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Skies Heart  作者: みやびなや
エフレアでの日々
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プラクティス・マジック(前)


「さて、と」


 そうして、後は寝るだけになった。

 既に夜も遅い。

 星の多い空には、煌々と月が輝いている。

 日中のビスティスの出店の件はバシアスが片付けるだろうし、あとはベッドに入って意識を落とせば一日は終了だ。

 けど、その前に一つだけやる事があって、俺は館の外にやって来た。


「―――――――――――――――」


 目を閉じて、夜気を肌で感じとる。

 ざざ、と草木を揺らす風に意識を集中し、触覚を頼りに風の姿を知覚する。

 そうして、自分と風に霊的な繋がり(パス)を結び、


事象(デザイア)強化(エア)!」


 自らに刻まれた魔術を起こす。

 同時に、体に電気が流れたような痛みが走り。

 その痛みに応えるように、世界を撫でるように流れていた風が勢いを増した


「…………よし。いい感じだ」


 目を閉じたまま、強化した風の手応えを感じとる。

 よかった、ここのところ忙しくて魔術の練習が出来てなかったんで鈍ってないか心配だったけど、この分なら問題ない。


「さて、次は――――事象(ディスマントル)破却(エア)


 静かな呟きと共に再び痛みが走ると、今度は徐々に風が弱まっていき、最後には完全に止んでいた。


「――――――ふぅ。よかった、精度に問題なし。これで一安心か。ただでさえ未熟者なんだし、腕が鈍るのは困るからな」

「? ルイって未熟なの?」

「んー、そりゃあ魔術師としてみたら未熟だろ。特化型って言えば聞こえはいいけど、要はそれ以外はからっきしってことだから……って、フェテレーシア!?」


 不意の声に振り返ると、そこには緑色の髪の少女が立っていた。

 いつの間にか背後から近付いていたらしい。


「や、ルイ。こんばんは」

「こ、こんばんは。で、一体どうしたんだ、フェテレーシア?」

「んー? ルイが館を抜け出してるところを見かけたから、何をしてるのかなーってついてきちゃった。昼もどこかに出かけてたみたいだし、私ばっかり除け者にされるのは何か嫌だしね」


 笑顔で、けれどどこか拗ねるような響きでフェテレーシアはそんなことを言ってくる。


「お、置いて行ったのは悪かったよ。でも別に除け者にしてたって訳じゃない。単に、バシアスの仕事の付き添いに行ってただけだよ。ビスティスに関することだから、魔術に関する知識が必要かもしれないってさ」


 特に何かした訳ではないが。

 やったことと言えば、バシアスとビスティスの仲介くらいだ。


「ふーん。魔術って言えばさ、今ルイがやってたのも魔術?」

「そうだよ。まぁ、今のはタダの準備運動というか、確認作業みたいなものだけど。ここのところ練習で来てなかったから、そろそろ勘を取り戻しとかないとって思ってさ」

「そうなんだ。……ねぇ、ルイ。ちょっと私にも魔術って言うのを見せてよ。これまでも何度か見て来たけど、ゆっくり見るのって初めてだからさ!」

「んー……断っておくけどそんなに面白いモノじゃないぞ?」

「いいのいいの! そんなこと気にしないでいいから。ね?」

「だったら、別にいいけどさ」


 少女はウキウキと目を輝かせている。

 言っておくと、俺の魔術は彼女の風を操る“魔法”とやらに比べれば地味すぎる。

 なので、見ていて面白いようなことはないと思うのだが……。


「さ、はやくはやく!」

「わ、分かったから! なんか、調子狂うなぁ」


 突然のギャラリーの視線が気になるが、たった二回魔術を発動させただけで練習の切り上げ、なんてのは流石に勿体なさすぎる。

 今夜は良い風が吹いている。

 練習にはもってこいの日取りと言えるだろう。


「はぁ……ふぅ……事象(デザイア)強化(エア)――!」


 呼吸を整え、再び魔術を起動する。

 風という不可視の現象を相手取り、自分と対象を霊的に接続し、術式に力を流していく。

 そうして、夜を薙ぐ風は次第に力強さを増していく。


事象(ディスマントル)破却(エア)


 数分ほど強風に晒された後、今度は力を弱めていく。

 そうして、完全に風が止まってから少女の方に振り向いた。


「……………」

「………………え、終わり?」


 少女は拍子抜けと言わんばかりに口を空けている。

 ほら、だからあんまりおもしろくないって言ったんだ。


「ルイの魔術って、風を吹かせたり止めたりする事?」

「いや、違うよ。俺が使う魔術は現象の強化と破却。つまり、何かを強めたり弱めたり、消したりっていうもの。だから正確に言えば、風を操ってたんじゃなくて、風の強弱だけを操作してたってことなんだけど」

「んー……よく違いが分からない。それ、何か違うの?」

「違うよ。前者は自分で風を好きなように吹かせる事が出来る。風向きも強弱も、術者の技量次第である程度操れるんだ。けど、俺の場合は、“強化できる対象が側に無ければ”発動できないんだよ」


