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毒舌写真部員と小さな探偵(前編)

 屋上に一陣の風が吹き、僕の癖っ毛をさらう。鬱陶しい自分の髪を払いのけながら、それでも僕は眼下に広がる青春を写真に収め続けた。


 五月半ば。北清瀬高校では毎年恒例のスポーツ大会が行われていた。スポーツ大会は遠足の次に行われる行事で、新たにクラスメートになった生徒間同士の交流を深めるために行われるものだ。といっても、四月の遠足の時点である程度親交は深まっている。仲良く同じ競技に参加する生徒、サボりを決め込む生徒、そして僕のように孤独を極める者もいる。


「と言っても、ただ単に友達ができないだけなんだけどな」


 自分の思考に自分で毒を吐く。その感覚はテレビでくだらない芸人に唾を吐き捨てる酔っ払い親父のそれに似ている。


「あーあ、だりーな……サボリてー……」


 言っても無駄なことを言ってみる。写真部に加入した新一年生は、スポーツ大会の写真を取ることが義務なのだ。いくらなんでも加入一カ月足らずの部活動をおろそかにするわけにはいかない。そんなわけで、僕はさっきから撮りたくもない、いかにも高校生らしい派手な連中が馬鹿みたいに笑いながらサッカーボールを蹴る姿を追い、被写体を変えながらシャッターを切っている。


 ちなみに、僕はこの後競技に参加する予定はない。大会の最初に行われる誰も注目しない卓球に出場して早々に負けてきたのだ。おそらく学校の中でもっとも早く用済みになった生徒だろう。それが原因とは言わないが、写真部の仕事を先輩に押しつけられ屋上から校庭を走る生徒を撮りまくるという行為をひたすら続けている。


「まぁ、いいんだ。写真は好きなんだ」


 自分で自分を擁護していて恥ずかしい限りだが、写真だけは好きだった。それがたとえ僕が望みもしない青春を送っている連中をレンズに写すことになってもだ。だから何時間でもこうして写真を撮っていられる。写真だけが信用できる。写真は僕のライフワークだった。


 再び風が吹き、グラウンドに砂埃が舞ったところでホイッスルがなり試合が終了となった。結果は――まぁどうでもいいだろう。自分のクラスでもなければ同じ一年生でもない。それに、そもそも写真を撮っているのであって、サッカーの試合を見ていたわけではない。勝負は当事者たちだけの問題だ。


『生徒の皆さんにお知らせします。これでスポーツ大会の午前の部は終了になります。これから一時間の休憩に入るので、各自教室にもどり、昼食をとってください。繰り返します――』


 試合終了と同時に放送が入った。どうやら一日かけて行われるスポーツ大会の半分終わったらしい。


「お弁当は食べたし……」


 自分の競技が早々に終わった僕は、十時には昼食を終えていた。写真部の仕事であるスポーツ大会で活躍する生徒を写真に収めるという仕事ができない以上、ここにいる意味はない。


「仕方ない、校舎裏で音楽でも聴いてるか」


 空になったお弁当箱と、カメラを持って立ち上がる。音楽プレイヤーはあいにく教室だ。取りに行かなくては――

 屋上から校舎の中へ戻るため扉へ向かう。僕が手をかけると、ちょうど中から扉が開けられ、セーラー服を着た女子生徒が数人が現れた。


「あっ」

「あっ」


 互いにぶつかりそうになり、身を引く。胸元についた校章を見る限りどうやら同じ一年生のようだ。同じクラスでは――おそらくないはずだ。女子は派手なグループでも、地味なグループにも所属していないような極めて平均的な容姿と雰囲気をまとっていた。


「ど、どうぞ」

「どうも」


 女子たちが道をあけたので、僕は扉を潜りぬけ階段を下りた。女子たちは手にお弁当箱を持っていたので屋上に弁当でも食べに来たのだろう。

 それ以上は何も考えず教室へ向かう。後にこの些細な出来事が僕の高校生活を変えるなんて想像もしなかった。


×   ×   ×   ×   ×


 昼休みを好きな洋楽ロックを聴くことでつぶし、再び写真を撮るために屋上に戻ってきた。先ほどすれ違った女子生徒の姿はない。昼休みも終わったことだし、競技に出るために体育館か校庭に行ったか、それとも同じクラスの仲間を応援するか――どちらにせよここを去ったのだろう。


「さて、僕は写真を撮ろう」


 カメラの電源を入れ、校庭にレンズを向け、ピントを合わせて、サッカーの試合前に行われる礼のシーンを写真に収める。試合が始まった。キックオフの瞬間を再び撮る。


 何回シャッターを押しただろう。サッカーの試合が二試合終わった時、屋上へ続くドアが開く音がした。写真部の先輩が僕の様子でも伺いに来たかと振り向くと、そこには先ほどすれ違った女子生徒数人の内の一人がいた。


 女子生徒はひどく幼い容姿をしていた。身長は見るからに平均よりも低く、顔も童顔だ。髪は短く左右でフリルがあしらわれたシュシュで結わえられ、セーラー服の襟もとにしっかり巻かれたスカーフと、それに反発するような校則違反ギリギリな短いスカート丈。記憶を探ればあの女子生徒たちの中でもっとも目立っていた一人だ。


