雨の日の数時間 その2
ギルドには冒険者をサポートする設備や施設がいくつかある。地下にある訓練室もその一つだ。集中しやすいように部屋は多めにとってあり、部屋の広さもそんなに狭くはない。
その多数ある部屋の一つでエトルは訓練用の剣を振るっていた。
今日は依頼がなく、雨の日のために街の散策も控えていた。となるとやることは限られる。だとしたら少しでも強くなった方が今後のためになるだろう。そう考えたエトルはギルドへと足へ運び、戦術書を一冊と部屋を1つ借りて訓練することにした。
一通りの準備運動を終えた後、借りた戦術書のページをめくり、読み始める。
数分後、扉を叩く音が聞こえた。
「……どうしました?」
エトルは扉を開き、その奥を覗く。そこにはウィーゼが立っていた。
「あ、ウィーゼさん! どうしてここが?」
「あぁ。カティエから『エトルなら訓練室だ』って言われてな。どんな状況なのか見に来たってところだ」
そういいながらウィーゼは部屋の中に入ってくる。拒む理由がないのでそのまま入れるエトル。
「でどうだ? なんか悩み事でもあるのか?」
「あぁー……まぁ、今から少しでも強くなりたいって思ってて。親からは基礎は教わりましたけど、応用は冒険していくうちに覚えた方がいいって言われてて……」
「ははっ! オメーの親の言うことは間違ってねーな。やるなら実践の方がはえーしな!」
そういいながらウィーゼは立てかけられていた剣を一本取り、エトルの方に振り返る。
「ま。実践レベルに昇華するには訓練することに越したことはねーな。何か興味のある戦術があったら、俺も出来るやつなら教えてやるよ」
「あ……ありがとうございます! よろしくお願いしますね!」
エトルはウィーゼに深々と一礼する。それを見たウィーゼは「気にするな」と言わんばかりに大笑いし、ふと周囲を見渡した。
「……流石にあいつはいねーか」
「あいつ……って、ルミナさんですよね?」
「あぁ。流石に雨の日とかは大人しくしててたし、今頃どっかで不貞腐れてんじゃね?」
「あはは……」
冗談のように、しかし本気で言ってるようなウィーゼの口ぶり。不貞腐れてるルミナが一瞬で想像できてしまい、エトルは苦笑いをしたのであった。
「へっくしゅ」
同じ頃の街の教会にて。雨が降っている中で内部が微かに冷えてきたのか、ルミナはくしゃみを一つした。
老人は今も中にいる。何かに祈る様子もない。神父もまだ聖典を読んでいる。ルミナは「聖典なんか読んで何が面白いんだろ」と、毎回疑問に思うことを今日も思うのだった。
暇なルミナはその場から教会の外に耳を傾ける。何となく、雨と風が強くなっている気がする。その音を聞いて数日前に言われていたことを思い出す。
「ガルーダ……だっけ」
天井に顔と目を向けた姿勢のまま、ふと昔のことを思い返す。
言われた時は覚えてはいなかったが、そういえば一緒に討伐しに行ってたなと思い出していた。その時は雨は降っていなかったが、風が非常に強かったことは覚えていた。
「……あはは、懐かしいな」
小さく、呟く。
数人の中に混じり、彼女はいた。
風は強かった。それでもみんなして、その風すらも楽しもうとして。
その数人の中にはウィーゼもいた。
そして―――
「……どうしてあの時、似てるって思ったんだろ」
時間を早送りするかのように思い返す。あの日、エトルと共に初めて出た日。
容姿すらも違うというのに、彼はどことなく『あいつ』と似ていたこと。行動も性格も違うのに、大事な存在がそこにいるかのように。
「(だからって流石に違うよ。エトくんは人間だし、あいつが……)」
「ルミナ?」
「……ん? 何?」
呼ばれたような気がして、ルミナはそちらの方向に顔を向けた。聖典を片手に、こちらに近付いてくる神父が目に映った。
神父がルミナに近付くと、彼女の顔を覗き込む。
「いえ。何か悩み事でもあったのかと思ったので」
「あったとしても言うと思う? 普通」
「……貴女の性格では言わないでしょうね」
皮肉交じりにも聞こえる神父の言葉に、ルミナは愛想笑いで反応する。その顔に神父は少しだけ息をつく。
「……貴女がこの教会に属してからどれだけの年月が経ったのでしょうね。きっかけも何からも……とんでもない子でした」
昔のことを思い出すように神父は告げる。その言葉には、棘は混じっておらず、ただ懐かしさだけを感じるかのように。
「だけどここに置いてくれることは許してくれた。今の今まで疑問に思ってなかったけど、よく考えると不思議だよね。……それはなんで?」
まるで友達と話すかのような表情と、何かを見透かすかのような瞳の混じった顔でルミナは神父を見る。神父は少しだけ考え込むかのような顔になった後、告げる。
「でしたら、この教会にふさわしくあるように……」
「じゃあ聞かない」
そんなことを求められるなら聞かない方がいい。そう素早く判断したルミナはそこで切り上げる。神父は少しだけ、からかった後のような目線をルミナに向けた後に教壇の前へと戻る。
一杯食わされた、と言わんばかりにルミナは口を尖らせる。その後、わざとらしく息をついた後に再度天井を見る。
「……会いたいな」
ポツリと、一言。
ただ、何か思ったわけでもない。言ったところで何かが起きるわけでもない。
ただなんとなく。なんとなく思った。
この前の自分の、エトルに向けて言った「冒険者になった理由」を言うかのように。
少しだけ感傷に浸った後、背を伸ばす。
「まぁいいや。いつでも会えるからね」
楽しみだ、とでも言うように笑顔のままでそう言った。
しかし外はそんなことを知るか、と言わんばかりに風の音が強まる。暇なルミナは耳を澄ます。雨音もやや強まっているようだった。
その時だ。
「……来た」
謎の声が聞こえた。
否。聞き覚えのある声だ。最後に聞いたのはいつだろうか。考えるまでもない。そう―――
「ついに……来た……!」
老人だ。
老人は突然椅子から立ち上がると、何かに取り憑かれたかのように天を仰ぐ。
様子がおかしくなった老人を、神父は見逃さなかった。神父は急いで老人の状態を確認しようとする。
しかし老人は、逃げるかのように走り出し、教会の扉から外へと飛び出した。
「何をしてるんだ……!?」
神父は慌てて老人の後を追おうとしてルミナの横を通り過ぎようとした。
「私も行くよ」
横を通る直前、ルミナは飛び出すかのように立ち上がる。意外な行動だったのか、神父は足を止めてルミナを見る。ルミナは、予想通りの反応だ。とでも言うかのような流し目で神父を見る。
「……言いたいこともあるし、ね」
妖しげな笑みを浮かべるルミナ。2人は、飛び出していった老人を追って教会から出ていった。




