湖でのんびりと その5
ルミナに誘われ、エトルは彼女の後をついていく。
「……どこに向かってるんですか?」
「いいから黙ってついてくる」
それまでは内緒、と言わんばかりの楽しそうな声色でルミナは大通りから外れ、別の路地へと入っていく。
目的の場所までそこまで時間はかからなかった。狭い路地に小さな屋台がポツンと置かれている。屋台は古びていて、寂しさと年季を感じられた。微かに何かを焼いている匂いが鼻をくすぐる。
「目的の場所ってここですか?」
エトルが確認を取ると、ルミナは振り返って笑顔で頷いた。
「そ。ここの串焼き屋、昔たまたま見つけてから良く来るようになったんだ。……おばちゃーん。いるー?」
そう言ってルミナは屋台に近付く。屋台の向こうから『アミクス』と呼ばれる、頭頂部に獣の耳が生えた老婆が顔を出す。
「いつものを今日は2つ。彼にも食べさせたいからね」
「おやまぁ……珍しいね、ルミナちゃんが人を連れてくるなんて。数年ぶりじゃない?」
「ふふっ……どうだろ。忘れちゃったなぁ」
楽しそうに会話するルミナと、屋台のおばちゃん。どうやら2人は昔からの知り合いらしい。
エトルはその2人を見た後、近くにかけられていた看板を見る。黒板に白いチョークでメニューが書かれている、シンプルなものだった。その中で一つ、気になるものがあった。『ギョロ目ヘビの串焼き』だ。
そういえば確か……。と、エトルはこの名前を本で読んだことがあるのを思い出した。ただ、あまり食用には向かないと記載されていた覚えがある。しかし看板には、他のメニューと共にしれっと書かれている。つまり、食べられるのだろうか? 興味はあるが、ルミナが「いつもの」と言ったのでそちらを食べてみようと思ったのだった。どんなものかは分からないが。
「ちょいちょい。君、名前はなんて言うの?」
屋台のおばちゃんに声を掛けられ、エトルは視線をそちらに向けて自己紹介を始める。
「僕ですか? ……僕はエトルです。1か月半ぐらい前にここのギルドの冒険者になりました」
「冒険者かのぉ。この街、冒険者を目指したくて来る人たちが多くてねぇ」
「あぁ……親からも聞きました。フルーラは冒険者として志すなら行くべき街だって」
にこやかな笑みを浮かべながらエトルはゆっくりと思い出していた。村を出るときに見た、両親や村の人たちの顔。寂しくはない。自分で選んだ道だ。
「あぁご両親から。さぞかし信頼されている両親だったのねぇ……」
「……信頼されてる、か。確かに、冒険者になることは危険と隣合わせだって話は何度も聞きました。でも……それでもなりたいって思ったんです」
「それはどうしてだい?」
「それは……」
屋台のおばちゃんは食品を焼きながら問いかける。エトルの方からは良くは見えないが、焼く匂いが漂ってきた。
エトルは少しだけ、自分がなりたい理由を整理する。
「それは……世界を旅して、自分に出来ることをやりたいから……ですかね。冒険者なら人の役に立ちながら、自分のやりたいことが出来ると思って……」
「自分でやりたいこと、ねぇ」
「……それと、憧れてるから、じゃないですかね」
エトルは思い返すような顔で、空を見上げながらそういう。
子供のころから何度も見てきた、本に書かれた冒険者の数々。今は家にあって手元にはないが、それでも思い出せる。
出会いと別れ。明るい話や笑い話だけでなく、暗い話や危険な話。そしてそれらを乗り越えた時の感動の話。
自分も、自分の人生にそういった誇りを持てるような体験をしてみたい。そう思ったからこそ、こうして冒険者の道を歩み始めたのだろうと、自分で振り返りながらそう思っていた。
「……まぁまだ、一歩も進めてないと思います。ランクもまだ無名のままだし、まずはランクを持てるようにしないと」
「そうかそうかぁ。若いのに大したものだよ。のぉ、ルミナちゃん」
「あはは、それ私に言っちゃう? ……まぁ確かにエトくんの憧れる理由はすごく立派だと思うよ」
ルミナはいつものように笑みを浮かべて、頷きながら答えた。彼女はエトルの真似をするように空を見て、続けて言葉を紡ぐ。
「……うん。私と比較するまでもないよ。私なんてホントにくだらない理由だもん」
なんてことない、と言わんばかりに笑い声をあげるルミナ。その態度にエトルは少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「え……くだらない? カティエさんの言う通り、非常に早いスピードでゴールドまで漕ぎつけたのに?」
「そうだったかなぁ……。私はあんまり実感ないし、覚えてないし、ホントに凄いのかなって、聞いたときにはそう思っちゃったぐらいだし」
「……理由、聞いても大丈夫ですか?」
エトルは恐る恐る訊ねる。
もちろん引退した理由とかを聞くわけでもない。きっかけを聞くぐらいなら大丈夫だろうと思う気持ちが少し、あまり過去に踏み入るのはどうなのかなと思う気持ちが大半のまま。
そんな不安を知らずか、ルミナは冗談を言うかのような笑顔を浮かべる。
「なんとなく」
笑みのままのルミナから発せられた一言。
それだけだった。
「……え、なんとなく?」
「そ。なんとなく」
「……えぇ?」
まさかの答えが返ってきた。あまりの答えにエトルは開いた口が塞がらない。
なんとなく? なんとなくでゴールドまで行けちゃった?
