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毒舌写真部員と後の祭り(後編)

 僕たちは踊り場から離れ、中庭にあるベンチに並んで腰を降ろした。といっても、新田原と僕との間には拳五つ分の距離がある。


「これからどうするんだ?」

「桂川先輩とコンタクトをとれる人物を探しましょう」

「コンタクトをとれる人物って……誰だ?」


 小さな探偵に問うと、新田原は意外なことを口にした。


「ひとみ先輩よ」

「はぁ? なんでひとみ先輩が――」

「ひとみ先輩って人脈あるでしょ? ほら飲酒写真事件のときだって」

「……あー」


 飲酒写真事件。それは今年の夏休みに起きたどうしようもなくくだらない事件だ。その時、ひとみ先輩は事件のキーマンになる上野愛樹こと井上亜毅というクソみたいな野郎の連絡先を知っていた。


「freuxのボーカルである桂川先輩ほどの有名人ならひとみ先輩が知っていてもおかしくはないよ」


 確かにそうだ。しかし、いよいよひとみ先輩の人間関係が謎だ。いや、まだ桂川先輩と知り合いって決まったわけではないけど。


「とにかくひとみ先輩のところに行くわよ。なにかわかればラッキーくらいの感覚でいいじゃない」

「そうだな」


 僕たちは立ち上がって写真部の展示が行われていた教室に向かった。


×   ×   ×   ×   ×


 展示の片づけは半分以上終わっていた。ひとみ先輩がパーテーションから写真をはがし次々に保存用の箱に収めている。椎田は――まだいない。きっと女子といちゃついているのだろう。滅びろ。祓川部長はあんなことがあったあとだからか、それとも自分のクラスの片づけがあるからかここにはいないようだった。


「あれ? どうしたの二人とも?」


 ひとみ先輩が僕らに気付き声をかける。


「ひとみ先輩、freuxの桂川先輩の連絡先知りませんか?」

「知ってるけどなんで?」


 マジで知っているんですか? 流石ひとみ先輩――固有関係が広すぎていよいよ怖い。


「桂川先輩に質問したいことがあるんです!」

「何を訊きたいの?」

「祓川先輩が箱崎先輩を怪我させたかどうかについてです!」

「祓川先輩が箱崎先輩に怪我……?」


 祓川部長の名前が出てきたからか、ひとみ先輩の表情が固くなる。


「あー……すみません。ひとみ先輩。悪いんですけど、細かいこときにしないでとりあえず連絡とってもらえませんか? 終わったら全部話すんで……」

「……しょうがないな。えりちゃんの頼みなら断れないし」

「本当ですか! ありがとうございますっ!」


 新田原が勢いよく頭を下げる。

 ひとみ先輩はさっそくスマホを桂川先輩に電話をする。


「……出ないね」

「そうですか……」

「とりあえずメッセージは飛ばしておくね」


 振り出しかと思ったが、新田原が探偵らしいことを口にする。


「インスタとかツイッターとかで、今いる場所とか呟いていませんか?」

「あっ」


 桂川先輩に話を聞くのは別に電話やメール、SNSでなければいけないわけではない。話を聞ければいいのだ。直接会って話を聞くことができるのならそれに越したことはない。


「そっか。お話できればいいんだもんね。ちょっと待って」


 ひとみ先輩がすばやくLINEでメッセージを送信してからインスタのストーリーを確認する。


 後夜祭辞退決定


 スマホの画面にはどこかのゲームセンターと思われる写真と短い文章が添えられた投稿があった。


「ゲーセンか……この近くだと清瀬駅の南口にあるフロンティアか?」


 清瀬市内に限らず北多摩周辺にゲーセンは少ない。ゲーセンと言われて思いつくのはフロンティアしかない。


「投稿された時間は二十分前……まだ間に合うかもしれない!」

「一応この写真送っとくね」

「ありがとうございますっ!」


 新田原はひとみ先輩から写真が送られたのを確認すると、僕の袖口を掴んで駆けだした。


「行くわよ助手!」

「何が助手なんだか……」


 呆れながら新田原に引っ張られるままに走り出す。


「あはは、城野君。これが青春だよ?」


 背後でひとみ先輩が微笑む。

 こんなちっこい探偵にひっぱられて文化祭の片づけを抜け出して、走り出すのか青春

なんですかね……ひとみ先輩?


