「僕と。魔法とエピローグ」
「僕。と魔法とエピローグ」
さて、この物語を始めるのにどの様な言葉が相応しいかと悩んでいるのは私ヘルメス。
良い加減な神達の使い走りで筆を取ることとなった次第である。
それ故私に綺麗で読みやすい文章を期待して頂いても困るというものだ。
今の私に任されたのは、この序章を飾ることだけなのだから。
だが、とりあえずはよろしく頼むとでも言っておこうか。
それにしても何故こんな事になったのか。
事の発端はあの一人の人間だ。
いや、全ての始まりか。
まあ未来の夢溢れる若者共に、伝記として一人の男?女?の伝説を残すのも悪くは無いのだが。
よし書こう!と自発的に行動に移すのと、おい書け!と上の者から強制されるのとではまるで違う。
いつも神達は、私が考え、行動に移す前に命令を下す。
あの時もそうだ。
私は誰に言われるまでもなく追跡しようと思っていたのに。
とまあ私の愚痴ばかり後世の者に残しても不満不平が蔓延る世の中に変わってしまうので、これくらいで自粛するとしよう。
(彼に見せる前にこの辺りは消しておくか。)
よし!それでは序章を始めようとしよう!
私はヘルメス!
これから長い旅路をあなたと共にする導き手の様なものだ。
この物語は一人の憧れが、無残にも打ち砕かれた故に辿り着いた、素晴らしく魅惑的な世界について描かれることになるだろう。
憧れというのは時に絶望を呼ぶ。
だが悲しむことなかれ。
それ故に希望があるのだから。
希望もまた絶望を呼ぶことも忘れてはならないが。
そうだ。
君に言葉を贈ろう。
「本当の敵は自分自身だ。」
今から始まる物語の最後に、もう一度この言葉を思い出して欲しい。
その意味がよく分かるはずだ。
まあ、そう堅くならないでくれ。
今回はあくまで序章。
フルコースで例えるとオードブルの様なものだ。
軽い気持ちでページを巡れば良いのさ。
実を言うと私も今人間界を覗きながらこれを書いている。
つまり適度にリラックスしているということだ。
だから君もほどほどにね。
大丈夫!
飛ばし読みした所で祟ったりなんかしないよ。
僕は君たちが言う神様の中でも割と優しい方なんだ。
これから何度も物語の中に登場すると思うし、直ぐに分かることだけどね。
さて、前置きが長くなってしまったね。
それでは始めようか。
準備は良い?
僕は、、、ちょっと待ってね、来客だ。
「何だい?今ちょっと忙しいのだけど、、、え?
見つかったのかい?彼が?、、、分かったすぐ行くよ。勿論!フルスロットルでね。」
、、、すまない、急用が出来た。
僕は今すぐ行かなければならない。
え?物語の始め方だって?
そんなこと僕に聞くなよ。
せめてタイトルコールを?
ああ!もう分かったよ!
じゃあ行くよ!
第1輪 サタデーナイトはやってこない
「それでは次のニュースですが...」
毎週金曜夜10時から楽しみにしている刑事ドラマが終わり平坦な報道番組が続いている。
今回の”龍門寺 村正”もカッコよかったなあ。
あの最後の犯人を追い詰めるところなんて特に良かった。
「全身を、、、鋭利な、、、」
ニュースでは何かの事件を取り上げている様だったが、所々ノイズが入って何を言っているのかよく分からなかった。
やっぱり貰い物は駄目だな。
早く新しいテレビが欲しいぜ。
「都内では、、、今年2回目、、となり、、、警察、、、」
僕は余りニュースが好きじゃない。
政治や経済にも興味がない。
そういうのはもっと頭のいい人達が勝手に想像して予測して時に利用し、より良い社会の為に生かせてくれればいいのだ。
それに何というか、現実味を帯びた内容はつまらない。
割とロマンチストなんだ。
何てことを考えていると間抜けな欠伸が出た。
壁の丸時計に目をやる。
明日は一限目から講義か。
そろそろ寝よう。
テレビを消して歯を磨き、サッと布団に潜り込んで携帯を触る。
僕はこの寝る前にネットの波を当てもなく泳ぐ不毛な時間が好きだ。
特に何をするわけでもないが、今この時間、僕と同じような暇な人間と電波を通して繋がれているという状態に安心するのかもしれない。
何て適当なこと言ってみる。
おっと。
再び時計に目をやると、針はもう12時を回ろうとしているところだった。
バイト中とは違い、時間が経つのは早いな。
流石に早く寝なきゃ。
と言いながらもなかなか眠らなかったのは、明日が僕の20歳の誕生日だったからだと思う。
友達から連絡が来るかもしれない。
そう考えるとすぐに眠ってしまうのが勿体なく感じた。
だからと言ってすぐに返信してしまうと「寂しいやつ」と思われるかもしれない。
その辺りが難しいな。うーん。
熟考すること僅か5分。
「さっきまで友達が夜通し誕生日パーティーを開いてくれてて返信遅れた」
と明日の朝に返すことに決めた。
余りにも強い眠気に襲われ始めていたこともある。
(決して見栄を張った訳じゃないぞ!)
僕はようやく電気を消しそっと目を閉じた。
しかしその数分後、携帯が激しい音を立てて鳴り出したことにより直ぐに目を開けることになった。
こんな着信音初めて聞いたよ。
僕の誕生日になった瞬間にメールでも送りたかったのか?
一体誰だろう、、、
少し紅潮しながら携帯の画面を見たその時、突然僕の身体は鋼の様に硬直して動けなくなった。
そう、まるで鋼。
どの身体の部位も、脳からの信号を受け取るつもりは全くないようだ。
辛うじてだが口は動く、、、
「か、金縛り...か..?」
これが金縛りなのか?初めてのことでよく分からない。
少し怖いな。
確か、レム睡眠に入ったり入らなかったり、、、とかが金縛りの原因、みたいなテレビを見たことがあ...
あ...れ.....?
な.か..らだが...う..あた..魔.
..お...も
.い。他、はまだい、、い
...
..
.
プツンッ
「それでは次のニュースです。今日未明、性器以外の全身の皮が鋭利なナイフの様な物で剥がされた遺体が都内...駅付近でホームレスによって発見されました。身元は...」
次に目を開けた時。
僕は死んでいた。
第2輪 アスタロテの部屋
「こ、ここは、、、?さっきまで、確か布団に、、、ってあれ?」
この空間がとてもこの世に存在するものとは思えない。
禍々しいスライムの様な謎の物体が悍ましく蠢く中に、僕はいる。
まるでストレスで自殺する前のサラリーマンの胃の中だ。
この例えは割と合っていると思うな。
それくらいこの壁、地面、全てが肉肉しく、そして絶望感を漂わせるものであったからだ。
しかし、不思議なことに余り恐怖を感じない。
それどころか、何故こんなところに?という疑問も何だかどうでもいいことのように思える。
とりあえず僕は何もすることが無かったので、暫くの間直立したままぼんやりとしていた。
時間にすると5~10分といったところか。
すると僕の目の前に、人骨で象られた気味の悪い椅子が、突如地面からねちゃねちゃと音を立てながら生えてきた。
魔王の玉座って感じのこの椅子は、一体何人の骨で構成されているのだろう。
少なくとも頭蓋骨が30個以上はあるから、、、
この椅子について色々と想像を巡らしていると、突然僕はネバネバと絡みつく負のオーラに包まれた。
気が付けば周りに蠢めいていた肉塊達が、少しずつ椅子の周りに集まってきている。
それらは徐々に混ざり合い、やがて、、、信じられないことに、美しい人の形になった。
それ、いやその女性の美しさといったら最早言葉では表すことはできないくらい魅惑的だった。
とてもこんなブヨブヨから出来上がったものとは思えない。
毛の一本一本まで透き通った純白の髪。
氷の様に冷たい肌。
燃える様な深紅の瞳がコントラストを生んでいて魅力的だ。
何より細いが、細すぎない身体の絶妙なラインと、それを纏う深緑の薔薇で彩られたドレスが性的な興奮を覚えさせた。
「初めまして、ぼく。私はアスタロテ。この部屋は生と死の狭間であり、同時に私の”中”でもある。どう?気に入ってくれた?」
なんて甘美な響きを持った声色なんだ。
思わずうっとりしてしまった。
涎が垂れるのにも気づかないほどに。
しかしハッと我に返りいざ言葉を返そうと努力してみると、何故だか上手く発声できずにプルプルと震えることしかできなかった。
そんな僕を見て彼女は「怯えることないわ。私はあなたの味方よ。さあ勇気を出して。」と、細くしなやかな指を持つ手をソッと差し出し、僕の手に優しく合わせた。
すると硬直していた身体にポッと温かな光が宿った気がした。
「あ、、えっと、その、、、」
拙い言葉ではあったが、ようやく僕の声が空気を震わせることが叶った。
彼女は満足したのか、誘惑的に笑い、言葉を続けた。
「普段はこうして直接会ったりはしないのだけど、、、あなたは特別。
私はアスタロテ。生あるものを死へ。死あるものを生へと送る役目を担っている神よ。
そしてここは生と死の中間。あなたは今日、無様にも死んでここに来た。思い出せるかしら?」
「ぼ、僕が、し、死んだ、、、?」
突然この女性は何を言っているんだ、、、?
「そう、あなたは死んだ。」
アスタロテは考え事をする様に、指を顎に当てた。
「そうね、、、突然動けなくなったことは覚えているわよね?」
僕の脳はようやく活動を始めた。
そうだ。
携帯を見た瞬間動けなくなったんだ。
その後は、、、?
「あぁ精神の限界を越える辛い出来事はあなた達人間では思い出すことができなかったわね。
ごめんなさいね。”生きたまま全身の皮を剥がれるなんて酷いこと”思い出せるわけがないものね?」
突然!頭が割れるように激しく痛み出した。
な、なんだこれはッ?!
余りの痛みに何も考えることができない。
うずくまり、この汚い肉の上でバタバタと悶えることしかできない。
言葉にならない痛みを、叫んで、喉が枯れるほど叫んで、誰かに伝えることしかできない。
只々あの時の光景を必死に思い出さないように努めることしかできない。
「そんなに痛かったのかしら?ごめんなさいね。
綺麗にやろうとしたのだけど、流石にここからだと少し遠くて。」
アスタロテの雪解けの様に儚い髪が鮮やかに目の前を揺れる。
「あ、あなたが、、、僕に、あんなことを、、、?」
この世のどん底から彼女を見上げた。
渾身の力を振り絞り何とか声は上げることができた。
そんな僕とは対照的に、悪魔はゆっくりと柔らかに親しみを込めて語った。
「そうよ。私が人間を操って動けないあなたの皮を剥いだ。
それは、、、喜びなさい。あなたが栄光ある一人目の実験体に選ばれたからよ!
偉大なる神々を敬いなさい。讃えなさい。そして、あなたの全てを捧げなさい!」
狂気。
先ほどまで美しいと感じていた彼女はもうそこにはいない。
あるのは、ただ僕を虫けらの様に見る冷たい瞳だけ。
「ひ、一人目、、、?それって一体、、、?」
「この空間での会話は”転生”したら忘れてしまうのだけど、、、まあいいわ。全て話してあげる。」
.
..
...
さて。
ここら辺の話は今の彼には上手く理解出来なかったであろうから、代わりに私ヘルメスがあなたに当時の状況を要約し説明させて頂こう。
突然出てきてすまないが、暫くお付き合い頂くよ。
アスタロテの言葉。
まず彼は選ばれたのだ。
転生者としての実験体に。
この世には彼の様な普通の人間が住む人間界の他に複数の異世界が存在する。
そこに何の力も持たない下等生物である”人間界の人間”を送りこんだらどうなるのかという話が我々神の間で何百年も前から話題に上がっていた。
(議題に上げたのは誰だったろう?)
そしてそれは議論を重ね、長い時間を経てようやく実行するに至ったというわけだ。
皮を剥いだのは、魂を入れるための器にするため。
今から彼はアスタロテに食べられて異世界へ渡るわけだが、再度身体を構築する際に魂を入れる容器が必要なのだ。
(因みにアスタロテの胃は異次元に通じているよ。)
皮だけだと少し脆いから、後ほど人間界から身体を補強するための物質が煙に運ばれやってくる。
この時の話は”アヴァロン”にある”ホルスの眼”を通して聞いていたが確かこんな感じだったと思う。
彼女は余り気が長い方ではないから、お世辞にも丁寧な説明だったとは言えない。
まあ、人間に話す時の神なんて皆ぶっきらぼうなものだよ。
(君たちだって蟻んこに「今日もせっせと働いて偉いね。」なんて一々言って回るかい?)
あぁ彼も少しずつ正常に戻ってきたようだね。
では、またすぐに会おう。親愛なるヘルメスより。この翼に愛を込めて。
...
..
.
アスタロテの端的な説明が終わり、ようやく頭の痛みも引いて少し落ち着いてきたことから、僕は湧きあがった疑問を直接ぶつけた。
「なぜ僕が選ばれたんですか?この世界には沢山の人間がいるのにどうして、、、?」
そう言うとアスタロテは再び薄く笑った。
僕は身体の芯から震え上がった。
本当に綺麗な人なのに、この笑顔はどうしようもなく落ち着かない気分にさせるんだ。
「あなたが特別なわけではないのよ。まず日本人と呼ばれる人種であること。これが大前提ね。
あなた達人間は人種?毎に埋葬方法が異なっている。面白いわ。
どれも同じ下等生物に過ぎないというのにどうして文化の違いが存在するのかしら?
少し話がずれたけれど、その中でも日本人は死体を焼却することを善としている。
これは私にとって都合が良いの。一度に二つ器を持ってこちらへは来れない。
皮さえ運べば後からすぐに肉が勝手に送られてくるんですもの。なんて楽なのかしら。」
「肉?それが後から送られてくる物質ということですか?」
「そうよ。他の埋葬方法、例えば鳥に食わせたり土に埋めたりだと時間がかかって面倒だわ。だから日本人を選んだの。」
ふぅと美しい息を吐きだしアスタロテは続けた。
「そして、あなたは”ヘルメス”というある使命を携えた神によって選ばれた。
その使命とは、退屈な日常に飽きていて絶望している。変化を望んでいる。
そんな愚かな人間を探し出すというものだったわ。
ヘルメスは人間の本質を覗くことができる。
あなたは何も変わらないこの日常が嫌で嫌で堪らない。
この魔法も使えない様な平和な世界に絶望している。まさに適格者だった。」
(本当は程々に退屈している人間を選ぶよう指示があったのだけれど。)
説明ばかりに飽き飽きしてきたのか、僕の抱いている沢山の?に、質問させる間も与えず彼女は言った。
「こんなものでいいかしら?そろそろ”スキルチャンス”に進みたいのだけど。」
「スキルチャンス?」
「あら、こんなものまで説明しなくてはならないとは。やはり人間とは何て無知な生物なのかしら。」
そう言い美しい脚を組み直したアスタロテの身体を改めて見て、、、
うん。正直に言おう。
こんな状況にも関わらず、僕は欲情した。
彼女の表情、身体、雰囲気、全てが、恐怖を覆すほどの激しい性的な印象を与えていた。
だが、僕はここで驚くべき真実を知ることとなる。
そう。
僕の性器、男としての象徴が無くなっていたのだ。
「な、ない、、、僕の、、、、、、」
「あら、今頃気付いたの?
あなたの様な人間が異世界で繁殖でもされたら困るから、あれは勿論置いてきたわよ。
まあ、使うタイミングも無かっただろうし気にする必要は無いんじゃないかしら?」
そんな。
一度も使わずにその生涯を終えるとは。
男としての尊厳、何か大事なものが奪われた気がした。
放心状態の僕を置いてけぼりにしてアスタロテは苛立ち気味に駆け足で説明を始めた。
それは耳を疑うような内容だった。
第3輪 囚われのゴッデス
ここで再び私ヘルメスの登場だ。
何故出てきたかって?
今の僕くんは混乱している。
一度に色んな事が起き過ぎたね。見てて面白いよ。
まあ誰でもこんな状況ならそうなると思うけれど。
そんな今の僕くんの口から出た言葉なんて誰も信じないだろう?
そういう訳でまた少しお相手願おうか。
まず”全ての生物”は逃れることのできない輪廻に囚われている。
これは大前提なのだが、覚えておいて欲しい。
次に、一生の間に経験した感情、特に絶望や後悔といった負の感情はチャンスポイント(CP)として蓄積されていく。
これは元々のステータスが限りなくゼロに近い人間だけに与えられたチャンスなんだ。
アスタロテが言ったスキルチャンスとは、獲得したCPを消費し、次の人生での自分の外見や性格、運といったもののステータスレベルを上げられるというもの。
例えば、中学生の時にいじめが原因で自殺し、この部屋を訪れた少女のCPが100だったとする。
(自殺をするとCPは下がってしまう。
それは更なる痛みや苦しみから逃れる為の楽になる行為であるからだとアスタロテは後ほど付け加えていたな。)
そのCP100を次の人生の外見や性格に50,50と消費したとする。
(本来であればもっと細かく設定するのだが、あくまで例として黙って聞いてほしい。)
そうすれば、その時代の美しいと思われる外見や、誰からも慕われる性格を最初から保有した状態で次の人生を過ごすことができる。
逆に前世で順風満帆な生活を送っていたのなら、CPは少ないだろうから次の人生には期待できないね。
そうして全ての人間は輪廻の輪から逃れられず、また平等であるのだ。
一つの指標として話すと、各ステータスの最高値はどれも500だが、仮にCPが200もあった場合は次の人間界での人生では幸福に過ごせるだろう。
今の人間界なら、端正な美貌を生かしアイドルや俳優として毎年1億程稼ぐ様な人間で外見のステータスが200ほどか。
(ただ外見に200も使うと、大抵性格等に使えるCPは無くなり他は破綻するから、事故や事件等で美貌が尽きたその時から転落の道へと真っ逆さまな人間は多いが。)
因みに僕たち神といえども輪廻からは逃れられないが、実際の所は殆ど関係がない。
何故なら僕たちは老いない。時間によって能力が変化しない。
だから、よっぽど死んだりなんかしないんだよ。
それにステータスも君たち人間とは比較できないほど元値が高い。
その為スキルチャンスは必要ないと言っていいね。
よし、アスタロテの説明はこんなところか。
では、邪魔をして悪かった。
失礼するよ。ヘルメスより。
...
..
.
「まだ完全に信じてはいないけれど、大体は理解したよ。ありがとう。」
またもアスタロテは笑った。
「あら、理解が早いのね。助かるわ。それでは始めるわね。人間だけに与えられた弱者の権利、スキルチャンスよッ!!」
突如僕の身体から沢山の美しい光の泡が空中へ放出された。
それらは辺り一面を真っ白に照らし、太陽の様に眩しく輝いた。
「こ、これがCPか、、、本当にこんなことが。そ、それで、僕は何ポイントあるんだ?」
「、、、」
「あ、あの、、、」
宙を漂う光の泡を呆然と眺めるアスタロテの口から「、、、ありえない」と言葉が漏れた。
「600、、、ポイントだなんて、、、そんなわけ、、。」
「600?それって、、、」
「ありえないわ、、、私が今まで観測した中でも最も高いのが、遥か昔奴隷として生き続け最後は惨めにも理不尽に殺された人間だった。その者でも400ポイントを下回っていたというのに。
(その人物は次の人生で当時最大規模の国で王として君臨し、老衰で死ぬまでありとあらゆる祝福を賜られていたかしら。)
それを遥かに凌ぐ600なんて、、、あなたに一体何があったの?!
