覚悟と愛称
最新話更新、随分とお待たせしてしまい申し訳ありませんでした!
今回でグレイ編完結となります。
◇◇
結果的に、ビスティスへの処罰は全面的に取り下げられた。
神々との決別とは関係なかった事。
自警団への攻撃には情状酌量の余地があった事。
加えて、被害者の多くが彼から攻撃された事を許したのが、この結果に繋がったと思う。
一連の事態が終わり、団員たちが立ち去った会議室には、今回の事件の主要人物が残っている。
俺、ホープ、フェテレーシア、バシアス、グレイラディ、そしてビスティスの5人だ。
「はっ! だから言ったじゃねぇか。俺は別に変な事なんてしてねぇってよ」
ビスティスが壁に体を預けながら言う。
確かに、よく考えてみれば今回の話はグレイラディの暴走によるものが大きかったと思う。
グレイラディからしてみれば、エフレアの民を守るために必死だったのだろうが、彼女の一存で死刑なんて宣告されたビスティスにとってはたまったものではない。
「しっかし、ヒヤヒヤしたぜ。ったく、この世界の法制度はどうなってんだ。弁護士不在とか、不平等にも程がある。魔女裁判かと思ったぞ」
「そもそも魔界に弁護士って職があるのかな?」
「普通にあるぞ」
「え!? マジで!?」
バシアスの返答に思わず素で驚いてしまう。
世界観的なものとか色々な疑問はあるが、いるのだとしたら、リトル領主様はあんなワンサイドに死刑なんて執行しようとしていたのか……!
「でも、そんなの来てなかったよな?」
「こと重大で緊急性を要する案件に関しては、領主権限で判断しても良い事になっているんだ」
「それって大分危険なんじゃ……」
「とはいえ、適用されるのはほぼ神々との決別に関する件ばかりじゃがな」
「そもそも、この決まり自体出来たのは最近だしね。神々との決別対策で、こういう特例を取り入れてる街って結構多いんだよ」
グレイラディとフェテレーシアの補足が入る。
事情は分からないでもないが、その被害に遭った自分やビスティスからすれば複雑なものがある。
「そ、そうなのか……」
「うん。私もそれはどうかなぁって思うんだけど、それだけ神々との決別による被害は大きいんだ。人間から身を守るため、魔族だって必死だったんだ」
「うっげぇ……マジかよ。余裕ねぇな、魔界」
心底いやそうな顔をするビスティス。
その事実は、彼の身の潔白が証明されない以上、再び攻撃される危険があることを示している。
被害者であるビスティスにとって、ようやく迎えられそうな平穏を目の前で叩き壊されたようなものである。
「っと、そういえばビスティスさんは今後どうするんだい?」
「あー、どうすっかなぁ。森に帰るってのは違うと思うし、かといってこんなことがあった後だ。エフレアに留まるわけにもいかねぇだろ。そういえば、そう言うお前らは、コイツの館で暮らしてるんだったな」
「貴様、グレイラディ様に向かってコイツとはなんだ、コイツとは!」
怒りあらわに声を荒げるバシアス。
さすがは主一筋の忠犬である。
「仕方ねぇだろ。ついさっき死刑を言い渡したヤツに様づけなんて出来るかってんだ!」
「しかも冤罪だしな」
「ぐぬぬ、言い返す言葉がない……ないのじゃが、ルイよ。その意地悪な笑みを止めぬか!」
不愉快じゃ! べし、とグレイラディに叩かれる。
少女の殴打などさほど痛くはない。
それはそれとして、なんというか、これまでの余裕に満ちた態度が若干幼くなっているように感じる事が気になった。
ほんとうのところ、これが彼女の素なのかもしれない。
「でよ、このちみっ子は置いといて、実際のところどうなんだ?」
「どう、というと?」
「魔族と一緒に暮らすことがだよ。やっぱり扱いが悪かったりするのか?」
「……そうでもないよな?」
「だね。ちゃんと個室も与えられてるし、館内での自由も保証されてる。ルイなんて、厨房に出入りしてお菓子なんて作ってたもんね」
