森の中の探し物 その6
「(……あれ……)」
何故、こうしているかは分からない。
気が付けば、子どもを引きずって広い道を歩いていた。子どもは気を失っているのか、何も言わない。
歩いていくと、大きな門が見えた。そこから誰かがやってくる。
誰かが、何かを言ってくる。言っている意味は分からない。理解できなかった。
その後、誰かが、誰かを連れてやってきた。優しそうな顔が、こちらを見つけると何か驚いたような表情をして向かってくる。
警戒はしている。だけど、その誰かは、信頼してもいいかもしれないと思って近づいてくることを拒んだりしなかった。
その誰かに色々と話しかけられたが、何を言っているかは分からない。ただ言っている意味は何となく分かるような気がする。
しばらくすると、その誰かが子どもに何かをした。手から光のようなものが出ている。光が消えると、誰かは子どもを担いだ。
―――あなたも、くる?
そう言われた気がして、頷いた。
「(……誰だろう)」
場面は大きく変わる。部屋の中だ。子どもは何も言わずにベッドにいた。
人の言っている意味はよく分からないが、理解だけは出来る。子どもは動けない。
自分はというと、なにもするわけではなく、ただじっと待っていた。
「―――」
子どもが何かを言う。どういう言葉なのかは分からないけど、意味だけは何となく感じる。
身体を起き上がらせて動くと、子どもの近くに寄って乗せようとする。声での意思疎通が出来ないから、相手から動く必要があった。子どもはなかなか背に乗らないので何度も吠えてたら、ようやく乗ってくれた。
階段を下りて外へ向かう。扉が開く。空は暗かったが、星は輝いていた。
「……キレイだね」
不思議と、はっきりと聞こえてきた、子どもの声。
「(……ルミナ、さん……?)」
同じように見上げた星の下で、誓った。それは―――
ふと、目を開ける。誰かにおぶられているみたいだ。視界は暗いが、星の輝きで意外と明るく感じる。
「……ここは?」
「お……おぉ。起きたか、エトル」
「……ウィーゼさん?」
どうしてこの状況になっているのかまで、頭の整理がつかない。何だか非常におぼろげで、自分が自分ではないような、そんな感じになる。
近くにはルミナやイシャナ、他の人たちが一緒になって歩いていた。ギルドに所属している冒険者だろう。その冒険者の1人の背には、身分のよさそうな子どもがエトルの同じようにおぶられてて、気を失ってるかのように眠っていた。
「……あのすいません、これっていったい?」
「あ? 覚えてねーのかよ。……どっからは覚えてんだ?」
「えっと……」
そう言われてエトルはゆっくりと思い返していた。
……確か今日は朝から依頼をイシャナと共に受けていたはずだ。それも簡単な依頼。ルミナも誘おうとしたが、神父に「今日は村へ行くので」と言われて誘えなかったので2人で行くことにしたはずだ。
その後無事に依頼を達成して報告して……イシャナに誘われて、合流したウィーゼと共に森に行くことになって、採取していた。
その後はいきなり飛んできた緊急の依頼に3人で探すことになって、誰かを見つけて追いつこうとしていた。そこからは………。
「……だめだ、分からない。確か誰かを見つけたことまでは覚えているんですけど……」
「そりゃ多分あのガキだな」
ウィーゼはアゴで子どもの方を示した。そうだっけ、と、思い出そうとしたが、そこから先を思い出そうとすると、まるで頭に電気が走ったかのように頭痛がする。何かに頭をやられたみたいだ。
「ま、もしそっから覚えてないならそりゃ魔法のせいだな」
「魔法……?」
「あぁ。上位のゴブリンが使える洗脳魔法ってらしい。時間はかかるが、意図的に迷子にさせたり、最悪ヤツらの方まで誘導されるからな。完全に頭やられる前に逃げ切ったのはラッキーってやつだ」
ウィーゼは冗談めかすかのような語りでエトルに説明した。
……それなら確かにこの状況は納得だ。自分は森の中で子どもを探して、逃げてきた。その魔法とやらのせいで自分がおぶられてるなら、それも説明がつく。
「起きた? エトくん」
隣に誰かがやってくる。ルミナだ。エトルは頷いて答える。
「……あ、ウィーゼさん。大丈夫です。多分、自分で歩けるので」
「あ? 本当かよ」
「はい」
エトルにそう言われてウィーゼはエトルを下ろす。足は少しおぼつかないが、歩けないというわけではない。というか、この年になって誰かにおぶられてるのはなんか恥ずかしい。
少しだけ息を整えた後、エトルもみんなと同じように歩き始めた。
「……あの、ルミナさん」
隣を歩いているルミナにエトルは声をかけた。
「ん? ここにいるのが不思議?」
「え? ……あー、いや、そんな風に思ったことはないんですけど」
そういえばルミナが何故ここにいるのかは確かに不思議ではある。でも今重要なのはそこではない。
