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森の中の探し物 その3

 奥地はかなり緑が深い。空も非常に見えにくい。下手に見失ったらクィスティを見失いそうだ。

 エトルはクィスティを追いかけながら、木に剣でバツ印を付けていく。こうすれば帰り道を迷うことなく連れて帰れる。

 というのも、最初はすぐに追いつけるだろうと思ったエトルだったがクィスティは意外と素早くてなかなか捕まらず、エトルの声も聞かずにどんどん進んでいってしまうものだったのでこうやってマーキングしている。


「ねぇ、待ってってば! それ以上は……!」

「何度も聞いたよー。それに兄ちゃん冒険者なんだからもう少し冒険したほうがいいよ」

「それは色々事情があって……!」


 果たしてこのやり取りは何度目だろうか。そんなことを思いながらエトルは追いかけ続ける。

 きっとルミナだったら途中で止まってくれただろう。いやそれ以前に平気でこんな奥地に入るような人じゃない……と思いたい。しかし今追ってるのはルミナではない違う人だ。彼女ほどではないが、結構すばしっこく、距離こそ縮まってはいるが、ほんの少しずつだけだ。


「……っ!」


 太い木の根をクィスティが飛び越えた。エトルはこれがチャンスと思い、クィスティが飛び越えた根に足を掛けて勢いよく蹴って飛ぶ。温厚なエトルでも流石にこれ以上追いかける理由がなく、多少乱暴でも止めようと一瞬でそう思ったのだ。

 エトルの考えは上手くいっていた。しかしクィスティは飛び掛かってくるエトルを間一髪で避けたのだ。捕まえ損ねたエトルは顔面から着地する。


「いったぁ……」


 顔についた土を払い、すぐに起き上がる。子どもは? 辺りを見渡すと、少し離れたところでこちらの様子を伺うかのような顔で見ていた。

 早く捕まえないと、そう思ったエトルだったが。


「……ん?」


 何か音が聞こえて、一瞬足を止めた。よく考えれば、ここは奥地。魔物が何処かに潜んでいてもおかしくない。となると今のは―――。


「……ちょっとヤバいかも」


 そう呟いてから一歩踏み込み……素早くもう一歩を地面を蹴り飛ばすような勢いで子どもに突っ込み、今度こそ肩を捕まえる。


「わっ!?」

「ほら、もう帰るよ。これ以上は魔物が集まるから危険だからね」


 肩を掴んだ手を素早くクィスティの手首に持ち帰る。案の定というか、クィスティはその場で抵抗し始めた。


「いーやーだ! リンゴ見つけるまで帰らないって約束したんだ!!」

「そんな約束はいつでも果たせるから……! あぁこら、暴れないでって!」

「訴えるぞー! 僕に乱暴したってギルドにー!!」


 なんていうとんでもないワガママな子どもなんだ。逆に怒りたくなるが、ここはぐっとこらなくては。エトルは唇と片目を噛みしめて掴んだ子どもを引っ張っていこうとして―――。


「……っ!?」


 殺気。どこから来てるかは分からない。エトルは咄嗟に庇うかのような形でクィスティごと地面に伏せる。


「お、おい何をするんだ!」

「静かに! ……こっちを狙ってるみたいだ」


 エトルは微かに身体を上げ、慎重に腕の盾を構えながら周囲を警戒する。殺気は周りから来ているようで、完全には感じ取れない。

 エトルは大きく深呼吸をして、感覚を研ぎ澄ます。本に書かれていたことを思い返すように目をゆっくりつぶる。


「(……大丈夫。敵意はこっちの様子を伺ってる。なら時間はまだある)」


 自分に言い聞かせるように心を落ち着ける。すると、不思議なことに先ほどよりも周囲の感覚が機敏になっていく。

 その感覚を頼りに、殺気の場所を探る。少しすると、ある程度とはいえ場所が読み取れた。……エトルから斜め右の方向。


「(……参ったな。あっちは確か来た道だったはずだ)」


 運が悪い。あわよくば来た道を引き返せばどうにか戻れたのだが、事はそう上手くいかないらしい。

 ……殺気がじりじりとこちらに来るのが感じる。このままここにいるのは危険だ。


「……立てる?」

「命令するな! だいたいいきなりこんなことして……」

「逃げるよ!!」


 クィスティと同時に立ち上がった直後、エトルは殺気から離れるように子どもの手首を掴んだまま走り始める。多少乱暴だが、今の状況ではやむを得ない。

 逃げると同時に、殺気が魔物の鳴き声へと変わる。その鳴き声は連鎖するかのように森へと響き渡る。


「……まさかゴブリンなのか?」


 トーンこそ異なるが、冒険者になるための最終試験の際に挑んだゴブリンの声に非常に似ていた。

 となればここはゴブリンの根城があるのか? エトルは駆けながら思考し、同時にゴブリンの生態を思い返す。暇さえあればよく冒険者の本を読んでいた彼であり、その中で情報も目に入っていく。


