夏と恋と青春の温度(中編)
『もしもし? ひとみ先輩ですか?』
「のんきなもんだな。外の気温が何度か教えてやろうか?」
『えっ? な、なんであんたが私に電話してきてるのっ? しかもひとみ先輩のスマホから! も、もしかしてついにひとみ先輩のスマホを奪って私に電話をかける新たな性癖に目覚めたの?』
「そんなわけねーだろ! いいから話を聞け! このチビ!」
『なっ! 誰がチビよ! この短足!』
「短足言うな! タイムリーな話題出してきやがって……!」
『どうでもいいから何の用なの? 早くしてよ! 今ハーゲンダッツがちょうどいい食べごろなんだから!』
「なっ! テメェ、こっちが気温四十度近い中馬鹿みたいに暑い競技場に来てるのに、冷房の効いた部屋でアイスかよ!」
『ふんっ! 所詮労働者階級のあなたにはそれがお似合いなのよ!』
「てめぇだって資本家ってわけじゃねーだろ!」
『うるさいっ! 嫌み言うだけに電話したんだったら切るよ!』
「うるせーのはお前だ! 電話越しにキーキー高い声でわめきやがって」
『これでも中学の頃に比べたら声低くなったよっ!』
「これでか? あと、お前は小学生だろ? 年齢詐称すんな」
『詐称してない! 声も低くなった!』
「あぁ! もう不毛なやり取りはやめだ!」
一度大声で怒鳴って、新田原をひるませ、その隙に要件を口早に告げた。
「陸上部員の鞄の中から飲酒の証拠かもしれない写真が見つかった」
『……だからなに?』
「事件かもしれない。解決してくれ」
『…………』
「ひとみ先輩はお前が事件を解決することを望んでいる」
長い沈黙があった。そして、新田原がぽつりと言う。
『……解決しない』
「……やっぱりあの日言ったことは本気だったのか」
自己満足のためだけに事件を解決して誰も傷つかないようにしているだけ。娯楽として事件を解決したい。新田原が見たことのない顔でそう告げた場面が鮮明によみがえってきた。
『そうよ。私は事件を解決することで誰かを不幸にしたくないの』
「そうか……」
沈黙が電話越しに深い亀裂となる。
『……もう、いい?』
「一つだけ聞いていいか?」
『なに?』
「お前はもう探偵をやらないのか?」
『…………』
新田原が電話の向こうで口を一文字に結んだのが分かった。
『わからないよ』
「わからない……?」
『どうしたらいいのかわからなくなっちゃった。だって、これ以上探偵してたら、中学のころと同じになっちゃう……』
どうやら新田原は中学のころ探偵として何かあったらしい。言及するべきか迷ったが、結局僕は何も言い出せず「そうか」と小さくつぶやいた。
「昔さ、小学生のころ」
だから、僕は語り始める。
自分の経験を。
「誕生日に親からカメラ買ってもらってさ、嬉しくて色々撮ってたんだよ」
『な、なに突然?』
「いいから聞けって。それでさ、ある日学校でどうしても撮りたいものがあったから学校にカメラ持って行ったんだよ。で、撮りたいものを取ったらさ、なんて言われたと思う?」
『……さぁ?』
「盗撮」
『盗撮って……あんた何撮ったの?」
呆れと侮蔑が混ざった声で問われる。けど、僕が撮りたかったものは――なんてことのないものだった。
「理科室にあった蝶の標本」
『はぁ? それで盗撮? バカなんじゃないの?」
「僕だって言われたその時はそう思ったよ。けど、言ったやつがクラスのリーダー格みたいなやつでさ、学校にカメラ持ってきてること先生にばらして、カメラは没収。その後待ち受けていたのはクラス中の奴らから盗撮魔呼ばわりされる扱い。一週間後、ようやく帰ってきたカメラはレンズに盛大な傷がついていたっていうおまけつき」
『……それで、その後どうしたの?』
「写真撮るのなんてやめてやろうと思ったよ。でもさできなかったんだよ」
『……どうして?』
「その時には、カメラは僕の体の一部だったんだよ」
『…………』
「お前に何があったのかなんて知らないし、知りたくない。けどさ、お前にとって探偵が自分の一部だって言えるなら」
自分勝手に事件を解決すればいい。
「無理強いはしない。僕だって証拠の写真を撮ってしまったから、後々この事件が明るみに出て、巻き込まれるのが面倒だから協力してほしいって言ってるだけだ」
どうする。問いかけると、新田原は震える声で言った。
『また、壊すかもしれない……』
「何をだ?」
