湖でのんびりと その1
エトルがルミナと一緒に依頼を受けてはや数日。エトルは大通りを一人で歩いていた。
時刻はお昼に差し掛かろうとしている頃。昼食はどこで済まそうかとなんとなく考えていた。
ふと、後ろからあわただしい足音が聞こえてきた。何だろうと思い、エトルは足を止めてそちらの方へ振り返ろうとした。
「す、すいません! これ持っててください!!」
「え、あ、ちょっと!?」
振り返るより先に、どんな人物なのかも確認できないまま袋を押し付けられる。片手で抱えられる程度だが、そこそこの重さを感じる袋だ。
「……なんだったんだろう。急に」
エトルは走り去っていった人物が行った先を見つめてから袋を見る。麻で出来ているため中身は袋を開けないと見れない。ただ開けて中を確認する趣味はエトルにはなく、どうしたものかとその場で立ち尽くしていた。
そしてまた足音が聞こえてくる。さきほどの人物が走ってきた方向からだ。そちらを振り返ろうとして。
「テメーかぁ!! 人の物盗んだのは!!」
「え……え!? いや違います! あのこれは人から預かっただけで……!」
「それは俺様が持ってた袋だ!!」
「そうだったんですか!?」
赤く背の高い、筋肉質の『ムスラル』の種族の男がエトルに怒りの形相を見せて迫っていた。つまりこの袋は盗まれたもので、この男の人は自分が盗んだと勘違いしている。
どうにかして誤解を解かなくては。それを説明するよりも先に男がエトルの肩を掴んできた。
「盗んだ以上、憲兵に突き出さねーとな?」
「いや違うんです! これは僕が盗んだんじゃなくて……!」
「うるせー盗っ人がぁ! いいから来やがれ!!」
男が乱暴にエトルを引きずろうと腕を引く。いきなり引っ張られてエトルはふらつき、そのまま何処かへと引きずられかけたその時だ。
「そこ、何しているのですか?」
「え、その声は……!?」
冷静な声が遠くから聞こえてきた。エトルはこの声の人物に聞き覚えがあった。
エトルはそちらの方角を見てみる。弓矢を担いだ、金髪で白の法衣に身を包んだ長身で耳が長くとがっている、『エルフ』の種族がこちらにやってくるのが見えた。
「イシャナさん!」
「全く……何ですかこれは」
イシャナと呼ばれた女性は、未だにエトルが持っていた袋を奪うかのように取った。息をついた後、イシャナは続ける。
「第一、エトルがここまでやるとは思えません。エトルにはそこまでの余裕はないでしょうから」
「はい……そうなんです、実は……」
「言わなくていいです。エトル。……余裕がないからこうした行動に出てしまった、そうでしょう?」
「はい……え?」
何だか思った反応と違う。ポカンと口を開けているエトルをよそに、イシャナは袋を男へ返すと、そっとエトルの肩に手を置いた。
「まずは過ちを認めなさい。盗んだことと、それを行った理由を……」
「だから違うんですイシャナさん!! 僕が盗んだわけじゃないんですってば!!?」
「盗人はみんなそんなこと言うんですよ。そうやって罪を逃れようとします」
憐れむような顔でイシャナが告げる。どうやら彼女は、エトルが物を盗んだと勘違いしているようだ。
全くの誤解だ。とはいえどう告げれば彼女は納得してくれるのだろう。エトルは大慌てで思考を巡らせるが、うまく言葉が見つからない。しかしこのままでは話はそのまま決まってしまう。
「その必要はないよ」
また遠くから、とても聞き覚えのある声が聞こえたと同時にエトル達の足元に何かがドサリと音を立てて落ちてきた。何事かと思ってそちらを見てみれば、先ほどエトルに盗品を渡してきた男が鎖でぐるぐる巻きにされ、気を失っていた。
「もしかして……ルミナさん?」
「もぉー。エトくんこの前から言ってたのに騙されてるよ」
茶化すような口ぶりと共に、ルミナは履いているブーツのつま先で伸びている男をつつきながら、もう一人の男を見据えた。
「多分この二人は結託して、報酬金でも貰おうとしたんじゃない? たまにいるよねそういう輩」
「……」
「答えは?」
笑みを浮かべながら、ルミナはその場で男に問う。男は図星を突かれたように口を閉じると、エトル達から背を向けてこの場から逃走し始める。