何か話したいことはある。でも何を言おうとしたのか、そもそも何を言いたかったかも分からない。ただ何か言いたいとは思ったのだが、その何かが不明だ。
話題が出ないエトル。そんな中ルミナが声をかける。
「ねぇエトくん」
「あ、えっと……ごめんなさい、何か訊きたいことあったはずなんですけど……」
「ううん、気にしてないよ。……それよりも、アレ、持ってたんだね」
「……アレ?」
アレとは一体何だろう。エトルには宛がない。
考えるエトルを見てか、ルミナはエトルのポーチにそっと手を伸ばし、何かを掴んでエトルの前に持っていく。
「あ。……あの時貰ったお守り」
エトルの目の前に、ルミナからもらったお守り―――正確にはルミナが入れたものだが、そのお守りの緑色の原石が映った。
お守り、と言われてルミナは小さく笑い出した。
「これホントにただの石だよ? 加工すればちょっとは価値があるかもだけど、それ以外は特に意味のない石」
「……でもルミナさん、これお守り代わりにって言ってませんでしたっけ?」
「私が? そうだっけ」
「……確かに言いましたよ」
覚えてないのか、と言わんばかりにエトルは苦笑しながらそう言った。ルミナは思い出そうと目を瞑ったが、すぐに首を横に振り、同じように笑う。
「……不思議かもしれないけどさ」
ふとルミナが呟く。緑色の原石を自分の前に持っていく。
「エトくんを探すときに、誰かに『こっちだ』って言われた気がしたの。だから君を見つけることが出来たんだ」
「ルミナさんも探しにきてくれたんですか……すいません、迷惑かけて……」
「ううん。大丈夫。こういうのは人が多い方がいいって言われてたし。……それにちょっとだけ懐かしい感じがしたんだ」
「懐かしい?」
エトルの言葉に、ルミナは無言でうなずいた。話している間に街の門までたどり着いていた。門をくぐり、一行は歩いていく。
「……ごめん、やっぱりただの幻聴だよ。気のせいだった。ごめんね」
「あ、いえ。……でも僕も不思議なのを見た気がします」
話している間に、おぼろげながらも思い出してくる。森を駆けていたこと、何かから必死に逃げていたこと、そして―――
「……狼みたいなのが、僕を導いてくれたこと」
「えっ……!?」
聞いたことのない驚きの声に、エトルは止まった。周りも声に反応するかのようにつられて止まる。
「あ……あぁごめん。そんな不思議なことあるんだなーって驚いただけ。気にしないで」
誤魔化すかのようにわざとらしく笑うルミナ。なら気にすることもないだろうと思って周りは歩くのを再開する。ウィーゼだけは2人の話を聞いていて何か思うところがあったのか、当てがあるかのような顔ではあったが「そーかよ」と一言だけ言った。
ただ1人、ルミナを見たままの人物がいた。エトルだ。
「……あの」
「え、あ、何? エトくん?」
「いや……ごめんなさい。やっぱり気のせいだった気がします」
もしかしたら幻覚だったのかもしれない。そうでなかったら、いや、きっとそうに違いない。そんな風に思考を変えたエトル。
……本当は気のせい、ではない。気を失っていた間に見た不思議な夢もそうだ。自分が狼になったかのような、そんな風な不思議な出来事。
それでもこの場で誤魔化したのは、そのルミナの驚いたリアクションだった。流石のエトルでも「何かあった」ということだけは察せる。きっと狼という言葉が、彼女の心に何かを刻みつけられていることを。
今のエトルは、それが良いのか悪いのかは判断できない。だとしたら今はまだそっとしておいた方がいいと、エトルはそう思ったのだ。
「……ううん、きっと気のせいじゃないよ」
そんなエトルに響いた、ルミナの言葉。ルミナは持っていた緑色の原石をエトルに渡そうとその手を伸ばす。
「エトくんの見たのは、きっと本物だよ。私は信じるよ。例え皆が嘘だって言っても、私だけは信じるよ」
「……ルミナさん」
嘘偽りのない言葉に、エトルはルミナを見つめる。
その顔は光のように輝いていて、何処か陰のようにも感じる。
……彼女が冒険者を辞めた理由はまだ聞いていない。その光と陰の先に答えはあるのだろうか。それを、自分は知ろうとしていいのだろうか。
「おーいお前らー! そんなとこで立ち止まってないで、無事な姿見せに行くぞー!」
ウィーゼが遠くから呼びかけてくる。「今いくー!」と返事をしたルミナは急いで向かおうと、数歩進んだ後にエトルに振り返り、何かを投げてきた。
エトルはそれを慌ててキャッチする。ルミナから受け取った、緑色の原石だ。
「……答えは、その内見つけよう」
エトルは独り言をつぶやいてからそのお守りを大事そうに自分のポーチにしまい、皆の所へと向かう。
風が吹く。その風は、何かを見守っているかのように軽やかに。
「森の中の探し物」のお話はこれにておしまい。
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