彼女「悪役令嬢なので、婚約破棄してください!」俺「断る」
ファンタジーではなく、高校生二人の恋愛話になります。
「私は悪役令嬢なの……だから、婚約破棄してください」
「は?」
午後の昼下がり、俺は婚約者である江梨子にそんな告白をされた。
彼女の顔はどこか芝居ががっているように見える。
やれやれ、また本でも読んで、影響されたんだろ。江梨子の性格は18年の付き合いで、よく知っている。婚約破棄というのには驚いたけど、一蹴しないで、付き合ってやることにする。
「婚約破棄するの?」
「うん。私は悪役令嬢だから」
「俺はその悪役令嬢ってものがわからないんだけど、どんな人なんだ?」
そういうと、江梨子は顔を輝かせた。
「あのね。タイプは色々あるんだけど、多いのは、誤解されやすい可愛いタイプの人。素直になれなくて、わざとキツイ言い方したりするんだ」
「ほぉー」
「あとはね!婚約破棄なんて物ともせずに、堂々と自分の人生を送るタイプもいるんだよ」
ニコニコと嬉しそうに語る江梨子。その顔を可愛いなと眺めつつ、さらに質問を続ける。
「それで、江梨子はどっちなんだ?誤解されやすいタイプか、婚約破棄をものともしないタイプ」
「それは……」
もごもごと口ごもる彼女をまた可愛いと思いつつ、じっと待つ。大方、憧れだけで、突っ走って、あまり考えてないってとこだな。まぁ、そういうとこも好きだけど。
「もちろん!婚約破棄をものともしないタイプよ!」
鼻息荒く言い切った彼女に、そうきたかと思う。ならば……
「江梨子は俺と婚約破棄してもいいんだな?」
「そうよ」
「婚約破棄しても辛くはないんだな?」
「そ、そうよ」
「かーさんが、江梨子の好きなマフィンを焼いたから、食べにこいだって」
「え!? 行く!」
しまったという顔をした江梨子に俺はニヤリと笑う。
「婚約破棄するのに、マフィンは食べに来るのか?」
むむむっと、真っ赤になって俺を睨んだ。そんな顔しても可愛いだけなのにな。
「私はまだ諦めないから!」
負けたと思ったのか俺のもとを去る江梨子。
「はいはい。マフィンは袋に詰めておくから後で取りに来いよー」
その背中に向かって声をかけた。俺の言葉に反応して、足をとめた江梨子は、こくりと頷き、猛ダッシュで去っていった。
それにふぅと溜め息つく。
一体、何がしたかったんだろうな、俺の自称、悪役令嬢は。まぁ、可愛かったからいいけど。
そんなこんなで昼下がりの時間は過ぎていった。
江梨子と俺、空太は、婚約者というのは本当だ。それに、江梨子が令嬢だというのも本当。じゃあ、俺は王子か?っていうと、それは違う。一般庶民だ。
一般庶民の俺と令嬢の江梨子が、なぜ婚約してるかっていうと、親父たちの口約束である。
俺の親父は腕のいい大工で、江梨子のばかでかい家を修繕したとき、親父たちは意気投合した。
同じ年の子供が生まれそうで、さらに男と女だったもんだから、ノリで結婚させようとなったらしい。
だから、生まれてからなんやかんやと交流が続き、お互いが18歳になったら結婚するかどうか二人で決めろって言われていた。
まぁ、俺は江梨子がずっと好きだったし、結婚するなら、江梨子がいいと思っていたから、18歳になっても婚約破棄なんて思わなかった。
でも、そういえば、もうすぐ江梨子の18歳の誕生日だ。それで、何か考えて、あんな事を言い出したのか?