どれだけ絶望すればこれだけの値が、、、」
アスタロテの表情に初めて焦りが浮かんだ。
嬉しいのか嬉しくないのかよく分からないぞ。
まあ多いに越したことはないだろう。
そうだ素直に喜ぼう。
「そ、そうなんだ。それで、えっと何があるんだっけ?外見とか運とか言ってたけど。」
「あ、あぁそうね。私としたことが一瞬取り乱してしまったわ。ごめんなさいね。
ステータスを決める前に一つ伝えておくべきことがあったわ。
あなたがこれから生まれ変わる世界、通称”エアリス”ではあなたの世界では決して使えなかった二つの能力があるの。
”武”と”魔”と呼ばれるものね。それらもCPを消費すれば高められるわ。」
”武”とは攻撃的身体能力を指す。
簡単に言うと戦闘力だ。
僕たちの世界での身体を使った戦闘とはまるで違うみたいだが。
例えばだけど、格闘家や軍人は訓練をして強くなる。
だが人間は元々他人を攻撃する為には作られていないらしい。
訓練しても重い物体を持つための筋肉や早く動くための筋肉が増えるだけ。
それらを偶々他の用途である攻撃といった手段に使用している。
その為戦闘力自体は数値的に見て変わらないので、どれだけ訓練しようと漫画やアニメの様に殴って山が割れるようなことはない。
剣を振ったら波動が出て城が真っ二つ!なんてこともない。
つまり現実離れしたことはできない。
しかし武のスキルを上げれば意識をして行動することで、そんな漫画みたいなことが可能になる。
馬鹿みたいな話だが、彼女が決して嘘をついている様には見えないな。
そして”魔”はエアリスに存在する魔法が使用できる。
魔法は未だ発見されていないものも含め数えきれないほどの種類があり用途もまた様々であるが、一般的に僕たちが想像しているものとそう差異はないらしい。
武と魔は異世界エアリス限定のEXスキルで、元々僕がいた世界にはそれが無いことから、幾ら努力しても望んでも無駄だったことが判明して僕は少し恥ずかしくなった。
CPがこれだけあれば、ステータスのカンストも可能か。
なるほどな。
皆は意外に思うだろうが答えるのにそう時間はかからなかった。
器用貧乏ほど中途半端なものはないと散々ゲームで思い知らせれてきたのだよ!
「魔に500振って、余ったのは今の僕に出来るだけ近いものを作れる?」
その時の僕の瞳はきっとキラキラと輝いていたに違いない。
そう。
僕は魔法というものに何故か無性に憧れていた。そして絶望していた。
どれだけ願おうとも魔法なんて使えない。
そんな奇跡は起こらない。
それが今可能となったのだ。
ふと身体に力が漲ってきたのを感じる。
「異世界か。何だか楽しくなりそうじゃないか!!」
第4輪 再臨した魔王
「魔に500ですって?!そんな人間見たことがないわ!」
あっけに取られているアスタロテに僕は続けた。
「どうなんだ?できるのか?できないのか?」
「で、できる。とは言い切れないわ。最高値まで魔を高められる様な生物は存在したことがないもの。
それに、もしそれが可能だとしても下等生物である人間の器、精神力ではその力を恐らく制御できない。
だけど、それがあなたの望みだというのね。」
僕は黙ってうなずいた。
「分かったわ。それで残りのCPは今のあなたに近いものを作るために使用するのね。
100もあれば充分すぎるくらいよ。あら、ようやく肉が届いたわ。」
これは肉なのか?
真っ赤な球体が奥からプカプカと浮いて近づいてくる。
それは僕の身体の中にスッと入ったきり出てこなくなった。
「これで器は完成したわ。後は私が食べるだけ。」
「え?食べる?」
「そうよ。私の胃袋はエアリスと直結しているの。あなたはどこか小さな村にでも産み落とすわ。
それじゃあ、またどこかで。いただきます。」
そう言うとアスタロテは口を裂けるんじゃないかと思うほど大きく開いた。
いや裂けた。
裂けに裂けた。
僕を飲み込むには全く充分すぎるサイズに。
ここに来て僕は再び恐怖を感じた。
捕食されるという恐怖。
それにあの夜と同じものを感じた。
すぐにペロリと僕は頂かれた。
そうしてこの醜い部屋を去っていった。
アスタロテの部屋は奇妙な静寂に包まれた。
「、、、あんな人間初めてだわ。神ですら超越しうるその魔力。もしかしたら利用できるかもしれない。
こんな所で死体漁りばかりさせられて誰の記憶にも残らない。ならば一層、、、」
クククと含み笑いをしながら美しかった女性はドロドロと肉塊に沈み、紛れ、消えていった。
次に目を開けると僕は死んでいた。
そして転生していた。
辺りを見回してみる。
村だ。
僕がいるのは村の真ん中だ。
ドラ〇エに出てくる様な小さな村だ。
(そう説明するのが一番手っ取り早く確実で分かりやすいだろうから許してくれ)
お?僕に気付いた近くの村人達が驚いたようにこっちを見ているぞ。
「な、なんだ?いきなり人が現れたぞ?」
「誰だ?」「魔物か?」「い、いや人だろう?」「それにしても綺麗な、、、」
皆、僕を見てヒソヒソ何か言っている。
どうしよう。
とりあえず名乗ってみるか。
「えっと、すみません。僕は、、、」
「みんな逃げてッ!!!!」
な、なんだ?!と反射的に振り向くと、何だか変な格好をした女性が物凄い形相でこっちに走ってくるのが見えた。
そして僕が彼女の顔をハッキリと見たその瞬間!
なんと彼女は嘔吐した。
それも盛大に。
胃液を放出しきらん!といった具合に大量に吐いた。
この時の僕が何を考えていたかというと。
そう!
滅茶苦茶ショックを受けていた、、、
いや、今までにそんな経験したことある?
人の顔見てそんなにゲロ吐くなんて。
そんなことされたら一生トラウマになるよ。
ハァハァと少し落ち着いてきた彼女に対し、僕は決して穏やかな心境では無かったが、一応男だし「大丈夫?」と声をかけた。
「こ、この化け物めッ!!!どこの魔王なの?!みんな騙されないでッ!!!」
「ま、魔王?僕が?」
いきなり吐かれるわ暴言を浴びせられるわと中々心が折れそうである。
「こんな膨大な量の魔力、、、見たことがない。みんな下がってッ!!」
そう言い彼女はフゥーと息を吐いて集中力を高めてから、何やら呪文の様なものをブツブツ呟き始めた。
「汝、炎の化身イフリートよ、我が願いに応え給う。汝が、、、」
突然!彼女の足元を青色の魔法陣が囲った!!
地面に鮮明に刻まれたそれは、青く光を放ちながら見るものに特別な威圧感を与えた。
「な、なんだこれ、、、」
まるでアニメや漫画の世界で魔法を唱えるときの、、、!
呆気に取られている僕に向かって恐らく詠唱を終えたであろう彼女は叫んだ。
「焼き尽くせッ!!ファイアボールッ!!!」
その瞬間!こちらに真っすぐに伸ばした右手から、何と火の球が一直線に飛んできた!
避けようと思う暇すらないほどに、火球は目にも止まらぬスピードでやってきた。
あぁ僕は死ぬんだ。
走馬燈が頭を駆け巡った、、、気がした。
しかし、当然ながら僕は死ななかった。
転生してすぐ死ぬなんてありえないだろう?
何故だか分からないが、火球は僕の身体に触れる前にジュワッと蒸気化し消えていったからだ。
「そ、そんな、、、なんて高い魔法耐性なの、、、?」
無傷の僕を見て彼女は心が折れたのかバタッと気を失って倒れた。
勝手に攻撃してきて勝手に気絶して、、、何が何だか。
まあでもここは紳士らしく、彼女を抱いて病院にでも連れてって、
「、、、出てけ。」
ん?病院にでも連れ、
「俺らの魔術士をよくもッ!!俺らの村から出てけッ!!!!」
「そうだ出てけ!!」 「そうだそうだッ!!」
村人達が一丸となって僕に向かって暴言の嵐を浴びせてくる。
ある者は口だけでは飽き足らず、近くにあった石ころを掴み、全力で投げてくる。
たかが石ころでも身体に当たれば痛いし、傷も負う。
僕は恐怖に駆られ、必死に走って逃げた。
どこに出口があるのかも分からなかったが、とにかく人がいない方へ走った。
誰も村を出てまで追いかけては来なかったが、慌てた僕はそのまま森の中へ飛び込んでいった。
暫く闇雲に走っていたが、ようやく足を止め気が付いた時には紫の大樹が生い茂る不気味な森の中に僕はいた。
石が当たった箇所からは真っ赤な血が流れている。
僕は疲れて大きな木の根本に崩れる様に座り込んだ。
「一体、、、何だったんだ。」
僕は日本にいた。
そこで死に、生まれ変わってこの世界にやってきた。
何故だかそれはハッキリと分かる。
だが転生後、いきなり女性にあんなに嫌われる様な原因は分からない。
「何がいけなかったんだろう。」
しかし、熟考する間もなく僕の瞳は一つの影を捉えた。
人ではない。
木の陰に身体が隠れているがそれだけは分かる。
気配がまるで違う。
ヴヴヴと威圧するような低い唸り声。
感覚を研ぎ澄ませ、、、
一瞬でも目を離すんじゃないぞ。
暫くの間じっと影を睨み続けていると、痺れを切らしたのか影の主は姿を現した。
それは見た目こそ狼であったが、邪悪な魔力を感じさせるそれは明らかに僕が知っている生物ではなかった。
初めて見ても分かる。
これを呼ぶに相応しきは魔獣。
「こ、この脚で逃げられるか、、、?」
流血している右脚に視線を移す。
僕は戦慄した。
一瞬目を離しただけなのに、魔獣の数は数十匹にも増えていた。
辺りをサッと見渡し、自分が既に囲まれて逃げ道は断たれてしまったことを把握した。
さっきは当然死ななかったみたいな恥ずかしいこと言ってたけれど、これは本気で笑えないな。
顎から冷たい汗が滴り落ちる。
ジリジリと詰め寄ってくる魔獣たち。
よし、決めた。
大声を出して怯ませた一瞬の隙をついて逃げよう。
生きるためにはこれしかない、そう思った。
長い間の後、ようやく決意を固めた僕だったが、それを実行に移す前に呆気なくケリはついた。
魔獣たちが「伏せ!」と命令された従順な飼い犬の様にぺたんと頭を一斉に地面に着けたからだ。
「あ、あれ、、、?」
呆気に取られている僕に向かって、彼らの中でも一際大きく頬に鋭い傷を持つ狼は言った。
「お帰りお待ち申し上げておりました。我らが王よ。何なりとご命令を。」
へ?
こうして何が何だか分からないうちに僕の異世界生活は慌ただしく幕を開けたのだった。
第5輪 深まる謎
お、、、王?
それってこいつらの王ってことか?
いつから俺は狼になったんだ。
いや?もしかすると転生して狼になったんじゃ、、、ってな訳ないか。
顔は見れないが、少なくとも身体を動かした感じや雰囲気は今までとあまり変わらない。
てことは、、、
誰かと勘違いしているのか?
ん、待てよ。
これを利用すればうまく逃げられるかもしれない。
よし。
「よ、よく気付いたな。私が魔王だということに。どうやって分かったのだ?」
「ご謙遜を。我らが魔王よ。その溢れ出る他に類を見ない圧倒的で絶望的な魔力。
そんな魔力を持つ方は御身しかおりません。」
魔力?
そういえば、さっきの突然攻撃してきた女の子もまるで魔法の様なものを使っていたけれど。
もしかして、、、
使えるのか?魔法。
「そうか。そうだったのか。それでは、すまないが一つ教えてくれ。
実のところ私は今とある事情で記憶の一部が欠落している。
その為魔法に関する知識がないのだ。だから」
「かしこまりました。魔法の使い方が知りたいとのことですね。」
何て賢い犬、、、いや狼なんだ。
「ですが、申し訳ありません。我ら”ダークウルフ”は魔力こそあれど魔法を使うことはできないのです。
何故なら魔法を使うには深い知力、そして言葉が必要であるからです。」
「知力?それは学べば習得できるものなのか?」
「はい。今までに喰いました魔術師の中の一人がそう言っておりました。
ここから北に向かうと大きな城下町に出ます。
そこに学校があり、魔術師を目指す者は皆そこで魔法を学ぶとのことです。」
喰ったって、、、
それにダークウルフって。
名前からして完全に悪だよな。
でもこいつら強そうだし、何といっても僕のことを王と呼んで忠誠を誓ってくれているみたいだ。
それなら。
「よし分かった。ダークウルフよ。今後とも忠義に励め。それで早速一つ頼みたいことがあるのだが。」
「何なりとお申し付けくださいませ。」
ダークウルフの群れに軍隊の様にピシッとした命令を聞き逃さない為の深い沈黙が訪れた。
この光景を傍から見たら完全におかしいよな。
よく公園とかで鳩に好かれてるお婆ちゃんがいたけど、そんなハートフルな光景になっているだろうか?
いや、なってない。こんな所を村人にでも見られようものならもう弁解の仕様がないな。
「あ、ええっと、先ほどこの近くにある小さな村で突然攻撃を受けた。それも魔術師にだ。
今は記憶が無い身。
出来るだけ人間との敵対関係は避けたいが故、襲われた原因を知りたいのだが誰か分かる者はいるか?」
「ご命令承りました。では早速ですが、私の推察を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ん?分かるのか?」
「はい。恐れ入りますが、その魔術師は王の身体から溢れ出る魔力を見て敵だと解釈したのではないでしょうか?
か弱い人間という弱小生物ではその偉大な魔力に耐えきれず、愚かにも王に闘いを挑むことで村人達が逃げる時間を稼ごうと思ったのではないかと考えます。」
そうだったのか。
僕の魔力のせいであの子はあんなに吐いていたのか。
うん。そうであってくれ!!
「それにしても脆弱な人間という存在で御身に盾突こうなど傲慢にも程があります。
今すぐその村の者全てを喰い殺す許可を与えて頂ければと思います。よろしいでしょうか?」
一斉にダークウルフの尻尾が喜びに打ち震え立ち上がった!
「ちょ、ちょっと待て!!!!」
何だこいつら血の気がありすぎだろ!
「少し落ち着け!えっと、すまない。まだお前の名を聞いていなかったな。」
「失礼しました。私は”ゼル”と申します。」
「よし分かった。ゼルよ。私は不必要な敵対関係は避けたいのだ。
人間は一人では脅威でないにしても団結したときは驚くべき力を発揮する。
それにあの魔術師がまだ何か切り札の様なものを隠し持っていた場合、返り討ちに合う可能性もあるぞ。」
まだ相手の能力が未知数な段階で攻めるなんて愚の骨頂だ。
少なくともこれまでに高難易度ゲームを数えきれないほど制覇してきた無類のゲームフリークから言わせてもらうと”情報は命である”。
だがゲームの様に一回死ぬことを前提として行動し、ダンジョンの構造や、敵の技を探ったりはできないな。
ならば。
、、、って僕も一旦冷静になるか。
とりあえず現状で最も優先すべきことは何だ?
この世界での僕の強さが分かればもう少し選択肢は増えるのだが。
魔力はとんでもなく多いみたいだから弱くはないのだろうけど、魔法の使い方なんて分からないしな。
身体は、、、貧弱ではないけれど、そこまで頑丈でもないか。
元いた世界よりも少しだけ足が速くなった程度と考えていいだろう。
だとすれば、現状鍛えるべきはやはり魔術か。
というか使ってみたい欲が凄い。
「ゼルよ。その北の城下町とやらに行くにはここからどれくらいかかるんだ?」
「王よ。私共の背中にお乗り頂けるのでしたら1日も経たずに着けるかと。」
瞬時に反応したゼルの尻尾がはしゃいでいる。
1日背中に乗ったままは辛いだろう。乗り心地悪そうだし。却下。
それにお腹も空くだろうし、何よりこいつらを連れて町まで行って良いものなのだろうか?
魔王の襲撃だ!とか思われないか。
となるとやはり。
「よし決めた。私はもう一度あの村へ行くぞ。」
「ならば我らもお供します。」
だよな。そう来るよな。
「駄目だ。お前らも来ると余計な揉め事に繋がりかねない。」
「ですが、、、」
「良いか?私はこれから魔術学校に行き、そこで魔法を学ぶつもりだ。
しかし、肝心なことは何も分からない。
城下町の場所も必要な物も国の歴史も全てだ!!自分のことでさえ分からない。
ならばあの魔術師にこの世界について聞くのがベストだろう。
そうだろう?だから俺はあの村へ行く。そして、あの魔術師と仲良くなるのだ!」
おお!!と歓声が上がった。
そんな大層なことは言っていないのだが。
決して不純な動機であの村へ行くわけではないからな!今回は仕方なくだ!
「しかし王よ。その溢れ出る魔力がある限りまた、、、」
「そう。それが問題だ。
だが少し落ち着いてきたことで、自分の中にある”魔力”というものについて漠然とだが段々掴めてきた気がするのだ。」
感じる。胸に手を当てると分かる。心の中でゆらゆらと揺れる真っ赤な炎を。
今はそれがまるで太陽の様に熱を放出し続けている状態、、、みたいだ。
ならば、こう、魔力を自分の身体という殻に閉じ込めて、、、お尻の穴を閉めるようなイメージで、、、
「ふんっ!!」
あ、声が出た恥ずかしい。
だがどうだ?成功したのか?
身体が少し重くなった以外は特に何も変わらないが。
「どうだ?魔力は消えたか?」
「は、はい。流石は我らが王よ!魔力が全く感じ取れなくなりました!」
やった!成功だ!
本当なんとなくだけどできそうな気がしたんだ。
もしかしたら僕、才能あるかもしれないな。
よし!これであの子に会いに行けるぞ!
人の顔見てゲロ吐きまくりやがって。
全く失礼なやつだ!
でも、、、凄い怖かったけれど、、、ちょっと可愛かったな。
.
..
...
同時刻 サリエリ魔術学院にて
「至急、現在この学院にいる竜王を全て集めよッ!!」
学院長室に響き渡る激しい怒号。
それから僅か1分も経たない内に、この部屋には7人の魔導士が集まっていた。
皆フードを被り顔を伏せ、無言のまま長の元に跪いている。
氷の様に冷たい静寂を打ち破ったのはやはり長だった。
「皆の者も気付いているだろうが、たった今、南の大地で、かの伝説の時魔導士と互角に渡り合ったとされる”魔神ルシフェル”に匹敵するかの如く絶望的で莫大な魔力が観測された。
恐らく魔神が降臨したのだろう。何千年ぶりだ。こんなことが起こるのは。」
ゴクッと唾を飲む音が聞こえた。長の椅子に掛けた指がガタガタと震えている。
「、、、起こるぞ。この魔力に連られて今まで息を潜めていた魔獣どもの逆襲が。
このことを全ての竜王に迅速に正確に伝えよッ!!
そして、備えるのだ、、、迫りくる絶望に。」
長の傍に仕えている秘書らしき人物が近くの窓のカーテンを開けると、肌を突き刺す様な鋭い日光が部屋に勢いよく差した。
部屋に漂うネガティヴな空気を換えようとしての気を利かした行動だったが、あまりの眩しさに秘書はすぐに閉め直した。
謝罪を申し上げようと後ろを振り向いた時には、長と自分以外、誰もそこにはいなかった。
第6輪 死のレクイエム
「それじゃあ行ってくる!重ね重ねにはなるが、決して付いてくるのではないぞ!」
クゥーンと淋しさを含んだ鳴き声を背負いながら僕は歩く。
可哀想だけどこいつらを村に連れて行く訳には行かないよな。
幾ら服従してくれているとはいえ、やはり魔獣。
人間を襲う生き物ということに変わりはない。
それでも、これだけ懐いてくれるとペットに捧げる愛情程度のものは抱いてしまう。
それにこの森には、ダークウルフ以上の魔獣はいないらしい。
ならばあいつらの偽りの王としてふるまい続ければ、いずれはこの森を支配して、、、
世界にその名を轟かせる本物の魔王!みたいな。
なんてそんな馬鹿なことできるわけないか。
まあ今は無事に村に辿り着けることを祈ろう。
しかし、森の中というのは思ったよりも歩きづらいな。
足元はぬかるんでよく足を取られるし、方向感覚もズレてくる。
よくこんな所を走って抜けて来れたよな。
全く転生してすぐこんな目に合うなんて、、、
何て運がないんだろう。
少し気分を変えようと森の中で立ち止まり耳を澄ますと、木々が風に揺れて奏でている不吉なざわめきが聞こえた。
ここから先は地獄だぞ。
まるで僕に警告しているみたいに彼らは冷たく笑っている。
なんて不気味な森なんだろう。
それに紫の木なんて見たことがないよ。
まだ歩き始めて30分くらいしか経ってないけれど、本当にこの方向で合っているのか?
