森の中の探し物 その4
「くそ……どこ行ったんだエトルとあのガキは……」
「ごめんなさいウィーゼ……。決まりとはいえ、エトルをダンジョンに連れて行かなかったことは謝ります」
陽が沈みそうな空の下、ウィーゼとイシャナはクィスティのお付きの者と思われる老人を連れつつ、2人を探していた。
この老人は、イシャナがダンジョン内で迷っていたところを発見し、保護した人物だ。聞けばクィスティがダンジョンに入ってしまったと思い老人もダンジョンに入ったらしい。
念のためイシャナはダンジョン内を軽く捜索した。魔物が多いところは通らないはずと判断して入り口からそこまで離れていないところを探したが見つからず、外に出たところ今度はエトルがいなくなっていた。
もしかしたら見つけたのかもと思い、エトルを探す声をかけながら探していたところウィーゼと合流。かなり長い間探したがエトルと子どもは今まで見つかってない。信号弾を飛ばしてみたものの、エトルは来なかったのでこうして2人で探し回っているのだ。
「……まさか奥地まで行っちまったってわけじゃねーだろうな……」
「…………可能性はあります。あれを」
イシャナが指を指した方向をウィーゼは見た。見れば奥地へと示すポールと紐の柵の、紐の下1本が切れている。足跡も分かりにくかったが地面にあった。
「あいつが役目忘れて好き勝手入るような性格は持ってねーし、あのガキ見つけて入ったのかもしれん」
切れた紐の先端を手に取りながらウィーゼはそう思案する。
となればやれることは一つだ。イシャナはウィーゼに提案した。
「……でしたら、私は一度ギルドにこの者を連れて帰り、応援を連れて戻ります。ウィーゼはこのまま進んでエトルを探しに行ってください」
「その方がいいな……ギルドへの話は頼んだぜ、イシャナ」
イシャナの提案に乗ったウィーゼ。イシャナは頷くと、老人の手を引いて去って行く。老人は「坊ちゃまを頼みます」と一言残した後、イシャナについて行った。
全く、人騒がせなガキだ。そんな風に思いながら、ウィーゼは紐の下を潜り抜けて奥地へと単独で進むことにした。
「ねぇー……まだ歩くのー?」
「……おかしい。とっくに奥地抜けてもいいはずなのに」
陽が沈みかけ、森全体が暗く染まる。未だに耳鳴りは止まず、森の中はゴブリンたちの鳴き声か風の音が響いていた。
あの後、周りを警戒しながら進んでいたエトルだったが、マークしたはずの木は一切見つからず、それどころか奥地を抜けたような雰囲気もしない。いずれ歩いていればその内抜けるだろうと思っていたのだが、風景は一切変わっていない。
「ねぇ、お腹空いた。食べ物欲しい!!」
「……確かに、歩き続けて流石に疲れてきたな。分かった、休もうか。……ほら、これ」
近くの太い木の根に腰かけ、エトルは腰に下げてる小さな麻布の袋から木の実を取り出す。イシャナ達と共に採取した、少し硬いがその分甘味のある木の実だ。
「……なにこれ? もっとマシなのないの?」
「……じゃあこの中から気に入ったもの食べていいよ」
そういって腰の袋を外して子どもに渡す。その間エトルは気持ちを落ち着けるかのように深呼吸した後、何かヒントを思い出せないかと頭の中の記憶を思い出し始める。
耳鳴りはまだ止まない。自分でも気づかないぐらい体調不良なのだろうか。そう思いながらエトルは耳を叩く。
「(……あれ、そういえば……)」
何故森の奥が危険なのか、そういえば聞いたことあるような気がする。
そもそも、ゴブリンと言っても個体による個性はかなりバラバラだ。一般的なゴブリンこそ子どもの背丈ほどで小さく、こん棒を武器としている個体が多いが、たまに魔法を得意としてたり、人間の背丈以上のゴブリンだっている。
そんな様々な個体が集まって行動してたら、誰だって単独行動は危険と感じられるだろう。
では場所はどうだろうか。ゴブリンたちは意外と幅広く生息しているが、集団は特に深い草木で覆われた森でよく発見されている。この森だってそうだ。
それら2つの要素が組み合わさっている。足し算のように簡単だ。
ではそこに―――
「なにこれ?」
「え?」
クィスティが不機嫌そうにエトルに声をかけてくる。クィスティは袋を突き出してる。
「なんで葉っぱとか木の実とかばっかりなの!? もっと他にないの!?」
