湖でのんびりと その4
どれぐらいの時間が過ぎただろうか。太陽は傾いていた。
あの後エトルは釣り場をちょくちょくと変えつつ釣りをして、ルミナは何も言わずにエトルの様子を見ていた。
「調査は一通り終わりました」
そういいながらイシャナは2人に近付いてきた。イシャナが近くにあったボックスを覗けば、魚が3,4匹ほど中に入っていた。
「……随分釣れた感じでしょうか?」
イシャナが訊ねると、エトルは立ち上がってイシャナの方に向きつつ首を縦に振った。
「これぐらいの時間かけてこれぐらい釣れたなら大丈夫だと思います。……イシャナさん、そっちは問題ありませんでしたか?」
「もちろんです。……ただ少し気になったところがあって」
訝しむような表情でそう言ったイシャナは、エトルに羊皮紙を見せる。エトルはそれを受け取り、ルミナはその横から書かれたメモを見てみる。
「……精気の濃度がやけに低い?」
「えぇ。私はエルフ故にそういったことにも機敏なので。ですから調査の方に回ったのも半分はそちらが理由です。……ところで」
イシャナは話をいったん区切ると、続けてエトルに問いかける。
「エトルは、マナを詳しく知ってますか?」
「えっと……」
彼女に言われてエトルは、知識を思い出せるだけ思い出す。
「……確か、基本的には魔法の効力を発揮させるための力の源で、空気中に漂ってる……で、あってますよね?」
「その通りです。生きるために必要な、普通は見えない気体の一つと言ってもいいでしょう。ただ、付け加えるのであれば、具現化に近い形ですが」
そういってイシャナは2人のいない方向に手をかざし、フッと息をつくと共に指先から火の玉を飛ばす。火の玉は数m飛ぶとそのまま消え去った。
「今のは初歩中の初歩です。これぐらいであれば魔法の心得があるならだれでもできます。実践レベルに昇華させるにはマナをどれだけ取り込み、どれだけ集中できるかに限ります」
「それで、それをより強くしたり具現化させるには空間に描くように腕や道具を振ったりとか、詠唱したりとかが必要になる……でしたよね」
エトルがそう付け加えると、イシャナは肯定するように頷いた。
「他にも武術や付与など、とにかく多くのことに必要になります。これがマナです。……話は逸れましたが、そのマナ濃度が他周辺に比べるとやけに低く感じます」
イシャナがメモの一部分を指さしながらそう言った。ただ、エトルにはそのことがよく分からない。なので低いとか高いとか言われてもいまいちピンとこないのだ。しかし、マナが低いということは、ここ周辺での戦闘は魔法使いにとっては不利である点だけはなんとなく察せた。
幸いなことに町の周囲に詳しい人がいる。そう思ったエトルはルミナの方を見たが。
「私は普段どんな感じなのかは分かんないし、ただ単に覚えてないだけかもだけど」
ルミナがそう言うと、エトルは、カティエが「ルミナは興味ないことは覚えてない」的なこと言われていたことを思い出して「そうだった」と小さく口を開いた。
続けてルミナは片目を瞑りながら言う。
「ただそれ含めてギルドに提出しちゃえば分かるんじゃない? もし何らかの予兆だったらギルド側が対処してくれるだろうし」
ルミナの意見にイシャナは頷く。
「……でしたらすぐに向かいましょう。……エトルは釣りの方はもう大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。もし異変だったら、あまりのんびりしてられませんからね」
エトルは魚の入ったボックスを持ち、周辺に忘れ物はないかを確認する。
ふと、イシャナがエトルに声をかけてきた。
「エトル。武器は?」
「え?」
ボックスを片手で抱えながら腰に差してるはずの剣に触れようとする。ない。……まさか、と思ってルミナの方向を見ようとしたが、そこにはいない。
代わりに、逃げるように立ち去っていくルミナの姿が少し遠くに見えた。手にはエトルの持っていた剣が握られていた。
「ルミナさん!! 武器! 僕の武器返してくださーい!!!」