あの狼たち出まかせ言ったんじゃないんだろうな。
ふふふ、それはないか。
あの態度は本気だった。
本当にあいつらの言う王ってのになっても面白いかもな。
そんな色々なことを考えながら更に1時間ほど歩いた頃、ようやく見覚えのある光景に辿り着いた。
「ん?さっきはこんなものあったか?」
太い木の枝に紐で出来た輪っかが掛けられている。
何か動物を捕獲する為の罠なのだろうか?
村に着き改めて周りをじっくり見てみると、さっきは分からなかったが何だか寂れたところだ。
なんというか活気がない。
村人も皆疲れている様だし、家畜である牛や豚も病気にかかったみたいに動かない。
小屋もボロボロだし、ここに泊まることは諦めた方が良さそうだな。
(こんな所に泊まったら変な病気もらいそうだし。)
と僕に気が付いた村人の一人が直ぐに大声を出し仲間を呼び始めた。
「またお前か!何しに来た?ま、魔術師はまだか!」
「まだ眠っています!村長!」
「そんな事は知らん!叩き起こせ!髪を引っ張ってでも連れてこいッ!」
そんなそんな何もしませんってば。
だけど向こうも彼女がいないと、後ろ盾が無いからかいきなり襲ってくる事はないみたいだ。
なら待つか。
「僕はこの村の魔術師に用があってやって来た!敵ではない!話し合いがしたい。
彼女が来るまでここで待たせてもらう。」
そう言い僕は胡座をかいてドスンと地面に座った。
村人達は不審がり、僕を舐める様に見回していたが決して近くには寄ってこなかった。
意外なことにそれからすぐ魔術師は千鳥足ながらも焦った様にやってきた。
、、、やはり可愛いぞ。
深い黒色のショートカット。
毛先はパーマをかけたみたいにふわっと跳ねている。
顔は少し、、、幼いな。
綺麗というよりは可愛いって感じだ。
他の村人は外国人風な顔立ちだけれど、どっちかっていうとこの子は日本人顔だな。うん。
身長は、僕と近いから170cm無いくらいか。
如何にも魔法使いって言う様な焦げ茶のローブに、草臥れたとんがり帽。
あれ?そういえば魔法使いと言ったら杖もメジャーだけれど、この子は持ってないみたいだな。
「なにジロジロと人のこと見てるのよ。気持ち悪い。
私に何の用?さっきはいきなり攻撃してきたくせに。」
うわっ怖っ。
そんな冷たい顔されると流石に凹むな。
てかいきなり攻撃ってお前が言うなよっ!
「あ、えっと、さっきはすまなかったな。攻撃するつもりは無かったんだ。」
僕は立ち上がりぺこりと頭を下げた。
表情は変わらないか。
「ここに来たのは何やら僕のことを魔王?だと勘違いされている様なので、その誤解を解くためなんだ。
それともう一つ、あなたが先ほど使っていた、、、その、、、魔法?について詳しく聞きたいんだ。
正直に言うと僕には記憶がない。この世界に関する全ての記憶が。
だから、、、助けてほしい。お願いします。何でもするから。」
僕は再び頭を深く下げた。誠意が見える様に深く。
今度は困惑が彼女の表情に浮かんでくるのが見えた。
「記憶が無いって、魔王だった時の記憶が無いってことじゃないの?
そんな奴に教えることなんて無いわ!消えて!」
「だから、魔王なんかじゃないって言ってるだろ!」
ブワッと空気が怪しく震えた。
しまった、、、
怒ったら少し魔力が漏れてしまった。
そしてあぁ、またあの表情だ。
僕を初めて見た時と同じ、怯えや恐怖、後悔、そこに勇気が入り混じったあの。
くそ、何でこうも上手くいかないんだ!もう少し人の言うこと信じてくれたって、、、
その時突如、森の奥からドスンッと大きな地響きが聞こえた。
なんだ?地震か?
いや、違う。
音は一定のリズムを刻みながら徐々に大きくなってきている。
これは足音だ。
村人達も慌てている。
こっちへ向かってきているのか?!
近い、、、木がなぎ倒されていく音の中に何か聞こえる。
「魔王サマ。魔王サマ。ドチラニイラッシャルのデスカ。」
何だこの音は。
心がザワザワする。抉られる。
不安が心を満たしていく。
「あ、あれは、ト、トロールだ!何故トロールがこんなところに!」
不協和音の主は姿を現した。
大きい、、、5mはあるぞ、、、
真緑の巨大な汚れた肉体。
特徴的なのは、その顔の殆どの割合を占める不恰好な鼻と突き出た太鼓腹だ。
一言で言うと、とても醜いその生物の名は"トロール"。
無知な僕でも分かる。
こいつはヤバい。
魔獣としての次元がダークウルフ達とはワンランク、いやツーランクもスリーランクも違う。
間違いなくこいつは、人を殺すためだけに生み出されしものだ。
一歩。また一歩とトロールが村に近づく度に心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
ハッと後ろを振り向くと村人達は既に遠くに見えた。
畜生、何で逃げ足の速さだ。
いや、僕が怖くて動けないだけか。
くそ、しっかりしろ!僕の脚!動けよッ!動けッ!
駄目だ、、、まるで微動だにしない。
焦る僕の瞳だけが右へ、左へと忙しく駆け巡る。
そんな僕ともう一人、ここを動けないものがいた。
いや、動かないものがいた。
「わ、私が、みんなを守らなきゃ、、、」
歯がガタガタ音を立てて鳴っている。
瞳孔は無作為に動き回り、涙がポロポロと音もなく零れ落ちるのが見えた。
脚は震えて、ろくに立つことすら難しいのか、一刻も早くこの場所から立ち去りたいと全力で警告を上げている。
だが、彼女は逃げなかった。
村唯一の魔術師だからか。
それとも彼女自身の性格がそうさせるのかは、出会ったばかりの僕には分からなかった。
「だ、大丈夫か?」
彼女の目がゆっくりとこちらを見た。
「あ、あんたなんかに心配されるとはね。大丈夫よ、、、あんな怪物、私の魔法で」
その時トロールが彼女を見た。
「ア、オンナ、だ。」
その一瞬。僅かコンマ何秒と言った、時間と呼ぶには余りにも短い時の中で。僕がトロールに目線を移したその刹那に。
ぐちゃっと音がしたんだ。
僕の目はそうすることが正しいかの如く自然と彼女に目線を戻した。
彼女の腹部左半身はまるで安価なスプーンで抉られた様に無くなっていた。
「ヴ、ヴメェなア、久ジブリのオンナ。」
トロールの舌には彼女のものであっただろう内臓や皮膚が血に濡れて付着していた。
声を上げる事もなく、彼女は膝から崩れ落ちた。
「う、うわぁぁああああああ!!!!!!」
身体は無意識に動いた。
彼女の元へと向かう為に。
僕の両腕がすぐに地面に力なく倒れている彼女を抱き抱えた。
身体から魂の様な物が、徐々に重さを失っていく感覚を両手を通して感じる。
言葉が出ない。
僕は酸素を拒み続ける身体に必死に空気を供給することしかできない。
だ、大丈夫?
そんな訳ないだろッ!!!
死ぬんだ。
彼女はここで。
こんな寂れた村で突然トロールに襲われて。
理不尽に。
何の理由もなく。
死ぬんだッ!!!!!
地面に汚く這い蹲って。
そんな、、、こんなことあっていいのか?
殆ど息も出来ないだろう身体で、ヒューヒューと、彼女はか細い声を上げていた。
「あ、、、これ、で。よう、やく、、死ね、、る。」
プラプラと垂れ下がっている内臓や、切断された大量の神経、血管から、夥しい量の水が重力に従って下へ下へと流れていく。
それらの行く場所は予め決められてはおらず、ただ地面へと無秩序に広がっていく。
「あ、、なたの、目、、よく、見る、と、、、イ、、ルカ、の様に、、かわ、いい目だ、、ね、、」
そう力なく言い、彼女は震える瞳を安らかに閉めた。
、、、おい。
何だよこれ。
何なんだよこれは!!!!
こんなの僕が望んだ異世界じゃない!!
僕が望んだのは、、、
もっとファンタジーな世界で、魔法が使えて、エルフやドラゴン達と仲間になって、、、そして、、、
、、、何言ってんだ?
終わらせない。
こんな所で終わらせてたまるか!
弱くても、臆病でも、懸命に彼女は勇敢に立ち向かったんだ。
そんな彼女をここで終わらせない!!
終わらせるわけにはいかない!!!
、、、そうだ、魔法だ。
魔力があるってんなら、僕にだって使えるんだろ?
だったら、どんな魔法だっていいから!!
彼女を救う為の魔法を!僕に!!!
ピシッ
その時、上空で空間が割れた。
.
..
...
「、、、人間を助けることは禁止されている筈だが?」
「おや、よくここが分かったね。アポロン。別に助けるつもりなんかないさ。ただ、覗いていただけ。」
「そうか。なら良いのだが。」
「、、、行ったか。全く、見てられないね。こんな時にまで人任せかい?
それはサッサと諦めて、好きな女の子の一人くらい自分一人の力で守って見せなよ。」
...
..
.
、、、何だ?
空から羽が?
それは彼女の額にフワッと柔らかに落ちた。
鳥?いや、鳥の羽にしては大きすぎる。
待てよ、、、何か書いてある。
「、、、ヒール?」
(さあっ!エアリスへようこそ!!)
その瞬間!僕たちの足元に青い魔法陣が出現した!
それは直視できない程眩しく光り、辺り一面を照らし始めた!!
「コ、コの魔リョクは、、、」
魔法陣はバキバキッと音を立てて崩れて行き、色を変えながら再度構築されていく。
青から黄へ。
黄から緑へ。
そして血よりも濃い赤へと染まった。
魔法陣が赤へと光を変えたその瞬間、それは鮮明と地面に刻まれ、もう崩れ落ちることはなくそこに燃え滾る様に留まった。
「な、何だこれ、、、あ!傷が!」
鮮やかな赤色に抱かれた僕たちは、不思議な感覚に包まれていた。
彼女のちぎれちぎれになっていた内臓が、骨が、神経が、筋肉が!光を浴びながら修復されていく。
それは子供が母親のお腹の中で僅か0.何ミリと言ったサイズの時から、温かな栄養を与えられ、徐々に身体を形成していくのに似ていた。
「、、、ヴ、ゴホッゴホッ」
、、、目を覚ました!
彼女が、、、目を覚ました!
「あ、あれ私、、、どうしてここに、、、」
頬から落ちた涙が彼女の頬にも同じ様に落ちる。
「もう、大丈夫。もう大丈夫だから。後は僕に任せて。」
彼女を抱き抱えながら僕はゆっくりと顔を後ろに向けた。
「マ、マオウサマ、、、ソノヨウナ格好でドウサレタノデスカ?」
トロールが跪く。
その両肩はガタガタと震えている。
さっきの僕たちみたいに。
僕はありったけの今の感情を魔力に込め、トロールに向けた。
「去れ。」
ブワッと風が吹き荒れた。
「ハ、ハイ?」
「去れ。そして、二度と人間を傷つけるな。守れるのならお前を殺す。良いな?」
トロールの身体に恐怖という電流が走った。
「か、カシコマリマしタ、、、」
時間は誰にでも平等に訪れる。
トボトボと歩くトロールの背中が少しずつ小さくなっていく。
途中、何度か立ち止まる場面があった。
その度に鳥肌が立つ感覚があった。
だが何事もなく、ちゃんと消えて行ってくれて良かった。
本当に、、、よかった、、、
.
..
...
さて、久方ぶりだね。人間。
ヘルメスだ。
え?僕が何かしたかって?
そんなまさか。
神の掟で人間に手を貸してはならないって、きちんと定められているからね。
それでは、何故私が再度出てきたかの話をしようか。
まずこの後、僕くんは緊張の糸が解れたのか気を失ってしまうんだ。
その為、僕くんが彼女の膝上で再び起きるまでの記憶はない。
この短い間に何があったのかを補足しようと思って再度ご登場ってわけだ。
(全く、僕にだって他の仕事があるんだからね。あんまり無茶させるんじゃないよ。)
トロールが去って静寂が訪れたことにより、村人たちは少しずつ彼らの元へと戻り集まってきた。
そして、僕くんが魔物を呼び寄せた魔王であると疑った村人達は、皆で彼を殺そうとしたんだ。
危うく物語が終わってしまうところだった。
勿論そうは問屋が卸さない。
そこに待ったをかけたのは、ダークウルフの群れだった。
彼らは風の様にやってくると、低く唸り声を上げて威嚇を始めた。
いよいよ僕くんが魔王であると確信した村人たちであったが、、、
人間はやはり臆病だね、誰もダークウルフに挑むものなんていなかった。
ただ、その中でもあの娘は決して彼を離さなかったね。
ダークウルフは「我らが王を離せ。」と人に分かる言葉で言った。
差もなくば喰い殺すと。
きっと一部始終を影から見ていたんだろうね。
ダークウルフはその名の通り闇の狼。
闇ある場所に彼らはいる。
細く伸びる影にだって潜み込むことが出来るんだ。
彼らの主人に対する不敬が許せなかったのか、群れの主だと思われるゼルというものは怒り心頭な様子だった。
反対に彼女は凄く落ち着いていたね。
聖女にも引けを取らない温かな瞳を、眠っている僕くんに注ぐばかり。
そんな冷静な態度にゼルは主人の言葉を思い出したのか、落ち着きを取り戻し、そこからは少しの間対話が続いた。
ゼルは言った。
今お前が抱き抱えている方は我ら魔物の王だ。
本来ならば王に対するお前らの行いは許されるものではない。
直ぐにでも噛み殺してやりたいところだ。
だが、王は我らに人間を襲うなとご命令された。
そして、王は魔術師であるお前と仲良くなりたいと、お独りで村に向かわれたのだ、と。
彼女は小さく言った。
「そうなんだ。」と。
たったそれだけ。
対話は終わった。
もう誰一人として口を開くことはなかった。
本当に少しの間だったろう?
なんだい?文句があるのかい?喧嘩なら相手に、、、
おや、僕くんがようやく目を覚ましそうだ。
では、これにて失礼するよ。
全く旅の導き手としての職務も中々大変だ。
偶には誰かに労って欲しいものだね。これが人間達が言うストレスってやつかな。
ヘルメスより。
...
..
.
「あ、あれ、、、?僕は一体、、、って、えええ?!」
ひ、膝枕?!
ち、近い!!
な、なななんでこんなことになったんだ?!
僕は確か、、、トロールが去ったあと、、、
、、、駄目だ、霧がかかった様にぼやけて上手く思い出せない。
「ご無事ですか?王よ。」
ん?その声は、、、
辺りを見回すと、僕と彼女の周りには大勢のダークウルフが集まっていた。
あれ?なんでこいつらがここに?
全く状況が理解できないぞ。
これはもしかするとマズい状況なのでは?
そんな冷静に混乱している僕に彼女は穏やかに言った。
「大丈夫?」
少し驚いた僕は、照れながらも口を開いた。
「えっと、今の状況がよく分からないんだけど、、、まあ大丈夫だよ。君は?その、、、」
「”フェリア”よ。私も大丈夫。ありがとう、助けてくれて。君の名は?」
初めて見た彼女の笑顔は僕の不安ばかりの胸を明るく照らした。
「ぼ、僕の名前は、、、」
フェリアか、、、
カタカナか。
となると、ここで前の世界の名前を出すのは良くないかもしれない。
余計な揉め事が起きるのは避けたいところだ。
それに毎回「珍しい名前だ、、、」と余計な詮索を受けるのは少し面倒くさい。
「やっぱり、、、きみの、、、」
うーん、せっかく異世界に来たんだし一層名前を変えてみるのも面白いか、、、?
てか、いつまでこの体制で良いんだろう?!早く離れた方がいいのか?どうするべきなんだろう!
「それでね、君の目ってイルカみたいだよね!よく言われない?」
しまった。名前について深く考えるあまり、フェリアが何か言っていたのを聞き逃してしまった。
「えっごめん、よく聞こえなかったんだけど?、、、確か名前の話をしていたよね。
ルカ?ってどういう、、、」
「あぁ、”ルカ”って名前なのね。よろしくね!ルカ!」
にっこりと笑うその人は、僕が今まで出会った人間の中で間違いなく一番美しかった。
まるで太陽の様な笑顔だ。
その輝きは決してどんな素敵な宝石にだって負けはしないだろう。
もう名前なんてどうだっていいや。
「うん。こちらこそ、よろしくお願いします。」
こうして僕は、未来ある異世界生活にダイビングで飛び込んでいくことを決意したのだった。
第6輪 王都アルトリア
う、腰が痛い。
沢山の野菜や肉が積み込まれたガタガタと揺れる馬車の荷物置き場の中で、僕は丸まるように座っていた。
もうこの馬車に乗せられて10時間にもなる。
「、、、早く着かないかな。」
車が懐かしい。
よく先輩の車に乗せられて街まで行ったよな。
それに比べて、、、馬車って?!
初めのうちは、、、正直楽しかったよ?
馬見るのも初めてだったし。
何より中世ヨーロッパって感じがお洒落だったしね。
でも、10時間は流石に疲れるよ!死んじゃうよ!
はぁ、これほどまでに科学や技術が進歩していないとは思ってもみなかった。
この世界に来てから丸2日が経過した。
驚くべきことに動物や野菜と言ったものは、前の世界に存在していたものと殆ど同じだった。
そこに+@として、”魔法”や”武術”に関係するメルヘンチックなものがある。そんな感じだ。
ただ小さなことだが、僕がいた世界ではキノコやトマトは良く食べられていたのだが、この世界では毒があるから食べてはいけないと強く信じられている。
それは化学が進歩していないことも関係しているのだろうか?
電気やガスもこの世界にはない。
そんなものは魔法が存在するこの世界では必要ないのだ。
しかし、やはり困ることも多いのではないだろうか、、、?
せめてトイレくらいはあんな古風なボットン便所じゃなくて電動が良かったなあ。
まあ、たかが国民の一人に過ぎない僕が心配するようなことでもないな。
さて。
僕は今”王都アルトリア”に向かっている。
それは勿論、魔術学院に通うためだ。
少し時間を戻して説明しよう。
あのトロールの悲劇が終わった後、僕とフェリアとゼルの3人?で話し合いが行われた。
フェリアは僕が魔王ではないと信じてくれたようで、命を助けてくれたお礼に力を貸してくれることになった。
ゼルは勿論変わらず忠義を誓ってくれていたが、、、やはり人間が許せないようだったな。
それからフェリアはこの世界のことについて詳しく教えてくれた。
まずこの世界には男と女がいる。
それ自体に驚くべきことはないのだが、男は武術、女は魔術といった特別な力を使うことができるのだ。
それは誰にでもあるものではなく、約100人に1人の割合で産まれながらにしてその才能を持っているものが現れるらしい。
男は魔術を使えず、女は武術を使えない。
これはこの世界で絶対の法則の様なものだ。
次にしてくれた話は、武術の才能があるものは武術学院に、魔術の才能があるものは魔術学院に行く、という話だったけど。
いや、その前にこの世界の国について記しておこう。
フェリアはこの世界の世界地図を見せてくれたのだが、、、
ハッキリ言って驚くと思う。
まずこの世界の人は地球の様な球体である星の上に自分たちが立っているとは思ってもいない。
世界地図は正方形であった。
恐らく皿?の様な空飛ぶプレートの上に私たちはいると信じられている。
球体でないのなら世界の果てはどうなっているのだろうか。
色々ツッコミどころはあるが、、、まあそこら辺はこれから冒険者や科学者が解明していくべきことか。
えっと国の話だったが、オセロの様に綺麗に国境が分かれているのが特徴で、割と覚えやすかった。
本来ならば世界地図をそのまま見せるのが手っ取り早いのだが、生憎村に置いて来てしまったので文章で説明する。
まずノートの切れ端でもディスプレイでも何でもいいから、何か白地の紙に正方形を書いて欲しい。
次に正方形の中心に面積が丁度2分の1となるようにもう一つ小さな正方形を書いてくれ。
最後に中心から綺麗に十字線を伸ばし、小さな正方形の中の方の十字線を消しゴムで消せば終わり。
簡単だろ?これが世界地図だ。
当然だけど中心の国を除いて他の国の領土は均等になっている。
領土争いで戦争とか起こらないのか?と思うだろうが、太古の時代、国の境界に”絶の門”が建設されてからは一度も国と国との戦争は起きていない。
それは、それぞれの国に理由があるので一つ一つ紹介していこうと思う。
最初に地図左上にある魔物が巣食う”レヴィアン”と呼ばれる国についてだ。
村の近くの森にいたダークウルフも、トロールも闇の魔獣は全てここから産み出され、人間を滅ぼすためにやってくる。
この国を滅ぼしてしまえば、争いのない平和な世を築くことは可能かもしれない。
だが、それは出来ない。
その理由は魔王が余りにも強すぎて、うっかり手を出そうものなら逆に人間が滅ぼされるからというシンプルなものだ。
レヴィアン中心の巨大な古城には5人の魔王が存在し、それらが魔獣を産み出し続けているとされる。
何故、直接魔王が乗り込んで来ないのかは未だに分かっていない。
もしかしたらゲーム感覚で楽しんでいるのかもしれないなと僕は思っている。
まあ、そんな恐ろしい国に行くことはないだろうからレヴィアンの説明はこれで終わり。
次に右上、武人が集う国”レジェンダル”
武術の才能を持つ男たちはここを目指す。
何故なら年に一度この国で開かれる武道会で優勝し、世界で一番強い武人に与えられる称号”マスターモンク”を手に入れる為である。
国の中心にその武道会が開かれる誰が作ったかは分からない世界一大きい謎の闘技場がある。
それ以外は特に何もない。領土の殆どは砂漠。その為人口も少ない。
この国にいるのは、強い魔獣もウジャウジャいて思う存分暴れることが出来るため鍛えるのには最適だ!という武人や、この国にはきっと未だに発見されていない遺跡やダンジョンがあるはずだ、、、と更なる秘宝を探し求める冒険者くらいだ。
あぁ、あと武人の最高峰であるマスターモンクが中心の塔の頂上にいる。何をしているかは不明。
男だらけの国って感じがなんか暑苦しいし、そもそも武術なんて使えないから、まるで興味が湧かない。
よって説明終わり。
下に降りて右下、眠りの妖精国”アルカンディア”
ここは今後行ってみたい国ナンバーワンだ!
