毒舌写真部員と小さな探偵(後日談)
それから一週間後。昇降口前には現像した見本写真が飾られて、恒例の写真部による写真の販売が行われていた。
袋に欲しい写真の番号と自分のクラス、出席番号と名前を書き、お金を入れて、写真部員に渡す。後日、指定された番号の写真が注文した人に届くというシステムだ。
飾られた四百五十枚近い写真の内百二十枚程度は僕の写真が採用された。もともと写真を趣味に――ライフワークにしていることもあり、それなりの写真が撮れているところと、屋上から撮影したため写りがよかったことが幸いしたようだ。
「さてと……」
現在の時刻は朝の七時四十五分。部活の朝練がない生徒は誰も登校していない時間帯だ。もちろん僕も普段はこんなに早く学校に来たりしない。昨晩、写真部の先輩からメールが届き写真を販売するための袋が無くなってしまったから朝早く行って補充しろ、と言われてしまったのだ。本当は昨日の帰りに補充するはずだったが、友達とおしゃべりに集中しすぎて忘れてしまったという。だから、僕に本来は先輩が担当するはずだった雑務が回ってきてしまったのだ。
「……だるい」
思わず本音が口からもれる。別に朝でなくてもいいのではないかと、先輩に反発したのだが、朝練終わりの生徒たちが写真を選ぶ可能性があると言われてしまった。確かに、写真の販売が始まったのは昨日の放課後からだ。そのうえ昨日遅くまで部活の練習していた生徒は初めて写真を見るだろう。そしてその場で買おうとする生徒もいるかもしれない。そこまで考えが及ぶと了解するほかなかった。
重い足取りで昇降口へ。写真が飾られているエリアの隅に、筆記用具と写真を買うための袋が置かれた机がある。しかし、先輩が言っていたとおり袋は一つもない。確認するまでもないことを確認して、僕は袋を撮りに部室へ向かう。
「ん?」
部室へ向かおうとした直前、たまたま視界に入ってしまった。
「誰だよ、こんなことしたの……」
見本の写真は一定間隔で飾られている。しかしその中の一つに虫食いように、規則正しく並んだ写真の列の一つに明らかに写真が一枚抜け落ちているところがあった。
「しかも、僕が撮ったやつかよ」
よく見ると、そこに飾られているのは僕が撮った写真で、なくなっているのはその中の一枚だった。
何らかの理由で写真が落ちてしまったのかと周囲を見渡すが、それらしきものがなかった。写真を買うのが面倒な生徒が盗んでいった。それしか考えられなかった。
「仕方ない……」
面倒だがもう一枚現像しなければならない。注文も入っていないのに、と内心で写真を盗んだ生徒に悪態をつきながら、これから行く先に現像室も追加した。
まず、職員室で部室と現像室のカギを借り部室へ向かう。補充用の袋を手に入れてから、現像室へ。すると現像室の前に一人の女子生徒が立っていた。写真部の誰かだろうかと思いつつ近づくと、遠くてよくわからなかった低身長が明らかになり今日何度目かの溜息をついた。
「またお前かよ。貧乳ロリコン」
「だ、誰が貧乳ロリコンだ! 貧乳は撤回しろ!」
「ロリコンは認めるんだな」
「う、うるさい!」
「で、何の用だよ。僕は忙しい――」
言い切る前に、目の前に突きだされたのは一枚の写真だった。しかもそれは、昇降口に飾られていたはずの、蛍光色の黄色のスパイクを履いた男子生徒が写っているものだった。
そして、その男子生徒はもちろん誉田君ではない。スパイクを盗んだ男子生徒だ。
「あなたが欲しいのはこの写真?」
「どうしてお前がそれを持っている?」
「あなたをここにおびき寄せるためよ」
ポケットに写真をしまった新田原が真顔で切り返す。どうやら何か重要な話しがあるらしい。
「早くしろ。本当に部活の仕事があるんだ」
「わかった。でもこの写真は販売しないでほしい」
「どうして?」
「誉田君にこの写真が見られたら面倒なことになるからよ」
「誉田君は犯人なんてどうでもいいんじゃないのか?」
「確かに誉田君は言ってたけど……盗んだ相手が悪いの」
「相手が悪い?」
「スパイクを盗んだこの男子生徒は、誉田君にレギュラーを奪われそうな先輩なの」