 僕はその姿を確認して、視線を再びカメラに戻した。僕に用があるわけではないのだろう。あまりじろじろ見ていても気持ち悪がられるだけだし、再びカメラに集中する。


 女子生徒は扉をくぐり、屋上に出るとそこで下を向き、動かなくなった。


(どうしたんだろう……)


 女子生徒が屋上に来た理由はサボリか、はたまたサッカーの試合を見晴らしのいい場所で観戦するためしか考えられない。そうだとしたら、なぜ立ち止まっているのだろう。

 五分近くして、相変わらず女子生徒がそうしているので、僕はキーパーがファインセーブをした写真を撮ったところで一旦キリをつけ、カメラの電源を切り、女子生徒に振り向いた。


「どうしたの?」

「えっ?」

「さっきからずっとそうしてるじゃん」

「え、あ、う、うん……」

「もしかして僕がいるからここからサッカー見るの遠慮してるのか? それならどこうか?」


 写真はこの校舎の屋上じゃなくとも撮れる。移動するのは面倒だが、女子生徒にずっとあの状態でいられるのは迷惑とまでは言わないが、気になって仕方ない。


 反応はない。仕方ないので僕は荷物をまとめて屋上を去ることにした。


 女子生徒の横を通り過ぎる。その時、荷物を持っていない空の右手が掴まれた。


「あ、あのっ!」


 女子生徒が僅かに顔を赤らめて上目づかいに僕を見る。恋愛経験が皆無の僕だ。その行為は、名前も知らない女子生徒を好きになるだけの十分な一撃だ。だがあいにく女子生徒の身長が低すぎるのと童顔すぎるせいで、近所の小学生の女の子から遊んでとせがまれているのと大差がなかった。しかしそのようなことが起こる可能性がゼロというわけではない。あわよくば――


「なに?」


 だから僕は、心の余裕と期待を持って女子生徒に問う。


「しゃ、写真を……」

「写真?」

「写真を見せてもらえませんか……?」


 緊張からか、若干声を震わせながら女子生徒がお願いをしてくる。何かと思えば写真を見せろか――


「僕は一体何を期待したんだ、こんなお子様体型で童顔なやつに」

「へっ?」


 僕が思わず吐いた毒に女子生徒は目を丸くした。その後で、頬を赤く染めた。もちろん怒りにだ。


「お、お、お、お子様体型って……! しょ、初対面の人にいきなり……! いきなり!」

「事実だろう?」

「そうだとしても! そんなことは言わないでしょ普通!」

「普通ってなんだよ?」

「普通は普通です!」

「お子様らしい返し方だな!」

「なっ! なによっ! このもじゃもじゃ海藻頭っ!」

「あぁ、そうだよ僕は癖っ毛だよ」

「…………」


 僕が反発せずにあっさり認めたからか、女子生徒は急におとなしくなる。僕はそこに漬け込むようにさらに攻める。


「僕のこと、もじゃもじゃとかなんとかって言ったからこれでおあいこだよな?」

「っく!」


 女子生徒は顔を歪める。


「あ、あなたは失礼な人です!」

「失礼なのはどっちだよ。いきなり見ず知らずの男の手に握ってきて――ハラスメントで訴えるぞ?」

「は? は、ハラスメント?」

「別にハラスメントは男から女にだけに限定されないんだぞ? 女から男にした場合でもハラスメントは適用される。そんなことも知らなかったのかお子様体型?」

「……っ! あぁ、もうっ! 知らないわよそんなこと! さっきから私のことお子様体型とか失礼なことばっかり言って!」

「はぁ……写真見せて欲しいんだったら、まず名前くらい名乗れよ。そんで頭さげてお願いしろよ」

「……む、むかつく!」


 正論なので余計に腹が立ったのだろう。僕を責める言葉が見つからず、女子生徒は渋々ながら名前を口にする。


「新田原えり」

「新田原ロリな。わかった」

「ロリ言うな!」


 女子生徒が腕を振り回し、僕の腹のあたりを殴る。しかし、さすがというかパワーはなく犬がじゃれてくるのと大差がなかった。


「ハラスメントの次は暴力か? これだから精神年齢も外見年齢も低い奴は……」

「う、うるさいっ!」


 新田原は僕を突き飛ばすように両手でみぞおちの辺りを押す。しかし、押す力が弱くそのまま跳ね返され、無様に尻もちを突く。


「っ~!」


 右手でスカートを抑えつつ、新田原はすばやく立ち上がった。ちなみに下着はとても女子高生が履くものではなかった。


「お、覚えてろよっ!」


 スカートの中を見られたことを自覚したのだろう。耳まで赤くなった新田原は捨て台詞を吐いて、屋上から立ち去ろうとする。


「僕になにか用があるんじゃないの?」


 呆れ半分で小さな背中を呼びとめると、新田原は一瞬動きを止め、情けない顔になって最初の言葉を口にした。


「しゃ、写真を見せてください」


この一言から、僕と新田原の奇妙な日常が始まった。

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