×   ×   ×   ×   ×


 学校を抜け出してゲーセンへ。字面だけで見ると大した不良だけど、これが探偵のお付き合いとなると……いったいなんなんだ?


「ちょっと! 運転が荒い! きゃ!」

「うるせーな。いくらお前でも重いことは重いんだぞ? 少しくらい運転だって――おっと」

「ひゃ! 今の! 今のわざとでしょ!」

「ソンナコトハナイデスヨー、ロリロリタンテイー」

「何よその棒読み! 何よそのロリみに溢れる探偵は!」


 ロリみなんて日本語初めて聞いたぞ? 


 どうでもいいけど、僕は今新田原を自転車の後ろに乗せて清瀬駅にほど近いフロンティアというゲーセンに向かっている。ちなみに自転車は最近購入した。家から学校まで徒歩で行けるとはいえ、やはり自転車があると楽なのだ。


 そんなこんなで甘酸っぱい雰囲気とは無縁なまま(どんなことがあっても新田原とそんな雰囲気になることはないだろうけど)フロンティアに到着した。


「ほらついたぞ。降りろ」

「うぅ……おしりが痛い……」


 足が短い、もとい背が低いからか新田原が自転車の荷台から降りる時スカートの中が見えてしまう。つか、またこういうパンツかよ……


 新田原のパンチラという嬉しくともなんともないものを見て、フロンティアへ。中は特徴がないというか一般的にイメージされるゲーセンといった感じだ。UFOキャッチャーがあり、レースゲームがあり、コインゲームがあり、音ゲーがあり――とそこそこの広さに様々なゲームの筐体が設置されていた。しかし、日曜日の夕方にも関わらず客はあまりいなかった。最近の子供はスマホゲームばかりでゲーセンなんていかないからな……かくいう僕もここに来たのは久しぶりだった。


「桂川先輩を探すわよ!」

「あぁ」


 頷き合って、僕らはゲーセンを手分けして探した。

 大して大きくないゲーセンだからか、すぐに中は探し終えたが――


「いない……」

「いないな……」


 桂川先輩の姿は見当たらなかった。


「もう帰ったんだろ?」

「そうかもしれないけど……」


 新田原はスマホを取り出し、ひとみ先輩が送ってくれた桂川先輩が投稿した写真を再度確認する。


「んー……学校にいた時点で投稿が二十分前、ここに来るまで大体十五分かかったから三十分以上か……」

「帰ったなら後を追うには厳しいか……」


 と、その時、僕は写真の違和感に気付いた。


「ゲームの配置が違う……」

「配置?」

「見ろよここ。プリクラの隣にコインゲームがあるだろ? でもコインゲームは別の場所にある」


 先ほど桂川先輩を探す際に通ったルートを引き返す。すると、写真とは異なりプリクラの隣にはレースゲームが置いてあった。


「ほんとだ……それじゃ、桂川先輩はそもそもここには来ていない?」

「別のゲーセンにいるのかもな……」

「…………」

「学校にもどるか……さすがにどこにいるのかわからないんじゃ仕方ない。ひとみ先輩が桂川先輩に連絡ついたかもしれないしな」

「…………」

「おい、新田原?」


 新田原は写真をじっと見つめたまま動かない。


「一階じゃない……」

「なんだって?」

「桂川先輩がいるゲーセンは一階じゃない! ほら見て! 写真に少しだけど階段が写ってる!」


 新田原に言われて写真を見ると、確かに階段が写っていた。


「確かに――あっ」

「なに? なにかわかったの?」

「二階にあるゲーセンだ! 商店街にあるマジックっていうゲーセンは二階にある!」

「ならそっちね! 行くわよ!」


 新田原と共にフロンティアを飛び出し、マジックへ急いだ。


×   ×   ×   ×   ×


 マジックは清瀬駅の南口にある商店街の中、目立たないビルの二階に店を構える小さなゲーセンだ。ぶちゃけ清瀬市民にも忘れられているようなゲーセンなので、ぱっと思いつかなくても仕方ない。僕もフロンティア以外のゲーセンはこの辺りにはないとまで思っていたのだから。