「(確か……そうだ、こういう場所では基本的に群れで行動してるんだっけ。となると……)」


 出来るだけ見つからないように隠れるべきだ。そう思ったエトルは咄嗟に身を隠せるところを探す。すると近くに集まった葉で出来た茂みを発見する。

 そこにエトルはクィスティを連れて茂みへと飛び込む。枝葉が身体に当たる。身体全体を上手く茂みに隠せるように身を縮こませる。


「兄ちゃんさっきから……んぐっ!?」

「静かに。いいというまで大人しくしてて」


 何か反論しそうなクィスティの口を押えるエトル。あまり苦しめるつもりはないので言葉を遮った後はすぐに手を放した。

 流石にこの状況を感じ取ったのか、子どもは何も言わずにエトルの言うことを聞き、今までのはうそだったかのように大人しくなる。

 茂みでよくは聞こえないが、ゴブリンの声が聞こえる。まるで何かを話してるかのようだ。

 しばらくその場でじっとしていると、ゴブリンの声は聞こえなくなり、辺りが静寂で静まる。エトルは気をつけつつ茂みの外から出て、安全を確認した後にクィスティを手招きで誘う。


「もういいよ。……あとは来た道を引き返せば大丈夫かな……」


 逃げるのに必死すぎて木にマーキングするのを忘れていた。ただこっちに逃げるまではひたすら直進していたはずなので戻れば恐らく大丈夫だろう。エトルはそう思考して子どもを連れて行こうと―――。


「……あれ?」


 子どもがいないことに気づいて、エトルは慌てて見渡した。いつの間にかクィスティは何かを見つけたかのように駆けだしている。


「あぁもう……何で目を離した隙に何処かへ行っちゃうかなぁ……」


 流石のエトルも怒るどころか呆れるしかなく、また追いかける。

 クィスティはすぐに立ち止まった。エトルはクィスティの隣に立つ。


「もう、ほら帰る……」

「兄ちゃん、あれ」


 クィスティの指さした先をエトルは見た。そこに、やや高いところで実っている複数の紫色のリンゴを見つけた。


「あれが目的のもの?」

「知らないの? 市場にも出ない珍しいリンゴ、『ジャクリンゴ』さ。この森にも成るって話を聞いたからわざわざこの僕が出向くことにしたのさ!」


 子どもは偉そうに胸を張りながら説明した。へぇそうなんだ、と言わんばかりに驚いた顔で頷くエトル。


「(……まぁ本当は知ってるし、実はたまたま村の森で実ったの見て食べたことあるんだけど……)」


 このジャクリンゴ、偶然という言葉が似合うぐらい実るのが不思議なのだ。別のリンゴのなる木から採取されたり、明らかに実をつけないであろう木に実ってることだってある。なのでこの子どもの言うことはある意味間違っているのだがエトルは特に訂正もしなかった。

 さらに言うとこのリンゴ、あまり美味しくない。ちゃんと熟成してなかったのを食べたせいなのかもしれないけど、と、エトルは昔を振り返る。

 ……本当にこの子の知識は大丈夫なのだろうか。変な大人に騙されただけではないのだろうか。エトルはそんな風に心配するのだった。……何故か口にすることはしなかったが。


「……とりあえずあれ取ったら一緒に帰ろうか。微かに見えてる空もオレンジ色に見えるし……」

「じゃあ兄ちゃん、取ってきて」

「……なんで僕?」

「命令を聞いたら、今までの無礼は許してやる!」


 どう聞いても脅迫だ。というか逃げるのに必死だったのに無礼だなんて。


「(……ここにいたのがウィーゼさんだったら殴りかかりそうだよね……)」


 ……流石に性格の荒いウィーゼでもそんなことはしない、と信じたい。そんな風に思いつつ、エトルは木をよじ登り、リンゴをいくつか手に取る。

 取り終わるとエトルはそこから飛び降り、1つをクィスティに手渡した。


「……まだそこにあるけど?」


 クィスティは残ってるジャクリンゴを指さす。エトルは無言で首を横に振る。


「下手に多くとっても仕方ないよ。4つあればきっと喜ぶと思う……」


 そう言いかけたエトルだったが、突然の耳鳴りに顔をしかめる。

 エトルは耳鳴りを消すかのように首を軽く横に振る。耳鳴りはあまり消えなかったが、今は気にしてもしょうがないだろうと思うことにした。


「ふーん……まぁ僕は寛容だからね。あ、寛容って言葉知ってる?」

「知ってるから……ほら、行こう。帰り道はこっち」


 エトルは子どもの手首を掴んで歩き始める。

 道はある程度は覚えてる。直進して逃げていたことも。だったら後は引き返すだけだ。エトルは周りを警戒しつつも引き返し始める。


 微かにゴブリンの声が聞こえた気がしたが、風の音と間違えたのかもしれない、なんて思いながら。

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