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プロローグ その2

「……で、散々遊ばれたと」

「えぇ……まぁ、そういうことになるんですかね……」


 苦笑交じりに、部屋にいたギルドの受付の茶髪の女性がエトルに対して言った。エトルは頭の後ろをかきながら返答した。

 今現在、エトルのいるのはギルドのロビー、受付所だ。ここでエトルとウィーゼは今回のクエストの報告を行う予定だった。しかしエトルは先ほどルミナに小剣を取られ、しばらく追っていた……いや、遊ばれていたという表現が正しいだろう。追っては離され、追っては離され……それらを繰り返し、ヘトヘトになっていたところ、まるで遊んでもらえて嬉しかった子供のような笑みを浮かべてようやく返された。

 そこまで長い時間走っていた、というわけではないはずだ。ただただエトルは疲れた表情を見せていた。そんなエトルを見ながら受付の女性は質問する。


「もしかしてエトル、ルミナによく盗まれちゃってるの?」

「そう……ですね。なんだか気を抜くとよく盗まれてしまって……」


 まぁちゃんと返してくれるんですけど。とエトルは付け加える。同時にエトルは出会った初日を思い出していた。


 確かに出会いは偶然だった。この町のことを詳しく知りたくて散歩がてら探索して、たまたま教会……正確には教会に続く石橋でルミナと出会った。

 しかしルミナは教会の中に誘おうとしてエトルに問う。アイテムの確認はちゃんとね。と。

 その言葉にエトルは不思議そうな表情を浮かべながら、ベルトポーチからアイテムを確認しようとして……ない。初日に餞別として渡された回復薬1つがなくなっていた。

 どこかで落としたのだろうか。エトルは慌てて来た道を戻ろうとしたがルミナに呼び止められる。ルミナは右手に持ってあるものを持ち上げてゆらゆらと揺らした。エトルには見覚えがあり、小さく声を上げた。それはエトルがもらった回復薬だからだ。

 その行動に、エトルは呆れるわけでも怒るわけでもなかった。ただただ驚いた顔でルミナを見ていた。その表情に満足したのか、ルミナは盗んだ回復薬をエトルに渡す。また盗んじゃおうかな、と言いたそうな顔と一緒に。


 この町に移り住んでから1か月が過ぎようとする。町には様々な種族や性格の人々がいて、多種多様。その中でも特に印象深いのは? と聞かれたらエトルは真っ先に思い浮かべるぐらい、ルミナの印象が自身の記憶に刷り込まれている。

 そして彼は思う。先ほどのウィーゼや受付の女性の反応を見る限りかなり顔が広い様子だ。この町に元から住んでいるのだろうか? 気になったエトルだがそれよりも前、受付の女性が懐かしむように呟く。


「というかルミナ……か。懐かしいなあの娘」

「懐かしい? もしかしてルミナさん……」

「そ。あの娘も冒険者の一人だったの」


 受付の女性は微笑みながらそう告げる。まさかあの人が? とエトルは驚いた表情を見せ、同時にあの手さばきや足の軽やかさからして、確かに元冒険者と言われても疑う余地はないだろうとも思った。

 受付の女性は続ける。


「でも数年前にやめちゃってね。今は町の端にある教会にいるって話は聞いていたけど、顔を見せることはあんまりなかったかな」

「……やめた理由とかは知ってるんですか?」


 エトルの疑問に、受付の女性は頷く。


「うん、知ってる。でも知ってるけど私からは言わないわ」

「……確かに、言いたくない理由とかありますもんね」


 それなら言及しない方がいいか。と、エトルは納得して頷いた。

 さて、というように受付の女性は手をパンと鳴らす。そして、棚から一枚の紙を取り出した。紙の下側には綺麗に書かれた二重丸が大きく書かれており、その丸と丸の間には不思議な文字がびっしりと書かれていた。この紙は特別な製法で出来ていて、丸のところに手を触れて暫くすると、紙の上部にその人の能力や身についているスキルが浮かびあがる魔法の用紙だ。一枚につき一つしか使えないため使い捨てではあるが、人には見えない自身の能力を自分や相手に見せるために重要になってくる。


「せっかくだしどこまで力をつけたのか確かめてみようよ。ゴブリン単独討伐のお祝いも兼ねてね」

「え……確かに自分でも確認することは大事ですけど、お祝い感覚でいいんですか?」


 ゴブリン1匹、単独で討伐出来ただけだ。先輩たちには未だに及ばない。そんな風に思いながらエトルは遠慮しがちな声でそう言った。しかしその後ろからウィーゼの腕によって肩を叩かれる。


「だーから、いーんだよ。今は遠慮してないで受け取っとけ。当たり前のことができて当然と言わずによ」

「う……」


 まだ何か言いたそうだったが、せっかくこうして祝ってくれることだ。それを受け取らないのは無下だろうとエトルは思い、紙の下部に右手の平を押し付ける。しばらくすると紙の上部にゆっくりと、火で焙られたかのような文字が浮かび上がってきた。完全に浮かびあがるのを確認してから、エトルは手を離した。紙の上部にはこの世界に伝わっている標準語が書かれている。


「……ふむふむ。ふーむふむ」

「どうですか……?」


 エトルは期待半分と不安半分で、紙を見ている受付の女性に訊ねてみる。文字こそ書かれてはいるが、正確な数値は彼には読み取れない。だからこうして受付の女性が読んでいるのだ。


「ん。しっかりと数値は上がってる。経験に関してもまぁまぁだから、しっかりやっていけば自ずと実力はついてくるはずよ」

「そうですかぁ……よかったぁ」


 受付の女性が優しく応え、その言葉に安堵してエトルはほっと胸をなでおろす。

 彼は不安だった。依頼達成してもなお、未だに実力がついてこなかったらどうしようかと。そんな姿を見かねてか、ウィーゼがまたエトルの肩を叩く。びっくりしてエトルの肩が跳ね上がった。


「ま。そうそう不安ばっかり抱えなさんなって! んじゃ、近くの酒場借りてお祝いと行こうじゃねーかよ!」

「え、だ、だからそれは大丈夫です……って、今から伝えたら他の人が迷惑被るんじゃ……!?」


 エトルが言い終わらないうちに、ウィーゼはご機嫌に彼の腕をひっつかみ、ギルドを出ていく。一人取り残された受付の女性は、相変わらずね、といった感じで笑うしかなかった。

 ふと、受付の女性の脳裏に過去の光景が浮かび上がる。いたずらに笑うシスター服の小さな女の子とその付き添いかもしれない、その女の子が跨がれるぐらい大きい灰色の狼の姿だ。

 いきなり浮かび上がった光景に、思わず彼女は笑みがこぼれる。もう数年前のことにもなるが、それでもこうして鮮明に浮かんできたことが不思議だったのだろうか。

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