プロローグ その3
「なんだか……どっと疲れちゃったな……」
陽も落ちて月が昇り、街灯が明るく照らす噴水広場にて、エトルは噴水の縁に腰かけていた。
あの後酒場を、いきなりだというのに店主は快く場所の一角を貸してあげ、ウィーゼはとにかく暇そうな人物だったり依頼帰りであろう同業者に声をかけてお祝い会が始まって。その後は色々と話を聞いてみたり逆に質問されたりと、とにかくさまざまな話をして。
そう長くない時間を過ごしたはずだったのだが、辺りはいつの間にかすっかり暗くなっており、昼間に比べれば人は少なくなっていた。そんな噴水広場でエトルは空を見上げていた。
「正直、あんなに祝われるなんて思わなかった……。やっとスタートラインに立てただけ、だっていうのに皆すごい喜んでいて……」
でも、と、言葉を一度途切れさせる。
「……少しだけ、嬉しいかな」
エトルの顔が、自然と笑みにこぼれる。こうして褒めてくれたこと、そしてやっと一歩近づけたことを自覚できたこと、今は彼にとってそれぐらいのことだが、喜ばしいことだった。
「ふふっ。ずいぶん嬉しそうだね、エトくん?」
突然声を掛けられる。エトルはびっくりして声の方向を見た。そこには、噴水の縁に後ろ手を組んで立っていたルミナがいた。街灯のおかげでお互いの顔はよく見えており、エトルから映ったルミナはいつものにへらっとした顔をしていた。
「聞いたよ? 単独討伐出来たからこれから本格的に冒険者として始められるって」
「……もしかしてカティエさんから?」
カティエさん、というのは先ほどの受付の女性の名前だ。エトルの言葉に頷くルミナ。ルミナはそのままぴょんと飛ぶと同時にストンと、エトルの真似でもするかのように噴水の縁に腰かける。
「正確にはちょっと違うかな。ギルドから話し声が聞こえててそれで知ったの。後で酒場の近くまで来てみれば外からも聞こえてきたわね、楽しそうな声が」
「……聞こえてたなら来てもいいんじゃなかったんでしょうか?」
「うーん……私は昔から人がいっぱいいるところが苦手でね」
困ってるような茶化しているような顔をしてルシアはそういった。エトルはどうして苦手なんだろうと少し考え、そして口にする。
「もしかして騒がしいの、苦手なんですか?」
「え? プッ……あははっ」
エトルの出した回答に、ルミナは面食らったような顔をした後にまた笑う。何か違ったのだろうかとエトルはきょとんとしている。ルミナは一度息をつくとエトルに顔を向ける。
「まさかそんな答えが出てくるなんて思わなかったな。ほとんどの人たちは答え一緒なのに」
「え? 違ったんですか?」
「そうだよ。みんなして『物を盗むのにバレやすいから』とかって」
「……あ、あー……」
どうもエトルには、そんな回答があったなんて。とは思っていなかったらしい。さすがにルミナはちょっと驚いた顔を見せたあと、柔らかい顔でエトルに顔を近づける。
「でもエトくんは違うね。まさか『騒がしいの苦手』、だなんて普通考えないでしょ」
「いや……好きな場所とかみんな同じ、というわけではないと思っただけで……」
「ふーん……」
そういってルミナは顔を離して夜空を見上げる。エトルはそんなルミナの顔を見た後、真似るかのように自身も夜空を見上げた。
少しの沈黙の後、ルミナが声を出した。
「半分正解、だね」
「……え?」
「半分は間違いかな。騒がしいのが苦手じゃなくって、人の多いところが苦手でね。それが狭いところとかだったら猶更」
「それは……どうして?」
エトルは心配そうな顔でルミナを見た。ルミナは夜空を見上げたまま、答える。
「ほら、なんか嫌じゃない? ただでさえ狭い部屋なのに、いろんな人がいるの。そこにいるとどうしても息苦しく感じちゃうというか……」
「……そう、だったんですね」
「そうは思ってない、って言いたげだね?」
「いや僕はそう思ってないですけど、ルミナさんは苦手なんですよね? だったらその、えっと……」
