あたし、探偵がやりたい(後日談)
新田原が生徒会長になってずいぶん経った二月十四日。
僕はかじかむ手をポケットにつっこみ部室ではなく生徒会室に向かっていた。
僕を呼んだのはもちろんあいつだ。
「遅い!」
生徒会長になっても相変わらず小学生かというほどの幼児体形の新田原だ。
「……変わんねーよな」
「どこ見てるのよ!」
「胸」
「うっさい! 相変わらず変わらなわよ!」
「むしろ焼肉のせいで減った……のか?」
「減ってない!」
新田原は冗談だと思われていた学食に焼肉(定食)をついこの間実現した。当たり前のように生徒たちからは好評で第二弾が期待されているが、新聞部に「速報!生徒会長が胸の肉を減らし涙の焼肉を実現!」という見出しで新田原の胸のサイズが焼肉定食発売前と後でAからAAに減っているという証拠写真と共に掲載したせいで無理と言われている。これ以上やると新田原の胸が陥没する。
「それより事件はないの?」
「ねーに決まってんだろ? そんな簡単に見つかるなら苦労しない」
新田原は生徒会長になっても探偵を続けていた。これまでどおり「誰も傷つけない探偵」として。
「それじゃ、この前の事件の真相でも話す?」
「この前? バドミントン部下着泥棒事件か?」
「そんな事件もあったわね……って、それじゃなくて!」
「じゃあなんだよ?」
「生徒会選挙の不正」
「……真犯人か?」
「うん」
新田原は語りだした。
「いずみ先輩が犯人じゃないことは……知ってるよね?」
「あぁ。知らざるを得ないだろ」
お前の表情を見てたら。
「いずみ先輩はさ……あたしが探偵を続けるために犠牲になってくれたんだよ」
「犠牲?」
「あの場であたしが事件を解決できなかったらどうなっていたと思う?」
答えがわからなかった。
「あたしが生徒会長になっても探偵を続けられなかったんだよ」
「あっ」
僕はようやく理解した。
新田原が全校生徒の前で犯人を見つけられなければ――きっと新田原が晴れて生徒会長になり、探偵をやるといっても誰も新田原に依頼なんてしなかっただろう。
だから犠牲が必要だった。
本当でなくてもいい、とにかく犯人は必要だった。
「いずみ先輩はあたしが中学時代に助けたんだよ。探偵して」
「…………」
「いずみ先輩は当時すごく陰湿にイジメられていた。でも、いずみ先輩を含めて誰もイジメを明るみに出さなかった。それをあたしが暴いた。いずみ先輩は……きっと救われた。でも、いずみ先輩をイジメていた先輩たちは――何人も推薦を取り消された」
新田原が中学二年生、いずみ先輩が中学三年生の時の話だという。
「…………」
「あたしが中学時代に一番恨みをかった事件なんだよね。それが」
「……中学時代いずみ先輩を助けたから、今度はいずみ先輩が新田原を助けたってことか?」
「うん、そうだね」
「…………」
結局新田原は傷つける探偵はやめた。それがわかるだけだった。
しかし、わからないこともある。真犯人だ。
「それも実はわかってるよ」
新田原が笑う。
「でもさ、それを伝えたらあたしはあたしじゃなくなるよ」
傷つけない探偵は傷つけない探偵ではなくなる。
「真相はわかないか……」
「それでいいじゃん」
だってあたしは、探偵ができて幸せなんだから。
「そっか……」
「あのーすみません……」
生徒会室の扉が開き、依頼者と思われる生徒が入ってくる。
「はいはーい。なになに? 事件? 事件なの?」
新田原がぱたぱたと依頼者にかけよる。
「あっ、そういえば」
新田原が振り返り、何かを投げつけてくる。
慌てて飛んできたものをキャッチする。
それはチロルチョコだった。
「報酬ね」
新田原がウインクして見せる。
「あいつ知ってるのかよ……」
今日が何の日か。
「まぁ、知っててもどうせ義理だろうけど」
口にチョコを放り込む。
依頼者と真剣な表情で話す新田原の背中を見つめる。あいつは楽しそうだった。
毒舌写真部員と小さな探偵。
誰かが名付けたそんな愛称に僕は笑った。