森の中の探し物 その5
「いいですかルミナ。まずこうして我々が赴いたのも……」
「あーもー!! 聞き飽きましたー!! 何度も聞きたくないですー!!」
陽がゆっくりと沈み、空が青く暗く染まりかけている。そんな空の下で馬車に乗ってるルミナは神父からお説教を喰らっていた。
別に悪いことしたわけではない。ただお勤めが面倒だったので、行った先の小さな村で子どもと遊んでいただけ。それにそんな面倒なことは全て神父がやればいい。そんな風に毎回思っていることをルミナは思うのだった。
「……はぁ。全く。ちょっとは見直したと思った矢先がこうとは……。貴女を育ててくれた方々が見たらどう思うことか……」
神父は呆れ混じりにそう言った。その言葉にすねたのかルミナはそっぽを向いた。
「……あれ?」
そっぽを向いた先、ルミナはある2人組を確認する。1人は知らない顔だが、もう1人は知っている顔だ。2人は街の方へと走っていて、何やら様子がおかしい。
おかしいと言えば。今朝その知っている顔を見ている。そしてそこにはもう1人いたはずだ。知らない顔ではなく、非常によく知っている顔。その顔の人物がここにいない。
変だな、と思ったルミナは馬車から飛び降りるとその人物の元へと駆け寄った。
「ねぇ……えっと、そうだ、イシャナだっけ?」
「っ……ルミナでしたか。ちょうどいいところに」
ルミナの目に映ったのは、焦った顔をしたイシャナだ。
イシャナは一瞬だけ迷ったような顔をした後、首を横に振る。何か言いにくそうだったが、今は緊急事態だ。そんな風に言いそうな動作だ。
「……エトルがそこの森の奥地に1人で入っていきました。恐らくですが、迷子を見つけて保護しようとしたのでしょう。そこの詳細は今は時間がないので……」
「そんなに危険なとこだっけ、奥地ってところ」
「……ルミナ、貴女は元冒険者では?」
「ごめん、覚えてない」
さも当然なように言ったルミナにイシャナは面食らったかのように顔をひきつらせた。
確かにルミナは覚えていない。だが、今の様子からはある程度は察せる。その奥地は、エトルのような日の浅い冒険者にとっては危険なこと。
「覚えてないけど、そこは危険だってことは分かった。……代わりに行ってほしいってことだね」
「え、えぇ。察してくれて助かります」
イシャナは若干困惑しながらも頷いた。
そこに神父が近づいてくる。馬車からいきなり飛び降りたルミナを見て不穏な様子を感じ取ったのだろう。馬車は少し離れたところで待機していた。
「でしたら私はその老人を保護しましょう。2人は森に行ってエトルさんを捜索すべきです」
「貴方は……ルミナの所属している教会の神父でしょうか? ……では、お願いします。念のためにギルドに寄って応援が来れるように申請してもらえるとありがたいです」
イシャナの言葉に、神父は頷き、老人の手を引いた。
急ごう。そう思ってイシャナは森の方角を振り返る。そしてその先には、もうルミナが森へと駆けだしてるのが見えた。彼女の後を追うかのようにイシャナも走る。
「……」
祈るなんてガラじゃない。祈ったところで何になる? そう思うルミナ。そんな彼女の頭の片隅ではエトルを心配していた。
「……無事でいて」
突然吹いてきた風に乗せるかのように、ルミナは無意識にそう呟いた。
場所は変わって奥地。エトルはクィスティの手を引いて歩いていた。未だに森は抜けられない。歩き疲れたのか、2人は無言だった。
突然、風が2人の背中から吹きすさぶ。なんてことのないただの風だったはずなのに、エトルは誰かに呼ばれたかのように足を止めた。
「……?」
周りを見渡すが、誰が呼んだのか分からない。
いや、それより。
「……あれは」
エトルの視線の先。森の開けた場所に小さな魔物達が何か儀式でもするかのように声を上げ、踊っているかのような動きをしている。中央には杖らしき棒を持った、周りより一回りも二回りも大きいゴブリンがいた。
そのゴブリンの手前の地面は、ポッカリと穴が開いている。かなり粗末な穴だが、深さはそれなりにある。
ゴブリン達は未だに儀式のような動きをしている。何かを待っているかのように。
いや、何を待つのかなんて少し考えれば分かることだ。今までの妨害を考えれば不思議ではない。
対象はつまり―――
「……っ!!」
全身の肌がゾワリと震えるのが自分でも分かる。ここはヤバイ。とにかく離れろ、逃げろ、と、自分の本能が伝えてくる。
言われるまでもない。エトルはクィスティを脇に抱える形で担ぐと全力疾走でその場から逃げる。何かが騒ぐ音が後ろから聞こえたが、気にしてる暇なんてない。