(というか、他の国はどれも行きたくない。)
この国には特殊な奇跡を操れると言われるエルフがいる。
エルフは人に希望を与え、同時に正しき道へと導く尊きものと崇められており、一度会ってみたいと切に思っている。
この国に入った人間は皆、なにかに魅せられたかの様にこの国から出ようとしなくなり定住を決めるのだという。
それだけこの国が素晴らしく魅力的だということだろうか。
その為、安らぎを求める百戦錬磨の冒険者達が最後に向かう場所がここアルカンディアなのだ。
余りこの国については触れたくないのだけど、一応左下にあるのは、黄泉の国”ヴェイロン”
生者であるものは誰一人として立ち入ることを許されていない。
何があるのか、どんな国なのかは不明。
誰も見たことがないから何も分からない。
ただ一つだけ分かるのは、国の国境に生える絶の門を越えた瞬間に、魂が吸い取られて忽ち亡者化してしまうとのこと。
その為、大罪を犯した者への最も重き裁きが、”黄泉渡し”と呼ばれる、この国へ絶の門から突き落とす刑罰なのだという。
勿論還ってきたものはいない。
何と恐ろしいことか。終わり。
最後になったが、”メルクリウス王国”
これが今僕たちがおり、唯一普通の人間が暮らせる国だ。
世界地図の中心であり、領土が他の国よりも大きい。
更にこの世界は少なくとも地球の10倍はあるほど広いみたいだから、メルクリウス王国の中にも小さな国は沢山ある。(それでも日本よりは遥かに大きい)
それらが集まって一つの合衆国として構成されているといったところか。
先ほど国と国との戦争は無いと言ったが、メルクリウス王国内での次期国王の座や領土の奪い合いと言った争いは日々激化しているようだ。
この国の説明は、、、そうだな。
実際に今から世界地図の中心である”王都アルトリア”に行くわけだし、そこで見たものを記そうと思う。
その方が分かりやすいしね。
アルトリアは一応王都ということもあり他の領土に比べると人や物は多いが、治安はかなり良いそうなので楽しみだ。
それで話を戻すと、僕はアルトリアにあるサリエリ魔術学院というところに向かっている。
そこで魔法を学ぶのだ。
一応フェリアもそこに在席していたことがあるらしく、必要な物や学校については教えてくれた。
(僕の勘違いでなければそこら辺の話をするのは何だか嫌そうだったな。)
サリエリ魔術学院に入る条件はたった一つ。
魔法が使えることである。金はいらない。
フェリアは唯一使えるという魔法”ファイアボール”を教えてくれた。
ファイアボールは駆け出しの魔法使いが最初に覚える魔法らしく、詠唱も短く駆け出しとは相性が良い。
嬉しい誤算だったのは、僕には"詠唱破棄"と呼ばれる特別な能力が備わっていることだった。
本来、魔術師は特殊な杖を媒介とすることで詠唱の省略が可能だが、僕は杖なしでも詠唱がいらない。
その為、あの長ったらしい「汝がイフリートよ、、、」みたいなことを言わなくても直ぐに魔法を唱えることが出来る。
ファイアボール!と唱えると忽ち地面に青く光る謎の魔法陣が出現し、手から燃え滾る火の玉が生まれた。
フェリアは驚いていたが、ゼルは「流石です!」と尻尾を振っていたっけ。
この様に魔法はすぐに習得出来て一先ず安心といったところだ。
学校に着いたら僕がすることはただ一つ。
ファイアボールを”ゴルゴンの瞳”と呼ばれる学校の入り口である扉に埋め込まれた巨大な瞳に向かって放つ。
そうすれば、扉が開き中へ入れる。
魔法についてはそこで学んでねと言われた。
そして僕は村から1週間に1度出ている王都行きの食糧を納品する馬車に乗せられて、、、
何だか色んなことが一気に起こったから疲れたな。
魔法を早く学びたいという欲からか、偶々丁度その日に出発するという馬車に飛び乗ってきてしまったが。
1か月に1度村に王都の騎士が来ると言っていたから、その時に一緒に乗せて行ってもらった方が良かったのかもしれない。
王都の人なら、きっとこれよりマシな乗り物で来るだろうしさ。
そういえばその話をしている時のフェリアは少し変だったな。
まあ久しぶりにゆっくりできる貴重な休憩時間だ。
ようやく中間地点ってところだし、もうしばらく沢山の食糧に囲まれながら眠るとしよう。
、、、次に目を覚ました時には既に僕たちはアルトリアに入都していた。
寝起きにも関わらず、僕の脳は急速に動き始めた。
「す、凄い!!!!」
こんなに胸が高鳴るのはいつぶりだろう?
正しく僕が思い描いていた異世界そのもの。
馬車から顔を覗かせると、賑やかな中世ヨーロッパ風の街は人や魔法で溢れていた。
あちこちでお祭りが開かれているみたいだ。
建造物はどれもお城の様で、煌びやかな装飾が美しく、豪華絢爛な輝きを放っている。
箒に乗って空を飛ぶ魔法使いが、微笑みながら馬車の近くを横切って行った。
すごい。
本当にすごいよ、、、これは!
まるでファンタジーの世界にいるみたいだ。
だが興奮冷め切らぬうちに、馬車は大通りを外れ少し進んでから止まった。
「おい、降りろ。」
馬車を運転していた村の者がぶっきらぼうに言う。
「ここはどこですか?」
馬車から降り立った僕の問いには答えず、そのまま馬車は動き始めてしまった。
村人達の僕に対する評価は辛い。
誰一人として僕の言葉を聞こうともしない。
なんかあの村は最初から嫌な雰囲気があるんだよな。
まあここまで送ってもらっただけでも感謝しなきゃな。
さあ、これからどうしようかと振り返ると、目の前には10m以上を優に越す巨大な壁が反り立っていた。
真ん中にあるのは、、、目だ。こっちを見ている。
これが通称”ゴルゴンの瞳”だな多分。
横にサリエリ魔術学院って書いてあるし。
ここに魔法を打ち込めばいいんだっけか?
よし、早速やってみるか!
「ファイアボール!」
万が一だが扉が壊れる可能性も考慮して、魔力をかなり抑えて魔法を放った。
一応フェリアに教えてもらい、魔力の調節だけは大分上手くなっていた。
何でも僕の魔力は強すぎるらしく、初級魔法でもその気になればとんでもない威力になるので加減が必要とのことだ。
バーンッ!と火球がぶつかる激しい音と衝撃で、暫く扉はグラグラと揺れていたが、やがてゆっくりと開いた。
「合格ってことか?よし!」
といい中へ入った途端、僕は謎のフードを被った者たちに一瞬で包囲された。
「貴様ッ!我らがサリエリ魔術学院に代々伝わる秘宝、このゴルゴンの瞳に向けてファイアボールを放つとはッ!!一体どこのものだ?!答えよッ!」
え?
まだまだ災難は続くみたいだ。
第7輪 ようこそ!サリエリ魔術学院へ
「誤解です!誤解ですってば!」
と僕が慌てふためく中、謎の集団は問答無用と次々に魔法を唱え始めた。
「眠れ!スリプト!」
「固まれ!ロックド!」
「這いつくばれ!ラインド!」
複数の魔法陣が放つ激しい青光に目がくらむ。
何か来る、、、!!
突如身体に走る衝撃!
「う、うわぁぁああああ!、、、って、あれ?、、、何ともない?」
謎の者達は皆、顔を見合わせ呆然としている。
「何で?何故効かない?」
「どうしてなの!どうして!!」
今の状況を察するに、またもや僕は自分でも気付かないうちに何かやらかしてしまったようだ。
でも、今のは魔力を大分抑えたから大丈夫だと思ったんだけどな。
とりあえず謝ろう。それが一番。
「す、すみません!僕の名前は、、、ルカ!といいます!この学校に入学するためにやってきました!
どなたか話を聞いてくれませんか?」
一瞬の静寂のうち、再びざわめきが起こった。
「男よ?あいつ。」
「どうやって男が魔法を、、、」
「やっぱり敵よ!闘うわよ!皆を呼んできて!!」
転生してからというものの、皆なかなか話を聞いてくれないのは何故なんだろう。
どうする。
覚悟を決めて闘うしかないのか、、、?
皆が一斉に詠唱を唱え始めたその時、「やめなさい。あなた達」と人混みの奥から静かなな声が響き渡った。
またもこの地に静寂が訪れた。
コツ、コツとハイヒールが地面に当たる甲高い音が近づいてくる。
謎の集団がサッと道を開けると、そこには美しい長身の女性が立っていた。
「どうしたの?この騒ぎは。」
彼女がそう尋ねると、フードを被った者たちは「先生!この者が突然ゴルゴンの瞳に魔法を!」と駆け足気味に言った。
「あら、それはいけないわね。でもどうしてそんなことをしたのかしら?私には見たところあなたが敵には見えないけれど。」
先生?教師か!
なら少しは話も聞いてくれるはずだ。
「聞いてください。僕はルカ。南にある小さな村でフェリアという者からこの学校のことを知り、魔法を学ぶためここまで来ました。
その者から魔法をゴルゴンの瞳に放てば入学できると言っていたので、先ほどファイアボールを打った次第です。何がいけなかったのでしょうか?」
「その声、、、あなた男?どうして男が魔法を、、、」
先生と呼ばれる女性は困惑しているようだ。
やはりこの世界では男は魔法は使えないのか。
てか、みんな見た目で気付かないのか?
、、、それにしても綺麗な先生だなあ。
エッチなお姉さんて感じが溜まらないよな。
これからこの人の元で僕は魔法を教わるのか。
ちょっと、いやかなりやる気が出てきたぞ!
っとこんなことを考えている場合じゃないな。
今は訳が分からないが、とりあえず誠心誠意謝るしかないだろう。
「ごめんなさい!僕は男ですけど、どうして魔法を使えるのか自分でもよく分からないんです。
だから、、、知りたいんです!魔法のことを!そして自分のことを!」
先生は僕の中にある”何か”を見つけ出そうと言わんばかりに、顎を引いてじっと僕の目を見つめている。
蛇の様に鋭い瞳だ。
油断など一欠片も感じられない。
時間にすると10秒くらいだが、その間の時間は僕にとってとても長く感じた。
品定めが終わり、ようやく結論に達したのか、先生はふぅーと息を吐いた。
「分かったわ。どちらにせよ、ゴルゴンの瞳があなたを認めたなら私たちに選択肢はないもの。
私は第二階層教師、鮮血のマリヴェル。歓迎するわ。ここサリエリ魔術学院に。」
そう言い彼女は僕の方にソッと近づき、頬にチュッと優しくキスをした。
当然ながら僕は真っ赤になって全身カチンコチンに固まった。
「あなたも”竜王”に辿り着くことができたなら、その時はこの続きをしましょ。」
「は、はい!!頑張りますっ!!」
思わず敬礼をしてしまった。
竜王ってなんだろう。ドラゴン?
「ふふ、良い子ね。では、後は任せるわね”ヴェルチェ”。」
そう言い先生は突如湧きあがった火柱と共に荒々しく姿を消した。
凄い、、、当然だけどこんな魔法見たことない。
僕もいずれはこんなことができる様になるのだろうか。
よし!今日から頑張るぞ!
期待に胸を膨らませていると、今度は無数の水泡が空中に集まり、そして驚くべきことにそれらは人の形となり地面に降り立った。
「全くマリヴェルのやつ。なんで私がこんな奴の、、、ほら、さっさと行くわよ。」
颯爽と現れたヴェルチェ先生は、村でフェリアが着ていたのと同じローブと帽子を投げ渡した。
「は、はい!お願いします!先生!」
はぁ、鬱陶しい。ガキは嫌いなんだけど。
そもそも、なんで汚い男がここに、、、
先生、、、心の声聞こえてます、、、
とりあえず遅れない様に付いていかなきゃ。
せっせと歩いていく先生の後ろ姿を眺めていると、突如頭に直接声が響いた!
「王よ。喰い殺す許可を。」
ゼル?!一体どこに?!確かお前は村に、、、
「我らダークウルフは主の陰に潜むことが出来る能力がありますが故。
王よ、この無礼者に裁きを与える許可を何卒。」
「はいはい、良いですよ、、、って許すわけがないだろう!全く。血の気が多すぎるんだってお前は。
僕のことを思ってくれているのは嬉しいけど、無闇に人は喰ってはいけないと何度言ったことか。」
あ、一人称は僕じゃなくて私だったっけ?
「それに、幾らお前でも流石にここで先生までやっている魔術師に勝てるのか?
さっきも私が見たことがない水の魔法を使っていたが。」
ゼルは黙った。
「良いか?私は怒っているのではない。お前たちの忠誠には感謝している。
だが、少なくとも私の記憶が戻るまでは人間との無意味な争いはやめるのだ!二度はないぞ!」
「、、、かしこまりました。我らが王よ。」
ちょっと言い過ぎてしまっただろうか?
てか、影に潜むってなに?!初めて知ったんだけど!
じゃあさっき僕が先生にキスされて真っ赤になってたのも見られてたってことか?
あー恥ずかしい。やめて欲しい。今すぐ村へ帰って欲しい。
「ちょっと!君!早く来てくれる?もう授業始めたいんだけど。全く、これだから男は、、、」
「は、はい!すみません今行きます!」
ゼルと心の中で話していたらすっかり遅れてしまった。
ヴェルチェ先生か。
マリヴェル先生に及ばないにしても、この人も綺麗だなあ。
教師は服が自由なのか生徒が着ているローブは着ていない。
マリヴェル先生は所々穴が開いた真っ赤でセクシーなドレスを、ヴェルチェ先生は水色の清潔なシャツワンピースを着ていた。
この二人の雰囲気って対照的だ。
でもヴェルチェ先生の凛とした感じもクールでかっこいい。
もしかして、魔法使いって皆こんな感じなのか?
フェリアも凄くかわいいし。
いけないいけない。
こんなことを考えてまた遅れたら、今度は何言われるか分かったもんじゃないな。
最初のうちは目立たないで行動することを心掛けろよ!僕!
教室に着くと直ぐに「じゃあ、あなたの席はあそこね。さっさと座りなさい。」と先生は吐き捨てる様に言った。
示されたのは窓際の一番端の席。
「じ、自己紹介とかって、、、」
「そんなものいらないわよ。ゴルゴンの瞳にあんなことしたの今までに3人しかいないんだから。
この短時間でとっくに有名人よ。悪い意味でね。」
そ、そうですか、、、
フェリアのやつめ。
帰ったらどういうことなのかしっかりと説明してもらおう。
それにしてもクラスメイトの視線が痛いぜ。
って皆女子じゃないか!
よく考えたら当たり前のことだけれど、ここに来て僕はとんでもない所に来てしまったのでは?と自問自答を始めた。
「それじゃあ、どっかの誰かさんのせいで、一時授業が中断されましたが再開します。
皆さん、初級魔導書の第三項を開いてください。」
って早速問題発生!
「せ、先生。魔導書って何ですか?持ってないのですが。」
ブチッと何かが切れる音がした。
「、、、何ですって?魔道書って何って言ったかしら?ふざけるのも大概にしてよね。
だったらあなたは今までどうやって魔法を覚えてきたのかしら?!
、、、ったく、皆さんの中で誰か余りの魔導書持っている人いますか?」
シーンと教室に沈黙が流れる。
女子高って怖い。
魔法は魔導書を読んで覚えるものなのか。
僕は早くも心が折れかけていた。
さっきまであんなに楽しかったのに。
すると諦めかけていた僕の耳に「は、はい。わたし、持ってます。先生」と優しい声が響いた。
「じゃあ”リリィ”さん。この子に貸して上げてもらってもいいかしら?」
勿論です!と僕の席まで何やら分厚い魔導書?を小走りで持ってきてくれたこの子は、、、天使なのか?!
