森の中の探し物 その2
勢いよく手紙を叩きつけたウィーゼは肩で息をしている。
様子は不安だが、まず手紙の確認が先だろう。そう思ったイシャナは叩きつけられた手紙を拾い、再度読む。エトルはウィーゼに気遣いながらイシャナの読む声に耳を傾けた。
「……上層院の上位階級のエルシュデル家の息子がアルテイル森林から約束の時間に戻ってこない。お付きの者も付いているが母に心配されている。森林にいる所属者は捜索に当たってほしい……大変じゃないですか」
一見普通の緊急の手紙だ。ギルドの調印もあるし、内容も心配する母からの緊急の依頼ということでおかしな点はない。エトルもイシャナもそう思っている。
「それがどうしてあんな声を荒げて手紙まで叩きつけて……冒険者としてあまり良いとは言えない行為ではないですか?」
イシャナは説教するが、ウィーゼは頭痛を抑えるかのように自分の頭を押さえてため息を吐く。
「……何度も同じ内容を見た、と言ってもか?」
「え?」
何度も同じ内容。それは一体……? イシャナと、近くにいるエトルも首をかしげる。
「あぁそうか、お前らまだこっち来てそんな経ってねーんだよな……2年ぐらい前からだぞ、同じ内容の依頼飛ばされてんだ。親曰くちゃんと言い聞かせてるらしいんだが一向に改善の余地もねー……寧ろ言い聞かせてねーし、肯定してるだろ、絶対」
後半は愚痴るかのような語りで理由を話したウィーゼ。……確かに何度も同じことをされたら嫌がらせと捉えかねないだろう。それも2年くらい前から。流石のエトルでも、同じ不注意の後始末をされるのは嫌だ。……とはいえ。
「でも、本当に取り返しのつかないことになったら危ないですよ。……しかもさっき上層階級って言ってましたし、その人の身内……子どもが怪我したりしたらギルドに責任を追及されますよ」
「だな……ったくよ……仕方ねーな」
エトルの説得に応じるかのように、ウィーゼは呆れ半分のまま自分のバッグに手を突っ込み、中から筒状の道具を取り出した。それを1本イシャナに投げ渡した。
「この森はそこそこ広いから、分散して探したほうがいいだろ。ただ一応、エトルはイシャナのフォローに回って行動しろ。……イシャナ、そいつの使い方は分かるな?」
「もちろん。筒の蓋を上にして開ければ中から煙と信号弾が射出されて、それで位置を知らせられるんでしたよね?」
森の中とはいえ、信号弾と煙、それから発射時の音で呼び出すのはないよりはマシだ。イシャナはもらった筒を自分の肩下げカバンの中にしまう。
「それからエトル。奥地には入るなよ? 一応等間隔でポールが立ってて、そこから先は奥地に踏み込むからなって印はある」
「分かりました。気を付けます」
ウィーゼの言った内容を自分の頭の中で復唱しつつ、エトルは頷いた。その後ウィーゼ、エトルとイシャナはそれぞれ別の方向から子どもを探し始める。
陽がゆっくりと傾いている。暗くなる前に探し出したい。しかしなかなか見つからない。ウィーゼの言った通り、森はそこそこ広いため、もしかしたら何処かで行き違いになってるのかもしれないし、もう帰ってるのかもしれない。そんな幸運にほんの少しだけ期待しつつも、エトルはイシャナからあまり離れないように気を付けながら辺りを探す。
「……あれ?」
ふと、エトルが足を止めた。足を止めた彼に気づいたイシャナも立ち止まる。
「どうしましたか? エトル」
「イシャナさん、アレって……」
エトルが指さした方向を見るイシャナ。そこには巨大な木と、その幹の内側から開けたかのような真っ暗な空洞が存在していた。
エトルはこの現象を知っている。イシャナも、そうした専門家であるならば絶対に知っているものだ。
「……ダンジョンの入り口? こんなところにあるなんて……」
「イシャナさんどうしますか? 一旦ウィーゼさん呼びます?」
「……そうですね」