嫌われてはなさそうだし、江梨子に好きな相手がいるっていう情報もない。
だとすると……。
考えてもわからないものは仕方ないとし、江梨子の出方を見守ることにした。
次の日の昼下がり、俺はまた江梨子と一緒にいた。昨日のことで気まずいのか、江梨子はしゃべらない。
ちなみに、マフィンはしっかりと受け取りに来た。すぐ帰ってしまったけど。それもあって、さらに気まずいのだろう。
せっかく二人でいるのに、この空気はまずい。俺は、江梨子がはまっている悪役令嬢について聞くことにした。
「悪役令嬢ってのは、悪役っていうぐらいだから悪いことをするんだよな?どんなことをするんだ?」
落ち込んでいた江梨子が、パッと顔をあげ、キラキラとした目で語り出す。
「色々あるんだけど、定番はヒロインをいじめるの。そのせいで自分の婚約者である王子は、ヒロインに惹かれて、悪役令嬢に婚約破棄を言い渡すのよ」
「そっか。じゃあ、婚約破棄をしたければヒロインが必要なんだな」
「そうだね。ヒロインは必須!」
「じゃあ、ヒロインは誰なんだ?」
「え?」
「だから、俺たちのヒロインは誰なんだ?」
そう言うと、さぁっと江梨子の顔が青ざめる。そして、おもむろに立ち上がり、「探してくる!」と言って駆け出した。
どうやら元気になったな。これでよし。
まぁ、ヒロインというものが探してみつかるものなのか俺にはわからないが、ショボくれた顔しているよりはいいだろう。
こうして、昼下がりは平和に終わっていった。
「ヒロイン見つけたよ!」
そう顔を輝かせた江梨子が俺に声をかけてきたのは、次の日の昼下がり。
江梨子の隣には彼女の親友であり、俺の江梨子の情報源である郁子だった。
「ヒロイン?こいつが?」
「そうだよ。だって空太、よく郁子のこと見ているでしょ。じーっと」
そりゃ、見ているな。そのデカすぎる胸が揺れているところを。
「ヒロインはできたから、これで問題ないだよね?」
「いや、問題だらけだろう。江梨子の話だと、俺は王子のポジションなんだろ?それで、ヒロインを好きにならなきゃいけないんだろ?」
「郁ちゃんのこと好きなんじゃないの?」
「それは、誤解だ」
「そうなんだ……じゃあ、今から好きになればいいんじゃない!」
ダメだこれは。全然、話が噛み合わない。「じゃあ、後はお二人で!」なんて仲人のようなセリフを言って走り去るし……なんなんだ。今回は突っ走り方がひどい。
「はぁーー……」
大きく溜め息をついたあと、横を見ると、郁子が顔を覆って笑いを堪えていた。それにピンとくる。
「アイツをけしかけたのはお前だな」
「あら、けしかけただなんて……私は可愛い親友が相談してきたからアドバイスをしただけよ」
「それが、婚約破棄か?」
苛立ちながら聞くと郁子は笑みを深めた。
「婚約破棄はフェイク。それは、あなただってわかっているでしょ?」
「まぁな」
江梨子が本気で婚約破棄をしたがっているようには見えない。ただ、江梨子が何に悩んでいるのか知りたい。そして、俺が原因だろうから、早く解決したかった。
「俺は江梨子と婚約破棄なんてするつもりはない。あいつと結婚する気でいるからな」
「あら、ストレートな告白ね。じゃあ、それをぜひ、江梨子に聞かせてあげて」
「は?」
そういうと、郁子は江梨子の悩みを打ち明けてくれた。
「ほら、明日は江梨子の誕生日でしょ。その日は例の結婚するかどうか親に話す日じゃない?それでね、江梨子は自信がないって言っていたの。親を目の前にあなたから婚約破棄されたら耐えられないって。
じゃあ、先に婚約破棄すれば?ってアドバイスしたのよ。それには理由がいるじゃない? そこで私たちがはまっている小説の悪役令嬢を思い出したのよ。彼女、見事に婚約破棄されるイベントがあるから」
なんだ、そのトンデモ理論は。笑いながらいうあたり、郁子は絶対、この状況を楽しんでる。
「俺は江梨子のことが好きだぞ?」
「そうね。私もそれは知ってる。でも江梨子には伝わっていない」
ずいっと郁子が顔を近づけ睨んできた。
「それは、あなたのそのポーカーフェイスのせい。あと、言葉の少なさ」
それにギクリとする。確かに俺は何を考えているのかわからないと、よく言われる。
「心の中で100回好きって思っても口にださなくては、伝わらないのよ」
確かに俺は、江梨子に好きっていったことがない。俺の江梨子への態度はあからさまだったし。まぁ、わかるだろ? と、高を括っていたとこもあった。
