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雨の日の数時間 その4

 神父が戻ってくるまでの間、ルミナは内陣の長椅子に寝転がっていた。服は修道服のままだが、先ほど雨に濡れたので着替えている。

 ルミナは寝転がったまま、丸いプレートを見ていた。その顔は、何かを思い返すような表情で。

 しばらくして。内陣の奥から扉が開く音が聞こえてきた。十中八九神父だろう。そう思ったルミナは、説教を聞く前に身体を起き上がらせる。


「お待たせしましたね、ルミナ」


 そう言った神父に対し、「別に、待ってない」と言った感じで首を横に振るルミナ。そんな態度を見せたルミナに、何処か少しだけ、安心したかのように息をついた神父。


「ルミナ。そのプレートはもしかして……」

「そ。あのじいさんが持ってたやつ」


 そう言ってルミナは神父に対してプレートを投げ渡す。神父はそのプレートを、両手でキャッチした。


「多分、それを渡した人があのじいさんに祈り続けろって言ってたんじゃない?」


 さほど興味ないような声でルミナは神父に向かってそう告げる。不機嫌そうに顔を背けると、わざとらしくため息をついた。


「じいさん独り言で言ってたよ。自分の手で愛人を失ったって。だから罪を償うためにわざわざここまで来たんじゃない?」

「そうだったのですか?」

「まぁね。でも話しかけんなって空気も出してたからこっちから話は一度もしてない」


 わざとらしいため息をつくルミナ。何かを思い出すように天井に一瞬だけ目を向けた。


「……ホント、昔から変わんないのね。あの教団は」


 ポツリと、ルミナはつぶやいた。

 こうやって昔を思い返すのは何度目だろうか。ルミナはそんなことを思いながら目を瞑る。


「教団って言っても、やってることは単なる押し付け。いや、自己満足って言うの? 迷ってる人を更に迷わせるって手段が主だし」

「ルミナ……あまり非難するんじゃありません」


 ため息交じりの表情で神父はルミナにそういった。説教されて不機嫌な表情のルミナ。


「……とはいえ」


 神父は一言を告げて区切る。視線はルミナの方をしっかり見ている。彼女の表情を見てか、何かを読み取っているみたいに。


「貴女が言うのであれば間違いはないのでしょうね……。今後この街にもそういった人たちが来るかもしれないのであれば、ギルドや上層院に話をしておいた方がいいかもしれません」

「……あれ、信じるんだ」


 ちょっとだけ意外そうな顔でルミナは神父に顔を向けた。神父は少しだけ微笑む。


「貴女はそういう経験を見てきた。であるのであれば、私は信じますよ。仮にもここに所属している教員の一人。数少ないシスターの言うことは信用してこそ、です」

「そっか。……そういう人だったね」


 少しだけ嬉しそうな表情でルミナは笑った。神父も少しだけ、同じように笑い返すと、すぐに真剣な表情になる。


「ところでこの教団の名前や噂は少し聞いたことがあります。……ルミナは、内部まで知っているのですか?」


 質問を投げた神父に対して、ルミナは首を横に振った。


「ううん。全然。やり口が汚いってだけしか知らないし、盗みで中に入ったぐらいだよ」

「……全く」


 しれっとしたルミナの言葉に、神父は頭痛がしたかのように頭を抱えた。


「彼にその話聞かれたら驚かれますよ。盗みをしていたのかって」

「……彼って、エトくんのこと?」

「もちろんですよ。彼に会うの、いつも楽しみにしてるのは知ってます。……恒常的に盗みをしてた、なんて話、彼にしたことありましたか?」


 神父が訊ねると、ルミナは首を横に振る。


「ないね。言う必要もないから」


 そう言ってからルミナは軽く一息をつく。


「(……だって、そうしないと生きていけなかったんだし)」


 心の中でそう言うと、自分の両手を見つめる。汚れていないはずなのに、いつも以上に汚く見える。その両手を見て、自分が子供の頃を思い出していた。


 物心ついたときからだ。フルーラから更に遠く離れた、寂れた街で彼女は盗みを繰り返していた。物々交換したり外で採取や狩りをするという考えさえも当時はもっていなかった。