ゆるふわっと肩くらいまで伸びた真っ白な髪に、純粋無垢な透き通った大きな目。
比喩ではなく、一瞬本当に天使と見間違ったほど純粋に可愛いらしい。
思わず背中を確認してしまった。羽でもついているかと思ったんだ。
身長はかなり小さい。
まだ子供だ。
僕が守ってあげなきゃ。
そんな穏やかな気持ちにさせる女の子だ。
僕は優しさを充分に言葉に込めて言った。
「ありがとう、リリィ。僕はルカ。よろしくね。」
「は、はい。ルカさん。よ、よろしくお願いします!」
何だか落ち着きがないな。
もしかして、僕が男だから緊張しているのかもしれない。
この学校、いや全ての学校に男が入ったことなんて無いんだろうな。
そう考えると何だが妙な優越感がある。
同時に急に自分が汚らしい存在に思えてきてしまった。
ヴェルチェ先生もそんなようなこと言ってたしなあ。
これから「あんた男だからトイレ使わないでよ」とか逆セクハラを他の女の子に言われたりするのかなあ。
その時は今度こそ心が折れるよ、立ち直れないよ。
「はい。それじゃあ授業を始めます。でも、魔導書はやっぱりまだ開かなくてもらって結構です。
その前に説明しなくてはならないことがありそうですから。」
全く。なんで一人のできない生徒のためにわざわざ授業をストップまでして、、、
先生、、、やっぱり心の声聞こえてます、、、辛いです。
「まず初歩の初歩、私たち魔法使いですが誰にでもなれるようなものではありません。
凡そ100人に1人の確率で私たちの様に魔力を持った女性が産まれるとされています。
そして魔力を持った人間は成人後、必ずどこかの魔術学院に通うことと国の規則にあります。
そして、ここサリエリ魔術学院ですが歴史的にも見ても世界で2番目に古い伝統ある学校です。
中でも伝説の秘宝”ゴルゴンの瞳”を使用した堅固なセキュリティシステムは有名です。
ゴルゴンの瞳は魔力を向けられることにより、その主が善か悪かを判断することが出来ると言われている伝説の魔具です。
私たちはこれを3年ほど前から利用し、我が校に魔王のスパイや魔獣が入るのを防いでいるのです。」
あれって魔力を向けるだけでよかったんだ。
だから皆あんなに怒っていたんだな。
でも僕の魔力って魔王と似ているみたいだけれど大丈夫だったのか?あれ?本当に壊れたんじゃ、、、
「次に魔術学院について説明します。
古の民が築き上げた”頂の塔”という古い魔法の力が宿った巨大な塔の中に私たちは今います。
塔は、今発見されているだけで世界に100あり、どれも何故か大きく5階層に分かれて構成されています。
魔術学院、武術学院の国内全ての校舎は、いずれもこの頂の塔を改良したものなのです。
そして、、、」
その後の先生の話はとても簡潔で分かりやすかったけれど、途中で何度も僕を小馬鹿にする発言があったので、代わりに僕が要約して説明することにする。
まず魔法使いになるには最低でも青の魔法陣を発動することが条件だ。
魔法陣とは青、黄、緑、赤、そして紫と魔法の階級が上がる度に色が変わり、魔法を使う際には必ず発生するもの。
僕も何度も見ているしこれは間違いない。
青の魔法陣は、魔力を持つ者が”初級魔法”という最も簡単な魔法を使う際に発生する。
魔法が使える者なら誰でも発動できるので、青の魔法陣を発動できるというのは魔法使いとしては大前提の話である。
今僕たちがいるここ第五階層はそんな初級魔法が使える、駆け出し魔法使いの為の授業を行っている。
いわば初心者コースといったところだ。
必然的に教わる魔法も簡単に習得できるものが多い。
だが、この層では魔法を覚える以外にも戦略や”魔具”という魔力が宿った武器や道具のこと、他にも魔法を使うに当たっての決まりや規則など様々なことを学習するので、全く無駄というわけではない。
それに街で見た生活魔法は殆どが初級魔法だ。
基礎を疎かにしてしまうと、どれだけ才能のある者でもいずれ乗り越えられない壁に当たってしまう。
だから、ちゃんと勉強しましょうねとあからさまに僕を見て言っていたな。
フェリアも在席していた時はこの階層に居たはずだ。
尚、彼女らは色に因んで”水の魔法使い”とこの世界では呼ばれる。
次に黄だが、ここから先は一気に難易度が増すらしい。
何故なら”中級魔法”を発動する際に発生する黄の魔法陣だが、これは青の魔法陣を発動できる者の中でも一握りの人間しか使えないからだ。
威力も精度も初級魔法と比べると格段に跳ね上がるものだが、詠唱時間、消費する魔力もけた違いだ。
平均して第五階層から第四階層へ上がるのに少なくとも半年以上は確実にかかる。
必然的にここからは一気に生徒の数も減少し、全体で見ると生徒の約8割はここ第四、第五階層に卒業まで留まり続けるそうだ。
一応説明すると、階層間は対応する色の魔法陣を発動できた者だけしか越えることが出来ない古の魔法が掛かっている。
強制的に通ると忽ち魔力が吸い取られて失神してしまうらしい。
その為、その階層に存在しているということ自体が自分の能力を示す証拠となるのだ。
どの階層で授業を受けるかは生徒個人の自由であるが、精神的に問題がある者は上層への立ち入りを許可されないこともある。
逆により上位の魔法が使えても、自分にはまだ早いと思えば下の階層で学ぶ勤勉な者もいるらしい。
黄の魔法陣を発動できる彼女らは、魔法使いから脱却し、より上位の”光の魔術師”という称号が与えられる。
この称号は僕たちの世界でいう資格の様なもので、就職活動に大きく関わってくるみたいだ。
基本的には魔術学院を卒業した者の進路は2通り。
国に仕えるか、冒険者になるかだ。
前者の場合は少し複雑。
国と言っても王に直接仕える訳ではないのだ。
それが叶うのは後述する者のみ。
大半は領土主である貴族の配下に加わるのが一般的だ。
その中で金や権力を持った大貴族に入った者、逆に力のない貴族の元に入った者の間で格差が出来る。
日本で言うと大企業か中小企業かっていう感じか。
そして冒険者という職業に就職する者だが、残念ながら魔術師は殆どいない。
反対に武人の多くは冒険者になる。
これは、男と女という性別の違いが関係しているのだろうか。
まあ男はロマンを追い求めるものだしね。
僕には何となく分かる。
冒険者の説明は、、、また今度にするか。
それで光の魔術師だが、、、
まあ水の魔法使いよりは良い貴族の元に仕えられる可能性が上がるといったくらいらしい。
次に、そこから更に上がった第三階層には、努力に努力を重ね、自分という限界を越えた本物の猛者だけが集う。
緑の魔法陣は”上級魔法”を使う際に発生し、習得には先述した様に限界を越える必要があると言われている。
ここが人間が辿り着ける境地で、辿り着くまでに挫折してしまうものが大半らしい。
余りに過酷な修行の中で死んでいく者も少なくないとも聞く。
人間という種族の境地に到達した彼女らは、魔を導く者として”風の魔導士”と敬意を込めて崇められる。
ここまで上がることが出来れば、将来は保証されたも当然らしい。
とりあえず今の僕の目標はここだ。
理由は後で説明する。
”最後”に第二階層へ上がる為の赤の魔法陣であるが、発動できた者は今までに数えられるほどしかいない。
努力だけではどうすることもできない人間という種族の壁がそこにはあるのだ。
天性の才能、そんな言葉ではとてもじゃないが片づけられない。彼女らは神より選ばれし者だという。
”究極魔法”と呼ばれるこの世の理を凌駕した魔法を使う際に、赤の魔法陣は発生する。
それ故に人間を越えし最強の生物”ドラゴン”に例えられた彼女らは”竜王”とされる。
竜王になると、国王から直々にその者に相応しい二つ名を与えられる。
それは武人の同ランクである”拳王”も同じで大変な名誉らしい。
その中でも、その名に国王の血を授かりし者はどの時代の竜王にも10人しかいない。
彼らは竜王の中でも”十血”と呼ばれる。
鮮血のマリヴェル。
先生もその中の一人だ。
拳王と竜王5人ずつで構成され、殉職した場合のみメンバーの追加が行われる。
この十血が王の直接の護衛を許されている。
簡単に言うと竜王の精鋭部隊ってところか。
僕が憧れるのも無理はない。
ただ現実的な話をすると、竜王はその強大すぎる力ゆえ、良い言い方をすると国から保護、悪い言い方をすれば国の所有物としてその一切の行動を強制される。
竜王の殆どは領土争いや次期国王継承戦といった政治戦争に駆り出されるらしい。
後は学校で教師として新しい竜王の芽を育むといった者が大半だ。
日本でいう国家公務員の様なものかな?分からないけど。
僕はこの時点で、あまり竜王にはなりたくないなと思っていた。
勿論、究極魔法は凄そうだし、使ってみたいけれど、国家の犬として働きまくるのは、思い描いていた異世界生活とはまるで違う。
今のところ王に恩義も感じないしね。
だから僕はとりあえずの所、風の魔導士を目指すのだ。
まあまずは、基礎を頑張るしかないのだが。
初級魔法で躓いていたら話にもならないからな。
あぁそれと、僕が第二階層の説明の際に"最後"と言ったのは、第一階層対応の紫の魔法陣をこの世界で発動できる者は今の時代にはたった二人しかいないからだ。
一人は今のレヴィアンの主”魔王サキュロント”
サキュロント1人とこの世界に存在する全ての魔法使いでやっと互角らしい。
なんてチートな。
もう一人はこの国のどこかにいると言われる旅人”アンノウン”(名前も正体も不明な為こう呼ばれている。)
今までに誰もアンノウンを見た者はおらず、本当に存在するのかも不明らしい。
だが歴史を遡ると何か大きな事件が起こる前兆には、必ず彼の足跡が残されている。
一説に寄ると、魔王が直接王国を攻めてこないのは、このアンノウンの怒りを買うことを恐れているからだという見方もあるらしい。
それ故、第一階層には人が存在したことがない。
この塔が古の民によって建てられた時から恐らく一度も。
第一階層に果たして何が待っているのかは誰にも分からないが、時折猫の鳴き声の様な音が聞こえると下の階層にいる竜王たちは言っているらしい。
つまり、今のところはいつか紫の魔法陣を発動できる人間が現れた時のためだけに存在する階層だ。
もしも人の身でありながら、この階層に辿り着けるものがいるならば、それには"冥王"と全ての生物を超越した証として名が授けられることになっている。
そして紫の魔法陣から放たれる魔法は、その冥王の力を宿しているとされ”闇魔法”と呼ばれる。
魔法は本来闇の存在である魔物が使うもの。
それ故、闇なのだ。
因みにここサリエリ魔術学院は50ある魔術学院の中でも在席する竜王の数は多い方だ。
現役の先生も入れてだが、マリヴェル先生やヴェルチェ先生といった教師の竜王が4人。
生徒が1人だ。
この世界では道徳より強さが求められるため、上位の階層に上がるほど先生の強さも比例して上がる。
と考えると、ヴェルチェ先生は教師陣の中では最弱ということか。
勿論これは後から聞いた話だから先生自らが言っていた訳ではないので誤解しない様に。
魔術学院についてはこんな感じで説明した後、僕たちはようやく魔導書を開かせてもらえた。
第8輪 カインとアベル
僕がサリエリ魔術学院に嵐の様に入学して一週間が経った。
想像していたような女生徒からの苛めは今のところはない。
これについては心の底から安心した。
先ほど午前の授業が終わったところで今はちょうど昼休み。
とりあえず席で少し休憩して人が少なくなった後に学食に行くか。
(食堂は第5階層にしかない)
それにしても魔法の学び方には驚いたな。
まさか魔導書に記載された魔法名を唱えるだけとは。
勿論そんなことが杖なしで出来るのは僕だけだ。
他の生徒は皆、魔法に付随する詠唱文を読み上げる必要があるし、何より全ての魔法には消費する魔力やその人物との相性がある。
仮に1時間ほど詠唱が必要な魔法を唱え終えても、魔力が足りなかったり相性が悪かったりと様々な理由で発動できないなんてこと日常茶飯事だ。
それに比べ僕はただ魔法名を唱えるだけで今のところだが、全ての初級魔法が使えた。
ただ中級魔法以上からは格段に難易度が跳ね上がるらしいから油断はいけない。
竜王まで上がる者でも、中級以上の魔法を全て使える者はこの世には存在しないらしい。
例え保有する魔力量が達していたとしても相性があるからだ。
自分の中で無意識に得意な魔法や好きな魔法が中級魔法を学んでいる時辺りから出来始める。
それが分かれば階層を上がる近道になる。
因みに、マリヴェル先生は火に関係する”炎魔法”が、ヴェルチェ先生は水に関係する”水魔法”が得意だとのこと。
本当二人って正反対で面白い。
少し話がずれたが、僕は初級魔法を全て覚えたこと、詠唱破棄のスキルを皆に隠している。
出来るだけ最初の内は目立たずに行動しようと決めていたからだ。
授業中は皆と同じように長ったらしい文章を詠唱し、皆と同じように失敗する。
それが僕の日常になりつつあった。
だが悪くない。
相変わらずヴェルチェ先生の僕に対する評価は最悪だが、それでも良いと思えるだけの幸せが今の僕にはある。
「ル、ルカくん!食堂に、、、一緒に行きませんか?」
おお!天使よ!
そう、今の僕にはリリィがいる。
それだけでもう何もいらないのだっ!
入学初日を思い出す。
授業が終わり一人ポツンとどうしていいか分からず教室に残っていた僕に再びリリィは声をかけてくれた。
お金を持っていないことや余りこの世界に詳しくないことを正直に話すと、寮の手配や校舎内の掃除のバイトを見つけてきてくれたりと色々力になってくれた。
その純粋な優しさに僕は涙が止まらなかった。
どうやらリリィも入学してまだ間もなく、友達がいなかったらしいのだ。
そんな訳で僕らは友達になった!
しかし、、、一緒に歩くと完全にパパと娘だ。
あぁそうだ。
一つ伝え忘れていたことがある。
とても大事なことだ。
心して聞いてくれ。
そう、、、
僕の大事な部分が、無くなっていたのだ、、、
大事な、、、アソコが、、、
男としての尊厳が失われていたのだ。
まあ正直に言えば、これは初日にすぐに分かった。
ただ報告が何故これほどまでに遅くなったかというと、今まで中々打ち明けるタイミングがなかったからである。
そして僕がこれを打ち明けたということは、、、
その時は来たのだ。
事情を話そう。
一週間前の入学初日、僕は最後の授業が終わり、人が少なくなってきた所で忍者の様にトイレに忍び込んだ。
勿論、男性用の便器などないトイレに。
それは変なことをする為などでは決してなく、純粋に膀胱が限界を迎えようとしていたからだ。
それにまだ街もよく見てないし、学校から外に出たとしてもどこにトイレがあるのかなんて分からなかったので、結果的に一番近い第五層のトイレを使うことを選んだのだった。
だが、そこには未だこの世界に来てから僕が目にしたことがないアレがあったのだ。
そう!鏡だ。
早急に後ろの穴で用を足し押し寄せる便意から解放された僕は、のほほんと洗面台で手を洗っている途中、何気なく目の前の鏡を見た。
驚愕した!
鏡に映っていたのは僕じゃなかった。
そこには美しい女性が1人いるだけであった。
何を言っているのか分からないと思うがそのまま聞いてくれ。
僕は初め、誰か後ろにいると思った。
だがそこには誰もいない。僕の他には誰も。
魔法の気配も感じない。
そして事実をゆっくりと把握していった。
転生したこの世界では、何と僕の外見はどこからどう見ても綺麗な女性だったのだ。
別に前世で太っていたわけではないが、よく見ると身体のラインも前とは違いスリムになっている。
これに関してはもっと早く気付けたはずだが、、、
何故この世界の人間が、僕が声を発するまで男だと分からなかった理由がようやく判明した瞬間であった。
僕はしばらくの間、自分の顔を舐めまわす様に見ていた。
髪はそれほど長くない。
色も前と同じこげ茶。
ただ、顔はやっぱりまるで違うんだ。
まず目がビー玉の様に透き通っていて綺麗。
肌も白いし鼻もスッと通っていて外国人みたいだ。
顔も小さく、顎のラインも繊細で美しい。
こうしてじっくり見ると何だかマリヴェル先生に似ているような、、、
勿論戸惑いはあった。
以前は男だったから思うところはある。
だが、僕はこう考えることにした。
もうアソコも無くなっちゃって見た目も完全に女だけど、僕が無くなるわけじゃない。
外見が変わるだけだ。中身は何も変わらない。
なら良いんじゃないか?
むしろ、これで他の生徒とも仲良くなれそうな気がするし。
そう、悩んでも何も前には進まないことだってある。
この世界で僕は男でも女でもない存在になってしまったが、それの何が悪い?
まあいずれは誰かと付き合ったりってのはしたいけど。
結婚とかそういうのはその時になってから考えよう。
これでこの話にケリはついたと僕は考えるのを止めた。
「ルカくん、、、?ど、どうかしましたか?」
下から愛おしい小さな顔がこちらを覗く。
「いや、ちょっと考え事をね。大丈夫、大したことじゃないから心配しないで。
そんなことより今日の日替わりランチは何だろうね?」
リリィがパアッと無邪気に笑う。
「今日はハンバーグみたいです!楽しみですね!ルカくん!」
ひゃあああああ。
なんて可愛らしい笑顔だ。
完全に油断していただけに、見事にハートを射止められた。
、、、本当にリリィがいてくれてよかった。
僕たちは食堂に着くなり直ぐにランチを手に取り、埋まりつつあるテーブルを何とか確保して席に着いた。
正直、この世界の飯は美味しくない。
塩や胡椒といった調味料がまるで無いのだ。
肉料理や野菜料理もただ焼いたり切ったりされるだけ。
だからハンバーグといえど、ここにケチャップがあればと思わずにはいられない。
だけど僕はリリィの美味しそうにハンバーグを食べるその笑顔だけで幸せです。
「そういえば、この校舎の入り口に大きい人の銅像があるじゃないか。あれって誰なんだろうね?」
「ああ、”カイン”のことですね。知らないんですか?」
リリィのフォークを動かす手が止まった。
「う、うん。カインってどんな人なの?王様?」
「ふふ、違いますよ。カインは古いお伽話に伝わる英雄です。良ければお話ししましょうか?
私あの話意外と好きなんです。」
僕も手を止めた。
「ならお願いしてもいいかな?」
リリィはにっこりと笑った。
カインとアベル
この国に伝わる古いお伽話だ。
大昔、まだメルクリウス王国や他の国ができるもっと前の時代、人と神は共に暮らしていた。
神は人間を創りし存在の様に言われるが、実際には神という人間と同じ一種の種族の生物なのだ。
長年の間、二つの種族はお互いに手を取り仲良く暮らしていたのだが、ある朝、神は言った。
なぜお前は空を飛ばないのかと。
人間は答えた。
翼がないから空を飛びたくても飛べないのだと。
その朝を境に、神は自らを人間を超越した存在だと考える様になり、時が経つに連れ、人と神の間に出来た溝は深さを増していった。
そして事件は起こった。
些細なことで喧嘩になり、神が人間を殺してしまったのだ。
これが二つの種族が決別する決定的な事件になった。
そうして神と人との戦争が始まった。
神々の力は人間の想像を遥かに越えており、人間という生物はなすすべもなく淘汰されようとしていた。
そこに2人の救世主が現れた。
竜の顔を持つカインと竜の身体を持つアベル。
二人は人と竜との間に出来た竜人だった。
啓蒙なる竜の知恵を授かったカインは魔法を使い、剛腕なる竜の力を授かったアベルは武術を使って神に抗った。
神は見たこともない強大な力を恐れ、この世界を出てアヴァロンという天界を創りそこで暮らすことにした。
人という種族を救った英雄として、カインは神ですら越えられない”時間”という概念を越えし存在という意味で”時の魔法使い”と呼ばれ人々から慕われるようになった。
しかし、恐ろしく巨大な身体を持つアベルは人々に受け入れられなかった。
二人は別れ、一方は民に囲まれ、一方は孤独に暮らすことになった。
今度は二人の兄弟の間で悲しい闘いが起こった。
アベルは兄のカインを許すことが出来なかった。
嫉妬と呼ばれる感情がそこには在った。
長く苦しい闘いの後、アベルはカインの首を引きちぎり地面に埋めた。
(この闘いは、魔法使いは武人に不利という今では当たり前のことが、遥か昔から判明していたと暗訳しているのです。)
カインの首を埋めた砂漠には、いつの間にか”世界樹”と呼ばれる大きな木が生い茂り、その周りを囲むように森が育ち、沢山の魔力を宿した生物が産まれた。
アベルはその後、人間達の王となり世界を統治した。
しかし、寿命には誰も逆らえない。
アベルは沢山の子供たちを遺して遂には死んでしまった。
(その頃には彼は傲慢にも自分を”全てを越えし者”と呼んでいたのです。)
今の武人の頂点である”マスターモンク”もアベルの子孫だという噂だ。
それを世界樹の中からじっと見ていたカインは、力も持った者に弱き者が淘汰されることを悲しみ、首に僅かに残った魔力を世界樹を通して世界の力なき人間に渡した。
それは、美しい花に魅せられた蝶が雄しべから花粉を運び新たな花を咲かせる様に、世界へと広がっていった。
「私たち人間が武術や魔術を使えるのは、カインとアベルがその力を遺していってくれたからなのです。」
リリィは話し終えるとまたハンバーグに手を伸ばした。
「何だか悲しいお話だね。」
「そうですね。でも私はこの話好きなんです。英雄と呼ばれた兄弟が、富や名声を理由に殺しあうというのが何だか現実的で、、、」
リリィは天然そうに見えて意外に頭が良いよな。
授業で先生に急に当てられても、慌てるもののちゃんと正解を答えるし。
魔法は、、、中々上手くいかないみたいだけれど。
何だかリリィは回復魔法や支援魔法が向いている気が魔力の気配からするんだけどな。
頑なに攻撃魔法を覚えようとするのは何か意図があってのことなのだろうか。
今度時間がある時に聞いてみよう。
カイン。
悲しき時の魔法使い。
あの銅像がなんで竜のお面を被っているのかがようやく分かった。
ってすっかり長話になってしまったな。
僕もハンバーグ食べよ。
そんな風に二人で急いで昼食を食べていると、突然背後から声がした。
「そこの新入生!喜びなさい、この私”若毒のメローネ”に話しかけられたことを!」
なんか後ろが騒がしいな。
「リリィ、なんかうるさいし早く食べて教室に戻ろうか。」
ん?
