老いた男女の歪な関係
わたしが小学生の高学年だった時分の話。
父親は教員をしており、我々家族は公宅に住んでいた。そのお隣さんは調理師の女性……俗言う〝給食のおばさん〟であった。50を超えていたと思う。
そしてその家には〝おばさん〟の一周り年上の男性が一緒に住んでいた。そのおじさんは働いている様子が無く、昼間から酒を呑んで、近くにある公園でぶらぶらしているような男性であった。
わたしも暇なとき、一緒にキャッチボールをしたことや、テニスをしたことがある。年の割にはしっかりとした体躯を持っていたが、その目は常に虚ろ気であった記憶がある。
最初は夫婦だと思っていた。しかし、その〝おじさん〟に家にあがらせてもらった時、〝おばさん〟は「本当、【この人】が迷惑ばっかりかけてごめんね。」と言っていた。
それは小学生だったわたしでも解るくらい〝普通じゃない関係〟と思うに十分な声質だった。自分のパートナーを【この人】と冷たく言い切る人間をわたしは見たことが無かった。なにより二人とも、左手に指輪をはめていなかった。
そして隣近所の関係だ、怒声が響き渡ることが多くあった。老いた男の大声と、ヒステリックなおばさんの声。
会話の内容までは聞けないが、何度かその声で起きたこともある。……まぁ筆者の家庭も複雑だったので慣れたものであったが。
そして中学にあがり、少し大人の話が出来るようになったころ、酔ったおじさんと給食のおばさんの関係が遂にわかる。
「この人これでも昔は偉い人だったのよ。」
「そうだぞ、この女。俺の秘書だったんだ。」
世間話の最中に超ド級の爆弾が投下された。わたしはおそらく絵に描いたような引きつり笑いをしていただろう。だがわたしはまだ子供を抜け切れていない中学生。そのまま「え?結婚してないんですか?」と聞いてしまった。
二人はそのまま黙り込んでしまった。
中学生2年くらいのとき、おじさんの姿を見る機会が激減した。ある日突然現れ、小型トラックの運転手になっていた。
第一声は
「よ!あの女いるか?」
だった。
わたしが解らないと答えると、そのおじさんは変わらない、少し虚ろ気な瞳でトラックを運転させ去っていった。だが、半年後、また〝おじさん〟は〝おばさん〟の家で酒に耽溺する生活へ逆戻りした。
親が転勤したため、わたしがそのおじさんを見たのは中学生の時分が最後である。最後に見たおじさんの姿は、壁に向かってひとりキャッチボールをしている姿だった。
〝おばさん〟はどんな気持ちで〝おじさん〟を受け入れていたんだろう。何故ここまで一緒にいるのに結婚という道を選ばなかったのだろう?
……15年経過した今、ふたりはどういう過程を踏んで、どうなったのだろう?今、なにをしているのだろう?
最早わたしに確かめる術はない。