 階段を上りゲーセンの中へ。中はフロンティアとさして変わらなかったが、音ゲーやレースゲーム以外の筐体は一回り古いものが多かった。流行ってないのもうなずける。

 そんな寂れたゲーセンでパチパチとドットが荒い旧世代の格闘ゲームをやっている北清瀬高校の制服を着た男子生徒がいた。


「あれが桂川先輩か……?」

「声をかけるわよ」


 新田原が小さな歩幅でずんずん歩きだす。僕はそれを追って桂川先輩の近くへ。


「freuxのボーカルの桂川先輩ですか?」

「ん? そだよ」


 新田原が問うと桂川先輩は優しい声音で返事をする。その声に僕は驚いた。何度も聞いたことがあるfreuxの歌声は激しく人体を芯から揺らすようなものだった。とても目の前にいる桂川先輩があのバンドのボーカルを務めているとは思えなかった。


「ちょっと待ってね。もうすぐ終わるから」


 桂川先輩はそう言うとこなれた様子でスティックを操作しながら四つのボタンをはじき、自身が操作する柔道着を着たキャラでチャイナ服を着たキャラをあっさり倒した。


「ここさ、あんまり人来ないじゃん。だから気兼ねなくゲーム出来るんだよね。まぁ、対戦相手がいないんだけど」


 そう言って微笑みながら、椅子から立ち上がる。身長は僕と大して変わらないくらいだったが、さすがfreuxのボーカルと言った感じで優しい声とは反対に有無を言わせぬ圧力があった。


「で、何の用? 君たち一年生だよね?」

「あの、後夜祭のことで――」


 気圧されている新田原の様子を見て、僕から話題を切り出した。


「あぁ、アレにはでないよ? 千隼が怪我したからね。ベースがいないんだ」

「そのことでお話があるんですっ」


 新田原が僕を押しのけて桂川先輩の前に立つ。


「文化祭の準備の時、箱崎先輩が祓川先輩に怪我をさせられた瞬間を見たんですよね?」

「あぁ、見たよ」

「その時箱崎先輩は怪我をしましたか?」

「いいや、その時はしてないよ? 鉄パイプが千隼に当たった時だろう?」

「本当ですか?」

「うん、本当だよ」


 桂川先輩はそう言って淡く微笑んだ。freuxのボーカルとしてのイメージが強かったせいか、同性でもどきりとしてしまうような高青年の笑みに僕は再び驚くことになった。


「実は今、祓川先輩にfreuxの飯塚先輩と糸田先輩が――」

「なるほど。彼らならやりそうなことだね。それで僕に無実の証明をしてほしいと」


 新田原の言葉の先は容易に想像できたのか、桂川先輩が納得した様子で頷く。


「はいっ!」

「それはいいけど君たちは一体何の関係があるのかな?」

「何の関係?」


 僕は反射的に質問を返した。


「君たちはfreuxの二人が祓川を攻め立てようとも何も関係がないはずだ。どういう関係か教えて欲しんだよ」

「僕たちは祓川部長の後輩で――」

「探偵だからですっ!」


 僕が写真部の後輩、祓川部長の後輩だからと言おうとしたところで新田原が言いきった。面倒だからそういうことにしておけばいいものを……


「探偵?」

「はいっ。私が探偵でこいつが助手です」

「説明が面倒だからそんなことはっきり言うなよ……」

「何よ! 事実でしょ!」

「そうだけどさ……」

「探偵か……面白いね!」


 桂川先輩が僕らに笑いかける。


「いいよ。手伝ってあげる」

「ほんとですか?」

「あぁ。その代り、探偵ちゃんには面白いことを教えてあげよう」

「えっ、あっ」


 新田原が桂川先輩に肩を掴まれてぐっと身を近づけさせられる。

 僕が何かをする暇もなく、新田原は桂川先輩の胸元にすぽりと収まった。

 一瞬頬を赤くした新田原だったが、桂川先輩が小声で何かを言うと表情から色が落ちて言った。

 様々なゲームが奏でる電子音のオーケストラが桂川先輩の言葉を僕の耳に届けることはなく、何かを知った新田原だけが神妙な表情をしていた。


×   ×   ×   ×   ×


 桂川先輩も自転車で来ていたようで、帰るときは僕らの前をおしゃれなロードバイクで走っていた。新田原はと今までの事件解決を楽しみにしていた雰囲気は消え失せ、ずっと何かを考えるように地面に視線を落としていた。


(事件が思っていたよりあっさり解決したからか、それとも桂川先輩に何かを言われたからか……)