『人を……他人の人生を……』
「…………」
『それでも、あなたは私に探偵の真似事してほしいの? 大したこともない探偵に』
「それは――」
言いよどんでしまうと、ひとみ先輩が僕の両肩にやさしく手をおいた。
ひとみ先輩の表情は見えない。でも、言うべきことは決まっていた。
(少しだけ、人並みの青春ができるのかもな)
「あぁ、協力してくれ自称探偵(笑)」
『わかったわよ。毒舌野郎』
「自称探偵(笑)は認める方向でいいんだな?」
『うるさいっ! 認めるわけないでしょ! どこいるか教えて! あと簡単でいいから状況をメッセージで送って!』
キンキンとうるさい新田原の声を聞いて思う。これは青春なのだろうかと。
× × × × ×
新田原にこれまでの状況、競技場の名前と場所を伝えると「なにそれ遠っ! 一時間くらいかかるじゃん!」と文句を言われたが、お前は五キロもする荷物を持たなくていいだろ。と返したら「そうだね、雑用担当君」と言われたのでその後のメッセージのやり取りはひとみ先輩に任せた。
「とりあえずその写真を持っていた子の話を聞こう?」
「そうですね……でも、さっきどこかに行ってしまったんですよね……」
「それなら探そう? その子の特徴とかわかる?」
「えっと……あっ! さっき撮った写真あります!」
先ほどの証拠写真を思い出し、カメラを操作し女子生徒姿を収めた写真を画面に表示。ひとみ先輩に見せる。
「この子か……確か二年生だったかな?」
女子生徒はいかにもスポーツ女子と言うような格好だった。髪は短くボブカットで全体的にボリュームが抑え目だ。前髪に翼の装飾が施されたヘアピンをつけている。肌こそ日焼けしていないが、腕、太腿、ふくらはぎは体育座りの姿勢からでもわかるほど引き締まっている。顔立ちは目が大きくリスを連想させる。
「知っているんですか?」
「多分学校の廊下で何度か見たことが……」
「それなら探しやすいですね」
「そうだね。それじゃ手分けして探そう?」
「はい」
僕とひとみ先輩はテント前で別れて、競技場にそってそれぞれ時計回りと反時計回りで女子生徒を探すことにした。女子生徒も競技があるからここに来ている。ということは、逃げた(?)からと言って、どこか遠くに行ったわけではないだろう。
燦々と照りつける太陽の下、汗を流しながら探し続けること五分。ようやく女子生徒の姿を見つけた。
女子生徒は大きな欅の木の下で膝を抱えて座っていた。その表情は陰り、何かに怯えているようだった。
「ひとみ先輩に連絡しないと……」
辺りの景色から特徴のある看板を見つけ、その近くにいる旨をメッセージで送る。すると、ひとみ先輩も近くにいたのか艶やかな黒髪を揺らしながらやってきた。その額には汗がにじんでいる。その姿がどうにも扇情的で思わず生唾を飲む。
(くっそ……本格的に暑さにやられているな……)
感情を押し殺し、近づいてきたひとみ先輩に女子生徒がいる場所を教える。
「それじゃ、話を聞いてみようか?」
ひとみ先輩が女子生徒の元に向かう。足音に気付いたのか、女子生徒が顔を上げる。
「ちょっと、お話してもいいかな?」
「あなたは……二組の油須原?」
「そうだよ」
「あっ! さっきの!」
女子生徒が僕に気付いたようで声をあげる。なんとなく自分に不利な状況であることに気付いたのか露骨に顔をしかめる。
「何の用?」
「さっきの写真のことで訊きたいことがあるんだけど――」
「あれはあたしじゃない!」
女子生徒がひとみ先輩の言葉を遮って叫ぶ。
「落ちついて。私たちはあなたの味方よ」
「本当に……?」
「えぇ。あなたが本当に飲酒なんてしてないならだけど」
ひとみ先輩は微笑む。その微笑みの意味をどう捉えたのか、女子生徒は顔を強ばらせる。
「飲酒写真をあなたのエナメルに入れた犯人――そして、写真を捏造した犯人を探してあげる」
「……それはありがたいんだけど……どうして?」
「どうして?」
「どうしてあたしに協力してくれるの? それに本当に解決できるの?」
女子生徒は懐疑的な瞳でひとみ先輩を見る。
「一つはそこにいる私の後輩が証拠とも言える写真を撮ったから。もう一つは――私の小さな探偵が事件を求めているからかな?」
ひとみ先輩がいたずらっぽく笑う。女子生徒はきょとんとした顔をする。当然の反応だ。新田原。お前、ひとみ先輩の所有物になってるぞ。
