プロローグ その1
出会いは単なる偶然だった。
この城下町に来てからまだ1日しかたってない頃、僕は町の施設の位置を把握するために朝早くから地図を片手に持って歩き回っていた。
町の中通りを外れ、狭い階段を上って行くとふと視界が開けた。その奥には小さくて白い教会が静かに建っていた。
凄く綺麗だ。不思議と足が教会に向かってゆっくりと歩きだしていく。
広い石橋を渡り、そして遠くで教会の玄関が開く。中から出てきたのは―――
「あれ?」
銀髪のシスターさんは僕に気が付くと、ふわっとした足取りで近づいてくる。僕は石橋のちょうど半分を渡ろうとした足をふと止める。
シスターさんはにこやかな顔で僕をじっとみた。
「もしかして……冒険者さん?」
シスターさんは僕を眺めるかのように、周りを歩きながら訊ねる。僕は無言でうなずいた。
「そっか」
一周すると、シスターさんは後ろを向いて、空を見上げる。すぐに僕のほうに振り返った。
「初めまして。そしてようこそ、冒険者くん?」
まるでいたずらを仕掛けるかのような笑顔で、僕にそういった。
初めは単なる出会いだと思った。
けれどまさか長く続くだなんて、当時は夢にも思わなかっただろう―――
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この町に来てから1か月と半分が過ぎようとしていた。
明るいレンガで作られた街路の上で様々な種族がすれ違う。
「しかしまぁもう1か月過ぎようとしてんのか」
身長2mはある、灰色の肌の大柄なスキンヘッドの男が、やや小柄な緑髪の男子の隣を歩きながら懐かしむようにつぶやく。
「エトルが冒険者として登録してからいろんなことあったなぁ。採取に採掘、あとは武具の調達とかな」
「あはは……本当にお世話になってます。ヴィーゼさんのおかげでいろんなことを学べましたし」
エトルと呼ばれた緑髪の男子は、多少申し訳なさそうな表情で話し相手にそういう。「気にするな」と言わんばかりにウィーゼは歯を見せて笑う。
「そりゃオメー、冒険者は助け合いが大事だからな。こうして危険と隣り合わせな以上互いに身を寄せ合ってだな」
「そうですね。……僕に協力、できるでしょうか?」
ふとエトルが足を止めてつぶやくように言う。ウィーゼもつられて足を止め、豪快に笑う。
「誰だって最初はそんなもんだよ。時間かかってもいいぜ。その内オメーが教える立場になるんだしな」
「……はい。胆に銘じておきます」
少し不安がったエトルだったが、やがて微かに笑みを浮かべてうなずいた。そうして二人はまた歩き出し、と、向かっている方向からエトルはある人物を見かけて足を止める。
「ルミナさーん」
エトルは遠くで見えた灰髪の修道服の女性に手を振る。女性―――ルミナはエトルに気がつくと軽やかな足取りでエトルに近づいた。
「こんにちはエトくん。……クエストの帰り?」
ルミナは後ろ手を組んで、エトルの周囲をゆっくりと歩きながらエトルに問う。エトルは頷く。その表情は、恐らく無意識に浮かんだ自信ありげな表情だ。
「はい! 今日はゴブリン退治だったんですけど、なんとか単独で撃破出来ました!」
「あれを単独で? じゃあもう見習い卒業かなー?」
嬉々として語るエトルに顔を目いっぱい近づけ、まるで成長を見守るような親の笑顔でルミナはそういう。エトルは近づかれて数歩離れ、頬をかいた。
「いや、まだ単独で退治できただけで……それに相手は単独だったんですけど、倒したら急に増援が来ちゃって……」
大変でした。と言わんばかりにエトルはヴィーゼに顔を向ける。ウィーゼは少し不思議そうな表情でエトルを見ていた。
「オメー、ルミナと知り合いなのか?」
「え……あぁはい。ウィーゼさんも知ってるんですか?」
「知ってるも何も、この町じゃ有名だぜ?」
そういってから一息つき、ウィーゼはルミナを指さす。
「あいつ、手癖の悪さで有名だからな。気を抜くとすーぐ物を取ろうとするとんでもない泥棒猫だぞ」
「……ふーん?」
ウィーゼの言葉にルミナは、肯定はしないが、否定もしないように一瞬クスッと笑う。まるでそれは、もう言われ慣れているかのように、怪しく。
「証拠はあるのかな? 私が盗みやってるという証拠」
「じゃあお前の手にあるもの出してみろ」
言い方はぶっきらぼうだが、ウィーゼも若干呆れ混じりな声色で、後ろ手を組んでいるルミナを見ながらそう言う。ルミナはまた、今度はバレちゃったかといった表情で笑って隠していた盗品を取り出した。
「……あ。もしかして!」
見せられたものを見て、エトルは慌てて腰のベルトにぶら下げているものを確認する。アイテムを入れるためのポーチの中を探しつつ、左腰にあるはずの小剣に触れようとしたが、ない。そんな慌てふためくエトルを見てルミナは愉快に穏やかに笑いだす。
「もぉーエトくんは隙がありすぎだよ? ちゃんとアイテムはしっかり持たなきゃ?」
ね? と一言付けたしてからルミナはエトルに小剣の柄を向ける。エトルは受け取ろうとして手を伸ばした、が、その手は虚空を掴んだ。ルミナは2歩3歩と下がるとウインクしながら舌を出す。
「ほらほらー。返してほしかったら捕まえてみたらー?」
そういってルミナは愉快そうに小剣を掲げて軽く振りつつ、まるで泥棒のようにそこから逃走する。
「ちょ、ちょっとルミナさーん!! それ大事なものなので返してくださーい!!」
逃げたルミナを、エトルは追いかける。ルミナは楽しそうに笑いながら、エトルの追いかけてくる速度に合わせて走る。
逃げるルミナとそれを追うエトル。そんな二人の関係にウィーゼはその場で笑うしかなかった。