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泉 鏡花「妖術」現代語勝手訳  作者: 秋月しろう
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泉 鏡花「妖術」現代語勝手訳 一

泉鏡花の「妖術」を現代語訳してみました。

自分の訳したいように現代語訳をしていますので、厳密な逐語訳とはなっていません。

超意訳と言うよりも、ある意味勝手な訳となっている部分もありますので、その点ご了解ください。


この小説は内容としては単純ですが、原文はいかにも鏡花らしい華麗な文体で、あまりに華麗過ぎるため、情景描写に、よく分からない(私に理解出来ない)部分もありますが、とりあえずの「勝手訳」として現代語を試みました。


浅学の素人訳のため、いくつもの過ちを犯しているかも知れません。その時は、ご教示いただければ幸いです。


この訳は青空文庫の「妖術」を底本としました。


全七回で完結(予定)



鼠色の雲がむらむらと辺りを包む空模様の中、そこへすっきりと浮き出したように、薄化粧の若い女が(えん)な姿で、客車から(さっ)と硝子戸を抜けて、降りようとするのか、運転手台に現れた。

その日の天気は女の扮装(みなり)と持ち物で大方予想できるというもの。

日中(にっちゅう)は漂ってくる梅の香りも女の袖も、共にほんのりと暖かく、襟巻きなどをしていると少しのぼせるくらいだが、晩方になると柳の枝を揺らせる風に、黒髪もひやひやして、寒さが身に染みるくらいである。もう少し経つと、花曇りという空模様ではあるが、どうやらまだ冬の名残がありそうで、まだこんな薄暗い(うち)はそうでもないが、あちらこちらで時折、墨を流したような暗灰色の雲が乱れ掛かり、雲に雲が重なると、ちらちらと雪でも降ってきそうな気配がする。そんなこの二、三日である。

今朝は麗らかに晴れて、この分だと上野の彼岸桜もうっかり咲き出してしまうのでは、と思われたのに、昼頃から急に風が強くなって、午後四時頃になってもまだ風は吹き止まない。

 今しがた、ひとしきり大通りを霞で包み込むように雨が降った。洋傘(こうもり)はびしょびしょになっている。……番傘は霧のような雨を弾いて、雫も落としていないが、人力車の母衣(ほろ)は、(さっ)と一雨掛かって、全体がてらてらと艶っぽく光っている。

 大空のどこかから、『ふう』と息を吹きかけられたように、雲が千切れて、青空が覗き、一見そのまま晴れ上がりそうにも見えるが、淡く濡れたような陽射しは何だか不安定で、ふわふわと気まぐれに暗くなるから、また直ぐにでも降ってきそうにも思える。

 すっかり雨対策をしている者もいるし、ただ単に雪駄履きでばたばた通る者もいる。番傘を広げて、大きく肩に掛け、その姿により格好を付けるため、大薩摩(おおざつま)(ぶし)を唸りながら歩いて行くのもいれば、逆に傘をすぼめて軽く手に提げ、『しょんぼり濡れたも()いものを……』などと、小唄混じりでやって来るのもいる。皆が皆、足取りがゆったりとして、そんなに(せわ)しそうに見えず、あたかも水が打たれてシンとした花道を行くようであり、それが何となく春を思わせる。


電車がちょっと()まったのは日本橋通三丁目の赤い柱。

さっき言った運転手台のところへ鮮やかな姿で現れた女は、南部表(なんぶおもて)の付いた薄型の駒下駄に、雪のような白い足袋(たび)をちらりと覗かせ、柳のような腰に、紅い羽二重(はぶたえ)(つま)(さば)きながら、段差の一段を軽く踏んで降りようとした。

コートは着ないで、手に細目で艶のある紺色の蛇の目を軽く携えている。

 ちょうど、そこに立って、電車を待っていたのが舟崎(ふなざき)という私の友人で、彼から聞いた話をここに書いてみたい。


 舟崎は名前を(かず)()と言って、近くにある保険会社に勤め、少しはいい役職に就いている男である。その日は社用で一軒回って帰るところ……、と、まあ、それは表向きの話で、実際は昨夜の二日酔いのため、出張先から退社時間の四時を待ちかねて、少し早めに帰るところだった。で、その男、秘かにちょっとした心づもりがあった。

 『一旦家に帰ってから出直してもいいし、このまますぐに出かけてもおかしくはない。そうだ、誰かを誘うという手もあるな』と不埒な考えを巡らしながら、

それでもいつも乗り合わせている場所は忘れず、例の三丁目にたたずんでいた。時折、雨粒がポツリと落ちるのを、傘も持っていないけれど、気にせず、降るなら降れ、降らなければそれでよしとの気構えでいた。上野行き、浅草行きを五、六台もやり過ごしたであろうか、ショーウインドウ越しに西洋小間物を覗く人を眺めたり、横町へ曲がる者を見送ったりして、しきりに自分の気持ちに反することばかりをしていた。


 と、そこへ……。

 先ほどの電車が止まったのである。

 彼は降りようとしているその(あで)やかな女を一目見ると、なぜか気が急いたように、足早につかつかと歩を進めて、降りる女とは反対の車掌のいる方から、まさに動き出そうとする電車の棒をぐっと握って、ひらりと乗り、そのまま澄ました顔で客車に入っていった。が、何のためにそうしたのか、自分でもよく分からなかった。

 そこにぼんやりと立っているのを女に見られたくないと、見栄を張ったのか、それとも、周りの人にその女と待ち合わせでもしているように見られるのを嫌ったのか。……しかし、実はどちらでもなかったと、彼は言う。

 乗り合い電車はずいぶん立て込んでいたが、どこかに空席はないものかと探す目に、何よりまず先に映ったのは、前方の運転手台の方からまだ降りずにいた、横顔も襟元も、それこそ硝子越しに、すっきり透き通って見えた(あで)やかな女の姿だった。


つづく

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