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楽しみの初めて その7

「……よし、こんなところかな」


 ダンジョンの入り口を見つけた後、二人は入らずにそのまま放置して依頼をこなしていた。

 素材が取れるスポットを見つけてはツルハシで掘り起こし、袋に入れて、また移動。

 その間は二人は他愛ない話ばかりをしていた。今日何を食べたとか、明日の天気はどんな感じだろうかとか。その時の二人の顔は楽しそうであった。

 時間は過ぎて太陽が傾きかけた頃、エトルは袋に鉱石を詰め終わると肩にかける。袋には当然鉱石が入っているのだが、背負った袋は、あまり重さを感じられなかった。


「本当にすごいなこの魔法の袋……ギルドから借りる形だけど、やっぱり普通に買うとするなら高いのかな」

「それは当然だよ。魔法が付与されている道具なんて高いものばっかりだもん」


 エトルから少し遠く、大き目の岩に腰かけてエトルの様子を見ていたルミナがそう告げる。


「まー私はお金払うより盗んだほうがタダで済むと思うんだけどね」

「盗むのは駄目ですって!!!」


 息をするかのように笑顔で物騒なことを言うルミナに思わずツッコみを入れるエトル。そんな様子を見て満足したかのように笑うルミナ。

 ルミナは自身の足元に転がっていた小石を拾って立ち上がると、ゆっくりエトルに近づいていく。


「確かに魔法は便利だけど、一歩使い方を誤ると大変なことになるからね」

「そう、ですね。そうならないようにきちんと使う必要があるって話を聞きました」

「そ。例えばこの小石でもさ」


 そういいながらルミナは拾った小石をエトルに見せびらかし、片手でしっかりと掴む。

 なんだろう、と思いながらエトルは不思議そうな表情をした。同時に、もしかしてルミナさんも魔法使えるのかな。とも思っていた。


「んーと……付加魔法、っていうのかな。エンチャントとも呼ばれてる魔法。それを物質に使えば威力を高められる。知ってた? エトくん」

「はい。でも聞いたことはあるけど実物は見たことなくて……」


 もしかして使えるんですか? と続ける前にルミナは小石を今にも勢いよく投げそうな姿勢になっていた。但し、身体の向きはそのまま、エトルと向き合う形だ。


「……あの、ルミナさん?」


 不思議に思ったエトルはルミナに声をかけようとして。


 瞬間、ルミナが身体の向きはほぼそのままに、大きく振りかぶって小石を勢いよく投げつけた。


「……っ!?」


 その小石はエトル―――の上空に向かって投げられた。驚いたエトルは思わず袋を取り落とし、それに気づかずにエトルは上を見上げた。見れば、嘴の鋭い鳥型の魔物が2匹。ルミナが投げた小石は当たった様子はなかったが、そのおかげで不意の攻撃は防げただろう。


「ごめんなさいルミナさん! 気づかなくって……」

「大丈夫。私もついさっき気づいたばかりだから」


 声を掛け合いながら、エトルは魔物を見据えつつ剣を引き抜く。魔物は上空を旋回し、気を伺っている。その間に足を強く踏んで地形の把握を行う。山岳ではあるが、道はなだらか。但し多数の砂利や小石が転がっていて、もしも強力な攻撃が飛んで来たら体勢を整えるのに苦労するだろう。かといって今移動している時間は、ない。

 魔物の1匹が突っ込んでくる。距離や角度の計算からエトルが狙いだろう。エトルは足を開き、盾を取り付けている左腕を前にして防御の構えを取る。


「くっ……!」


 魔物が衝突する直前に左腕を動かし、一息と共に攻撃を受け止める。腕に衝撃が伝わる。勢いと、見た目に恥じない鋭い嘴の一撃が全身を震えさせる。

 即座に左腕を振り上げてコースを逸らし、そこから更に反撃するかのように剣を振るう。手ごたえはない、躱された。


「エトくん、もう1匹来るよ」


 冷静なルミナの声を聴いてエトルはすぐさま空を見上げる。ルミナの言った通りこちらに向かって一直線に突っ込んでくる。盾は間に合わない。すぐに身を引き、その勢いと一緒に足で地面を蹴り飛ばして退避。ルミナの近くまで退く。


「大丈夫?」

「どうにか……」


 構えなおしながらエトルは答えた。ルミナは少しだけ考えるような表情をした後に指を軽く鳴らした。


「……そうだね、1匹だけでいいから動きを止めてくれる? ほら、魔法に興味あるんだよね?」

「え……。あぁいや、分かりました」


 少し驚いたような表情の後、エトルは呼吸を整える。魔物の1匹がこちらに向かって飛んでくる。今度の狙いはエトルではなく、ルミナだ。

 ルミナと魔物の間に割り込みように踏み込むと、勢いに負けないように更に一歩踏み込み、両腕を交差させて盾を構えて魔物と激突する。


煌めけ(グラデル)