 普段なら放っておくところだが、事件のことなら知っておきたい。そう思い、新田原に声をかけてみた。


「どうした?」

「……なんでもない」


 自転車の後ろに座っているにも関わらず、結わえた髪を揺らして首を振っている姿が見えた。


「桂川先輩に事件のことを言われたのか?」

「ううん、この事件のことじゃない……」

「そうか」


 そう言われてしまうと、僕の方から言えることは何もなくなってしまう。

 桂川先輩に何を言われたのか。気になることではあったけど、次に新田原になんて言うのか。考えている間に学校にもどってきてしまった。


×   ×   ×   ×   ×


 桂川先輩と共に学校に戻ってきた僕らはツンツンことfreuxのギター飯塚先輩と、小太りことドラムの糸田先輩、そして祓川部長を中庭のベンチに呼び出した。決着をつけるためだ。


「……なんの用だ、穂浪。お前帰ったんじゃなかったのか?」

「そこの探偵ちゃんに頼まれてね。祓川の無実を証明しに来たんだ」

「む、無実を証明……?」


 祓川部長の顔に希望の光が差す。


「うん。僕は文化祭の準備の時、祓川が千隼に鉄パイプを当てる瞬間を見ていた。でも、それで千隼は怪我をしていない」

「……本当なのか?」


 飯塚先輩はまだ疑っているのか。


「うん。本当だ。そこまで疑うのなら――」


 桂川先輩が振り向くと、目元が隠れるくらい前髪が長い男子生徒がこちらに向かっていた。存在感が薄く、いると言われなければ気付かないような。儚さとは違う希薄さを纏っていた。


「……もしかして、ベースの箱崎先輩ですか?」

「あぁ」


 意外な人物の登場に僕は驚きを隠せなかった。そもそもこんなに平凡というか、存在感の薄い人がfreuxのベースだなんて誰も思わないだろう。それくらい箱崎先輩はfreuxのメンバーとしてのオーラがなかった。


 ふと桂川先輩を見ると口元に笑みを浮かべていた。どうやら桂川先輩が箱崎先輩をここに呼んだらしい。


「さぁ、探偵ちゃんの出番だよ」


 その声に応えるように新田原が箱崎先輩に向けて一歩踏み出す。

 緊張して僅かに震えた声で小さな探偵は問う。


「箱崎先輩は文化祭の準備の時に祓川先輩に怪我をさせられましたか?」

「いや。違う」

 

 箱崎先輩は短い否定の言葉を置いて、来た時と同じように霧を纏っているような存在感で僕たちの元から立ち去った。


「これでもまだ祓川を責める?」


 桂川先輩が残ったバンドメンバーに問う。


「……俺らは直接怪我をさせたところを見たわけじゃねぇ。勘違いなら謝る……」

「俺も……悪かった」


 すると、飯塚先輩と糸田先輩はあっさりと頭を下げた。


「あっ、いや……その……俺は大丈夫」


 そう言うと、祓川先輩は居心地が悪くなったのか逃げるようにこの場を後にした。


「これでいいかな? 探偵ちゃん?」

「……はい。ありがとうございます」


 新田原は神妙な顔で頭を下げた。

 桂川先輩が二人を連れて立ち去る。秋が顔をのぞかせ始めた中庭に僕と新田原は二人きりになった。


「事件解決でいいんだろ?」

「……そうだね」

「なぁ、さっきも訊いたけど桂川先輩に何か言われたのか? お前ずっと様子がおかしいぞ?」

「…………」

「僕なんかが訊いていいことじゃないなら謝る。けど、事件解決に巻き込まれた側としては事件に関することは知っておきたい」

「……言えない。ううん、言いたくない」


 新田原の明確な拒絶と共に、赤く色づいた葉が僕らの間にひらりと落ちた。まるで僕らの見えない何かを断ち切るかのように。


「でも、一つだけ言えるのは――」


 ふわりと優しい風が吹いて、落ち葉が舞い上がる。


「私はやっぱり娯楽のために事件を解決する探偵みたい」


 行こう。写真部はまだ片づけしているんでしょ? 手伝ってくれたお礼に私も手伝うよ。

 新田原の言葉に引かれるように、先に歩き出した小さすぎる背中を追った。

 こいつが言っているのは、この事件は結局誰も傷つかなかったから私は娯楽のための探偵――誰も傷つけない探偵になった。ということではない。それはなんとなくわかる。しかし何をもってそんなことを言っているのか――見当がつかなかった。

 ただ一つだけ言えることは、新田原は娯楽のためだけに事件を解決する、あのスポーツ大会の日と同じ「娯楽のための探偵」とは違う「娯楽のための探偵」になったと言うことだけだ。

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