「えっと……よくわからないけど、これから競技だから……その、解決してくれると助かるかな?」
「わかった。それじゃまずは名前から教えてもらっていい? あなたは私の名前を知っているみたいだけど、私は知らないから」
「うん。あたしは秋本彩音。二年四組の陸上部員」
「写真を見つけたときの状況を教えてもらっていいかな?」
「そこの男子が写真で撮ったのと同じだよ。エナメルを開けたらいつの間にか入ってた」
僕に目配せをしながら秋本先輩が告げる。
「いつの時点までは入っていなかったの?」
「家を出たときは……入っていなかったと思う」
「それじゃ、写真が入れられたのはここに来てからだね」
そうなると、犯人は陸上部員の誰かだろうか? いや、他校生徒いう可能性も充分にあり得る。
「写真、まだ持っているなら見せてもらってもいい?」
「うん……」
秋本先輩がエナメルの中から折れ曲がった写真を取り出す。恐らく先ほど僕の前から立ち去るときに乱暴に入れたときについた折り目だろう。
ひとみ先輩が写真を受け取る。僕も後ろから改めて写真を覗く。先ほどはカメラ越しにちらっとしか見なかったが、写真は部室を背景に秋本先輩がサワーの缶に口をつけているものだった。秋本先輩は自身の無実を訴えていたが、写真は違和感がなくもしコラだとしたら、相当な技術を持っていることになる。
「も、もういい?」
「うん。返すね。ありがと」
秋本先輩は写真を受け取るといそいそとエナメルの中にしまった。あまり外で見て言い写真ではない。そそくさとしまうのは当たり前だ。
「あ、あたしがお酒飲んでないって信じてくれる……?」
「私は信じるよ」
「本当?」
「うん。秋本さんはこんな大きな大会に出場できるいい選手だしね」
ひとみ先輩が笑う。本当によく笑うなーと今更のように思う。
「ありがと……! あっ、私そろそろ行かないと!」
秋本先輩がスマホで時間を確認すると、立ち上がり、無理しないでね。と言い残して去って行った。
「ひとみ先輩はどう思いましたか?」
「うん。もし、コラならまったく違和感がないね。相当な技術だよ」
「でも、写真はインクジェット印刷でしたね。ということは、元の写真はデータですね」
「そうだね……」
インクジェット印刷の写真ということは、写真のデータを印刷機で出力したことになる。要するに僕が今使っているようなSD対応のカメラ、デジカメ、スマホ、下手をすれば盗撮用のカメラという可能性もある。
「とりあえず、私も行くね」
「行くってどこにですが?」
「撮影」
ひとみ先輩
の言葉でようやく思い出した。
今日は陸上部が出場する大会の撮影に来ていたのだ。
× × × × ×
一度テントに戻り機材を準備するとひとみ先輩は競技場の方へ向かった。さすがに写真撮影をおろそかにするわけにはいかない。僕とひとみ先輩は事件を解決しに来たのではないのだ。
「もちろん、僕も撮ったほうがいいんだろうけど……」
しかし写真の腕はひとみ先輩の方がはるか上だ。特に動くものを撮るとなると明確な差がでる。スポーツ大会の時、僕の方がはるかに撮った写真の枚数が多かったのにひとみ先輩の方が多くの写真が採用されていたのはそのためだ。
「カメラが体の一部だからといっても、腕の方は全然ついてこないんだよな……」
ひとみ先輩の安定した技術。椎田の思わず人の目を奪う素晴らしい写真。それに僕はまるで追いつかない。もちろん、それなりの腕はある。でも、せいぜい中の上だ。本当にごく平凡な腕の祓川部長や幽霊部員の上伊田先輩にこそ勝るが、所詮その程度だ。
そんなことを考えながら、陸上部のマネージャーからもらった麦茶を飲みながらテントの下でカメラをいじる。すると、人ごみの中から新田原がひょこっと顔を出した。
「げっ!」
「げっ、じゃねーよ」
「うるさいな。条件反射でしょ?」
ひどい条件反射だ。そう思いながら新田原の姿を改めて見る。新田原はいつも二つに結んでいる髪を今日は一つにシュシュで結わえていた。Tシャツの上に半袖のパーカー。ミニスカートに何と言うのかわからないだ涼しそうなサンダルを履いていた。そのまま夏フェスにでも行けそうな格好だ。夏フェスなんて行ったことないけど。
「涼しそうな格好してんな……」
「そういえば、なんであんた制服なんて着てるの?」
「……校則だからだよ」
「へぇー」
