楽しみの初めて その8
遠くからでも聞こえる。鉄を打つ音だ。中に今回の依頼人がいるのだろう。町の大通りから少し離れた、一軒家サイズの店の前に立ち、扉を開く。
中は武器や防具が多く揃えられており、そのためかどことなく狭く感じる。
「すいませーん……」
声をかけたが、奥にある作業場で作業中らしくてこちらから聞こえてないだろうか。そう思ってもう少し近づこうとしたが。
「おぉーい!! ゴルダいるー-!!?」
それよりも早く女性の声が、鉄の音に負けない大声が部屋に響く。鉄を叩く音は少ししたら静まり、奥の作業場から、小柄ながら筋肉質の『ドワーフ』と呼ばれる種族の男の老人、ゴルダが出てきた。
「るっせぇな……なんだよ盗っ人。また何か盗みに来たのかよ」
「え!? 盗っていいの!?」
「だからダメですよルミナさん!?」
嬉々とした顔を見せた、大声を出したルミナに対してエトルは慌てて抑止する。
エトルは、ルミナとゴルダがこうして会話しているのは初めて見たが、どうやら知り合いという関係でもあるらしい。同時にやはりというか、ルミナの物を盗る癖に手を焼いているのも確かなようだ。
そんな抑止したエトルを見て、ゴルダが声をかけてきた。
「おーひよっこじゃねぇか。どうしたんだよ。そんな疲れた顔をして」
「え……あー実は……」
エトルは事の経緯を説明した。ゴルダの依頼を受けていたのは自分であったこと、依頼の品を届けに来たこと、そして疲れた顔、と言われた原因の説明を。
あの後ルミナを必死に追いかけている最中に魔物と遭遇してしまい、ルミナに剣を返してもらってから交戦、終わったらまた取られたのでまた追いかけて……を、何回か繰り返していた。いつもの町での追いかけっこではなく、あまり整備されていない山道だったので疲労も数倍だ。
にもかかわらず、近くにいたルミナはいつも通りの平然とした顔を見せていた。エトルとルミナでは経験の差が違う、ということでもあるのだろうが、それにしても不自然なぐらいに。
そんな経緯を話しながら、エトルは素材を詰めた袋をゴルダに渡し、ゴルダは中身を確認する。ゴルダの厳しい顔は相変わらずだ。
「なるほどねぇ……相変わらずあの時と変わっちゃいねぇもんだ、盗っ人は」
「盗っ人って……」
「今も話の横からちょろまかそうとしてるのが見え見えだぞ、盗っ人」
ルミナの方向を向かずにゴルダは釘をさすかのように告げる。言われてエトルはルミナの方向を振り返った。まさに今、鈍い鉄の腕輪を手に持っているルミナが目に入る。あのまま言われなければきっと何も言わないまま取っていたことだろう。
エトルはゴルダに振り返ると、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……」
「ひよっこが謝ることじゃねぇだろ。あいつの手癖はもう治んねぇ病気みてーなもんだ」
「あー……」
反論は出来ない。1か月半も見てきたが確かにそう言われたらそんな気がしてならない。
頭を上げたエトルはルミナの方をもう一度振り返った。ルミナはまるで「そんなことありませんよーだ」と言わんばかりに口を尖らせていた。
中を確認し終えたゴルダは、鉱石を近くにあった木箱にまとめて入れた。
「ま。ひとまずは礼を言っておくか。これでいくらかは武具も作れそうだ」
「そっか……それはよかったです」
「後でギルドで報告してきな。金はそっちに預けてる。……それとちょい待ってろ」
そういってゴルダは近くの棚に手を伸ばすと、それをエトルに向かって放り投げた。慌ててエトルはキャッチすると、受け止めたものを見た。鋼で作られた、赤い鉱石が埋め込まれた小さな指輪だ。
「これって……?」
「そいつを指にはめて装備すりゃ、筋力が少し増す指輪だ。魔力のある物の加工はあんま得意じゃねーから保証はしねーがな」
「……でも、いいんですか? これ結構高いはずじゃ……」
魔力のある、となるとそれなりに値段はするだろう。それなら他の人がもらった方がいいだろうと、エトルは思う。そんな遠慮しがちな顔をしたエトルを見てゴルダは鼻を鳴らす。
「いらねーってんなら返せ。後で後悔しても知らねーぞ?」
「じゃあ私がもらっちゃうね」
横からルミナの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはエトルの手から指輪が消えていた。まるで手品のように掠め取ったルミナのテクニックに、エトルは一周回って感心していた。
やっぱり、と言わんばかりに短いため息を吐き、ゴルダはルミナにどっしどっしと近づく。
「おい盗っ人コラ。ひよっこがいらねーって言ってるんだからそいつは売り物だ。勝手に盗るんじゃねー……」
「じゃあこれ買うよ。どれぐらいなの?」
「……えっ!!?」
意外な言葉に思わずエトルは声を上げてしまう。もちろんルミナが本気で物を盗む、なんてことはしないだろう。だがそれ以上に、普通に購入するという当たり前の行動が、あまりにも予想外すぎて驚いてしまったのだ。
声を上げたエトルをルミナは見る。予想通りの反応だったのか、ルミナの反応は意外と小さかった。
「……あーやっぱりエトくんも驚くよね。普通に買う、だなんて私らしくないって思ったでしょ」