でもこのまま離れるように走ってもいいのだろうか? 更に迷子になるなんてことはないだろうか? 不安が押し寄せてくる。
「……それでも!!」
こんなところで死んでたまるか。その一心で、ムチを打つかの如く足を動かして逃げる。
「……兄ちゃん」
クィスティが声をかけてくる。今にも泣きだしそうな、か細い声で。
大丈夫、任せて、怖くない。何か言おうとするエトルだったが、全て言葉に出来ない。それらを口に出来るほど、今のエトルは強くない。
「……僕はさ、『日記』を書きたいんだ」
代わりに出てきた言葉。励ましにも慰めにもならない、何もない空間に小石を投げたような意味のない言葉。
「書き続けたいんだ。冒険者として……!」
それでも、今の彼にとっては意味のある言葉だ。
書くためには、今を精いっぱい生きること。辛いことや苦しいこと、言葉に表せないようなこと、それらを乗り越える必要がある。
きっと、この『試練』を乗り越えた時には長い文章が出来るだろう。1ページ、いや、数ページにも及ぶかのような話だってできる。
だから、諦めない。自分がここで足を止めたら、もう日記は書けない。それだけは―――ごめんだ。
――――ォォ
「……っ!?」
風が吹き抜ける。それと同時に、何らかの咆哮が聞こえてくる。
狼の遠吠え? でもこの森にいる間、狼らしき影すらも見ていない。
幻聴? それにしてははっきり聞こえた。まるで、導かれるかのように、それとも、誰かを呼んでいるかのように。
「……誰?」
そう呟くエトルの視線の先、まるで風が集まるかのように、『何か』がおぼろげに、道を示すかのように走っているのが見えた。
その『何か』に導かれるかのように、エトルは駆けだす。不思議と足は軽い。いや、身体全体が、何かに護られているかのように軽い。
まるで、狼に乗っているかのような―――
「―――エトくん!!!」
「ルミナさん……!?」
遠くから瞬き1つすれば、ルミナがこちらに走ってくるのが見えた。
ようやく知っている人物と出会えた。自分でも気づかなかった心細さと、それらを打ち消すかのような安堵が一気に押し寄せてくる。エトルはふらついて足がゆっくりと止まり、地面に膝をついて全身で大きく息をする。
「無事か、エトル!?」
「ウィーゼさん……も?」
更にウィーゼが別の方向からやってきた。
一体これは夢なのだろうか。エトルは近くの木に背中を預けつつ、抱えていた子どもを放し、前に立つルミナとウィーゼを見た。
「……ルミナ、オメーどうしてここにいるんだ?」
「それは後で話すよ。……今はあいつらぶっ飛ばして、帰るだけでいいよね?」
「ハッ。相変わらずシスターの格好してる奴の言葉とは思えねーな」
久々の共闘だ、と言わんばかりに軽口をたたき合う2人。その2人の先にはゴブリンが複数体。獲物を逃がして何処か怒り気味のように見える。
今の自分は戦っても足を引っ張るだけだろう。けどこの2人ならきっと問題ない。エトルはそう思いきる。
すると遠くから別の足音が聞こえる。単独だ。そちらに目を向けると、今度はイシャナの姿が見えた。
「やっと追いつきました……って、エトル? 大丈夫ですか?」
「イシャナさん……はい。僕は大丈夫です。それよりも……」
「……子どもも大丈夫です。よくここまで頑張りましたね」
エトルの頭を軽くなでるイシャナ。その手は温かく、思わず涙してしまいそうだったがぐっとこらえる。
「(……情けないな。今とっても危険で、何もできない自分が悔しいのに)」
ウィーゼ、イシャナ、そしてルミナ。自分にとってあこがれの冒険者達。
今まで本でしか読めなかった冒険者の物語が、目の前で広がる。それがとても嬉しく思う。しかしきっとそれを見ることはできないだろう。彼の意識は、今にも途切れそうだったからだ。
きっとこのことを口にしたら、ウィーゼには笑われ、イシャナには呆れられるだろう。ルミナは……よく分からない。どんなリアクションするのかは予測できない。
―――ォ
また狼の遠吠えらしき音が聞こえる。
その音に導かれるように、エトルは自分のポーチに手を伸ばす。そしてあるものを掴み、取り出す。
『いーのいーの。私が持っていてもどーせ使わないし。エトくんがお守り代わりに持っていた方がきっと良いだろうからね』
そう告げられて渡された、緑色の原石。ルミナにお守り代わりとして渡されたものだ。
何故これを取り出したのかは分からない。それでも、今見てるこの原石は何処か輝いて見えた。
その輝きを見た後、エトルはパタリと気を失ったのだった。




