おかしな物語
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい...
赤ずきんは、いや、メイジーはそう呟きながら森を彷徨った。
メイジーは確信していた。
「私の中にはもう一人の私がいる。私の名はメイジー。彼女の名は赤ずきん。」
そして、フードを被った少年が消え際に呟いた一言の意味をようやく理解した。
「願い事は、自分ではない誰かにするものさ──。」
呪われたのはメイジー。
叶われたのは赤ずきん。
華奢な一つの身体を共有し(うばい)合う、悲しい運命。
メイジーは、この運命を断ち切るため森の魔女を訪ねようとしていた。
だが、歩いても歩いても同じ景色。
もはや、自分が歩いているかもわからない。
それでも血にまみれた体を必死に動かし、朦朧とする意識のなか、足を前へ前へと向かわせた。
ハァハァハァ...
静寂の森はメイジーの吐息を木霊させる。
「まるで私を監視しているみたいね。」
メイジーは立ち止まり、そう森に投げかけた。
不思議なことにその声が木霊することはなかった。
『そろそろ限界だよ♪メイジーちゃん。』
心に直接響く声。
その声はいつも聞いているメイジー自身の声だが、明らかに別の人物。
願いから生まれた"赤ずきん"というもう一人のメイジー。
『さあ、私と交代して♪』
「私はまだ平気よ...。」
クラクラする体を持ち直し、歩き出す。
『どこが平気なのかな~?三日間、な~んにも口にしないで歩き続けて?普通、よゆ~で死んでるよ~?』
「きっと、あと少しでたどり着けるわ。」
だから...、そう続けようとしたメイジーだが、その場で気絶した。
『言わんこっちゃない。しょうがないな~♪』
この瞬間、メイジーという体の制御権は"赤ずきん"に移った。
「久々に、一狩り行こうぜ☆」
クラついていたさっきまでの体とは裏腹に、赤ずきんは人の領域を越えた速度で狩りを始めた──。
「鶏に豚、猪、ドラゴン♪あ~おいしかった~。幸せ~♪」
赤ずきんの服はもう真っ赤であった。
殺しても殺しても満たされない、無限に沸いてくる殺意はついに竜殺しまで達した。
神話の英雄ですら難しいというのに。
『もうやめてください!こんなのって無いわ!』
「おやおや、メイジーちゃん!おはよう~♪しっかりエネルギーはチャージしたよ♪」
『あなた、自分がしたことを分かっているの!?森が...森が消えていく...。』
赤ずきんとドラゴンの戦いは熾烈を極め、ドラゴンの吐く炎は周りの木々をことごとく燃やした。
赤ずきんはその炎を器用に避けながら、首をへし折るまで実に百発もの拳を直撃させた。
その後赤ずきんは、ドラゴンを自身が吐いた炎で焼いて食べた。
そうしている間に炎は、鎮火不能なまでに広がったのだ。
「まあ、私的には森の魔女なんかに会われたらマイナスでしかなさそうだし、これでおーけーなんだけどね~♪」
赤ずきんとメイジーは別人格。
片方が肯定したからと言って、もう片方が肯定するとは限らない。
『誰か...助けて...っ!』
メイジーの叫びは、赤ずきんの中にしか響かない。
どんどんドンドン飲まれていく気がした。
私が私でなくなっていく感覚に、メイジーは恐怖と悔しさで一杯になっていた。
そんなとき──。
「お困りのようだね。赤ずきん。君の噂は聞いていたよ。」
不意にした声は真上から。
ほうきに乗り、紫のドレスを身にまとった少女は。
こちらを試すかのように、言葉を続けた。
「甘いものはお好きかしら?」
燃え行く森に響くその声は、明らかに人知を凌駕していた。
問いに答えようとしたメイジーだが、体の制御は赤ずきんにある。
「素敵なお誘いですけど~、私、肉とか血の方が好きなんです~♪」
赤ずきんは当然のように笑顔で答えた。
「君には聞いていない。私が知りたいのは君の中の子だ。」
赤ずきんの眼が一気に鋭くなる。
メイジーは必死に止めようとするが、どうにもできない。
「身の程をわきまえなさい。呪い風情が!!」
同様に怖い顔になった空飛ぶ少女は、赤ずきんに向かって下降した。
「身の程をわきまえるのはあなたよ、魔・女・さ・ま♪」
赤ずきんも応戦した。
メイジーには見ていられなかった。
なんたって赤ずきんはドラゴンを倒しているのだ。
誰も勝てっこない...。
メイジーは心の殻に閉じこもった──。
目を開けたとき、体の制御権を握っていたのはメイジーだった。
ふかふかのベッドに横たわった体を起こそうとするが、ピクリともしない。
「お目覚めかな。」
メイジーの右側に、椅子に腰かけた少女がいた。
あの、空を飛んでいた少女だ。
「ええ。でも全く体が動かないわ。」
「私は魔女。少しばかり魔法が使えてね。君には今、金縛りの魔法をかけさせてもらっているよ。」
「そうなんですか...って魔女!?」
メイジーは改めて言葉を理解する。
魔女...私が探していた存在...!