それが、江梨子を悩ませていたとは……
「いい?女はね、ベッタベタの王道展開が好きなの。甘い言葉で囁いて『愛してるよ』とか言われてみたいものなの。
ツンデレとか、無口とか、リアルな世界ではモテないわよ。『お前のことなんてなんとも思ってない』とかいくら照れ顔で言われても、あぁ、そうですか。それではご機嫌よう。もう二度と会いませんよ。としか言えないわ。まさか、『あの人、ツンデレ? きゃっ、ステキ! 』とかは思わないでしょ?」
俺はツンデレではないと思うが、確かに態度で察しろというのは、傲慢かもしれない。言葉で伝えるか……
「特に、江梨子は単純な性格してるし、より分かりやすい態度と言葉をしないと不安になるわよ」
郁子に言われて、そうだなと納得した。俺の態度が悪かった。それは認める。
「わかった。ありがとう、郁子」
お礼をいうと、「それぐらい素直に、江梨子にも言いなさいよね」と返された。
明日は俺の婚約者の誕生日。江梨子が笑顔になるようにしなければ。
そして、翌日の昼下がり、ではなく放課後。俺たちは昔、よく遊んだ公園に来ていた。
「ここにくるの久しぶりだね」
「そうだな」
「ねぇ、ブランコに乗ろうよ」
突然の誘いに、俺は驚いたが、いいよと答えた。
子供の頃乗ったブランコはだいぶ古くなり、窮屈になっていた。それをゆっくりこぐ。
「ねぇ、空太。覚えてる? 二人でブランコに乗ってたとき、私がもっとー!って言ったから、空太、思いっきりこいでくれて、それでバランス崩して落ちちゃったんだよね」
たしか小学生になる前のことだ。江梨子の話通り、二人こぎをして二人で落ちた。そういえば、江梨子を意識し出したのもそれがきっかけだったな。俺が守らなくちゃって。
ふいに江梨子がブランコをとめる。合わせて俺もとまった。
「私ね……私、あの頃から空太のこと……!」
真っ赤な顔をした江梨子を見て、自然と言葉が出た。
「俺はあの頃から、江梨子が好きだ」
江梨子は驚いて、目を見開く。俺は立ち上がり、江梨子の前にたった。そして、跪く。王子のように。
「誕生日おめでとう。俺と結婚してくれないか?」
必死に貯めていた金で買った指輪を差し出した。今年は18歳の誕生日。結婚するかどうか親に話す年だ。だから、特別な日にしたかった。
まぁ、こんな風にかしこまって渡すつもりはなかったが、郁子のアドバイスもあり一晩考えて、結果こうなった。
緊張して返事を待っていると、江梨子が大粒の涙を出す。
「私、空太は、しょうがなく婚約してるのかと思ってたっ……だから、今日もダメ元でもいいから告白しようって……」
涙で声にならない江梨子をそっと抱きしめた。
「ごめん。もっと早く言えばよかったんだよな」
そんなことないと言わんばかりに頭を振る江梨子の頭を優しく撫でた。
涙が落ち着いた江梨子は俺があげた指輪を嵌めている。にこにこと笑顔で指輪を見つめている江梨子は可愛い。こう可愛いと、欲望が膨らんでくる。
そこで、俺はある仕返しを企んだ。
「なぁ、江梨子。もう、悪役令嬢はやめたのか?」
その言葉に江梨子は苦笑いをする。
「即席の悪役令嬢だったもの。私には向いてないみたい」
「そうでもない」
「えっ?」
俺は江梨子の前に立ち、乗っていたブランコを掴む。そして、覗きこむように江梨子を見つめた。
「悪役令嬢っていうのは、主人公をいじめるんだろ?」
「そうだけど……」
「俺の人生の主人公は俺だよな?そして、今回、主人公の俺はずいぶんいじめられた」
「………………」
「好きな女から突然、婚約破棄されるし、他の女を好きになれって言われるし」
みるみる青くなる江梨子に、ちょっと煽られる。わざとオーバーに溜め息をついて、さらに追いつめる。
「俺はずいぶんと悪役令嬢に振り回されたと思わないか?」
「ごめん!」と狼狽える江梨子に顔を近づける。
「だから、これは仕返しな」
ニヤリと笑って江梨子に口づける。緊張して離れるようとする体を押さえ込み、さらに深く口づけた。
俺の婚約者は自称、悪役令嬢を名乗る可愛い人。
もっと俺を振り回してくれてもいいから、俺にお前を愛させてくれ。
「悪役令嬢」と「婚約破棄」というキーワードを元に勢いのまま書いた短編になります。
稚拙な文章を最後までお読みくださいまして、ありがとうございます!