「確かに初めは避けられてるような感じもあったけど、案外簡単に打ち解けられたよな」
グレイラディによる通知があったことも要因の一つではあるだろうが、考えてみれば、今では普通に受け入れられている気がする。
魔族が恐れているのは神々との決別だ。
神々との決別が無害な人間を装って潜伏している事を恐れるからこそ、魔族は人間そのものを遠ざけてきた。
実際5年ちょっと前までは普通に友好的な関係だったと聞くし、案外疑いさえ晴れてしまえば簡単に仲良くなれる存在なのかもしれない。
「意外だな。人間なんか信用できるかー! って冷遇されてるのかと思ったが」
「彼らが警戒しているのは神々との決別だからね。人間が嫌いなんじゃなくて、どの人間が敵になるか分からないからそうせざるを得なかったんだ。でも、一緒に住むようになってからはまた別の話だと思うよ。ルイが厨房に出入りできているのも、信頼を少しずつ勝ち取ってるってことなんじゃないかな。敵じゃないってことと、好ましい人物であるかってことは、また別の話なんだし」
「そ、そんなことはねぇだろ。単に、あの館の人たちが優しかっただけだ」
思わず、ふいと顔を逸らしてしまう。
ホープの話は分かるが、俺は別段何をしたという事はない。
受け入れてくれたのはラティエやバルゲルジさん達だ。
だったら、何かしたのは俺ではなくて彼女達であり、彼女たちは俺を受け入れてくれるくらい優しかっただけの話である。
「それは違うよ、ルイ。あの人たちがキミに優しくしてくれるのは、間違いなくキミの力によるものだ」
だが、そんな俺の照れ隠しを、ホープは真面目な顔で否定する。
「確かに、あの人たちは優しいかもしれないけど、初めから君を受け入れていたわけじゃないだろう?」
「そ、そりゃそうだけど」
確かに、今でこそ冗談を言い合う仲ではあるが、初対面では警戒されていたように思う。
けど、初めて会う相手を警戒するなんてのは普通の事じゃないだろうか。
「そう、初対面の相手を警戒するのなんて当然の事だ。けれど、そこから先、受け入れられるか否かは個人の行動次第なんだよ。ルイ、キミが彼らに優しくしてもらってると言うなら、そう接するだけの理由が、キミにはあるんだ」
言い聞かせるように、ホープは語る。
ホープが語ることは、理屈の上では分かる。
わかるけど、それが我がこととなるとイマイチ実感が掴めない。
俺は彼らに何かをしたわけじゃない。
俺はホープみたいに、誰かに何かをしてあげられた事なんて一度もないのだから。
「まったく、こんなの人付き合いの基礎じゃないか。確かに仕事で家を空けがちだったけど、そんなことは学校の友達とかと関わるうちに身に着けるものだと……あれ? ルイって家に友達つれてきたことあったっけ……?」
突然、愕然と顔から血の気が引いていくホープ。
「な、無いけど……それがどうしたんだよ」
「……ルイ、もしかして友達がいないとか、そういうのじゃないよね……?」
「……学校で話す友達ならちゃんといるぞ?」
「うわぁぁぁぁぁぁ! それって要するにプライベートで付き合う友達がいないってことじゃないか! なんで!? 遊びに誘わなかったの!? 誘われなかったの!?」
「し、仕方ないだろ! 家に帰ったら魔術の練習とか家の事とかしなきゃいけなかったんだから……!」
「あ、ある意味ボクのせいじゃないか……! 親としての責務を果たすことが出来てるのか、常々心配だったんだけど、まさかここまで不甲斐ない事になっているとは……!」
ホープが膝から崩れ落ちる。
それに、周囲を見渡すと、グレイラディ以外の面々が可愛そうなものに向ける目で俺を見ていた。
な、なんだよ! なんでそんな目で俺を見ているのかっ!
別に学校で邪険にされてるわけでもあるまいし、普通に友達と話せるんだから問題ないだろう……!