リリィが震えている。
「ル、ル、ルカく、、ん、、、りゅ竜王です、、、竜王が、ルカくんに、話しかけています、、」
竜王?
後ろを向くと、目の前にはこちらを真っすぐに指差したまま固まって動かない女性が立っていた。
「あ、ごめん、新入生って僕のことだったんだ。僕はルカ。あれ、、、皆どこ行ったんだ?
まあいいか。よろしくね。」
そう言い僕は笑顔で手を差し出した。
その瞬間、バチバチと大気が音を上げて怒り出した。
「こ、この竜王である、、、わたくし若毒のメローネ様に向かって、、、その様な態度、、、万死に値するわッ!!!!」
な、なんだ?!
僕たちのいる塔が今にも倒れそうなほど激しく揺れている。
「もうキレたわ、、、完全にキレたの、、、わたくし。来世で悔やみなさいッ!!弾けろッ!ヴァルビュートッ!!!!!」
くっ、、、真っ赤な光が眩しすぎて何も見えない、、、
もしや、これが、赤の魔法陣?!
その時、僕を中心に空間が捻じ曲がった。
この感覚、、、身体の内部に直接攻撃する状態魔法の一種か?!
やばい、、、くるッ!!
この距離では避けられないぞ!
くそ、こんな所で突然殺されてたまるかッ!
バーンッ!!!と尋常ではない衝撃の爆発が起こった。
パラ、、パラ、、と壁や地面が崩れる音が聞こえる。
だが、、、あれ?
無事だ!
身体の中に何か良くないものを感じたのだが、、、今は何もないな。
ったく驚かせやがって。
リリィに何かあったら怒ってたぞ、全く。
グチャッ
ん?何か踏んだか?
変な音が聞こえたが。
足をどけたそこに転がっていたのは、ぐちゃぐちゃになった小さな腕だった。
僕は言葉を失った。
僕の周りに存在していた全ての物質は、まるで内部から弾けたかのように、不自然な壊れ方をして木端微塵に辺りに散乱していた。
その瞬間、僕の中での時が止まった。
「リリィッ?!」
壁には爆風で強く打ち付けられて離れないリリィの身体があった。
腕や脚は滅茶苦茶に吹き飛んでいるものの、何故だか首や胴体は綺麗に残っていることに疑問を感じる余裕なんて無かった。
僕は急いでリリィに駆け寄ると、打ち付けられている胴体を壁からそっと剥がし、両腕でしっかりと抱いた。
壁から剥がす時、ベチャッと生々しい血液が、糊の様に身体から延びているのが見えた。
息が、、、殆どない、、、
何だ?何か言ってる?
「リリィ!!何?!何て言ったの?!ねえっ!」
「、、、、、ル、、ル、カくん、、、?ど、こ、、、にいる、、、、の?、さ、、、むい、、よ、、」
何だこれは、、、
身体に存在する穴という穴から、血がゆっくりと噴き出してきた。
僕の頭は真っ白になっていた。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
ガクガクに垂れ下がった口からは何も出ない。
行かないでリリィ。
もう一人はいやなんだ。
「あら、そんなところにいるのが悪いんですわよ。」
背後から人を小馬鹿にした様な若々しい声が聞こえる。
「でも、何故あなたは死んでないのかしら?新入生。
特別に私に話しかけることを許可するわ!さあ、理由を述べなさい!」
ブチッブチッ
キレた。恐らく脳の血管で大事な部分が。
理性を保つために必要だろうそれが。
(そうだ。怒れ。許すな。徹底的に破滅させろ。存在すらこの世に残すな。)
「、、、ヒール。」
青の魔法陣が発動した。
「、、、何しているの?ヒール?ハハハ!!そんな誰でも使える初級魔法しか使えないのかしら!!」
笑いは僕の足元を見て止まった。
魔法陣がバキバキに砕けたのだ。
それは色を変えて再度構築された。
また砕け再構築した。
更にまた砕けて再構築した。
砕け再構築した。
紫の稲光を放つ魔法陣がそこにはただ静かにあるのみだった。
「む、紫の魔法陣ッ?!あ、ありえない、、、ヒールは初級魔法なはず、、、それに魔法陣の色が変わっていくなんて見たことがない、、、」
滅茶苦茶に散乱していたスプーンやテーブル、粉々になったリリィの手足やハンバーグが、光に包まれ、まるで時間を戻されたように治っていく。
「こんな魔法、、、一体、、、」
慌てている目の前の女に向かって僕は右手を差し出しこう言った。
たった一言。
「ファイアボール。」
突如闇の炎が立ち上った。
それは女を包み込み凄まじい音を立てて燃え盛った。
「あぁぁああああああああ!!!!」
女の泣き叫ぶ悲鳴が聞こえる。
ふ、ふふ。
(そうか、楽しいのか。楽しいだろう!!こんなもので終わりではないぞ!!
もっと心行くまで楽しもうではないかっ!!)
ふふふ、フハハハハハハッ!!!!!
(もっとだ、、、もっと力を解放するのだ、、、、我に身を委ねるのだ、、、そうすれば、、、!)
その時!!空っぽな身体に柔らかい感触を感じた。
「もうやめてくださいっ!!ルカくん!!」
「、、、、リ、、リリィ、、?」
その瞬間、僕の視界に色が戻った。
気が付けば魔法陣は消え、ピクンピクンッと陸に上がった魚の様に小刻みに震える女が地面に横たわっているだけだった。
それ以外は、まるで何事もなかったかのようにそのままだ。
そして誰もいないはずの背後から声が聞こえた。
「坊や、おいたはいけないわよ。」
「マ、マリヴェル先生、、、?」
先生がいつの間にか後ろのテーブルに脚を組んで座っている。
「あんまり女の子をイジメちゃダメよ。坊や。」
ふぅっと息を吐くと先生はテーブルを降り、女の元へと向かった。
「これはただの焼け跡じゃないわ。燃えたのは皮膚や細胞なんかじゃない。
存在そのものがこの世から燃やされようとしていたのね。」
しゃがみ込み女の身体を隈なく観察した後、先生は詠唱を始めた。
勿論だが聞いたことがない魔法だった。
「おいでおいで。私の可愛い天使の輪っかを頭に乗せた子供たち。
今宵は宴。楽しめ楽しめ、歌え歌え、踊れ踊れ。」
美しい歌声と共に上空に聖なる穴が開いた。
そこから入ってきた可愛らしい天使達が倒れている女の周りを楽しそうに囲んで踊って歌った。
すると生々しい火傷の痕が少しずつ引いていき、数分後にはすっかり元通りになっていた。
「この魔法は、皆には内緒ね。とっておきなの。」
「せ、先生。僕、、、一体何を、、、?」
「そう。覚えてないのね。なら良いの。他の人が来る前に教室に戻りなさい。
もう授業開始のチャイムが鳴るころだわ。」
「ルカくん!い、行きましょう!」
リリィに手を引っ張られ、ようやく抜け殻だった身体に力が戻り始めた。
僕は、、、くそ、まただ。霧がかかった様に。
後方では上空に再び穴が開き、天使たちは空へ還っていった。
残された二人だけの食堂で再びマリヴェルはテーブルに腰を降ろした。
「ふぅ、困った子ね。、、、それにしてもあの魔力。紫の魔法陣、、、」
無言で空間に手を差し込み、モゾモゾと異次元からキセルを取り出すとパチンッと彼女は指を鳴らした。
その音に反応し勝手に火が付いたキセルから煙を吸い込むと、それをゆっくりと空に向かって吐き出した。
「史上”二人目”の冥王の誕生。さて、学長に知らせるべきか。それとも、、、」
もう一度指を鳴らした瞬間。
煙に包まれた二人の姿は空気へ紛れて見えなくなった。
一方、紫の森では。
「何なんだこの大きな足跡は?!一体どこまで続いているのだ、、、」
先に前を進んでいた騎馬隊が、恐ろしいものでも見たかのように顔面蒼白になり戻ってきた。
「た、隊長ッ!!トロールです!この先にトロールがいます!」
馬鹿な!
トロールだと?
この森は確か低位魔獣ダークウルフの縄張りだったはず。
魔獣のパワーバランスが崩れた?
一体何が起きているのだ。
このまま突っ込むのは愚策かもしれん。
だがこれはチャンスだ。
中位魔獣であるトロールの首を王都に持ち帰れば、メンフィス卿の名声がより高まることだろう。
今は王位継承戦の大事な時期。
ここで私が手柄を上げれば、、、
「皆の者、私に続け!」
偉大なるメンフィス卿の右腕であるこの俺ドベルクに不可能はない!
王都に10人もいない"拳王"の称号を賜りし我が二つ名は嵐獄のドベルク。
中位の魔獣程度、我が嵐を呼ぶ魔剣テンペストで一刀両断してくれよう!
「いたな。あの緑色の巨体。間違いないトロールだ。」
チッ先手を打つ前にこちらに気付いたか。
背後に忍び込み、無防備な身体に渾身の斬撃を浴びせるのが理想だったが仕方ない。
「先行する騎馬隊は背後に回って、ヤツの注意を惹きつけろ!後の者は俺に続けッ!!」
よし、トロールが後ろに気を取られている。
このまま一直線に突っ込めば、、、
「うわぁああああ!!!!」
くそ、何をやっている!あの馬鹿めが!
トロールの舌には気を付けろと学校で習わなかったのか?
しかしあれほどガッシリ巻き付けられては、もうあいつは助からないだろう。
トロールの舌はこの俺でさえ恐れくらいだ。
一度掴まれてしまえばもうおしまいだろう。
まあ仕方ないな。
せめてその命、俺の糧となり死んでいけ!
「武術!嵐撃ッ!!」
よし!深く入った!
今の一撃は確実に首をイッただろう。
その傷ではもう立ち上がれまい。
「お前ら!一斉にかかれ!」
こうなれば後は作業の様なもの。
もう少し苦戦するかと思ったがこんなものか。
「オ、オレ、、、人、、オソワ、ナイ、、」
何だ?何か言ってるな。
まあいい。
「さっさとしろ!首は丁寧に切断するのだぞ!」
緑色の身体をしているくせに、真っ赤な血を流すのは何とも奇妙なことか。
「隊長!生きています!こいつ、、、なんて幸運なんだ!」
何?
トロールの舌に巻き付かれて無事だと?
今まで幾人もの戦友が、無残にもトロールの舌によって亡き者となる瞬間を側で見てきた。
あれは助からないと思ったのだが、、、
「よし!首を籠に入れろ!長居は無用!行くぞ!」
とんだ道草を食ってしまったが、このまま行けば明日の昼には村に着くだろう。
あの娘、次はどう犯してやろうか。
あの絶望に覆われながらも、希望を心のどこかでは信じている絶妙な表情。
その希望を残酷にも粉々に打ち砕いてやったらどんな顔になるのだろうか。
「ククク、楽しみだ。実に楽しみだ。お前に希望などこれっぽっちも残っていない事を思い知らせてやる!」
第9輪 深淵の観測者
「ふふふ」
「どうしたのリリィ?今日はご機嫌だね。」
何だかリリィが楽しそうに笑っている。
「知らないんですかルカくん?今日は、先日発見された通称”サタンの鏡”がここサリエリ魔術学院に届く日なのですよ!」
「サタンの鏡って何?」
以前の僕だったら知ったかぶりをしていたかもしれない。
だがこの世界に来てから、そんなことをしても見栄っ張りにすらならないことを僕は学んだ。
分からないことがあったら、正直にすぐに聞く。これが一番だ。
「ご、ごめんなさい!ルカくんは知らないですよね、、、私ったら、なんてことを、、、」
「別に全然いいよ!そんなことで怒らないから安心して。それで、、、」
「ありがとうございます!ルカくん!サタンの鏡はですね、
先日冒険者である”レイブン=ヴァレンタイン”さんがレヴィアン近くのダンジョンで発見したものなんです。
噂によると、鏡に映った者の魔力の強さや限界値を教えてくれる魔具らしいのですが、詳しいことはまだ分かっていません。」
冒険者か。
この世界には未だに分かっていないことがとても多い。
この塔だってそうだ。
古の民が創ったということ以外何も分かっていない。
そんな謎を解明する為、彼らはパーティを組み冒険する。
まあ純粋な好奇心だけで冒険者をしている訳でもないみたいだ。
今回の様に、新しい魔具を発見した者には、国から莫大な褒美を与えられる。
それこそ一生食べていけるだけの額だ。
という訳で多くは一攫千金を狙う金目当ての冒険者ということになる。
今回のレイブン=ヴァレンタインさんは、この国で今起こっている次期国王継承戦の二大派閥である大貴族メンフィス卿の配下らしい。
メンフィス卿と言えば、、、
メローネ。
次会ったらぶっ飛ばしてやる。
「あら新入生、何の話をしているの?私に話すことを許可するわっ!!」
って早速!
「お、お前!!あの時はよくも!!」
「はいはいルカくん。落ち着きましょうね。」
突然、僕たちの間に割って入ったのはマリヴェル先生だった。
「女の子にそんな威圧的な態度はダメ。」
そう言い僕の頬に再びキスをした。
くぅう!!
駄目だ押されるな僕ッ!
こいつだけは、、、こいつだけは、、、
「で、、でも!こいつはいきなりリリィを、、、!」
(そうだ、、、そうだぞ、、、)
く、頭が痛む、、、!
あの時のことを思い出すと、胸が締め付けられて、、、息が出来ないんだ、、、!
(思い出せ思い出すのだ。こいつがリリィにしたことを。
さあ!見せてやろうじゃないか!お前の本当の力を!)
「ルカくんっ!!!!」
視界に光が戻った。
あ、、、
何だったんだ?
頭の痛みが、、、引いていく?
また僕は、、、キレてしまうところだった。
あの声は、一体。
「リリィ、ごめん。また頭が真っ白になるところだった、、、僕を引き戻してくれてありがとう。」
「良いんですルカくん。それよりメローネ様からお話があるみたいです。落ち着いて話しませんか?」
、、、駄目だ。
こいつと話すことなんてない。
「いや、良いんだリリィ。行こう。」
僕は、失礼します、と先生の前を横切り、リリィの手を引いて教室を出た。
「ふふふ、振られちゃったわねメローネ。」
「う、うるさいっ!!」
顔を真っ赤にして彼女は上層へと急いで上がって行った。
「仕方ないわね、二人とも。あら、ヴェルチェじゃない。おはよう。」
「うっマリヴェル、、、お、おはよう。」
ササーっと挨拶を交わしヴェルチェは立ち去って行った。
「うーん、私の方もまだまだ時間がかかりそうね。」
マリヴェルはニヤッと笑い、キセルの煙に紛れて消えて行った。
それから暫くして午後の授業が始まった。
「ハイ皆さん。授業を始めます。」
今日もヴェルチェ先生は凛としていて綺麗だなあ。
入学して2週間。
相変わらず先生は僕を嫌っているけれど、、、僕は、、、
「何?ニヤニヤして気持ちが悪い。これだから男は、、、」
うぅまた説教が始まった。
やっぱり何でもないです。うん。
「皆も知っていると思うけれど、先日発見されたサタンの鏡が我が校に研究の為やって来ました。
という訳で、今から皆さんにも研究を手伝って頂きたいと思います。」
ゲート。
そう呟くと通称”悪魔の門”と呼ばれる悍ましい巨大な扉が先生の横に出現した。
「オ望ミは、ナンでしょウカ?」
悪魔の門の上からこちらを覗いている緑の目をした小さな悪魔が口を開いた。
「サタンの鏡を持ってきてくれるかしら。」
「リョウカイしまシタ。」
その瞬間、扉が凄まじい風を立てて開いた!
中に見えるのは、、、人二人分くらいはある大きな鏡だ。
そして、鏡を残し扉は消え去った。
サタンの鏡というくらいだから、さぞ凄いんだろうなと勝手に予想していたが、実物は案外大したことはなかった。
鏡の縁には無数の小さな骸骨が型取られていたが、大きいということを覗けばそれほど驚くことはない。
だが、何だこの気配は、、、
鏡から発せられるものなのかは分からないが、何だか危険な香りがする。
それにさっきから廊下の方から謎の気配も感じるぞ。
僕の思い過ごしであればいいが。
「はい、これがサタンの鏡です。
今から皆さんには一人ずつこの鏡の前に立って頂くのですが、その前に見本を見せます。」
そう言い鏡の前に先生が立つと、鏡の表面がぞわっと波打った。
そして、炎を纏う赤き虎が鏡の中で所狭しと神々しく吠えているのが見えた。
「皆さん鏡の中の虎が見えますか?これは私の魔力を象徴していると考えられています。
虎の身体の色と炎は、魔力の限界値、すなわち赤の魔法陣を指しており、虎は私の持つ魔力の強さを表していると思われます。
実際に私は竜王であり、赤の魔法陣を発動できます。
虎が若いのは、まだ成長が期待できるといったところでしょうか。」
ほおーこんな風に映るのか。
それにしても流石はヴェルチェ先生だ。
竜王と呼ばれるだけのことはあるな。
やばいワクワクしてきた。
僕が立ったらドラゴンとか出るんじゃないか?
そういい僕はウキウキで生徒の列に並んだ。
「はい、じゃあ次の人。」
生徒の半分くらいが終わった。
今のところは2人緑の魔法陣を暗躍する、大樹や年を取った亀が見られたがそれ以外は話すに値しないな。
中には、真っ青で今にも死にそうなムカデが映った者もいた。
これは流石に可哀そうだった。
リリィがしょんぼりしているのが見える。
映ったのは赤い目をした青いリス。
限界は水の魔法使いか、、、
先生が僕を呼ぶ声が聞こえる。
「はい、じゃあ次、、、って君か。さっさと終わらせてよね。」
「わ、分かりました。」
心臓の高鳴りが聞こえる。
一体何が映るんだろうか。
先生を見返してやる、、、!
ドキドキしながら僕は鏡の前に立った。
すると、、、
...
..
.
「こ、ここは、、、?あれ?みんなどこ?」
気が付くと何もない暗闇の中に僕はいた。
あれ?
さっきまで僕は鏡の、、、
「おーい!誰かいませんか?」
参ったな。
これ鏡の中の世界とかじゃないだろうな?
一生出られないとか頼むからやめてくれよ。
「大丈夫よ坊や。」
その声は、、、マリヴェル先生?!
「来ちゃったっ!」
てへ!と先生は自分の頬に指を指して舌を出す、半端ではなく可愛いポーズをした。
「き、来ちゃったって!ってかここどこですか?僕たちに一体何が?」
「ふふふ、ついてこれば分かるわよ。」
そう言い先生はコツン、コツンとハイヒールを鳴らし歩いて行った。
「ま、待ってください先生!」
慌てて後を付いていく。
また何かに巻き込まれたのだろうか僕は。
先生の素敵な後ろ姿以外は暗闇に包まれ何も見えない中、僕はそれを頼りに歩いた。
暫くして突然背中が止まった。
「着いたわよ。見て、これ。」
先生が手招きをして僕を呼ぶ。
「こ、これは、、、」
僕たちは底の見えない巨大な穴のすぐ前に立っていた。
「何ですかこの穴、、、先が見えませんけど。」
先生はニコッと笑った後、今までに見たことがない冷徹な顔になった。
「どんな人間でも誰にも言えない、時には自分ですら分からない闇を心に抱えている。
ここはあなたの心の闇を象った世界。
つまりこの穴、正しく深淵と呼ぶに相応しいけれど、これがあなたの闇の大きさを揶揄している。」
「深淵、、、心の闇、、、?」
「別に恐れる必要は無いのよ。どんな人間だってこういった世界は持っているものだもの。
ただあなたの闇は、果てしなく深い。先が見えない。この深淵の先に一体何が待っていると思う?」
何って、、、
幾ら目を凝らしても地面なんて見えない。
そんなこと聞かれても分かるわけないじゃないか。
「分からないです。覗いても何も見えないし。」
「違う、物理的に見るんじゃないの。視界に頼って深淵を覗かないで。
自分の中に目を向けて。心の目で深淵を覗くの。ほら、やってみて。」
心の目。
そういえば初めて魔力を消した時、自分の心にゆらゆらと揺れる真っ赤な炎を感じた。
あの時の感覚を思い出せば、、、
僕は目を閉じて深く深呼吸をした。
集中しろ。
まずはこの先に何があるのかをイメージするんだ。
深く、深く堕ちていけ。
心も。
身体も。
果てしなく堕ちていくんだ、、、
(そうだ。こっちへ来い。お前自身を解き放つのだ、、、)
僕を解き放つ。
そうだ。
もっと深くまで堕ちて良いんだ。
ただそれだけなんだ。
ん?