イシャナは考え込む。エトルは彼女の考えを待とうと思い、その間は周囲を見渡しつつ、子どもを探す。やはり周囲にはいないようだ。
少しすると、イシャナが口を開いた。
「ここは私1人で行きます。エトルはここで待機。仮にもし危険な魔物と出くわしたりしたら逃げてください」
「……分かりました。確かに僕はまだダンジョンの中に入れないので……」
エトルはまだランクは灰色だ。ダンジョンに入るためには少なくとも銅色までは上げなくてはいけない。
更にイシャナはダンジョンの調査を主としている冒険者だ。ここは適任者に任せた方がいいだろう。そう思ったエトルは頷き、彼女の指示を受け入れた。
「では、行ってきます。ウィーゼと合流出来たら、ダンジョンに入って子どもがいないかの確認をしている、と伝えておいてください」
そう言うとイシャナはダンジョンの入口へと手を伸ばし、少しだけ深呼吸してから中に入る。イシャナの身体は暗い空洞の中に吸い込まれるように入っていき、残ったのは入り口の空間に浮かんだ波紋だけ。それも少しするとパッと消えていった。
「……中、どうなってるんだろう」
エトルはふと疑問に思うことを口にした。ダンジョンの入り口が存在している木自体はかなりの大きさだが、その周りを一周するのは1分もかからないだろう。しかし話によれば、ダンジョンの中は、まるで別次元に行ったかのような広さとも言われている。
ダンジョン自体は分からないことだらけだ。以前ルミナにも話した通り、何故出来るのか等は未だに解明されていない。
「ねぇそこの兄ちゃん」
「うわっ!?」
すると突然、後ろから子どもの声が聞こえてきた。驚きの声をあげたエトルは慌てて後ろを振り返る。ほどほどの装飾のある、どう見ても一般的な身分の子どもとは言いにくい小柄な子がいた。腰には護身用なのか、細身の剣がある。
「兄ちゃん、冒険者でしょ?」
「あ……あぁ、うん。えっと……君、もしかしてエルシュデルの子?」
エトルはそう質問すると、子どもは偉そうに胸を張る。
「そうとも。クィスティ=マザ=エルシュデルとは僕のことだ」
「……お母さん心配してるよ。早く帰って安心させないと……あっ」
連れて帰ろうとしたエトルだったが、よく考えるとイシャナはダンジョンの中に入っているし、ウィーゼもどこにいるのかが不明だ。ウィーゼに関しては大声で知らせれば届くかもしれないが、イシャナはこちらからでは様子を確認できない。声も届かないだろう。
困ったな、と思いながらため息をつくエトルだったが、ちょっと目を離した隙に子ども……クィスティはもういない。
どこだ? と慌てて探すエトル。クィスティはいつの間にか森の奥へと更に進んでいた。エトルは慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってって! どこ行こうとしてるのさ!」
慌てるエトルの様子を知らずに、クィスティはしゃべり始める。
「知ってる兄ちゃん? この森には珍しいリンゴが生ってるんだってさ。だからそれを探しにいく」
「そんなの冒険者に頼めば……ってそっちは!!」
エトルは思わず足を止めた。ポールが感覚を空けて刺さってるのが見え、その間には紐が結び付けられていた。ここから先は奥地だ。危険な魔物が潜むらしい。
そんなの知らずか、クィスティは紐の下を潜り抜けてしまう。
「別にそんなの大人のたわ言だよ。あ、たわ言って知ってる?」
「知ってるから早く戻ってくるんだ! そこから先は……!」
「それに兄ちゃんも冒険者なんでしょ? なら楽勝。平気だよ」
クィスティはそう言い切ってしまうと、まるでエトルをこちらから誘い込むように奥へと駆けだしてしまう。
どうして話を聞かない子なんだ。エトルは顔を抑える。これならウィーゼがイラつくのも頷けてしまう。
「……あぁもう!!」
エトルは覚悟したかのように縄を1本切った後、奥へと入っていく。絶対後で怒られる……そう思いながら。