「ま、まぁルイの坊ちゃんの事はともかくよ。そうだな。信用を勝ち取らなきゃいけないってのは、考えてみりゃ当然のことだわな」
不意に、ビスティスが口を開く。
ともかく、なんて気にかかる言葉はともかく、今の話の中で、なにか彼の中で感じるものがあったらしい。
「なぁ、領主さんよ。俺をこの街に置いてもらえねぇか? それで、細かい事は水に流すからよ」
「む、それは……」
グレイラディは言い澱んでいる。
やはり、万が一彼が敵だとしたらという可能性に不安を抱いているのだろうか。
「もし俺が信用ならねぇってんなら、そん時は監視をつけてくれていい。そうだな……この自警団なんていいんじゃないか? 何はともあれ、まずは屋根のある住居ってのが大事だ」
「それなら話をつけてみるが……じゃが、いいのか? 貴様も居心地が悪いかもしれぬぞ?」
「……いい。ここにいてもいいのなら、俺自身で信頼を勝ち取って見せるさ」
以前はその第一歩すら踏み出せなかったのだから。
信じてもらえるきっかけを与えてもらえるのならば、後は自分で頑張って見せると、犬歯をむき出して彼は笑った。
◇◇
あらかた事が住んだ時には、もうすっかり日が暮れていた。
無理してグレイラディの館に戻ってもいいが、事件のせいでエフレアの観光は中断していたので、せっかくだしもう一泊していこうと計画変更。
そのままエフレアの美食を堪能して、ついさっき詰め所まで戻ってきたところである。
詰め所に戻るなり、すっかり酔ってしまったホープをベッド寝かせる。
入った店では、ホープはよく飲んでいた。
ホープは酒は好きだが、気分が悪くなるラインを絶対に超えないよう調整できるのが、ささやかな特技だったりする。
笑顔でむにゃむにゃと眠るホープは、きっと楽しい夢でも見ているのだろう。
「さて」
特に用事はないが、なんとなく散歩をすることにした。
特に理由もないが、なんとなく待っている者がいる気がしたのだ。
ふらふらと廊下を歩き中庭に出る。
そこには、やはり。
「ふふ」
微笑む、銀色の猫のような少女がいた
「よ、グレイラディ。さっきぶりだな」
「うむ、ここにいれば、来てくれる気がしてな」
軽やかに座り込む彼女の隣に腰を下ろす。
今宵は風がない。
エフレアは夜であろうと賑やかな街であるとの事だが、その声はここまでは届かない。
中庭はまるで夜の闇とわずかな明かり、そして二人の人物以外に物を知らないというように静かだった。
「よく、やってくれたのじゃ」
ふと少女が口を開く。
声には親しみが籠もっている。
その響きに、胸が少し暖かくなるのを感じた。
「まぁ、俺自身特に何かできたわけじゃないんだけどな」
彼女の顔から夜の星々に視線を向けながら言う。
一件落着、万事が解決した一連の事件の中で、それだけが唯一心残りだったのだ。
態々いう必要もないそれを胸にしまっておかなかったのは、何もできなかったくせに格好つけて助けるなんて言ったのが、今更ながらに道理に合わないと思ったからだと思う。
「ビスティスと闘いでは、みんなの足を引っ張ってばっかりだったからさ。俺が何かやった訳じゃない。よくやったんだとしたら、それは皆がやってくれたんだ」
「そんなことはあるまい。少なくとも、我は貴様に助けてもらったとも。何もできなかったという事はないぞ?」
顔を空に向けながら、視線だけで少女の方を見る。
彼女も、俺と同じように空を見上げながら、横目で俺を見つめていた。
「我はな、一人で何もかも決めなければならなかった。何が正しいのか、何が間違っているかも分からずに。だが、貴様は我を間違っていると言ってくれた。間違いを止めてくれた。そして、助けてやると手を差し伸べてくれた。一緒なら出来ると、手を繋いでくれた」
「――――――」
言った。
そう言った。
「確かに、貴様の言葉で何が変わるという事も無い。その言葉が民の無事を保証することも、神々との決別の攻撃を防ぐ縦にもならない事は分かっているのじゃ。じゃが、不思議なものだな――――」