 そうしないと生きていけなかった。そういう生き方しか知らなかった。

 やっていることは単純だ。食べ物を盗んで、追われる前に逃げる。それの繰り返し。絵に描かれた絵画のように、何も変わらない日常だった。

 相手のことなんて考えたことなんてない。気遣う余裕もない。ただ弱いと野垂れ死になるだけ。それだけは避けていた。

 そんなある日のことだった。彼女に声をかけた人物がいた。男だった。男の要求は単純だった。コミュニティに入らないか? と。


「やることは単純だ。こちらの指示でいろんなところから盗んで、渡して貢献するだけでいい。食い物とかと交換してやってもかまわん」


 他に行く宛てなんてない彼女にとってはとんでもない幸運だった。

 もちろん引き受けた。それからは食べ物以外にも、武器や骨董品、とにかくあらゆる物を盗んでは渡す。それの繰り返しだった。

 当然、追われることだってあった。それでも難なく逃げ切った。盗んで。逃げて。盗んで。逃げて。ただそれの繰り返し。それこそが……彼女の日常だった。


「……ごめんなさい、嫌なところに踏み込んでしまいましたね」

「え?」


 いきなり謝罪した神父の言葉に、ルミナは現実へと引き戻される。彼女の視線が自身の両手から神父へと移る。


「いえ。何だか表情が優れなかったみたいでしたので……」

「……あぁ。大丈夫だよ。日々盗みをしていたのは事実だし。ちょっと思い返してただけ。……そんなにひどい表情してた? 私」


 からかうように笑顔を作るルミナ。神父は少しだけ困惑したような表情をする。どこか心配していそうで、不安そうな感じだ。


「えぇ……正直に言うと、そう見えました」

「あはは。正直だなぁ」


 口元を抑えながら笑うルミナ。本当になんともなさそうな顔だった。

 その顔を見て、これ以上気を遣ってもからかわれるだけだろうと思った神父は、教会の出入り口へと歩き出した。


「……どこ行くの?」

「上層部に話を。老人を預けてもらえるかの確認や、教団の話をしておきます」

「あのじいさんは?」

「……あの様子では丸一日は起きないでしょうね。一応、貴女に見てもらうようにお願いしたいのですが……」


 そう言ってから神父は扉に手をかけ、ルミナの方に振り返る。その顔は、もう答えが分かっているかのような、少しだけ諦めてるかのような表情だった。


「貴女のことです。『そんなのお断り』って言うんでしょうね」


 神父はそう言うと、扉を開けて外へと出て行った。外の雨音は小さかったが、相変わらず風は強かった。

 扉がゆっくりと閉まる。バタン、という音が、たった一人しかいない、小さな教会の内部に響き渡る。その音を聞いてから、ルミナは一人で笑い声を小さく上げる。


「分かってるじゃん。そんなのお断り、ですよーだ」


 そう言ってからルミナは長椅子の背もたれに背を預け、ゆっくりと息を吐きだす。

 ゆっくりと右手が、服の上から自分の足に触れた。


「……出会ったのは、あの日だったんだ」


 コミュニティに所属してから数えきれないほどの日数が経った。

 ある日のことだ。彼女は油断したのか、両足に深い傷を負ってしまう。何が原因でとか、どうして逃げ切れたのかは思い返せないぐらいの、激痛が足から身体全体へと行き渡っていた。


「(……逃げたのは山の奥だった……のかな。森だったような気もする)」


 思い出してしまったルミナは両膝を曲げ、自分で治癒するかのように膝を抱える。

 その表情は、何故か穏やかだった。


「(あれがきっと、幸運ってやつなんだと思う。……すごく痛かった。もう死んじゃうのかなって思うぐらいだった。でも……)」


 ルミナは天井に目を向け、片手をそっと伸ばす。人差し指をそっと天へと突きつける。


「……あれがあったから。相棒に出会えたんだよ。もう二度と出会えない、相棒に」

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