「え、い、いや……その……」
しどろもどろな動きで、エトルは目線を逸らす。どうフォローしていいか分からず、答えを失ってしまった。そんな反応を見てか、ルミナは笑い声をあげる。どうやら全く気にしてなかったようだ。
そしてゴルダも、かなり珍しいことだったのかその場で立ち尽くしていた。
「……おいおい。どういう風の吹き回しだ盗っ人?」
「ひどいなぁ。私だって食事とか、物を買うときぐらいちゃんと払うよ?」
「盗っ人が金払ったとこみたことないんだが?」
「それはゴルダが見たことないだけでしょ。……お金はこれぐらいでいいよね?」
ルミナは自分のポーチから銀貨を数枚取り出し、彼女の近くにあった横に置かれている鉄の盾の上に乗せる。それをゴルダは受け取り、念のため偽物ではないかと確認する。
「……マジの銀貨だな。言っとくが、返品は受け付けねーぞ」
「分かってますよーだ。じゃあはいこれ」
そういってルミナはエトルの近くまで来ると、彼の目線に合わせるように先ほど買った指輪を見せる。
「ほらエトくん。手を出して。これあげる」
「え、でもルミナさんそれ自分で買ったんだから自分の物では……」
「どうせタダでは買わないんでしょ。だったら私が買ってエトくんに渡せばちゃんと買ったもの、でしょ?」
当たり前のように説明するルミナに、やはり遠慮しがちな顔をするエトル。そんな彼の態度に見かねたのか、ルミナは有無を言わさずにエトルのポーチに指輪を突っ込んだ。
「あ、ちょっと……」
「冒険者志すなら、タダであげるって言われたものはタダでもらわなきゃ。相手の好意を無下にしちゃだめでしょ?」
「……それは、確かに」
そういいながらエトルは自身の剣の柄尻に触れる。
実際、エトルの持っている剣も、ここに来る前にお金と一緒に盗られたのでウィーゼにここで買ってもらったものだ。この時は魔物と直接戦う手段が必要だったので、やや遠慮しがちだったが好意をそのまま受けることにした。後で必ず返す、とは言ったが「その必要はねぇ」とウィーゼに笑われながら返された。
ポーチに入れられた指輪を取り出すと、改めて自分の目で見つめる。魔力のある物は苦手、という割にはしっかりと作られており、きっと効力以上の効果が期待できそうだ。
ゴルダが声をかけてくる。
「ま。盗っ人が使うよりひよっこが使った方が有効活用できるだろうな」
「ゴルダさん……その、ありがとうございます」
「はっ。礼言われるようなことはしてねーよ」
そういってゴルダは先ほどの鉱石が入った箱を持ち、奥の作業場へと戻っていく。
「……終わったんならワシは武器作りに戻らせてもらうぞ。さっさとギルドに帰んな」
「分かりました」
埃でも払うかのようにゴルダは手首を払う。ルミナは手を振ってから、エトルは丁寧にお辞儀をした後に鍛冶場を後にする。
大通りに戻り、ギルドへと向かう二人。陽は落ちかけ、赤い光が町を包んでいた。朝よりも多い人通りだ。
「よかったねエトくん。実質タダでももらえるなんて」
「いえ、僕の方こそありがとうございます。こんな良い装飾品がもらえるなんて……」
「いいよいいよお礼なんか。それにゴルダはタダで渡すなんてことはほとんどしないんだし」
笑みを浮かばせてルミナはそう言った。それは彼も商人なのだからタダで渡したくはないだろうと、そうは言えずにエトルは困ったような笑みで返す。
やがて十字路にたどり着く。二人から見て右、北東側がギルド。真っすぐ進めば教会へ続く。その十字路でルミナはステップを踏むかのように2歩3歩と足を早め、エトルに振り返る。
「じゃあ私は先に帰るね。報酬とか全部いいから、エトくんがもらってよね」
「え、いや……」
「人の好意はしっかり受け取る! そもそも私は冒険者じゃないんだしね」
「けど……」
「もぉー! だっても何もなし! そんなに遠慮するならちゃんと立派になってから遠慮しなさい!」
頬を膨らませ、その場でエトルに向かって指を突き出すルミナ。エトルはまた何か言おうとしたが、これ以上言ってもきっとルミナは喜ばないだろう。そっと口を閉じる。
同時に。自分もこんな風にありたいとも思っていた。冒険者としての心構えがまだまだ未熟な自分にとって、彼女も立派な先輩だ。その姿勢から学ぶこともきっと多い。……流石に物を取る癖だけは遠慮したいが。
「……ルミナさん」
「なぁに?」
「……今日はありがとうございました。本当に助けてもらっちゃって……」
「……そっか」
ルミナはいつものように笑みを浮かばせてから、エトルから背を向けて歩き出した。何かおかしなことでも言ってしまっただろうか、と思い、エトルは声をかけようとしたが、すぐに口を閉じる。
そんな言葉より、それ以上に大事な言葉を言うために。
「ルミナさん!」
「……どうしたの?」
「……楽しかったですか?」
エトルは今日のことを振り返るように、優しい声で彼女に向かってそう言った。
ルミナの足がピタリと止まる。すぐに振り返って、夕陽に負けないような笑みを見せる。
それは、「当然、楽しかったよ」と言わんばかりの顔だった。
それ以上は何も言わずにルミナはまた背を向けて歩きだす。エトルはその背を見守った後に、ギルドへと足を進めたのだった。
次回の話もお楽しみに。