新田原はいかにも興味がなさそうな気の抜けた返事をした。ふざげるな、この制服どれだけ暑いと思ってるんだ。こうしている今も汗が噴き出しているのに。
「とりあえず事件のこと教えてくれる?」
新田原が僕の隣に拳三つ分のスペースを開けて座る。僕はこれまでのことをぽつぽつと語りだす。秋本先輩が飲酒写真を鞄から取り出す瞬間を撮影したこと。秋本先輩は飲酒などしていないと主張していること。写真が秋本先輩のエナメルの中にいつの間にか入っていたこと。写真はデータ媒体からインクジェットで印刷されたものだと言うこと。
「ふーん……大体ひとみ先輩から送られてきたメッセージと同じ内容ね」
「ひとみ先輩から聞いてたならなんで喋らしたんだよこのチビ」
無駄な労力であったことがわかり、思わず素で毒舌が出た。
「うるさいっ! チビじゃない! 確認のためよ!」
新田原も負けじと言い返し、一つ咳払いをする。
「まぁ、今の時点だと秋本先輩の自作自演の可能性もあるね」
「自作自演?」
「そう。自分でお酒飲んでる写真を撮って、誰かを陥れようとしている」
「そんなことで誰を陥れられるんだよ?」
「さぁ? 可能性の話だし。まぁ、無難なところだと誰かが秋本先輩のエナメルの中にコラージュで作った飲酒写真入れて秋本先輩を追いこもうとしているんだろうけど」
「そうだな……」
そう考えるのが常識的だろう。ただ、そうなるといくつもの疑問が残る。秋本先輩をはめようとしているのは誰か。コラを作ったのは誰か。そして、なぜ今日を、競技が行われる日を犯行日に選んだのか。
「証拠の写真、見せてくれる?」
「あぁ」
手元のカメラを操作し、まだ見せていなかった秋本先輩が飲酒写真をエナメルから取り出している瞬間の写真を新田原に見せる。写真にはきちんと飲酒写真のが収められていて、どんな写真なのかもしっかり確認できる。
「写真はコラージュには見えなかったのよね?」
「あぁ。少なくとも僕とひとみ先輩の目には」
「ひとみ先輩がそう言うならそうなんだろうね……」
僕のことは全く信用していないのかよこのチビ。
「この写真がコラだとしたら相当な技術があるってことでしょ?」
カメラを返しながら新田原が言う。
「あぁ。少なくとも、日常的に写真を撮っている僕とひとみ先輩が気付かないんだからな。プロ級だ」
このレベルの腕があれば、ネットのクソコラグランプリで充分優勝できる。
「あの、よかったら」
そのとき半袖半パンのジャージ姿の陸上部のマネージャーが、新田原にプラスチックのコップに入った麦茶を差し出す。
「あっ、ありがとうございます」
新田原がお礼を述べると、マネージャーは微笑んだ。ひとみ先輩とは違うベクトルで笑顔が素敵な先輩だ。
「あの、少し聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
新田原がたった今思いついたであろう質問をする。
「陸上部って、部室でよく写真を撮ったりしますか?」
「写真? そうね……よくかどうかはわからないけど、撮ったりするかな?」
「撮った写真をSNSにあげたりしてませんか?」
「そうだね……LINEにあげたりはあるかな? 私はやらないけど」
「それ、見せてもらっていいですか?」
新田原が言うとマネージャーは訝しげな表情を浮かべた。
どうやら新田原はまだコラージュの可能性を捨てていないようだ。そして、元となった写真が誰にでも入手できる状況にある可能性も視野に入れているらしい。
「いいけど……」
マネージャーがポケットからスマホを取り出し、しばらく画面を操作してから新田原に渡す。表示されていたのは陸上部のグループライン、そのアルバムだった。アルバムには三百枚ほどの写真がある。どうやら画像をあげるときはどんどんここに追加していくシステムらしい。
写真は何かのプリントやホワイトボードの連絡事項を撮影したものもあったが、大抵は部員同士が仲良く写っているものだった。青春しているなーと、他人事のように思っているとふと新田原の手が止まった。ある写真をタップして拡大する。
それは秋本先輩の飲酒写真とまったく同じ構図で、秋本先輩がスポーツドリンクを飲んでいるものだった。
「これって……!」
「あぁ……! これがコラの元だ」
構図も首の角度も何から何まで飲酒写真と寸分違わず同じだ。これがコラの元で間違いないだろう。