が、それよりも早く、イシャナが背負っていた弓を装備し、素早く構えると逃走した男に向かって矢を放った。
高速で放たれた矢は見事に男の背中に命中。貫通こそしなかったが、男は衝撃を喰らったかのように吹き飛び、地面に転がった。恐らく、特殊な魔法を仕込んだ矢だったのだろう。
「……全く、人を騙すとは。許せませんね」
「あ、あはは……」
不機嫌そうにセリフを言うイシャナに、「誤解を解こうとしても聞かなかったんですけど」と言わんばかりにエトルは力なく笑っていた。
その後男二人は無事憲兵に捕まり、エトルはルミナとイシャナと共にギルドへ続く道を歩いていた。
「先ほどはすみませんでしたエトル」
「いえ、無事に誤解も解けましたし……ところでイシャナさん、こっちに帰ってきたということは調査は終わったんですか?」
エトルはそう問うと同時に、近くにいたルミナはキョトンとした顔になった。その顔を見て、エトルは「あぁ」と思う。
そういえば、ルミナとイシャナが顔合わせたことは彼は見たことがない。ならルミナが知らなくてもあまり不自然ではないだろう。そう思い、エトルはルミナに説明する。
「あ、えっと……ルミナさん。この方はイシャナさんって言いまして。迷宮の調査が主の冒険者なんです。ここに来たのが2か月ぐらい前でしたっけ?」
エトルはイシャナに聞くと、イシャナはやんわりとした顔で頷き、肯定する。
イシャナがそれに続けるかのようにルミナに顔を向ける。
「そうなのです。冒険者と言っても、様々な分野があります。私は迷宮の調査を主としていて、3週間ほどこちらを空けていたのです」
「あー、だからなんだ。あんまり見たことない顔だなって思ってたんだもん」
気にしてないような口調でルミナは相槌を打った。その言葉にイシャナは頭を下げる。
「こちらこそすみません。その恰好からして教会の修道士でしょうか? そちらに挨拶もせずに……」
「大丈夫、気にしてないよ。それに私、お勤めなんてしてないから来たところで何すればいい? ってなっちゃうし」
冗談を言うかのように、口元に手をあててクスクスと笑うルミナ。そんな風に笑うルミナにイシャナは困惑しつつも同じように笑い返す。
「ところでルミナ……でしたっけ。ルミナはこの街にいて長いのですか?」
「んー……長いと言えば結構長いかも。少なくても10年ぐらい、かな」
「随分と長くいるのですね……」
イシャナは感心するかのように唸る。二人の会話を聞いていたエトルも驚いていたが、同時に少し意外とも思っていた。
何せこの街で有名な人物だ。10年というのは割と長いと、彼は思ってはいた。ただ、その言葉からしてこの街で生まれ育ったというわけでもないようだ。エトルはなんとなく、ルミナはここで生まれて育った、という認識をしていたからだ。
「まー長くても長くなくてもいいよ。……ほら、ついたよ、ギルド」
あっけらかんとした顔でルミナはギルドを指さす。イシャナはお礼を言うと、ギルド内へと入っていく。
イシャナを見送った後、エトルはルミナの方に身体を向けた。
「先ほどはありがとうございました。……またルミナさんに助けられちゃいましたね」
「もぉー。本当だよ。……この街っていろんなものを受け入れるから、たまにああいうこともあるんだよね」
遠くを見るかのような目でルミナは微かに上を向きながらそう言った。その口ぶりと表情は、何処か羨ましいように見える。
「……やっぱり、ルミナさんこの街好きなんですね」
「そうかも。……あれ?」
ふと、ルミナがギルドの方に目を向けた。エトルもそれにつられてそちらを見る。すると、先ほどギルドに入っていったイシャナがこちらに向かってやってきたのが見えた。
「あぁやっぱりいた。……二人とも、本日は動いても問題ありませんか?」
「え……あぁ、大丈夫ですけど」
特に急ぎの用事、というわけではなさそうなイシャナの口ぶりに、エトルは頷きながら答え、ルミナも真似するかのように頷いた。
「それはよかった。実はカティエから依頼がありまして。エトルのような新米冒険者向けの、簡単なもの」
「僕向け……? 詳しく聞かせてくれませんか?」
そう言うと、エトルとルミナはイシャナに導かれるようにギルドの中に入っていった。




