絡まる物語
同日時。
僕は、通行止めを食らってたんだ。
「ごきげんよう、グリーンフード。いえ、ここは蟲と呼んでおこうかしら?」
そう話すのは十二歳くらいの少女。
白く長い髪に、真っ黒な眼。僕みたいにフード付きのマントを着ている。
彼女の名は『ホレおばさん』。
「蟲、今日は邪魔してもらっちゃぁ困るんだ。」
こう話すのは、高身長で結構イケメン。シルクハットを深々と被った男。
彼の名は『帽子屋』。
二人とも『あいつ』の呪い子である。
「ほっっっんとに邪魔だなぁ!」
僕は今夜開かれるお血ゃ会を止めなければならない。
そうでないと──。
「巡れ運命の糸、優しき者に正しき道を。」
ホレおばさんが魔法を編む。
瞬間、景色が黄金の光に包まれる。
澄んだ空、輝く草原──結界だ。
「井戸に落ちなくてもこちらに来れるのか、こりゃいいや。」
僕は呑気に言ったが、内心は焦っている。
この結界には限りがない。
ホレおばさん自身が結界を破らない限り、例えホレおばさんを殺しても出られない。
捕獲や道ずれにはこれ以上ない技だ。
だが、そんなことよりも──
「余裕をぶっこいてる暇があるのかぁ...なッ!」
言い終えるや否や、帽子屋がシルクハットの中から剣を取りだし、僕に振りかぶった。
すかさず僕も腰に携えた短剣で応戦する。
まずいな。僕は帽子屋が苦手なんだ。
一度殺されかかっていることもあり、関わりたくなかったが...。
仕方ない。時間を稼いで応援を待とう。
この結界は内から外へは不可能だが、外から内へは簡単に入れる。
メイジーは諦めよう。
だが...
「君の命は貰っていくよ、帽子屋!」
あの時はまだ未熟だったけど、今回は──僕は小さく呟いた。
「すぐに終わらせてやるよッ!」
一吠えして、帽子屋が剣を押し返し、反動で二人に距離が生まれる。
僕は、僕の呪いを使って剣を創りだした。
僕の呪いは『言霊』。
僕の放つ言葉や文字には呪いが込められている。
故に空間に『剣』と描けば、その文字はたちまち形ある剣と化す。
短剣を腰にしまい、創った剣を構える。
「僕はね、あれから剣術を磨いてたんだ。こうやって君と剣を交えるために...。だけど残念だ。僕は君より強くなってしまったようだよ。」
そう言って僕は帽子屋に突進した。
帽子屋はシルクハットを取り、中に手を突っ込んだ。
取り出したのは...
バンッッ──
帽子屋が拳銃の引き金を引いた後に僕はそれに気づいた。
僕の心臓は鋼の塊に貫かれていた。
僕はその場に膝を着いた。
「俺もお前を殺しきるために、いろんな殺し方を学んださ。」
続けて帽子屋は引き金を引く。
今度は眉間に風穴が空いた。
あぁ痛いよ──。
「お前はあの深手の中、俺から逃げきった。」
さらに引き金が引かれる。
右目が飛び散る。
「どうすれば確実に殺せるか。考えた末に導かれた答え、それがこれだ。」
お腹が痛い。腹にも空気が通る。
もはや弾丸が発射された音も聞こえなくなった。
視界もぼやける。
痛みを伝える神経だけが正確な信号を送る。
はヤくこロシて──。
ぼやけた目に映るのは、剣を手に近づく帽子屋。
それでいいんだ──、はやく楽にして──。
「なーんてね♪」
腰に携えた短剣を即座に抜き、その勢いで帽子屋の腕を切り落とす。
「帽子屋、ダメだよ~。こういう時は左目もしっかり潰しとかないと!」
帽子屋は痛みに叫んでいる。
「『仇なす者に裁きを』。」
そこで僕は思い出した。
この異様な空間を作り上げていた者の存在を。
「爪が甘いのはお互い様みたいだな。」
帽子屋がにやつく。
瞬間、僕の体に糸が絡み付く。
体が地面に引き寄せられていく。
深淵への扉が開いたようだ。
このまま、『あいつ』の下に行くのも一つの手だが、まだ会うべきタイミングではないだろう。
「ホレおばさん。素敵なお誘いだけど、幕間の時間だよ。」
空間が揺らぐ。勿論、僕はなにもしていない。
したのは──
「『長靴をはいた猫』、待ってたよ!』」
ホレおばさんと同じくらいの年の女の子。
オレンジをベースにした可愛いレインコートを着て、真っ黒な長靴をはいている。
彼女は僕の妹だ。
「おにーちゃん、もう無理しないでよね!」
そう言って長靴をはいた猫はホレおばさんに触れ、こう唱えた。
「世界は終わり、あなたは還る。」
いい終えた途端、それまで包んでいた黄金の世界が崩れていく。
同時にホレおばさんも光の粒子に還り、消えていった。
残ったのは重症の僕と妹の長靴をはいた猫、それから腕のない帽子屋。
「どうする?帽子屋。まだ戦う?」
「ちっ...、今回は俺の負けだ。素直に逃げさせてもらうよ。」
帽子屋が背を向けて歩き出す。
帽子屋の姿が見えなくなった頃、妹は駄々をこねた。
「シー的にはぁ、もうちょっと遊びたかったよぉ!おにーちゃん!」
「きっとまた会えるよ。それまで楽しみにしていようね。」
そうおだてて血まみれの手で頭を撫でてやった。
もう辺りは真っ暗。
赤ずきんは、もう『あいつ』にとられてしまっただろう。
「兄さん。待っててね、ちゃんと殺して上げるから──」
これは呪われた一族の、世界をかけた物語。