何か気配を感じる。
終わりが見えない程の、、、巨大な何かが僕の目の前に立ちふさがっている。
何だ、、、暗くて見えない。
おーいっ!何なんだ君は?
ゆっくりと影が開いてく。
これは、、、目玉、、、なのか?
「危ないっ!!」
ハッ!?
僕は強い圧迫感を右腕に感じて我に返った。
先生が僕の右腕を両手でがっしりと掴んでいたのだ。
そのまま僕を引き寄せて「大丈夫?」と先生は声をかけてくれた。
「僕は一体何を、、、?」
先生は、「はぁ。」とため息を付いて話した。
「あなた、目を閉じて暫くしてから、独り言をブツブツ呟き始めたのを覚えてないの?」
「ま、全く。」
独り言?
何か分からない圧倒的な力の前に僕は立ち竦んでいた。
「急に喋り出して様子がおかしいわねと思っていたら、突然、もっと深くまで堕ちていかなきゃって、本当に落ちようとするんだもん。流石に驚いたわ。」
ようやく少し笑ってくれた先生の顔を見て安心した。
「深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているという言葉があるけれど、まさかここまでとはね。」
そうか。
僕は自分の闇に呑み込まれようとしていたんだ。
「良い?ハッキリ言わせてもらうわ。」
先生は改めて僕を真剣な表情で見た。
「あなたには自分自身が感じているよりも遥かに強力な魔力が備わっている。
あなたの中に眠る魔術のセンス、魔力の強さ、保有している魔力量全て竜王である私よりも桁違いに高い。
それは素直に認めるわ。
だけどね、今のあなたの精神力ではこの強大すぎる力は制御できない。
恐らくは、、、赤、いや緑の魔法陣が限界ね。
それ以上は確実に身を滅ぼすことになるわ。これを見て。」
先生は僕の後ろに今尚在り続ける深淵を指さした。
「この穴はあなたの心の闇を表していると先ほど私は言ったわね。
ではあなたに問うわ。
この深淵の先にある”何か”を受け入れることはできる?
そして、それを制することがあなたにできる?」
僕は答えることが出来なかった。
巨大な目が僕を見ていた。
あれは、人がどうこうできるようなものじゃない。
僕には、、、無理だ。
「この穴が深ければ深いほどあなたの中に未だ眠る力が大きいということ。
本来私たち人間は、自分の中にある恐怖や時には力の形をした闇を受け入れ、制することで本当の力を発揮できるものよ。
さあ、この果てしなく続く深淵の中で、あなたは息をすることが出来る?」
うっ
く、苦しい。
酸素が、、、足りない。全然足りない。
「どう?できるわけないわよね。
こんな人智を越えた暗黒の中で、まともでいるなんて。
、、、一旦ここから離れましょう。ついてきて。」
朧げに見える先生の後ろ姿を僕は必死に追いかけた。
暫く進むと段々呼吸が楽になってきたのに気付き、僕は止まった。
「もう大丈夫です、先生。」
振り向いた先生の表情は依然として厳しいままだった。
「そう、よかった。
少し話を変えるけれど、あなたメローネに初めて会った時のこと覚えてる?」
「勿論覚えてますよ!あいつ、、、次会ったら」
「じゃあ、あなたがあの子に何をしたのかも覚えているのね。」
え?僕が何かをした?
「やっぱり。何も覚えていない。
いや、正確に言うと覚えてはいるのだけれど思い出せないのね。
あなたの頭が無意識にそれを呼び起こすのを拒んでいるのよ。
なら私の口から聞いてちょうだい。
あなたはリリィが傷付けられて頭の中が真っ白になった。
それから紫の魔法陣を発動させ、メローネという存在自体を焼き殺そうとした。」
ま、また頭が、、、!!
くそ、、、!
壊れてしまう、、、心が、、、!
「もし、あの時リリィが止めに入らなかったら、あなたはあのまま闇に堕ちていたでしょう。
私にはね、、、見えるの。信じられないくらい残酷な未来が。
あなたが深淵に呑まれ、魔神となってこの世界全てを焼き尽くすその光景が。」
目の前に儚い雫が光って落ちた。
「約束してくれる?
もしこれから先、あなたにとって大切な存在が理不尽に傷付けられたとしても
どんなに辛いことがあなたに起こったとしても自分を見失わないって。
あなたが暴走した時、あなたを止められる人間なんてあなた以外にはいない。
強大すぎる力は時にその身を滅ぼすわ。だから、、、」
そう言い先生は再びキスをした。
今度は僕の唇に直接。
「、、、約束よ?ルカ君。」
「は、はい。先生。」
僕の初めては、、、悲しいキスだった。
僕は、、、
気付けば頭の痛みは引いていた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。坊や。」
少し赤くなった先生が僕の手を取って強く引っ張る。
僕はただ引っ張られるがままに先生の跡を追った。
光だ、、、
光が見える、、、
(待つのだ。戻ってこい。暗黒の淵へ、、、!)
背中に声が聞こえる。
だけど僕は振り返らない。
この手を握っている限り、絶対に。
.
..
...
「、、くん?、、カくん!、ルカくん!!!」
「リ、リリィ?ヴェ、ヴェルチェ先生、、、あれ?マリヴェル先生は?」
「マリヴェルなんていないわよ、、、そんなことより、、、」
なんだ?
このマグマの様に燃え滾る魔力は?
「この、馬鹿野郎っ!!!!」
「痛っ?!せ、先生?!」
先生の空手チョップがさく裂した。
「地面をよく見てみなさいっ!」
そろーりと地面に目を移すと、そこには何やら濁った水たまりの様なものが出来ていた。
これは、、、まさk
「鏡の前に立った瞬間にプツンと電池が切れたみたいにフリーズしたと思ったら、突然深淵がどうとか目玉がなんやらってブツブツ言い始めて
大丈夫?ってリリィさんが心配して駆け寄った瞬間チョロチョロって、、、
あんた何歳よっ!!今更、お漏らしなんて恥ずかしくないのかしらッ?!」
やっぱり!!!!!
非常に親近感の湧く色合いだと思いました!!!!
僕は転生して初めてお漏らしをした。
そして、転生して初めて土下座をした。
ただ土下座をしても何をしても、この身体に纏わりつく闇の炎は決して僕を離してはくれなかった。
勿論、ヴェルチェ先生も許してはくれなかったぞ!
それからしばらくの間、僕はおねしょくんという不名誉なあだ名で呼ばれ続けたのだった。
時を同じくして、村に到着したドベルク一行
「、、、何と言った?もう一度言ってみよ。」
「私はもうあなたなんかに屈しないと言ったのよっ!帰って!帰ってよ!!」
「うーむ、これは村長どういうことか?」
「い、いや、この娘が、約束を破ったのですぞっ!ドベルク様!もうこんな所まっぴらと!」
これは、、、実に良い状況だ。
「フェリアよ。この俺に逆らうことが何を意味するのか知らぬお前ではない。
一体この1か月お前を見ない間に何があったというのだ?」
「別に何もないわ。ただ、これ以上こんな酷いことはもう嫌なのっ!
だから、、、帰りなさい!帰らないのなら、、、」
何もないだと?そんな訳、、、
そうか!ついにお前が待ちわびていたであろう救世主が、、、希望がやってきたのか!
そして恐らくだがそいつは今いない、、、
ならお前を犯しながらそいつが来るのを待って目の前で殺してやるか、、、
いや、もっと良い殺し方が、、、
ク、ククク、ハハハッハハ!!!!!
何なんだこの状況は!!最高ではないか!!
思わず笑みがこぼれそうになってしまうほどだ。
ヴ、ゴホンッ!
「そうか。魔術師程度でこの俺に歯向かうとは、、、愚かな。おい、お前。先ほどのアレを持ってこい。」
「は!隊長お持ちしましたッ!」
これを見せたらこいつはどんな反応をするだろうか、、、
非常に楽しみだ。
「フェリアよ。これが何か分かるか?そう!先ほど打ち取ったトロールの首だっ!!
どうだ?まだ私と闘うというのか?」
「そ、それは、、、」
ふふ、あからさまに動揺しているな。
「どうしたフェリアよ。脚が震えているぞ。さあ、屈しないんじゃなかったのか?
私にお前の力を見せてくれっ!」
「な、舐めないで!私はもう一人じゃないっ!!焼き尽くせっファイアボールッ!」
クククク、頼むから簡単に堕ちないでくれよ。
その絶望の中で見つけたであろう微かな希望。
それをゆっくりと、、、楽しみながら、、、完膚なきまでに叩き潰して、本当の絶望を教えてやるからさあっ!!!!
第10輪 GATE TO THE DEATH
「なぁリリィ、別に僕にわざわざ付き合ってくれてまで掃除することないんだよ?」
「大丈夫です。リリィが好きでやってることですから!」
今日もリリィは天使だなあ。
「、、、ねえリリィ。ちょっと良い?」
「何でしょう?ルカくん。」
「僕があのメローネとかいうやつにキレた時のことって覚えてる?」
リリィの目に恐怖が宿った。
「、、、はい。と言っても目が覚めてからのことしか覚えていませんが。」
「そっか。ごめんね。リリィには怖い思いさせてしまって。」
「いえ、、、ただあの時のルカくんは、、、何だか別の人の様でした。
笑いながらメローネ様を、、、すみません。この話はもう。」
そう言いリリィは先に教室に戻りますねと行ってしまった。
別の人か。
マリヴェル先生は言っていた。
僕が深淵に呑み込まれ魔神となってこの世界を焼き尽くす未来が見えると。
フェリアの時もそうだった。
余りのショックに頭が真っ白になると自分を制御できなくなる。
気付いた時には全ては終わっているんだ。
(こっちへ来い。さあ、こっちへ、、、)
、、、駄目だ!!
油断すると持ってかれる。
あの時、深淵の中で見た巨大な目玉。
あんなものに呑み込まれたら僕はどうなってしまうんだろうか。
人間が持てる力を遥かに越えている。
抗えない。
思い出す度に心の底から恐怖が蘇ってくる。
、、、僕も戻るか。
教室に入ったその時、おねしょくん!という歓声が上がった。
「おねしょくん。遅かったわね。ちゃんと綺麗になったかしら?」
不敵な笑みを浮かべるヴェルチェ先生。
「は、はい。」
「でも、もうあの教室は駄目ね。もう使えないわ。
だって、、、あなたのお漏らし踏んじゃうといけないですから!」
教室は爆笑の渦で包まれた。
、、、もう帰ろうかな。
僕だってしたくてした訳じゃないのにっ!
僕は黙って自分の席に座った。
それからの授業はただただ地獄だった。
皆のおねしょイジリは収まる気配がまるでない。
僕は耐えた。
耐えに耐えた。
そうして、やっと休憩時間がやってきた。
ただ、そんな僕にもリリィは臆せず話しかけてくれる。
「ル、ルカくん!ちょっと良いですか?」
「う、うん。もちろん良いけれどどうした?」
「こ、ここじゃ何ですので、付いてきてもらってもいいですか?」
僕は何故だか少し緊張して、どもりながら分かったよと言ってリリィの背中を追った。
「ここなら人もいないですね、、、やっと二人きりになれました。」
下から見上げるリリィの顔が少し赤くなった。
「そ、そ、それで、話って?」
何だ?いつもと何かが違う、、、?
「はい、、、実は、、、その、、、」
ゴクッ
「その、、ルカくん!良かったら、、、付き合ってくれませんか?」
キターーーーー!!!!!
「うん!勿論いいよ!」
って待て待て待て待て待て待て!!
二つ返事で良いよと返してしまったけど、その前に大事なことを聞かなくては!!
「ご、ごめん!その前に一つ聞きたいことが、、、その、、、リリィって何歳なの?」
「えっと成人してから1年経ったばかりなので、、、13歳です、ルカくん!」
アカーーーーン!!!!!!!!
これはもしかすると、
いやもしかしなくても、俗に言う、犯罪ってやつではないか?!
でもここは異世界だし、、、
そもそも合意の関係なら問題ないのか?
クソ!全く分からん!
どうすれば良いんだ、、、
だが、もういいよっと返してしまった以上、男として引き返すことはできないッ!
待てよ、、、この世界では12歳が成人、、、?
なら何の問題もないじゃないかッ!!
「リリィ、その、、僕こういうの初めてだから、どうしていいのか、、、その、、、」
おい!モジモジするんじゃない!僕!
男見せろ!!!
「ルカくん、、、ありがとう。私、、、嬉しい。それで、付き合って欲しいことなんですが」
「ん?付き合って欲しいことって?」
「はい。ルカくんに私の故郷を、家族を助けるのに付き合って欲しいんです!
まさか、内容を聞く前に承諾して頂けるなんて、、、やっぱりルカくんは優しいですね。」
へ?
「あ、付き合うってその、、、そういうこと、、、?」
「えっと他にどんな意味があるのですか?」
ガクッ
遂にモテ季到来かと思ったのに。
というか、そもそも僕の見た目って完全に女だよな。
まあ、男は見た目じゃないってよく言うけど、、、
「いや、何でもないよ、、、それで家族を救うって?」
リリィの顔が少し曇った。
「じ、実は私、ここに来たのは故郷である”ノーベル”という町から逃げるためだったのです。」
リリィはここに入学するまでの経緯を話してくれた。
リリィの故郷であるノーベルは小さな町だが、畑で希少な野菜がよく取れた為、金には余り困らず他の町と比べると活気があった。
”サンヴァルト卿”という優しい貴族の領土だったということも関係している。
だが次期王位継承戦が始まり、力なき貴族たちは次々と大きな派閥の元へ下ることを余儀なくされた。
サンヴァルト卿はその優しさ故、領土主としての正当な権利である搾取を殆ど行わなかった。
その為、民からは慕われていたものの金はなく、直ぐに大きな流れの元に吸収されてしまった。
ノーベルはメンフィス卿の領土となった。
王位継承戦の二大派閥の一人でありメローネの父でもある。
それからというものの、王都からやって来る騎士たちが無茶難題ばかり押し付けるので、次第に町の雰囲気は悪くなっていき、あれだけ溢れていた活気も遂には無くなってしまった。
民の多くは町を捨てた。
同時に殆どが殺された。
当然だろう。
しかし、行くも地獄、行かぬも地獄。
リリィの父は町の長であった為、当然逃げることは出来ない。
父は考えた。
何とか一人娘であるリリィだけは逃がしてやりたい。
どこか争いのない所で幸せに暮らしてほしいと。
父は思い出した。
リリィは僅かながら魔力を宿して産まれた子だ。
もう成人もしている。
魔術学院に入学できれば、騎士の手も届かないだろうと。
そうして、リリィは村から何とか脱出して今ここにいる。
それがつい一か月前のこと。
無事に辿り着けたは良いもののやはり置いてきた家族が心配になるのは当たり前だ。
話を聞き終わった後、僕の目には大粒の涙が溢れ返っていた。
「何で、、、何でもっと早く言ってくれなかったんだ?!僕たち、、、親友だろ?
助けるのなんて、あ、当たり前じゃないかっ!!」
堪えきれずに涙が落ちた。
「僕はリリィが困った時には何時でも力になりたいと思ってる。
ずっと一人で抱えていたんだね。ごめん。気付いてやれなくて。」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で僕は続ける。
「行こう!君の故郷ノーベルに!」
「ありがとうございます。本当に、、、ありがとう!!!」
リリィの目からも涙が溢れ出た。
僕たちはようやく本当の意味で心が通じ合った。
「それで、いつ行こうか?今から?」
「いえ、ルカくんも準備があると思うので、明日の朝はどうでしょうか?
先生には授業が終わった後事情を話しましょう。」
分かったと又もや二つ返事で僕は答え、共に教室へ戻った。
明日出発か、、、
その前に先生に何て言おう、、、
まぁ、マリヴェル先生は許してくれそうだけど、ヴェルチェ先生はどうだろうな。
こうしてまた地獄の時間が始まった。
おねしょというワードを僕は1日で一体何回聞かなければならないのだろう。
先生も情け容赦ないな。
「ほら、おねしょくん。初級魔導書の第19項よ。さっさと開きなさい。」
ハイハイ開きますよ。どうせ僕はおねしょ、、、
その瞬間!脳内に声が鳴り響いた。
「王よ。」
この声は、、、
「ゼルか。何だ?こいつらなら喰っては、、、」
「いえ、その件ではありません。至急、お伝えした方が良いと思われる案件がございます。」
珍しいな。
また人間喰っていいかって感じだと思ったが、、、
「何だ?授業中だ、手短に頼むぞ。」
「はい。まず私たちダークウルフは影を通して互いに繋がり合っております。
その為、村に残った彼らの目を借りることも可能です。直接お見せした方が早いかと。よろしいですか?」
「う、うむ。良いぞ。」
な、何だ?
視界が狭く、暗くなっていく。
低いな、、、
これがダークウルフの目線といったところか。
それにしてもここは、、、ん?
「ゼルよ。アレは何をしているのだ。」
「はい。フェリアという女魔術師が突如村にやって来た戦士共に強姦されているところです。」
「はい?」
ごうかんってなんだ?
くそ、ぼやけてよく見えない。
村の真ん中で何か、、、
あれは、、、フェリアなのか、、、?
「強姦とは、強制的に繁殖行為を行うことです。
他の言い方をするならば、犯されるといったところでしょうか?」
その瞬間全てを理解した。
その先の言葉は必要ない。
フェリアが。今されているんだな。
でも、何故騎士が?
一体、、、
「メンフィス卿の配下の騎士が町へきては無茶難題を、、、」
リリィの言葉が脳内で蘇る。
(そうだ、、、怒れ。許すな。お前の大切なものを汚したそれを、、、許すなっ!!!)
ハァ、、、ハァ、、、
駄目だ、、、怒りに身を任せては、、、いけない、、、
「王よ。娘が何か言っております。」
騎士に背後から突かれながら、声を枯らして泣き叫ぶリリィの顔が視界に映る。
こんな、、、こんな酷いこと、、、
「、、、約束よ。ルカ君。これから先あなたの大切なものが理不尽に傷付けられたとしても、、、自分を見失わないで。」
マリヴェル先生の声がこだまする。
でも、、、そんな、、、
「、、ッカくん、、、ルカくん、、、ルカくん、、、ルカくん、、、」
僕の名前を、、、必死に叫んでる、、!!、
(きっと助けに来てくれる。そう彼女は信じているのだろう。)
落ち着けッ!!
怒りに身を任せるな。
だけど、、、これはあまりにも、、、
「王よ。助けに行かれないのですか?」
「ゼ、ゼル、、、?」
「王よ。私は王が復活されてから短い間ですが、こうして影の中から王を見てきました。
王にこれをお伝えした方が良いと思いましたのは、王は必ず助けに行くだろうと思ったからです。」
「し、、、しかし、自分を制御できるかが、、、」
「かしこまりました。勿論、私はあの女がどうなろうか知ったことではございません。
ですが王よ。王は自らの力に呑まれるのが怖いと仰っておりましたが本当にそうでしょうか?」
ゼルの瞳がギラリと輝く。
「どういうことだ?ゼルよ。」
「はい。私共がお仕えしておりました王ルシフェル様には恐れなどありませんでした。
ですから、どうしても不思議に思ってしまうのです。あの王が恐れていると。」
「ルシフェル、、、」
「それに私共としましては、王が記憶を取り戻し魔王となることには賛成なのですから。」
そうか、一応こいつらも魔物だしな。
「だけど、どうやって馬車で1日もかかる村まで行けばいいのか、、、」
「それならば、あの者に聞いてみてはいかがでしょうか?」
そうだ!その手があった!