エトルはボックスを抱えたまま、ルミナを追いかける。残されたイシャナは唖然とした表情を見せた後、2人の後を追っていくのだった。
ギルドに戻った3人は依頼されていた魚をカティエに渡し、調査内容を報告していた。
「マナが周辺よりやけに少ない……か」
神妙な顔で渡されたメモを見ていたカティエはそう呟いた。何か宛てがあるようだ。
「……ルミナは覚えてる? ほらアレと……」
「何を?」
「……具体的に言わないと思い出さない子だったの忘れてたわ……」
キョトンとした表情をしたルミナと、顔を抑えてため息をついたカティエ。どうもこのやり取りは昔から相変わらずのようだ。
「暴風鳥よ。ガルーダ。まれにダンジョンから出て待ち構える……」
「あー……そんな鳥、見たような見なかったような……」
「行ったでしょ貴女……。嬉々として『どんなの持ってるの?』って顔してたの今でも思い出すわよ」
先ほどのように、呆れとも取れるし一周回って安心したかのようにも取れる顔でカティエはそう言う。未だに思い出してる最中のような顔をしているルミナは一度放っておき、エトルとイシャナを見る。
「2人は聞いたことある? ガルーダの話」
「あぁいや、流石に僕は名前ぐらいしか……イシャナさんは?」
「知ってますが……あまり詳しくは知りません……」
2人はそういうと、カティエは「この際だから教えておくわね」と前置きしてからガルーダについて話し始めた。
「ガルーダは元々ダンジョン内のボス的な立場にいてね。だから基本的にはダンジョンの中でしか見かけないものなんだけど……たまにダンジョンから出て山を根城にする個体もいるのよ。そういう個体の場合、周辺の土地のマナ濃度が少なくなったり、魔物が妙に少なくなったり狂暴化したりとかの予兆が出てくるの」
ここまで説明してから、「理解した?」とエトルとイシャナに確認する。2人は肯定するように頷いた。それを確認すると、続きを話し始める。
「それで予兆が見えたら備えるようにして、いつ出現するかとかも調べておくの。毎回同じ山にいるから、そこから近いうちのギルドが討伐を請け負っているからね。ただ……」
「……?」
言葉を区切ったカティエはエトルを見た。エトルは何故こちらを見たのか疑問に思う。
「もし出現したら、エトルにはまだ早いから街で待機してもらうことになるわ。最低でもシルバーかそれに見合う実力じゃないと危険すぎるからね」
「あ……はい」
そういわれて、エトルは申し訳なさそうな表情になる。
当たり前と言えば当たり前だ。実力もランクもほぼない自分が行ったところでやれることなんてない。寧ろ足を引っ張るのはどう見ても明らかだ。
だが同時に、何も出来ないのがとても悔しいのだ。冒険者として何も出来ず、他人任せになることが。仕方ないのは分かってる。だからこそ……と、エトルの内から、自分でもよく分からない感情が込み上げてきた。
悔しいのだろうか、悲しいのだろうか、それとも怒っているのだろうか。複雑に感情が混ざり合っていて、うまく言えない。
「……話終わった?」
ふと、横からルミナが声を上げる。カティエはちょっとだけ拍子を突かれたような顔でルミナを見る。
「えぇ……まぁ、今話せることはある程度」
「じゃあ私は帰るね。ここにいてもやれることないし」
そういってルミナはそそくさと帰ろうとする。彼女のマイペースぶりに、カティエはどこか困惑する笑みを浮かべた。エトルは何となく、その表情から「何も変わってない」と言ってるように見えた。
出入口前まで歩くと、エトル達の方へ振り返るルミナ。
「おーいエトくん」
ルミナは大きく手を振ってエトルを呼びかけた。呼ばれたエトルは顔をそちらの方へ向けた。
「……はい?」
「早く来なよ。お腹空いてるでしょ?」
「……え?」
突然の一言にエトルは困惑した。別にそこまでとは思っていない。積極的に動いていたわけではないので、お腹が減ったというのはあまり感じていない。
「……行ってあげたら?」
複雑な笑みを浮かべた顔でカティエがエトルにそう呼びかけた。
確かにここにいてもやれることはほとんどない。エトルは一礼した後に、先に出て行ったルミナの後を追うようにギルドを後にした。




