狂世界(ワンダーランド)の入り口の物語
メイジーはやっと足を地につけることができた。
ほっとする反面、メイジーは周りに注意を払った。
チシャ猫の話が本当ならば、アリスがこの近くにいる。
物音一つしない、薄暗く広い部屋。
ほのかな光に目を凝らす。
そして、遠くの方に円盤型のテーブルがあることにメイジーは気づいた。
走って近づく。
固い床に靴が叩きつけられる音が響く。
近づいてみると、そのテーブルは一本の太い足で支えられており、メイジーの背丈程あるかなり大きなサイズであった。
メイジーはその机の足にもたれ、腰をおろした。
長時間、無重力体験っぽいことをしたので気分が悪くなったのだ。
だが、彼女は休ませてくれなかった。
メイジーの研ぎ澄まされた第六感が、しっかりとアリスの存在をキャッチした。
瞬間、今までもたれていた机が吹き飛ぶ。
メイジーは危機一髪のところで避けたが、まともに当たっていたら即死だっただろう。
「さすがは赤ずきんね。今日は退屈しなさそうだわ。」
あわてて体制を立て直し、メイジーはアリスをまっすぐ見据えて問う。
「あなたも私と同じカースなの?」
それを聞いたアリスは高らかと笑った。
そして、急に真顔となり呟いた。
「──今から教えて上げるよ。」
刹那、アリスが地面を蹴り、あっという間に距離が詰められた。
アリスは手に持った大きな鍵を振りかぶる。
本能がその殺意に反応したのか、メイジーの体はアリスの攻撃を間一髪のところで避けた。
「初めてよ。」
アリスはまた呟いた。
「はじ...めて...?」
「今のを避けたの、あなたが初めてよ。まあ、受け止めた人ならいたけれど。」
メイジーはどう反応すれば良いのか分からなかった。
下手な言動は己の命を危険にさらす可能性があるからだ。...と言っても死ねないのだが。
そんな呪いを忘れるくらい、メイジーは目の前の相手を『殺す』ことに必死であった。
殺意の感情を高めていくメイジー。
(この人を倒せば、私の願いが叶う──あれ、願いってなんだっ...ケ?ネがいハたしカ、コロすこト...?)
「君はくせ者だね、赤ずきん。なるべくはやく用は済ませましょう。『モノガタリよ、我が元に』。」
アリスの左手から赤い光が漏れる。
そして、その光は本の形になり、アリスの前で浮遊した。
続いてアリスは右手に持つ大きな鍵を光の本に向けた。
よく見ると、鍵の先端に血がついている。
メイジーがそれに気づいたその時、メイジーの頬から血が一滴流れ落ちた。
「ジャバウォック──いつまで寝ているの?ほら、あなたを食った娘がそこにいるわよ。」
そう言ってアリスはメイジーの血を本につけた。
「「グァァァァァアッッッ」」
光の本から響く咆哮。
聞き覚えのあるその叫びは他でもない、赤ずきんが喰らったあのドラゴンのものであった。
光の本が開かれ、どんどん大きくなっていく。
「赤ずきん。私は死ぬのは痛いし、苦しいから嫌だ。だから君にはこのジャバウォックを殺してもらおう。それがあの方と会うための鍵となる。...私は高みの見物とさせてもらうよ。」
そうアリスが言い終えると、あの日喰らったドラゴン──ジャバウォックが姿を現した。
「「グァァァァァァァアアアアッッ!!」」
ジャバウォックの咆哮はメイジーの人間離れした聴覚に激しく響いた。
アリスはメイジーが耳を塞いでうずくまっている間に、『鍵』を使い姿を消した。
残ったのはジャバウォックとメイジー、それからメイジーのすぐ横にある一本の剣。
どこからともなく現れたその剣を、メイジーは迷うことなく手にし、ジャバウォックと激戦を繰り広げた──。
不意に現れた銀色に輝く剣──ヴォーパル。
それはジャバウォックの宿敵であり、ジャバウォックと共に存在するモノ。
そして、その二つの存在は『アリス』というモノガタリの中に存在する。
つまり、アリスはジャバウォックを呼び出したのではなく、ヴォーパルをメイジーに託した。
その結果、それに対する存在としてメイジーの血を糧にジャバウォックが誕生した。
同時にジャバウォックとメイジーの戦いの勝敗は決定する。
アリスのモノガタリの中では、【ジャバウォックはヴォーパルによって首を落とされる】からだ。
ではなぜ、アリスは分かりきった勝負を挑ませたのか。
答はこうだ。
──邪魔者を駆除するための時間稼ぎ。