 ルミナの、声。

 普段の明るい声とは雰囲気が違う。儚く、脆く、鋭く、何よりも、底知れない『何か』が後ろから。


(ブラデ)斬れ(スラシュ)煌めけ(グラデル)


 エトルと衝突した魔物が『何か』を感じ取ったのか、慌てて身を翻そうとする。

 それよりも前に。


鳴れ(リンガ)


 その一言と共に、退避した魔物を切り裂くように、空間に鈍い灰色の一閃が、鋼鉄をぶつけて鳴らしたかのような響きと共に容赦なく魔物を引き裂いた。

 一瞬の煌めきと共に消えた一閃。そこには力なく堕ちた魔物が映るのみだった。

 もう1匹の魔物が、恐怖からか、あるいは本能からなのか、空中で宙返りをすると勢いよく突っ込んでくる。

 それよりも前に、突っ込んでくる位置を予測してエトルはルミナを護るように立つと右腕を後ろに、弓を射るような構えを取る。

 何度も受けたから分かる。威力はあれど直線的で方向転換が利かない。だったらそれを利用すればいい。


「……ふっ!!」


 その魔物が剣の間合いの直前に入ると同時にエトルは鋭く踏み込み、魔物に向かって勢いよく剣を突き出した。

 剣に感覚が伝わる。魔物の肉に線でも入れるかのように鈍い切り裂き音と共に。

 斬られた魔物は勢いをそのまま、地面に引きずられるように転がる。堕ちた魔物はもう一度飛ぼうとするがそのまま力尽きてピクリとも動かなくなった。


「……やった」


 小さく歓喜の声を上げるエトル。周囲の見渡して安全を確認した後にルミナの様子を確認する。特に怪我もした様子はなく、あの声を唱えたのは実は別人だったのではないのかと思うぐらい、緩い笑みを浮かべたいつものルミナであった。


「やったねエトくん。結構強いね。びっくりしちゃった」

「え……あ、あはは……ありがとうございます」


 照れくさそうにエトルは、ルミナから目をそらして後ろ手で頭をかく。不思議と笑みがこぼれる。

 そしてエトルは「あっ」という声と共にルミナをもう一度見る。


「あの、ルミナさん。もしかして今のってやっぱり魔法?」

「ん……そうだね。何だか使えちゃうみたいなんだ」


 その言葉にエトルはキョトンとした。口ぶりからしてどうやら『特に努力もしてないのに何故か魔法が使える』らしい。

 ルミナは続ける。


「これなんだろうね、って思ってカティエに訊いてみたらさ。どうやら『魔法に近い魔法』みたいなの」

「魔法に近い魔法……?」


 聞いたこともない。しかしなんだかすごそうなキーワードに、エトルはどうリアクションしていいのか分からず困惑する。


「それっていったい? 魔法なのに魔法じゃないけど、本質的には魔法なんですか?」

「んー……大体あってる。ただ普通の魔法と違うのは、相手のいろんな魔法を見て盗んで、自分が使いやすいように自身が勝手に改造してるみたいなの」

「……無意識に?」


 エトルの質問に、無言でうなずいたルミナ。

 改めて思う。やっぱりルミナさんはすごい人だ。魔法を見るだけで覚えることが出来るのだから。

 それを言葉にしなかったのは……説明しているルミナが、どうやって説明したらいいか分かっていないような表情だったからだ。

 確かに『魔法に近い魔法』という言葉自体、エトルは初めて聞く。当然周りからもそんな話は聞いたことがない。それにルミナ自身もあまりよく分かっていなそうだ。

 自分でもよく分からないことを他人に説明するのは、非常に難しいことだろう。


「まーそのおかげで魔法みたいなのが使えるからいいんだけどね。結構便利だし」


 数秒前の表情はどこへやら。ルミナはいつものような、作り笑いではない笑みを浮かべて魔物の倒れた個所へ歩く。そこには魔物はもういない。光の粒となって虚空へ消えたのだから。

 その代わり、そこには小さな羽と、奇麗な嘴が落ちてあった。今回の戦利品だ。


「エトくんこれ。羽はコレクターが集めてるからそこそこ売れるし、嘴も武器の素材に便利らしいから拾っておくといいよ」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 そういってエトルは羽と嘴を拾い上げると、ポーチから別の小さな袋を取り出してその中に入れる。

 そして妙に腰が軽いことに気づき、また剣を取られたことに気づいた。ルミナはいつの間にか、もう離れていてその手にはしっかりとエトルの剣が握られていた。


「だ、だからルミナさーん! こっそり剣を取るのはやめてくださいよー!!」

「だって盗んだよって言いながら盗んだらばれちゃうじゃーん!」

「だからそもそも盗むのはダメですってばー!!」


 いつものように声を上げてルミナを追うエトル。その声に反応して逃げるルミナ。2人の帰り道も、2人の日常と何ら変わりなかった。

 一つ違うところとすれば、ここは山道で追いかけるのも大変ということぐらいだ。

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