あなたは初詣に行く②
あなたはやっと階段を登りきった。
もう二度と登りたくないな、といっても今度は降りなければならない。
降りる方がわりと面倒なのだ。
どうして神社というものは階段で登る場所が多いのかとあなたは偏見を呟く。
坂道であればいいのに、と思う
境内は元日ということもあって人も多く賑やかだ。
賽銭箱の前は参拝の列。片隅には古くなったお守り等を供養するための焚き火がある。
そのまた別の場所では机の上に鍋が置かれていて、紙コップに何かを入れて参拝に来た人に配っていた。
甘酒だろうか。
他には巫女さんや氏子達がおみくじやお守り、絵馬等を売っている。
まずは手を清めなければならないのだろうが。
手袋を外さないといけないか。
寒いからではない。
訳あって他人と比べると明らかに手が違い、他人の注目を集めてしまうのである。少しの時間ならば、大丈夫かも知れないが。
手袋を外し、竹で出来た柄杓に水を入れて手を洗う。
冷水の冷たい感覚は、あなたには感じられない。
さっさと手をハンカチで拭いて手袋をつける。
さっさと賽銭箱に並ぶ列の最後尾へと立つ。
そう、待つこともなく賽銭箱の前に。
アンダースローで十円玉を賽銭箱に入れ、二拍手一礼する。
正しい方法なんてあなたは知らないし、そこまで厳しいものでもないだろう。
足早に離れる。
「手袋、いつの間に?」
早くない? と叔母に言われる。
手を清めてすぐ、と答えようとして。
「花田さん! あけましておめでとうございます」
叔母とそう変わらない年頃の女性が叔母に声をかけた。恰幅のいい人で実に近所のおばさんっぽいとあなたは思った。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします」
そして女性があなたを見てぎょっとした表情を見せる。
左目以外見えない容姿は、一目見ればただの不審者だ。
「そちらの……御兄さんは?」
「兄の息子です。事故で顔に傷があって隠してるんです。年末から私たちの家に居候しているの。料理も上手で助かるわ」
そう紹介されてあなたは、はじめまして、とお辞儀をする。
そこから叔母と知合いらしいおばさんは世間話を始めてしまった。
長くなりそうだ、と思っていると卯月と皐月がやってきて、
「こっち!」
「おみくじ!」
あなたの手を取り、また引っ張る。
叔母におみくじを引いてくると伝え、二人に着いていく。
おみくじの列はそれほど並んでいなかった。
すぐにあなた達の番が回ってくる。
「あ、卯月ちゃんに皐月ちゃん。あけましておめでとうございます」
おみくじの対応をしている巫女さんが双子を見て、柔らかな表情で新年の挨拶をした。
流れるような長い黒髪を持つ、清楚な女の子だ。歳は貴方とそう変わらないかもしれない。正座しているが座高からして背は高めのように見える。
綺麗な女の子だな、とあなたは素直に思った。
色白で所謂、雪国美人とは彼女のような容姿の人なのかもしれない。もし高校生ならば高嶺の花なのかもとも思ったが、その思考のすべてをあなたは口にはしない。
千早先輩に「素で言えるのはいいことだけれど、女の子の相手ですと後がやっかいですよ?」という忠告を思い出す。
その時は、その台詞を先輩が言うかと聞き返してしまったが。
「あけましておめでとうー」
「あけましておめでとうー」
二人とも笑顔で挨拶を返す。知り合いのようだ。
小学生が年上の知り合い、となると近所の人だろうかとあなたは記憶を思い返す。
同年代の人はいなかったような気がするのだ。
それにここまで綺麗な女の子なら忘れそうにもない。
「にぃにー。この人は舞雪姉なのー」
「舞雪姉。この人は従兄弟なのー」
そんな紹介を双子がした。あなたはそれだけである程度は察っせたが、舞雪と呼ばれたその子はこちらを従兄弟程度しか考えていないだろう。
二人にくじ引き代を渡しつつ、あなたはまず双子の発言を肯定する。
どこまで話せばいいだろう、と思いながらも手短に要点だけを言った。
親の転勤が海外なので親族の元に居候することになったこと。
近くの高校に通うこと。
それぐらいで十分か、とあなたは思って説明を終える。
「は、はじめまして、白野舞雪と申します」
巫女――白野舞雪は丁寧に返してくれた。
しかし、その表情は卯月も皐月に向けられたものより固く感じた。頑張って取り繕うもしているとも言うか。
少しどぎまぎしているようで、もしかしたら異性と話す機会が少ない人なのか、それとも単に人見知りかとあなたは思った。
いや、あなたの顔が左目まわり以外が布で覆われているという風貌に少し気にしているのかもしれない。
あなたは、こんな風貌だから初めて会う人間には恐がれる、と自虐気味に言う。
事故の傷で醜い顔をしているから詮索しないでほしい、とも。
そんな嘘を交えた自己紹介をしている内に、卯月がくじの番号を告げた。
気まずそうだった舞雪には渡りに船だったのだろう。
手慣れた様子で後ろの棚からその番号の引き出しを開けて中の紙を卯月に渡す。皐月も同様に紙を受け取る。
二人とも嬉しそうな顔を浮かべて囁いている。いいのを引いたのかもしれない。
「……貴方も、くじを?」
舞雪がこちらを見て尋ねてきた。
あなたは少し悩んで、引くと短く答える
がま口財布から小銭一つつまみ上げ、舞雪に渡し、よく見る六角柱の箱をよく振ってから逆さまにする。
九番。
出てきたくじの番号をあなたは口にする。
舞雪はその番号の引き出しから紙を取り出してあなたに渡した。
あなたはそれを受け取り、短く別れの言葉を言ってその場から離れる。
双子のところまで来て、何だったのかをせがまれつつくじを見た。
書かれた文字は末吉。
凶じゃないだけいいかもしれない。
あなたはさっとおみくじに書かれた事を読む。
あまりいいことは書かれて無くて、気を付けろよ的な事しか書かれていない。
神様のイタズラか、待ち人来るとかは書かれている。
待ち人があのストーカー少女では無いことを祈る。
ともかく、今年は大人しくしないといけないらしい。
「二人は?」
「「中吉!」」
見事に卯月と皐月はハモり、くじの紙をあなたに見せた。嫌みか。嫌みだ。
二人の番号は違ったし、あの巫女さん―――舞雪は違う引き出しから出しているのをあなたは見ている。
つまり番号が違えど同じ物を引いたという事らしい。
どこまでも揃うのかもしれない。双子だけに。
まあ、凶じゃないだけマシか、とあなたは呟いておみくじ結び所へと向かった。