「ヴェルチェ先生っ!質問があります!!」
僕がいきなり声を上げて立ったものだから、先生の身体がビクッと反射的に震えた。
「な、何なの?いきなり」
「ここから馬車で1日はかかる村まで今すぐに行くための魔法を教えてください!」
教室がザワザワ騒がしくなった。。
「はぁ?何でそんなこと聞くの?、、、まあ、あるっちゃあるけれど。」
「お願いします!!教えてください!!」
「でも、この魔法はあなたにはまだ早いわ。上級魔法だもの。
初級魔法すら満足に使えないあなた程度が使えるはずないじゃない。」
先生がダラダラと説教を始めた。
時間がない、、、!
こうしてる間にも、、、フェリアは。
僕は覚悟を決めた。
「さっさと教えろ、、、殺すぞ。」
今まで隠していた魔力を、先生の身体一点目がけて差し込む様に放った。
その瞬間!教室の中に凄まじい暴風が吹き荒れた!
(な、なんて殺気なの?!震えて息が、、、できないっ)
僕は再度力を込めて言った。
「その魔法名を教えろ。」
(この圧倒的な威圧感は、、、魔王?!いや、それ以上ッ!!)
「ゲ、ゲートと呼ばれる魔法が、、、あります。」
(口が勝手に?!)
「ですが、、、上級魔法は、緑の魔法陣を発動させる必要が、あります、、、」
「なるほど、分かった。」
僕は魔力の放出を緩めて叫んだ。
「来いゲート!!!!」
足元を緑の光が照らした!
(あ、ありえない!緑の魔法陣なんて、、、青の魔法陣ですら完璧に使いこなせなかったのに、、、、)
突如、空間に亀裂が入った。
それは徐々に広がっていき、悍ましい悪魔の扉が降臨した。
よし、上級魔法までなら何とか制御できるみたいだ。
「主ヨ、、、ゴ命令ヲ」
扉の上に座っている悪魔が語り掛ける。
「フェリアの元まで僕を連れて行ってくれるか?」
「カシコマリマシタ」
闇の扉が軋みながらゆっくりと開いていく。
「ルカくんっ!!!」
リリィが目一杯に涙を溜めて僕を呼んだ。
「行っちゃうんですか?!私との約束は何だったんですか?!」
そう言いリリィは僕の身体に飛びついた。
「絶対に離しません!!ルカくんは、、、私のなんですっ!!」
凄い力だ。
お腹が強く締め付けられる。
「リリィ、、、ごめん。行かなきゃ。」
そう言い僕は優しくリリィの頭に手を置いた。
「僕の大切な人が僕を呼んでいる。助けて!って叫んでる。
今行かなかったら、僕はきっと一生後悔すると思うんだ。」
「でも、、、でも約束は、、、」
「大丈夫。もちろん覚えているよ。絶対に僕は帰って来る。」
僕はニコッと全力で笑った。
「だって僕とリリィは親友だからね!」
果てしてこれは天国の扉なのか、それとも地獄の扉か。
それはこの先僕を待ち受けている僕自身に直接聞いてみるとしようか。
「ソレデハ快適な度ヲ」
僕が扉を潜りそれが消え去ったと同時に教室は奇妙な静寂に包まれた。
「、、、ま、魔王、、、」
殺人的な魔力から解放された彼女は、安堵したのか、膝から崩れ落ち尻餅をついた。
「せ、先生、大丈夫、、ってええ?!」
「、、、え?私、、、何か、、、」
いつの間にか地面には黄色い水たまりが出来ていた。
「ルカくん、、、私、信じてますから。親友として。」
廊下に浮かぶ幻影が揺らめく。
それは鈍い光を放ち静かに消えて行った。
第11輪 カタストロフィの境界線
「、、、私、何やってるんだろう。」
何回、何百回、何千回自分にこの言葉をぶつけたのだろう。
今、私は背後から首を絞められながら強く激しく突かれている。
目の前にはニヤニヤと下品な笑みを浮かべる下賤な人間が差し出す性器がぶら下がっている。
全くいつもと変わらない光景だ。
一体いつから私の人生は狂ってしまったのだろう。
私は壮麗な海に浮かぶ、町から離れた小さな孤島で育った。
成人して暫くすると、魔力が自分にはあることが分かった。
この島初の魔法使いの誕生だった。
皆は盛大に祝ってくれた。
フェリア=スタルワートよ。
おめでとう。
それから私は国則に則って、島を出て学校へ向かった。
どうせなら、王都にある学校に入りたいな。
何でも、あの王直属の精鋭部隊”十血”の一人が教師をしているというし。
私は期待に胸を膨らませた。
しかし、学校に着いた私は門の前で立ち尽くしてしまった。
どうしていいのか分からないのだ。
当時はまだゴルゴンの瞳が導入されて間もなくだったから、島まで情報が流れて来なかったのね。
そんな私にふらっと通りすがりの女は言った。
「お姉さん入学希望者?ならあそこの大きな瞳に魔法を放てば中に入れてもらえるわよ。」
その時の私はどうかしていたんだと思う。
初めての王都で信じられるものなんて何一つ無かった。
それなのに、私は神に導かれるかのように覚えていた唯一の魔法ファイアボールを放った。
門は開いた。
沢山の生徒を引き連れて。
地面に打ち付けられた私が最後に見たのはフードを脱ぎ捨てたあの女の微笑み。
私は直ぐに魔術裁判に掛けられた。
裁判では勿論私の味方になってくれる者はいなかった。
私には弁解するチャンスすら与えられなかった。
そこに突如現れたメンフィスと呼ばれる男は言った。
私の所有する領土の警護を頼みます。
契約期間は1年。
これをあなたの罪への罰としましょうと。
裁判官たちは不服そうだったが、それを許した。
私は、、、助けられたのだ。
このお方に忠誠を誓おう、そう心に決めた。
訪れた村は小さかったが特に何の異常もなく、近くの森にも低位魔獣しかいなかった。
これなら私にも守れる。
1か月に1度、メンフィスの使いが村へ来た。
食物の収穫状況や、家畜の繁殖情報を確認するのに必要らしい。
その隊長と呼ばれる男はとても好感が湧く人柄だった。
しかし半年が経った頃、突如村の様子がおかしくなった。
皆、何かに怯えている。そんな感じがした。
私は原因の分からない恐怖に憑りつかれた皆を助けたかった。救いたかった。
そんなある日、村長は私を部屋に呼び出し言った。
「俺たちはもう村を出ていく。」と。
私は懸命に引き留めた。
どうして?どうして出て行かなくてはならないの?
一体あなた達は何に怯えているの?
村長は言った。
「村の者たちは皆お前に怯えているのだ。あの女は魔女だと。」
「私は確かに魔法使いだけれど、あなた達に危害を加えたりは決してしないわ!」
村長はニタァと笑った。
「なら証明してくれよ。お前が魔女じゃないって今ここで。魔女じゃないなら俺と、、、できるだろ?」
最初は何を言っているのか分からなかった。
私がそれを拒むと村長は言った。
「あーあ、なら村を出てくよ。悲しむだろうなドレイク殿も。メンフィス卿も。お前が魔女だって聞いたら。
そうそう、聞いたところによると本当ならお前は裁判で死刑だったらしいぞ。
だが、メンフィス卿が必死にお前を庇ってくれたそうだな。
そんなお方を裏切るなんて、、、本当にお前は良い魔女だな。」
胸がぐちゃぐちゃに締め付けられる感じがした。
本当に、私を守ってくれたあのお方を裏切るようなことをしていいの?
考えれば考えるほど、分からなくなった。
小屋を出ようとする男に私は言った。
「、、、します。何でも、何でもしますからっ!だから、、、あのお方にだけは、言わないでくださいっ!」
私は初夜を薄汚い鼠が徘徊する布切れの上で迎えた。
だけど、、、私は大丈夫だった。
身体を犯されるのは耐えられる。
あのお方に失望されるよりはよっぽどマシだ。
その夜は月が綺麗だった。
それからというものの、村長は事あるごとに私を呼びつけ性行為に及んだ。
1か月に1回、1週間に1回、2日に1回、毎日。
気が付けば、村の男皆の慰め者となっていた。
流石に毎日犯されるのは苦しかった。
私は決意した。
1か月に1度村に来る、ドレイク様に打ち明けることを。
だが彼は中々来なかった。
忙しいのだろうか。
私は毎日を必死に耐えた。耐えて耐えて耐え続けた。
そして、ついに村にドレイク様が姿を見せた。
彼は村に着いて、いつも通り状況を確認してから、村長の部屋に入って行った。
私はこっそり小屋の薄壁に耳を当てて中の会話を聞いた。
ドレイク様の声だ。
力強く、温かい勇敢な声だ。
「それで、あの肉便器の調子はどうだ?」
「はい、アレは中々最高でございます。」
「そうか、全くメンフィス卿も良い拾い物をされた。
まあ進言したのはこの私なのだが。」
「流石はドレイク様でございます。」
「いやいや、アレを初めて見た時にこいつは使えると直感したのだよ。
運がよかった。時に村長よ。必要な器具等はあるか?アレには何をしてもいいぞ。
壊れるまで好きに遊ぶがいい。」
「ハハハそいつは良いですな。では、いくつか欲しいものが、、、」
不思議と涙は出なかった。
本当に絶望した時には涙など出ないのだと知った。
私は馬が繋がれている麻紐を小屋からそっと盗むと、森の木に輪っかを作って通した。
この世界には何の希望も無かった。
私が信じたもの全てに裏切られた。
死のう。死んで楽になろう。
麻紐に首を通すと不思議な安心感に包まれた。
だが、、、飛び降りられなかった。
怖かった訳ではない。
どうしても思い出してしまうのだ。
島で最後に見た彼らの笑顔。
そしてあの日、私を見送ってくれたあの可愛らしい目をしたイルカのことを。
その一か月後、村に謎の美しい顔をした少年が現れた。
だが、私は魔法使い。魔力で分かる。この者は悪だと。
そうだ!
私が皆を守る為に勇敢にこの魔王と闘い殺されれば、その死は名誉あるものではないか?
私は楽になれる。村の者は助かる。一石二鳥じゃないか。
だが、彼は私を殺さなかった。
それどころか、彼は私をトロールから救った。
本当はね、最初にあの目を見た時から心の中では分かっていたの。
この人が救世主なのだと。
白馬に乗った王子様なのだと。
彼は私を連れて、恐怖も何もない楽園に私を連れて行ってくれるんだ。
そこで私は幸せに暮らすんだ。
だけど彼は言った。
魔術学院に行きたいと。
その瞬間に絶望が再び私を襲った。
、、、なぜ?
何で私を助けてくれないの?
そうか。
誰も私の味方なんていないんだ。
君も結局自分が大事なんだね。
私は嘘をついた。
ゴルゴンの瞳に魔法を打てと。
そうすれば、彼もきっと捕まって私と同じようにこの村に戻ってきてくれる。
そう信じていた。
だけど1週間経っても彼は帰ってこない。
待てど暮らせど彼は来ない。
その間、ダークウルフが私の周りにいてくれたので、誰も私を襲わなかったのは嬉しい誤算だった。
そしてその時は来た。
村にやってきたのはドベルクだった。
私は絶望の淵に立っていた。
少しよろければ舌を噛み切ってしまう。
最後に私が掴んだ希望の糸は、私が裏切った彼のみだった。
そう、、、これは罰。
私が彼の優しさを裏切った罰なんだ。
なのに私はこうして犯されながらも、彼の名を必死に叫んでる。
きっと来てくれる。
彼はきっと助けに来てくれる。
ルカ。
イルカの様に綺麗で純粋な目を持つ少年。
神様。
初めてあなたに祈るわ。
本当に本当の最後の一生のお願いだから。
彼に、、、
彼に!この声が届いているのなら、私を絶望の淵から救い出してッ!!!!
お願いッ!!!!!ルカ!!!!!!!
バキンッ!!!!
空からの落とし物。
巨大な扉が落ちてきた。
「到着シマシタ。ルカサマ。」
悪魔が座る漆黒の門。
その扉の奥には、、、彼がいた。
ルカッ!!
来てくれた。
神様、、、本当に来てくれたッ!!!
私の心に希望が満ちた。
後ほんの少しの所で留まっていた命。
それが今、ようやく解放されようとしていた。
「ゲートの中にいる間、ずっと君の声が聞こえたんだ。」
僕は言った。
「フェリア。待たせたね。でも、もう本当に大丈夫。今度こそ、僕に任せて。」
にっこりと僕は彼女に笑いかけた。
そして、その腰を汚い手で掴んでいる騎士に向かって言った。
「その手を放せ。」
自分でも空気が怯えているのが分かった。
自分が制御できる全ての魔力を槍の様に彼に突き刺してやったのだ。
「き、貴様、、、まさか竜王か?!」
騎士はようやくその手を放し、よろめきながら後ろに下がった。
「こ、この俺は!王から嵐極の二つ名を賜り師ドレイク様であるぞッ!!貴様ッ何者だッ?!」
「僕はルカ。ルカ=スタルワート!彼女を守りし者だっ!!」
フェリアの目から大粒の涙が滝の様に流れ出ている。
「今助けるからね。フェリア。」
「うん。待ってる。ルカ。」
く、クソッ!何だこいつの魔力は!!
予想していたよりも遥かに強いじゃないか!!
恐らくは竜王級。
だがランクだけで言えば拳王である俺と同じ。
なら、、、
「おい、お前ら!そいつを捕まえて人質に取れっ!」
「や、やめて、放してっ!!」
「おいそこの男の声のする女!!よく見たら中々綺麗な顔をしているじゃないか、、、
俺の奴隷となるならこいつの命は助けてやってもいいぞ。」
ククク、そうだ。
お前みたいなやつはこういうタイプに弱いだろう。
悩んでいるなあ。苦しんでいるなあ。
もっとだ、、、もっとその表情を俺に見せてくれ、、、!!
「分かった。僕は好きにしてくれていい。だからフェリアを放せ、、、」
「駄目よルカ!これは罠だわ!!う、ちょっとく、苦しい、、」
「よしそうだ、喋れない様に口をきつく結ぶんだぞ。
、、、貴様、ルカと言ったな。手を挙げて降参のポーズをしろ。早くっ!」
この俺に働いた不敬、存分にお返ししてやるぞ。
「服を脱げ。」
フフフどう犯してやろうか。
声が男勝りなのは気になるが、そんなもの口を縛れば何の問題もない。
そうだ、、、
見せてくれ。俺に。お前の。
、、、ってあれ?
「お前、、、アレはどうした?」
「無い。付いてない。」
、、、何てことだ。
こんな人間初めて見たぞ。
まあ穴は後ろにもある。問題ないな。
しかし胸も無いとは、、、
もしかして、男なのか?こいつ。
クソッ自分の思い通りにいかないと無性にイライラするぞ。
「ふんッ!」
おうおう。
腹を殴っただけでよく吐くじゃないか。
やはり女か。
魔術師の身体は何て脆弱なのか!
それ!もっとだ!もっと吐け!!!
、、、痛い。
身体の感覚がどんどん無くなっていく。
これが武人ってやつか。
全くどんなパワーしてるんだか。
身体中、殴るは蹴るは噛みつかれるはでもうボロボロ。
ちょっと気を緩めたらすぐに死んでしまいそうだ。
でも、フェリアがずっと感じていた心の痛みに比べたら、、、こんなもの屁でもないッ!!
彼女が耐え忍んだ絶望に比べたらこんなものッ!!
とはいえ、流石に食らい過ぎたか、、、
目も血で滲んで殆ど見えなくなってきた。
(、、、ようやく我の出番が来たのか。)
いや、違うね。
僕はお前なんかには頼らない。
約束したんだ。
大切な人たちと。
だから僕は、、、こんな、、ところで、、、
くそ意識が、、、
もう限界か。
だけど、、フェリア、、、君だけは何としても、、
「ごめん皆との、、、約束、、、守れ、、ないかも、、、」
この寂れた村に、天から声が響き渡った。
「そこの新入生!こんなもので終わりかしら?
意気揚々と飛び出していった割には余りにも早い幕引きだこと!!」
突然月夜に無数の光矢が出現した。
矢はフェリアを掴んでいる兵士や村の男達に突き刺さると、真っ白な光を上げて輝きだした。
「上級魔法フレイアの剣。触れた対象の身体機能を一時的にマヒさせる。大丈夫。死にはしないですわ。」
空から声が聞こえる。
誰だ?
満月を背景にシルエットが浮かび上がる。
麗しいポニーテールに黄金の髪。
燃える様に華やかなドレスに身を包んだ彼女は、、、
「メローネ、、、なのか?」
満足気な顔をして地上に降り立った彼女は僕の元までゆっくりと近寄り、そして手を差し出した。
「全く、あの時のあなたはまるで鬼人の様だったのに。このザマは一体何なのですのっ!」
「いやあ、カッコつけて出てきたのは失敗だったかな?」
「ふふ、冗談を言う気力はあるのね。安心しましたわ。」
「メ、メローネさ、様?」
「あらドレイク。久しぶり。」
跪いた男に向かって冷ややかにメローネが言った。
「一体、どうされたのでしょうか?こんな村まで、偉大なメンフィス卿の娘であるあなたが、、、」
「ふんっ別に彼に用が合ってきたのでは、、、」
「あ、あんた!!あの時の!!!」
遠くでようやく解放されたフェリアが叫んでいる。
何だ?何が起こっているんだ?
「あ、あら。これは少々不味いわね。あなたは後よ。お黙りっ!スレプトッ!」
こっちに向かって突進してきたフェリアの脚が突然ふらふらとグラつき、そして彼女は地面に倒れた。
スレプト。睡眠系の状態魔法だ。
「まさか、あの子こんなところに、、、まあいいわ。ドレイク。あなたは大切なお父様の右腕。
今ここで私が殺してやりたいところですが、見逃すとしましょう。行きなさい。」
感情を押し殺した冷たい目のままメローネが突き放す様に言う。
「お、恐れながら申し上げます。私はメンフィス卿の忠実な僕。
主にこの村の統治を一任されておりますが故、ここで退くことは主の命に背くことになります。
ですから、、、」
突如、メローネの身体から灰色の毒々しい粘液が滲み出てきた。
それは地面に落ちると、あっという間に元気に生えていた雑草を腐敗させ塵にした。
「この、この私、勇猛なる世界一の知者メンフィス卿を父に持つこの私、、、
王自ら名付けられた若毒のメローネ様に口答えするなんて、、、万死に値するわッ!!!」
凄まじい覇気だ、、、!!
ドレイクはすっかり圧倒されてしまっている。
「か、かしこまりました!!!」
ドレイクは二つ名通り嵐の様に消えて行った。
「あ、そろそろ解除しないとね。」
パチンッと指を鳴らすと突き刺さった光の矢は、小さな光の粒となって宙に消えて行った。
「、、、ふぅ。助かった。ありがとう、メローネ。それとあの時はごめんね。」
メローネはかぁあっと赤くなると「べ、別にあなたを助けに来たんじゃないんですからねっ!」とツンツンした。
「、、、でも私。謝りたかったの。あなた達に。何度もそのチャンスを伺っていたわ。だけど、勇気が出なくて、、、」
そうか。
時々感じていたあの気配はメローネだったのか。
「そうだったんだ。でも、もう大丈夫。君の気持は充分に分かったから。
とりあえず、フェリアを連れてこの村から出ない?僕そろそろ限界、、、」
気を抜くと気絶しそうになる頭を必死に稼働させ、僕はメローネに言った。
「そうですわね。私もこの村あまり好きじゃないですもの。ゲートッ!私の城までお願いしますわっ!」
再び空から降ってきた扉に入り、僕たちは村を出た。
ゲートの中は虹色の光が縦横無尽に走り回っている。
幻想的な光の中でフェリアは穏やかに眠っている。
「おかしいですわね。もうスレプトは切りましたのに。」
「大丈夫。今はそっと寝かせておいてあげよう。」
彼女がこの小さな身体に背負いきれない程の絶望を抱え込むのなら、僕が一緒に背負ってやる。
彼女が生きたいと願うのなら、僕が一生彼女を守り続けよう。
恐らくそれが、、、僕がこの世界に来た理由だと思うから、、、
この度は私の小説を読んで頂きありがとうございます。
次回作もお楽しみに。