湖でのんびりと その2
「釣り……ですか?」
「そ。依頼も兼ねた休息、みたいなものだと思ってもらえればいいわ」
イシャナに呼ばれ、エトルとルミナはギルドに入った後、カティエから依頼の内容を聞いていた。
「もう一度説明しておくね。元々は学者さんからの依頼で、水質と周辺の調査をしてほしいって」
「そして釣りが確か……」
「そう。別の人からの個人的な依頼でね。……たまーにあるのよね。店売りじゃなくて、湖の新鮮な魚が食べたいって」
頭を抱えるような表情でカティエがそう告げる。そんな表情を見てエトルは「本当に大変そう」と思うしかなかった。
カティエは頭を振り払って表情を変えると、続けて話す。
「まぁせっかくだから依頼という名目でのんびりしていけばいいわ。そんなに急ぎの用事でもないし、最悪『魚たちは気まぐれなので』で誤魔化せばいいからね」
「……あ、は、はい」
それでいいのかなと思いながらエトルは返事をした。真面目な人だと思っていたが、こうした気回しと陽気な面が見られたことに少し驚いてもいた。
彼はふとルミナのほうを見ると、懐かしむかのような顔をしていた。昔からこういう人だったのだろうかと、なんとなく疑問に思ったのだった。
「で、ルミナはどうせエトルの近くをウロウロしてると思うから、『修道服の女性を見たら一緒に連れてきて』ってイシャナに頼んだの。……また手伝うんでしょ?」
呆れるような顔をしてカティエはルミナにそういった。ルミナは、考えが分かってるみたいで嬉しい、といった笑みで答える。
「そういうことだから……。ごめんねエトル。もしも嫌なら嫌って言って断っても大丈夫だから」
「いえ。大丈夫ですよ。依頼のことも問題ないですし、ルミナさんには前にも手伝ってもらったりしてたから寧ろありがたいぐらいですし……」
心配はご無用。という感じでエトルはやんわりとした表情でそう告げた。その表情に何処か安堵したかのようでカティエはゆっくりと息をついた。
と、会話が終わったのを見計らってか、エトルの近くにいたイシャナがふと手を挙げる。
「あの……一つ聞きたいことがあるのですが、ルミナも冒険者なのですか?」
「ん?」
言われてルミナはイシャナの方に振り向く。2人はまだ出会ったばかりであり、お互いのことをよく知らない。ルミナは少しだけ考えるような顔をしてから、イシャナの問いに答える。
「そうだね。元冒険者ってところ。……最終ランクっていくつだったっけ?」
そう言ってルミナはカティエに目を向けた。カティエは「やっぱり聞きに来た」とも「もう忘れちゃってるの?」とも読み取れるような顔をしてから告げた。
「ランクゴールドの1」
その言葉を聞いたとき、イシャナは表情を固めた。そしてエトルは、『ウィーゼさん達と知り合いだったのだからきっとゴールドぐらいだろう』と予想はしていた。そのためなのか、自分でも不思議なぐらいに驚きはしなかった。
「それも歴代の中でも10番目に食い込むぐらいの速さで」
カティエのその言葉を聞くまでは。
「えええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!??」
エトルの絶叫がギルド内に響き渡る。中にいた人々がエトルに目を向けるが、彼にとって今はそんなこと気にしてはいられない。
「え、いや……本当ですか!? そんな速さでゴールドに昇格したのに!?」
「落ち着きなさいエトル……」
「あ。えっと……ごめんなさい。……でも本当に……」
流石に、もったいない。エトルは心の中でそう言った。
きっと天職、と言ってもよかっただろう。誇るべき才能とも。
にも拘わらず……だ。もちろん彼女がどうして辞めたのかは知らないし、恐らく無理に聞いてはいけないことだろう。それでも改めて聞いてみると、そう感じてしまったのだった。
「……えーとごめん。とりあえずエトくんが驚くぐらいすごいことは分かった」
そんなエトルの考えも知らず、ルミナがキョトンとした顔で質問してきた。
「でもランクの制度ってどうなってたんだっけ?」
「……ホント、興味のないことはすぐに忘れるのね……」
ルミナの言葉に、カティエはまた呆れたような、寧ろ変わってなくて一周回って安心したような顔を浮かべる。
「この際だから、おさらい程度にエトルも聞いてちょうだい。貴方たち冒険者……ルミナは元がつくけど、冒険者はそれぞれランクがあるの」
そう言ってカティエは棚から一冊の本を取り出し、あるページを開いて指をさす。エトルとルミナは指さされたページを確認し始めた。
「これがランクの仕組み。最大で6段階。ストーン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、アダマントで階級が示されてるわ。ただ、それぞれの階級ごとに更に5段階あるの。だから細かく分けると30段階ね」
そう説明しながらカティエの指がページのイラストに触れる。そこには6つのバッヂのイラストが描かれており、灰色、銅色、銀色、金色、白金色、黒色の6つだ。バッヂの形は楕円型だが、その中心にはストーン以外には星の装飾があり、階級が1つ上がるごとに星が1つずつ多く描かれていた。
「もちろん、ランクを上げることは容易じゃないわ。依頼をしっかり達成することも大事だけど、それ以上に強さや速さ、正確さが評価されなくちゃいけない。そこでしっかり評価されてから1つずつ上がっていって、今いるランクから上のランクに上がるには昇級試験を受けて評価されなくちゃいけない。……簡単に説明するとこんな感じね」
理解した? とカティエは教師のようにエトルとルミナに確認する。エトルはしっかりと頷き、ルミナもつられるかのように頷くのだった。それを見たカティエは「理解してくれたようで何より」と言わんばかりの顔で頷き返すが、すぐにため息をついたのだった。
「でもランクを上げる基準はギルドそれぞれで……うちは比較的緩いところって言われてるのよね。だからルミナの昇格も一部疑う人もいたわけ。……こっちは割と厳正にしているはずなんだけどね……」
心外だ。とでも言うかのような表情で額に手を当て、後半は愚痴でも言うかのようにつぶやくのだった。
「まぁ、理解してくれたのならそれだけで十分。……でどうする? 依頼として、受けておくかしら?」
にこやかな表情に変え、依頼内容が書かれた紙を2枚、エトルに見せながら問いかける。エトルは「もちろん」というように頷いて2枚の用紙にサインする。
「あの……その依頼、私もついていくことは可能でしょうか?」
ここまで話さなかったイシャナが手を挙げて訊ねてきた。エトルは少し驚いて、サインしていた手を止める。
「イシャナさん……? いや、僕は別に大丈夫ですけど、イシャナさんは休まなくて大丈夫なんですか?」
「もちろん大丈夫です。馬車でゆっくり身体を休めましたので」
「それは休んだって言えるんでしょうか……」
少し心配そうな表情を浮かべるエトルだったが、イシャナの様子自体無理をしてるようにも見えない。となれば断るのも無下だろう。そう判断したエトルは一旦ルミナの方に身体を向けた。
「ルミナさん。イシャナさんも同行しますけど、大丈夫ですか?」
「ん。いーよいーよ。あくまで私はエトくんの手伝いだし、やること決めること、全部エトくんに任せちゃうからね」
そういいながらルミナは親指を立て、問題ないという意思を示した。それを確認すると、エトルは改めてイシャナに向き直る。
「分かりました。……ではイシャナさん。本日の依頼、よろしくお願いしますね」
「えぇ。こちらこそ。……お二人のこともよく知りたいので」
一礼したエトルに、イシャナはにこやかな笑顔で言葉を返した。




