7話
ガルザが斧を振り上げる直前、ローゼはレオンの一歩前に出るとその場で立ち止まった。何かをする様子もなく振り上げられた斧に視線を向けたまま佇んでいるローゼを見てガルザは渾身の一撃を叩き込み終わらせようと斧を振り下ろす。
「っ!なんだ!?動かねぇ!」
「こんな狭い場所でその様な大きな斧を振り回されると少々危ないと思われましたので縫い止めさせて頂きました。」
「糸か。物体強化と物体操作の魔法か。流石の技術だな。」
「はい、レオン様。メイドの必需品でございますので。」
「はぁ…。ローゼのそれはボケなのか?突っ込んだ方が良いのか?」
「御随意に。」
この場の空気にそぐわない和気藹々と話す2人の声を聴きながら、ガルザが自分の体や振り上げたまま止まっている自慢の大斧を目を凝らしてよく見ると、キラリと光る細い糸が巻き付いていた。こんな細い糸に怪力自慢の自分が寸分も動かせないほどに固定されたことに驚愕を覚えると共に、レオン達が入ってきた時の嫌な予感が当たってしまったことに嘆いた。
「ぐっ、ぐぅぅぅ…。こんな細ぇ糸で止められるタァ…。」
「見掛け倒しの筋肉のようですね。レオン様の細身ながら鍛え抜かれた筋肉とはまさにドラゴンとスライムでございます。」
レオンは異世界版月とスッポンみたいなもんか。と、初めて見るローゼの戦闘を見ながら的外れな事を考えていた。
「おらぁぁぁぁ!こんな糸引き千切ってやるぅっ!ぐらぁぁぁぁ!」
「あまり力を入れるとバラバラになりますよ?このように。」
ローゼの指先が少し動いたと同時にガルザの体はバラバラの肉片へと姿を変え、部屋に静寂が訪れた。
「レオン様、終わりました。」
「あぁ、見ればわかる。それにしても、やはりこの程度の相手ではローゼの強さは測れんな。」
「ひ、ひぃぇぇぇぇ!お、おたすけ!命だけはぁぁぁ!」
「こいつがまだ残っていたか。」
「いえ、既に処理致しました。」
そんなローゼの声と共に最後に残っていた盗賊の男もガルザと同じ運命を辿ることとなった。
「容赦ないな。」
「レオン様も同じ事をしたかと。」
「まぁそうなんだがな…。さて、貯めてあるお宝だけ漁って馬車に戻るとするか。」
「ここに来るまでに場所は見つけてあります。」
「そうか、ありがとうローゼ。期待せずに見に行こう。っとその前に、アンデットにならないように死体は燃やしておくか。【燃えろ】」
レオンが右手を死体の方へと向けそう呟くと、肉片となった2人の盗賊の死体は激しく燃え上がり、徐々に灰へと姿を変えていった。レオンとローゼはそんな光景に興味ないとばかりに一瞥もする事無く、入ってきた扉から出ていくのであった。
馬車へと戻ったレオン達は戦利品の選別をしていた。
「ローゼ、この腕輪はなんだ?」
「それは障壁が展開できる魔道具でございます。魔法の発動スピードが遅い方には重宝される物ですね。」
「なら俺らには必要ないな。街に着いたら売ってしまおう。で、こっちのいかにも禍々しいネックレスは?」
「それは…、申し訳ございません。私にも分かりかねます。ただ、高度な結界魔法が施されているように思えます。」
「だよなぁー。どう考えても厄介事の種になる気しかしないんだが。」
「そうですね。そちらは売ってしまわれるのも危険かと思われますので、そのまま封印しておいた方が良さそうですね。」
今レオンとローゼが見ているそのネックレスは豪華な装飾を施され、黒光りする宝石の嵌め込まれた一品である。しかしそのネックレスからは禍々しい黒いモヤのようなものが出ておりいかにも呪いの品と言った様相をしている。
「俺の空間に死蔵させておくか。開け。」
そう呟くとレオンの傍に黒く丸い窓のようなものが現れネックレスをその窓へと投げると吸い込まれたかのようにネックレスは姿を消した。これはレオンがこの2年間の間に身につけた空間魔法による、所謂アイテムボックスと呼ばれるものである。空間魔法は難易度が高く、一握りの魔法師しか使うことができない物である。その空間の広さは術者の魔力量に比例し、転生の影響とこの2年間の鍛錬の結果、他の追随を許さぬほどに膨大な魔力量となったレオンのアイテムボックスの広さは、レオン自身も把握できていないほど広くなっている。
実は先程盗賊達を文字通り潰した魔法もこの空間魔法を応用した物であった。盗賊達の上部の空間を固定し、そのまま下に叩きつけるという荒技をレオンは自身の持つ膨大な魔力量を持ってして行ったのであった。
「ローゼ、こっちの指輪はなんだ?」
「こちらは漏れ出る魔力を抑える魔道具でございます。魔法師にとって自らの魔力量を悟られることはそのまま戦闘の勝敗に直結致しますので。レオン様は自らの技量を持って完璧に制御していらっしゃいますので不要かと。」
「腕輪といい指輪といい、なんだか初心者用の魔道具ばかりだな。」
「あのような辺鄙な場所やっている盗賊の持つ品にあまり期待するのもいかがなものかと。」
「そうだな、初めての盗賊狩りで少し期待してたんだが、強さもたいしたことなかったしこんな物か。」
レオン達はそう言って戦利品のほとんどを次に通る街で売る事を決め、盗賊の寝ぐらにあった袋にそれらを詰めると、静かに馬車の窓から外を眺めながらデライザへと歩みを進めた。