不安に潰されかけていた少女の涙を見た。
自分より小さい少女が、泣いている姿を見た。
だから、
「隣で歩んでくれる者がいる。それだけで、随分と気持ちが楽になったのじゃ。その言葉で、我は救われたとも。人間に対する不安、神々との決別への恐怖から、貴様が我を救ってくれたのだ」
自分の未熟さ、至らなさなんて先刻承知。
それでも彼女の力になれればいいなと思ったし。
それが口だけで、力の伴うものじゃなかったことがただ悔しかった。
「だから、何もできなかったなど言うな。我は、ルイの言葉が嬉しかった――――」
ふと、僅かに心にちくりとした痛みが走った。
無力な自分への悔しさと、それでも喜んでくれた少女に、思わず目頭が熱くなった。
自分の身すら守れず、バシアスは俺を庇って傷ついた。
そのくせ言葉だけは一人前で、どんな態度で彼女の礼を受け取ればいいと言うのか。
「グレイラディ。俺、強くなるから――――」
涙がこぼれそうで、それを見られるのが嫌で、おもむろに立ち上がる。
そして、悔しさを呪文に変えて吐き出した。
空を睨みつける。
滲む星は、それでも明るく輝いている。
気が利かないことに流れ星なんて見つからないけれど、それでもこの魔術はきっと形にして見せると誓いを込めて。
「うむ、頼りにしておるぞ」
下から聞こえる、静かな笑い声。
涙をのみ込んで、座っている少女に笑いかける。
他人の活躍を横からかっさらって格好つけるなど、これっきりでお終いだ。
そのために、俺はこれからも頑張っていかないと。
「そして、これは一つ提案なんじゃがな?」
グレイラディが気恥ずかしそうに口を開く。
強い思いが、唐突な話題変換で緩んだ隙。
その間に、彼女はなにやらもじもじとはにかんだ後、
「人間は親しいものを愛称と言うもので呼ぶのじゃろ? じゃから、我の事をグレイ、と呼んでみてくれぬか?」
こう、絶対に断らせる気がないような眩しい笑顔で、そんなことを口にした。
「――――――」
あまりの驚きに、一瞬思考が中断した。
さっきまでの悔しさとか決意とか、そんなものまで空の彼方にふっ飛ばすような衝撃だった。
頭の中に漂白剤をぶちまけられた感じ。
年下の笑顔と侮るなかれ、
情けない事に、その笑顔に何と返せばいいか考えられなくなったほどである。
「む、嫌か?」
反応のない俺を見て、その笑顔が途端にかげる。
それで、止まった頭が再起動してくれた。
「そ、そういうんじゃない! ただ一瞬、衝撃で何も考えられなかっただけだ!」
わたわたと手を振って、彼女の言葉を否定する。
「――――、嫌じゃない。お前がそう読んで欲しいって言うなら、そうするよ」
「うむ、では頼む」
夜天の星に負けないくらいに期待で目を輝かせるグレイラディ。
彼女にとって、名前で呼び合える仲というのが無かったせいだろう。
名を呼ぶことはあっても、親しく名前を呼ばれる事が無かった少女は、餌を待つ雛、あるいはご褒美を待つ子供を思わせる仕草で、俺の言葉を待っている。
「じゃぁ……グレイ……!」
「うむ……うむ! グレイ、グレイ……! ふは、いいものじゃな。我はこの響きが気に入ったぞ!」
新鮮な呼称を、少女は「むふふ」と嬉しそうに噛みしめている。
普段の態度はどこへやら。
今日といい昨日といい、彼女の態度は年相応の女の子のものになっていた。
「よし、では今後は我の事をグレイと呼ぶのじゃぞ?」
「あいよ。でもいいのか? 皆の前でそう呼んだら、色々とツッコまれないか?」
「……と、時と場合を選べばよいのじゃ!」
これは決まりじゃ! と指をさすグレイ。
静かな夜に対し、今日の協力者はずいぶんと賑やかだ。
例えるなら、一人で進まなければならない旅路に、道連れが出来たような陽気さ。
ならば、その行く先はきっといい方向に進むだろうと信じるように、二人で愉快に笑いだした。
次回から新章突入となります
次の話以降も、楽しんでいただけると嬉しいです