「いかにも。私が森の魔女──グレーテルだ。そしてこの杖が私の兄、ヘンゼルだ。」
グレーテルはいい終えた後、メイジーの額に触れた。
「...動ける!」
金縛りの魔法は解けたようだ。
そして、グレーテルが杖を手渡す。
「兄さん、この子も兄さんと同じ"呪い子"だ。」
メイジーは「?」と首をかしげながら杖を受け取る。
少し薄暗い部屋だったため、気づかなかったがこの杖は──。
「ひ、ひと...なんですか...!?こ、こんなのって!!」
杖の先の方は太くなっているが、それは明らかに人の顔を形成していた。
「兄さんも、君と同じく願ってしまった。」
グレーテルは寂しい眼で窓の外を眺めた。
「私はこの家で酷い目にあってね。それ以来自我は崩壊。誰がなんと言おうと耳には入らなかった。」
メイジーはなんだか自分のことを聞いているように感じた。
大好きな人を殺され、めちゃくちゃ暴れて──。
メイジーは静かに続きを聞いた。
「そんなときフードを被った少年が、兄さんに囁いたそうだ。『君の願いはなんだい?』と。」
「私もそう言われたわ!」
赤ずきんは咄嗟に反応した。
グレーテルは優しく赤ずきんを制し、うなずいて、話を続けた。
「兄さんは『妹を助けたい』と言ったそうだ。そして少年はこう返した。『君の妹は呪いがかかっているから、君には呪いを解く力を与えよう。代償として君は呪いを解く度に、木に近づいていく呪いを』。」
メイジーは泣いていた。
それは呪いに対する"悲しさ"ではなく、ヘンゼルの"優しさ"から溢れたものだった。
「ヘンゼルさんは...何人の呪いにお解きになったんですか...?」
『百は越えているだろうな。』
メイジーは慌てた。
心に直接響く声。それにはあまりいい思い出がない。
「もう、兄さん。起きてるなら言いなさいよ。」
『悪いな久々の客で、つい驚かせたくなって。』
「え、ええええと。はじめまして、ヘンゼルさん!私、メイジーと申します。」
メイジーは手に持った杖に向かって話しかけた。
『おうおう。よろしくな。』
「ところで、聞いてもいいですか?ヘンゼルさん。」
『なんだ?言ってみろ、メイジー。』
メイジーはさっきの話で気になっていたことを聞くことにした。
「ご自身にかかった呪いは、力で解けなかったのでしょうか?」
呪いを解く力を得る代わりに、木になる呪いをかけられた。それなら自分の力で代償を消せるではないかと。
『もちろん試した。だが全然ダメだった。進行を巻き戻すことも、遅くすることもできなかったぜ。』
「なぜなら、彼の呪いは特別だからだ。」
ヘンゼルに続いてグレーテルが語る。
「彼のかけた呪いを解けるのは彼だけだ。これはひとつの真理だ。残念ながらな。」
「そう...ですか...。」
メイジーは少し、というかかなり期待していた。
呪いを解けるかもしれない、と。
現実はそう甘くなかった。
そして、長い沈黙のあとグレーテルは謝罪をした。
「すまない、メイジー。君を...何度か"殺して"しまった。」
とても物騒で信じられないような発言だが、メイジーにもそれについては心当たりがあった。
「やっぱり、私は死ねないんですね。」
「"呪い子"は皆死ねない。兄さんがいい例だ。」
「だから私をそのカースだと断定したんですね。」
「ご名答。」
「私、実はここに来る前に何度か自殺してるんです。高いところから落ちたり、枝で首を刺したり。なのに起きたら傷は元通り。血だけはそこに残っていました。」
グレーテルは口を手で隠して俯いていた。
メイジーははっとなり急いで謝る。
「ごめんなさい。こんな話聞きたくありませんでしたよね...。」
「...さぞ辛かったろう。」
グレーテルはなおも優しく振る舞ってくれた。
「今日はゆっくり休むといい。明日、お菓子でも食べながらガールズトークでもしようじゃないか。」
メイジーは杖、もといヘンゼルをグレーテルに返した。
布団を肩までかぶり、あいさつをする。
「お休みなさい。」
「ああ、お休み、メイジー。」
グレーテルとヘンゼルが部屋をあとにする。
そして、グレーテルは奇妙な発言をした。
おそらくメイジーには聞こえないと思っていたのだろう。
が、メイジーはもう人の領域ではない。
その言葉をしっかり聞いていた。
「明日は満月。久々の狂ったお茶会だ。」