ルミナの言葉に慌てて首を振るエトル。何とかフォローしようと言葉を続けようとするが言葉が見つからずに慌てふためくが、ルミナは「大丈夫だよ」と声をかける。
「ホントエトくんは人が良すぎ。ホントに大丈夫? 悪い人に騙されてもしらないよ?」
「う……」
「否定しないあたりちゃんと自覚はしてるみたいだね。なら後はちゃんと見極めること、いいね?」
そういうとルミナは立ち上がる。その姿勢はどことなく、エトルと話せてよかったと言わんばかりに。
ルミナはエトルのほうに身体を向けると、しばらくの間彼を見つめていた。何も言わずにただじっと見ているだけのルミナにエトルはキョトンとする。
少しして、ルミナが言った。
「決ーめたっ」
「えっ?」
「エトくんの依頼に付き合ったげるよ」
「え……えっ!!?」
思わずエトルは立ち上がってかぶりを振る。
何せ目の前にいるシスターは引退した冒険者であり、彼にとっては大先輩にあたる存在だ。そんな彼女がいきなり「付き合う」なんて言い始めたのだ。こんな事、めったにないことだ。
「……だめ?」
首をかしげるルミナ。エトルは言葉を詰まらせた。
せっかくの誘いは断るのもアレだろうし、きっと何か考えあってのことなんだろうと頭では理解していた。しかし気がかりなのは「なぜ自分なのか」、だ。
引退したとはいえ、彼女もまた冒険者。それも、ウィーゼが知っている人物だからきっと実力十分の凄腕。だとしたら自分なんかではなく別の人に頼んでも、驚かれはするが拒否する人はいないだろう。にもかかわらず、だ。
ここで口ごもっていても仕方ない。エトルは率直に疑問をぶつけてみた。
「あの、どうして僕を? 他の人のほうがいいはずじゃ……」
「聞きたいんだ?」
怪しい笑みを浮かべながらルミナはエトルに顔を近づけた。思わず後ずさりしてしまうが、ルミナはさらに近づく。二人の顔が近い。
「それはナイショ。どうしても聞きたいならもっとランク上げないとね」
そういってルミナはくるっと周り、エトルから少し離れる。困った顔を浮かべたエトルだが、少しだけ悩んだ後に頷く。
恐らくルミナは、「断らないだろう」と思ってそんな風に言ってきたはずだ。だったら答えは簡単だった。まだ少し悩みはあるが、それでも。
「分かりました。僕はまだまだ未熟ですけど、よろしくお願いします」
「……ん。ありがとね」
答えを聞いて安心したのか、ルミナは笑顔を見せた。その後ルミナは後ろを向くとその場から立ち去っていく。何歩か歩いた後にエトルのほうに振り返った。
「いつでも教会に来てね。私、基本的にそこにいるから」
「はい!」
「それと……」
ルミナは懐から何かを取り出す。布の袋だ。エトルは何だろうと首をかしげたがすぐに見覚えのあるものだと気づき、腰回りを確認した。ない。
あれは、エトルの所持している、お金を入れるための袋だった。
「あ、あー! ルミナさぁん……!!」
「もーぉ。隙ありすぎだよ。ちゃんと盗まれないように気を付けないと、この先もっと大変だからね?」
ルミナは袋を地面に置くと、満足そうに立ち去っていく。エトルはその場で力なく笑った後、袋を回収する。お金は盗まれていないだろうかと、流石にそんな事するような人ではないと思いつつも念のため袋を開ける。すると袋の中に緑色に光る何かを見つけた。
「……奇麗だ」
エトルはそっとそれを取り出した。緑色の原石。これもルミナが入れたものだろうか。
もし間違えて入ってしまったのだったら返すべきだし、仮にお祝いだったらそのままもらってもいいかもしれない。でも今は。
「……そろそろ宿屋に戻らないと」
いつでも教会にいる。その言葉を思い出しながらエトルは緑色の原石を大切にしまうと、ルミナとは別の方向へ歩き出した。
空は綺羅星たちが輝き、月も淡く光っていた。
―――それはまるで、これから二人に起こる出来事を導くかのように。
プロローグ終了。
次回から第1話開始。なお今回のように基本的に分割して話を書くのであしからず。