「……へぇー」
大体の事情はわかった。しかし、その先を促すように僕は新田原に視線を送る。
「この写真を見たら誉田君はきっとこう思うに違いない、先輩が自分のスパイクを盗んだのはレギュラーになることを邪魔するためだ」
「でも、たかがスポーツ大会の話だ」
「そう思えるあなたはいいけど、誉田君がそういう人間だとは限らないし、先輩だってそういう人間だとは限らない」
「サッカー部の争いの種を隠ぺいするのに協力しろと」
「端的に言うとそうなるわね」
「それは、探偵の仕事か?」
新田原に問う。苛立たしい。新田原が、誉田君が、スパイクを盗んだサッカー部の先輩が。
だから、それは探偵の仕事ではないと新田原に事実を突き刺してしまいたかったのだ。
「えぇ、探偵の仕事よ」
しかし、新田原は臆することなくそう告げた。
「……そうかよ」
僕はスクールバックの中から筆箱を取り出し、はさみを引きぬいた。新田原から写真を奪い、その場で切り刻む。
「これでいいのか?」
「うん」
「データは後で削除しておく。わかったら――」
「わかった。私はもう行く。部活、頑張って」
新田原はそれで満足したというように、踵替えして僕から去って行った。
(なんだよ……)
舌打ちをして、切り刻まれた写真を拾い始める。朝から胸糞が悪かった。
写真を拾うと現像室の鍵を開けて中へ。現像室はパソコンと印刷機が置かれたエリアと黒い布で覆われた暗室テントと薬品諸々が置かれているエリアの二つがある。僕はパソコンが置かれたエリアに入った。スポーツ大会の写真が収められたSDカードを探し、パソコンを起動して差し込む。表示された写真の中からお目当ての一枚を見つけ出し削除する。そしてその写真の前に撮った写真を少し加工しプリントアウト。印刷機から吐き出されたそれをもって、現像室から出る。
昇降口にもどってきた僕は、袋を補充し、穴あき状態になっていた部分に加工した写真を――
「うん?」
貼ろうとすると、そこに一枚の紙切れがテープで張り付けられていることに気がついた。紙切れをとり、開いて中を見ると、
「城野拳くんへ 今回の事件では助手として素晴らしい活躍ありがとう。またよろしくね」
差出人の名前は書いていなかった。しかし、送り主が誰かは一目了然だった。
「なんで僕の名前知ってるんだよ。あのお子様体型は」
新田原が僕に名前を尋ねたこともなければ、自分から教えたこともないはずだ。なのに、どうして……
「面倒なことになりそうだな」
吐き捨てて、写真を張って、紙を丸めてポケットに押し込み、自分の教室へ向かう。いつの間にか朝練を行う生徒たちの声は聞こえなくなっていて、そろそろ登校時間になることを僕に知らせた。
× × × × ×
そんな事件があっただいぶ後のこと、僕はサッカー部の試合の写真を撮ってくれと言われ、サッカー部に帯同して公式戦の会場に赴くことになった。
そこで見たのは、開始から終わりまでグラウンドでボールを追いかける誉田君と、ベンチに座り声を張り上げる誉田君のスパイクを盗んだ先輩の姿だった。
誉田君は蛍光色の黄色のスパイクを履いていて、先輩は黒に白いラインが三本入ったスパイクを履いていた。
それを見たとき、僕はあのお子様探偵の推理が間違いだったのでは、と疑った。
先輩は本当に誉田君のスパイクを盗むつもりだったのではないか、試合にそれを履いて出たのは、盗んだことが露見した時に言い訳を作るためだったのではないか。最終的に誉田君にスパイクを返したのは、結局は盗んだことの罪悪感に耐えられなかったからではないだろうかと。
真相はもう永遠にわからないだろう。先輩は三年生で、最後の公式戦であるこの試合は三対〇で北清瀬高校が負けている。残り時間もあと五分もない。
絶望が表情に出始めた先輩の横顔を、残り時間を知らずにボールを追い続ける誉田君を、僕は写真に収めた。
先輩は何を思っているのだろうか。
ホイッスルが鳴る。それと同時にグラウンドの動きが止まる。
崩れ落ちた北清瀬高校サッカー部員たちを、僕は無言のままシャッター音と共に切り取った。
--次回更新日は11/14の22時です