「誰が撮った写真だ?」
「えっと、これをあげたのは……椎田岳って人みたい」
「椎田? 本当に椎田か?」
そこには確かに椎田の名前があった。
「椎田って人がどうかしたの?」
「……陸上部と写真部を掛け持ちしている」
「それじゃあ……コラージュの技術も……?」
「多分」
僕もひとみ先輩も――というか、写真部員は少なからず画像編集ソフトが使える。椎田にどれほどの技術があるのか知らないが、少なくとも何も知らない陸上部員よりは――
「あのっ、この写真って椎田先輩が撮ったものですか?」
新田原がマネージャーに詰め寄る。
「う、うん……多分そうだと思うよ。というか、自分が撮った写真をわざわざ他の人に一度送ってからあげるのは変だし」
それもそうだ。そんな手間をかける必要はない。ただ、自分で撮った写真をあげるだけなのだから。
「この写真、私のスマホに送ってもらってもいいですか?」
「か、構わないけど……どうして?」
「もしかしたら事件が解決するかもしれないんです!」
新田原の鬼気迫る表情に圧倒されたのか、マネージャーは新田原とLINEの連絡先を交換し、写真を送信した。
「ありがとうございます! それと、椎田先輩の居場所はわかりますか?」
「椎田君ならあそこに……」
マネージャーが指さした先には女子生徒に囲まれている椎田の姿があった。死ね。
「行こう! 椎田先輩に直接話を聞いてみよっ!」
「あぁ」
新田原が意気揚々に椎田の元へ。未だに状況が飲み込めないでいるマネージャーに、新田原の分も含めて頭を下げ、後を追う。
「ちょっと待て」
「なに?」
「お前、椎田のこと知らないだろ? ここは僕に任せておけ」
「そ、そう? って、今、椎田先輩のこと呼び捨てにしなかった?」
「気のせいだ。行くぞ」
「ちょ! 嫌な予感しかしないんだけど!」
新田原の声を無視して僕は勇み足で椎田の元へ向かう。
「おい、椎田」
僕の声を捉えた椎田が猛禽類を連想させる目つきで僕を睨む。
「先輩を呼び捨てとはいい度胸だな。短足」
「そう言っていられるのも今のうちかもしれないですよ、先輩」
「あ?」
僕と椎田の間に流れる不穏な空気を嗅ぎとったのか女子の群れがすっとひき、霧散していく。新田原に関しては僕の後ろでおたおたするだけだ。
「椎田先輩、あなたが飲酒コラを作ったんですか?」
「飲酒コラ? なんだそれ?」
「しらばっくれても無駄です。おい、新田原!」
「ひゃい!」
「写真」
新田原は僕の言わんとしたことを察して、スマホを操作しながらおずおずと僕と椎田に近づく。そして、椎田に秋本先輩がスポーツドリンクを飲んでいる写真を見せる。
「なんだこれ? 俺が前に取った写真か? どうしてお前がこれを――」
「そして、この写真です」
僕は万を持してカメラに表示された真打を椎田に見せた。
椎田が固まった。
「このコラを作って、印刷機で印刷。そして、秋本先輩の鞄に入れたのは椎田先輩ですね?」
「ち、違う! 俺じゃない!」
「本当ですか?」
「俺じゃないって言ってんだろうが!」
椎田の手が僕に伸びる。一瞬のうちに胸倉を掴まれた。掴み方が悪かったのか、ボタンが一つ地面に転がった。
「や、やめてください!」
新田原が体を張って僕を救出しようとする。しかし、新田原のあまりに小さく細い腕では椎田の手を僕の胸倉から離すまでには至らなかった。
「なんなんだよこの写真は!」
「陸上部の中で写真に詳しく、さらに画像編集ソフトも使える。あなた以外に誰が犯人だっていうんですか?」
「てめぇ……!」
「本当にやめて! 私のために争わないで!」
いや、お前のためには争ってねーよ。
しかし田原の言葉が効いたのか椎田が胸倉から手を離す。
「それ、絶対に俺じゃないからな! そもそもコラなんて作れねーよ!」
「どうですかね……こんな暴力的な人ですからね……犯罪の一つや二つ起していても不思議ではないですけどね」
「おい、痛い目みねぇとわかんねーのか?」
「ちょっと! なにしてるの! 一回引き上げよう!」
「敵を目の前にして背中を見せるのかよ!」
「敵じゃないし、犯人だって決まったわけじゃないでしょ! ほら、いいから!」
新田原に引っ張られるままテントに連れ戻される。その間、僕はずっと椎田のことを睨んでいた。椎田の周りには僕と新田原がいなくなると再び女子の群れが形成され始めた。消えろ! 失せろ!