちょっと事情があったとはいえ、僕みたいなのが入ってはいけないっていう奥地に……」
「どうだった?」
「どうだった……て、え?」
感想を聞くかのような軽い口調でアーディロが訊ねてきたので、エトルはキョトンとした。怒っている様子でも、説教するかの様子でもない。本当に入っていったの感想を聞かれているようだった。
「どうだった……て言われても、正直、どうだったのか……あの時は色々あってそういう気分ではなかったので……」
「大変だったんだな。オレもだよ」
「え?」
ちょっと驚いたエトルだったが、彼も立派な冒険者だ。別に入ったところで不思議ではないのだが。そんな風に思っていたエトルだったが。
「……貴方の場合、勝手に入って大目玉喰らったんでしょうが。ボロボロになって戻ってきて……」
「あっはは! そうだったな!」
カティエの呆れた言葉に、昔話でもするかのような感覚でアーディロは大笑いした。
「(……何というか、変な人だな……)」
下手しても口には出せないが、印象としてはそんな風に感じた。良い意味で緊張感のない人のようにも見えるし、それでも纏っている風格はベテランそのものにも感じる。
「……で。話し戻すけど。エトル。貴方の口から森に入ってからその時までの詳細を詳しく知りたいの。もちろん疑ってるわけじゃないから心配しないで」
「あ。あぁ、はい。分かりました」
というわけで、エトルは4日前の詳細を話すことにした。