「……ごめん、失望させたよね」
流石に申し訳なさそうに、バツが悪そうに笑みを作るルミナ。
微かな沈黙。物を焼く音だけが少しだけ広がる。
エトルは、ゆっくりと口を動かした。
「…………あぁ、いや…………なんか、ルミナさんらしいなって」
未だに困惑はしているような声色だが、エトルは率直な感想を述べた。
そのエトルの感想にルミナは、今までとは考えられないような驚いた表情でエトルを見た。
困惑はしていた。ただ、エトルの表情は不思議と、呆れているわけでも悲しんでるわけでもなく、ましてや怒ってはいない。ただ、まるでいつものエトルのような素の表情を、彼はしていた。
「逆にこっちが驚いちゃったんだけど……本当に? ホントにそう思ってるのエトくん?」
「え……あ、あぁ、はい。うまく言えないけど、本当に。失望とかも、自分では驚くぐらいに全くしてなくて。本当に、ルミナさんらしいなって」
「………そう、なんだ」
ルミナは驚いた表情のまま、エトルを見つめた。
まさかの予想外の回答だ。それ以上でも以下でもない。逆にどう返せばいいのか分からなくなるぐらい、ルミナはこの状況を予想できなかったのだった。
「だから、か……」
「何か言いました?」
「あ、ううん。ホントになんでもない」
ルミナは首を横に振ると、エトルの方に振り返る。そしてわざとらしく自分の頬を叩き、表情を緩める。
「ゴメンね、本当に。励ますつもりだったのに、逆にこっちが元気づけられちゃったというか……」
「あ……そうでしたか。ごめんなさい、心配かけちゃって。でももう大丈夫なので」
エトルは頭を掻いた。
彼にとっては寧ろ、さっきのルミナが冒険者になった理由を聞けて、なんだか心が軽くなった気分だったのだ。何故なのかは、自分でもよく分かっていない。
ただ、嬉しかったのかもしれない。ルミナのことが、少しだけ知れたのが。
知れたから、そういった悩みが何処かへと吹き飛んだ。それだけで十分だった。
「話は終わったかのぉ。ほれ。今日はワシのおごりでええよ」
「ホント? ありがとねおばちゃん」
ルミナは屋台のおばちゃんから商品を受け取り、エトルに1本渡す。かなり焼いたのか、串に刺さった細長い何かは黒く焼かれていてどういうものなのかは分からない。
「あぁ、すみません……おばあさんも、ありがとうございます。……ところでこれって?」
「ん? ギョロ目ヘビの串焼きだけど?」
「……え?」
まさかの答えが返ってきた。まさか『いつもの』がギョロ目ヘビの串焼きだったとは。
思わず、エトルは訊いてみた。
「……これ、食べられるんですよね?」
「あぁー……これあんまり美味しくないっていう人多いよね。でも私は昔から食べてたというか……このヘビ、至る所で捕まえられたから、食用代わりによく、ね」
「……へー」
流石のエトルでも困惑した。本に書かれていたことは全部正しいとは思っていない。ただ、一度も食べたことない食べ物であり、どうしても尻すぼみしてしまう。
ふとルミナを見てみると、ルミナは平然とした表情で食べ始めていた。
エトルはそれを見て、「食べられないものを出す屋台なんてない」と頭の中で復唱し、そして覚悟を決めて一口かじる。
本の通りの内容だった。まるでスポンジを乾かしたかのような、パサパサしたような触感と、焼きすぎとも取れる苦さが口の中を通して感じた。
「……」
「エトくんやっぱり微妙そうな顔してる」
ルミナはいたずらに成功したような笑顔になる。
元気そうで何より、と言わんばかりにおばちゃんが笑い声を小さく上げた。
「あ、そうそう。このギョロ目ヘビの目って、結構おいしいんだよ」
「……本当ですか?」
「流石にここで嘘はつかないよー。ほら、食べてみたら?」
ルミナに促されて、エトルは思いきって食べてみる。と同時にルミナは「あ」と一言声を上げる。
「確かにおいしいんだけど、大体ハズレなんだよね。だからギャンブルみたいに……」
「……それを、はやく、言って、ほしかった、です………!!!」
言葉で言い表せない顔で身もだえるエトル。どうやら、やっぱりハズレだったらしい。
そんなエトルを見て、今日一番の笑顔と笑い声をあげるルミナであった。
「湖でのんびりと」はこれでおしまいです。
面白かったら感想や評価等、お手柔らかにお願いします。