 元手を自力で準備できるか否か、という違いだ。

 些細(ささい)なことのようだが、その差は魔術戦になるとかなり大きい。


 魔術師を、無限の弾数を持つ拳銃のようなものだと考えると分かりやすい。

 しかも、状況に応じて撃つ弾を選択できるという優れものだ。

 だというのに、俺の場合はまず弾を拾うところから始めなければならないと言えば、どれほど不利な立場にいるか分かるだろう。


「ふーん、結構不便なんだね」

「まぁ、自分で選んだんでおいてその言い草は何だ―、って感じだけどな。せめて、四大要素のうち、一個でも適性があれば両力な武器になったんだが」

「しだい、ようそ……って何?」

「ん? あぁ、俺もホープに昔聞いたっきりだからよく覚えてないんだけど、世界を回す力の内、最も強く基礎的な四つの力の向きの事なんだってさ。地水火風って言えば割と有名なんだけど、強力な攻撃手段を持つ魔術師の多くは、どれか一つ以上の適性を持つらしい」

「それって、風の適性を持ってると風を使った魔術と相性がいいってこと?」

「ん、大体あってる。ホープに言わせれば、正確じゃないけどその認識でおおむね問題ないんだってさ」


 かつて同じ質問を師匠にしたことを思い出しながら語る。

 因みに、地水火風の四つの力は世界を構成する要素だ、いう説があり、一般的にはそっちの方が有名だ。

 今でこそ物理法則が多く解明されており、魔術師はそれを基に術を組み立てるのだが、昔はこうした抽象的な表現によって自らの魔術を認識していたのだそうだ。

 それが、今でも慣習として残っている。

 

「へー。でも、一個でも適性があれば……って、ルイは適性が無かったの?」

「残念ながらな。そういう力の動かし方も苦手だったんで、代わりに相性の良かった強化と破却の魔術を選んだんだよ」


 まぁ、それはあくまでも理由の一つで、一番の理由はこの二つの魔術がホープを支える上で最適だと判断したためだったりする。

 魔術師を銃に例えたが、俺の強化があればホープの弾をバズーカみたいに強力することが出来るし、破却によって盾になる事も出来る。

 

 実際のところ、そんな荒事は現代社会においてそうそう発生するものではない。

だから、使い方が出来たのは魔界に来てからが初めてで、それまではホープが持ち帰ってきた“神々の痕跡”らしき物品の解析にばかり使う事になっていたりするのだが。


 …………なんとなく恥ずかしいんで、その辺り含めて、本当の理由は黙っておくことにする。

 

「ま、そういう訳でさ。未熟者は未熟者らしく、人並み以上に頑張らないといけないんだよ。もう暫くは魔術の練習をしとくから、フェテレーシアは館に戻ったらどうだ?」


 付き合わせるのも悪いし、と口にして立ち上がる。

 夜中に風にあたりっぱなしでは冷えるだろうし、間違っても恩人の少女に風邪をひかせるわけにはいかない。

 だが、そんな訳にはいかないというのに、フェテレーシアは何やら少し考え込んだ後


「うん。じゃぁいい機会だし、もうちょっとここに居させてもらおうかな」


 いや、何がうんなのだろうか。


「いいのか? 多分、ここにいても退屈なだけだぞ?」

「いいの。それとも、ルイは私といるのは嫌?」


 へー、ふーん、そーなんだー、と。

 彼女は拗ねた様に、細めた目でこちらを見つめてくる。


「もともと敵だったはずのグレイラディとは一緒にいたのにね。ルイって、年下が好きなの?」

「ぶはっ!? み、見てたのか?」

「うん、ちらっと見えただけだけどね」


 にやにや、と悪戯っぽく笑う少女。

 うぐぐ、らしくない事をしたと自覚はあったが、まさか第三者に見られていたとは。

 この分だと、風を使って音を拾っていたという線も疑わなければならない。


「で、やっぱり駄目? 私がいると迷惑かな?」

「そんなことは無い。別に、一緒に居たくないって訳じゃなくて、本当にここに居たっていい事ないと思ってさ。寒いし退屈なだけじゃないかって」

「んーん、別に大丈夫だよ。風は私の手足みたいなものだから、風除けだって自分で出来るしね。それに、こうして二人でいる事ってなかなか無かったからさ」


 言われて、ハッとした。

 俺はこの少女に二度も命を救われた。

 バシアスに襲われた時。

 ビスティスとの戦った時。

 それほどの恩を受けていながら、この少女の事をロクに知らないのだと。


「……わかった。好きにしてくれ」

「うん、好きにさせてもらうね。お邪魔しまーす、っと」


 胡坐をかいて座るフェテレーシア。

 ……魔術の練習を見られるのは慣れてないけれど、たまにはこういうのもいいだろう。


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