「……だって仕方ないじゃないか。元々この森で採取しに来てただけだったんだし……」
「採取? 兄ちゃん冒険者なんだから魔物と戦ったりしないの?」
そう言われて、エトルは首を横に振った。
「それは戦うことだってあるよ。でも今はそんなに強くない。だから今はいろんな人から学んでる最中なんだ」
「えーなにそれ?」
呆れられた。ちょっと申し訳ないようなことをしたかな、と思いながら、ふとエトルも自分が子どもの時の頃を振り返っていた。
自分も、本を読み始めた頃は魔物と戦う冒険者はカッコイイと思っていた。でもいろんな本を読んでいくうちに、冒険者と言ってもいろんな人がいるんだ。とも思うようになっていった。
「(この街だってそうだ。ウィーゼさんみたいな武力の強い人、イシャナさんのような調査を主にしている人、採取とか採掘、人助けとかする人だっている。……そして)」
エトルの脳裏に、ルミナの笑顔が浮かぶ。
昔どんな人で、何をしていたのかとかは知らない。冒険者になった理由すら、「なんとなく」と言い切った人だ。
それでも、彼にとっては大事な先輩だ。とても明るくて元気で、いろんな意味で冒険者らしい人だ。
「じゃあさぁ……なんで兄ちゃん、冒険者なんかになったの? そんなに弱いのに」
「結構ハッキリ言うね、君……」
子どものストレートすぎる言葉に、結構グサリと来たエトルはかなり落ち込んだ。しかし返す言葉なんてない。エトルは誤魔化すかのように笑うしかなかった。
「……冒険者になった理由か。……ちょっと分かりにくいけど、例えるなら『日記』を書きたいってことかな」
「日記?」
クィスティが、なんか変なのを聞いたかのような顔で聞き返してくる。どうやらちょっと興味はありそうな感じだ。エトルは子どもでも分かりやすいように言葉選びに少し悩んだ後、こう告げた。
「……そうだね。『今日1日何もなかった話』と『今日1日何かあった話』、どっちの方がいっぱいかけると思う?」
「そりゃ、『今日1日何かあった話』に決まってるよ? 僕を誰だと思ってるの?」
「つまり、そういうことだよ。僕は『今日1日何かあった話』を日記に書き続けたい。そしていつか振り返ることがあって、すごく充実したんだなって話もしたい」
「……ふーん」
例え話に思うところがあったのかなかったのか、クィスティの顔の変化は読み取れない。
それも仕方ない、とエトルは思った。実のところ、この例え話は自分でもよく分かっていない。冒険者になったのは憧れも、そういった体験もしてみたいというのも確かにあるが、同時に他の理由もありそうな気がする。でもその理由は、まるで雲を掴み取るかのようにうっすらとしていて、なかなか言葉が掴み取れない。
「……きっと、そのうち見つかる」
誰にも聞こえないように呟いてから、エトルは立ち上がる。話をしていたら、不思議と疲れも少しは取れたような気がする。
「『日記』を書くためには無事に家に帰らないとね。……帰ろうか。みんな心配してる」
エトルは立ち上がるとクィスティに手を伸ばす。クィスティは不思議そうな顔をしたが、そっと彼の手を握った。
「あれ……」
「どうしたの、兄ちゃん」
「……いや、ごめん。なんでもない」
エトルはその場で誤魔化すが、こうして子どもに手を握られてふと疑問に思ったことがある。
「(……そういえばルミナさんの手、どうなっているんだろ)」
もちろん形とかは見たことあるし、よく物を取られたりしている。
けど……そんなルミナの『手』はよく分からない。
優しいとか、強いとか、温かいとか、冷たいとか、この街に来てから2か月ほど過ぎようとしてはいるが、未だにルミナの手を感じ取ったことはない。
「(……帰ってたらお願いしてみようかな、手を見せてほしいって)」
そう思って子どもの手を引きながら歩こうと足を進める。
―――その時だ。
肌がザワリと震え上がる。耳鳴りも強く響き始める。
同時に、ゴブリンたちの声が遠くからはっきりと聞こえ始めた。まるで何かを呼んでいるかのような、声。
「……っ!」
思考が追いつかない。声から離れようとするが、視界がゆがみ始めて足がおぼつかない。
声は、やがて消えていく。エトルは大きく深呼吸して呼吸を整える。
「……早く、行かないと」
ふらつく頭を押さえながら、エトルは森を歩き始めたのだった。




