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Skies Heart  作者: みやびなや
グレイ編
22/27

不運な巡り合わせ

今回は4000字程度と短めです




 爆音の後、それが嘘だったかのように辺りには静寂が残った。

 風の槍を受けた合成獣(キメラ)は、内側からの炸裂により上半身を完全に失っている。

 普通の生命ならば、体内から吹き飛ばされてマトモに生きているなど出来はしない。


 ……決着はついた。

 敵の魔術師は切り札を失った。

 ここから狼たちを呼び戻して守りにするという手段がないわけではないが、ホープとフェテレーシアが健在である以上間に合う訳がない。


「――――」


 ホープは油断なく、森のある一点を睨みつけている。

 手を胸の高さに掲げ、いつでも魔弾を射出できるように待機しながら。

 つまりは、その先に捕捉した敵の魔術師がいるのだろう。


「さぁ、投降するなら今のうちにしておくことだ。キミの態度次第で、保証できるものが増えていく。素直に従うなら、命くらいは助けてもらえるんじゃないかな」


 ホープの言葉は、裏を返せば「抵抗するなら命の保証はしない」ということだ。

 現代の法治国家で生きる者と侮ることなかれ、魔術師は自分の命を害する者を殺す事に躊躇いはしない。

 魔術師は神の力の一端を己が身に宿す者。

 そして神に至る使命を子々孫々に受け継いでいく義務を持つ者たちだ。

 貴き使命を帯びる者として、それを脅かす外敵には不要な容赦など一切しない。

 素直に投降し敵の情報を吐かないならば、一息の元にホープの魔弾が獣使いの命を奪うだろう。


 しばしの沈黙。

 向こうは身を隠しながら、この場を打破するために抵抗するリスクと、このまま素直に投降した際のリスクを天秤にかけているのだろう。


「――――――チ、わーったよ。負けだ負けだ。クソ、5人がかりなんて卑怯で大人げねーじゃねぇか。まぁ、それでも負ける気はなかったんだがな」


 低い声でそう言いながら、獣たちの主が茂みから身を晒し出した。

 結局、彼は投降を選んだらしい。

 (ほつ)れたスーツは胸元をはだけさせており、そこから覗くほどほどに鍛えられた胸筋。

 切れ長の目に堀の深い顔。

 もさもさとした髪は逆立っており、雄の獅子を連想させる。

 非常に野性味あふれる美形、といった容姿のその男に、何というかお前もたいがい獣っぽいなぁという感想を抱かないでもない。


「で、男1人静かに暮らしているところにわざわざ押しかけて、お前ら一体何の用だってんだ? 追い出しておきながら投降しろってぇのも、随分勝手な話だと思うが?」

「――――? いや、ボク達は君がこの近くの街に人間を傷つけてやってきたんだけど」

「そりゃぁ俺にだってやり返す権利くらいあるだろうよ。そっちが追い出したから俺は仕方なく森に住んでたって言うのに、そこまで奪われるってんなら抵抗するに決まってるじゃねぇか。それを態々深追いするから怪我するんだっての」


 …………。

 なんか、話が妙に食い違っている気がする。

 森に住む人間にエフレアの自警団が襲われたと聞いていたが、その主犯である男の物言いは完全に被害者のそれなのだった。

 勿論、演技とか嘘とかである可能性もある。

 が、印象だけならそんな様子はないほどに、彼の言葉は恨みがましさに満ちていた。


「…………ちょっとすまないけど、アンタここで何をしてたんだ?」


 疑問を問い質ししてみる。


「何って……言ったろ。俺はここで静かに暮らしてただけだよ。以前街に近づいたことがある。そん時に化け物みてぇな魔術で手酷く追い払われたもんでな。命からがらこの森に辿りつき、どうにかこうにか生きていた訳だ。誰にも迷惑をかけずにな。だってのに、テメェらはそれすら許さねぇってのか?」


 もともと切れ長の目をさらに引き絞って凄む獣使い。

 ……この怒りがフェイクなら大した役者ぶりだ。

 少なくとも、自分にはこの男が言っていることが嘘には思えなかった。


「じゃぁ、エフレアを襲おうとしていたとか、そう言う事じゃないんだな?」

「あ? エフレア? 襲う? 一体何の話をしてるんだ?」

「……つまり、キミはずっとこの森に居たんだね?」

「あぁ、言ったじゃねぇかよ。なんだったら、この森に来てから一度だって出たことがねぇ。いつまた殺されかけるか分かったモンじゃねぇからな」


 ホープと顔を見合わせる。

 どうやら、彼も同じ考えらしい。


「ちょっといいだろうか? 君は神々との決別(エヌマエリシュ)って言葉に心当たりはないかい?」

「ないね。神話の名前ってことくらいは心得ているが、そんなの、そうそう耳にするような言葉じゃねぇだろう」


 間違いない。

 言葉にも態度にも、嘘はどこにも感じられない。

 つまりは彼もまた、人間と魔族の対立に巻き込まれた無辜の人間であり――――


「「つまり、神々との決別とは関係ない――――?」」


◇◇


「見ればそこは見知らぬ世界ってな。で、アテも無く彷徨い、幸運に見つけた街で――――」


 結果から言えば、本当に彼は関係が無かった。

 たまたま魔界に辿りつき、魔族達によって追い払われた魔術師

それが自らの住処を守るため、近づいた自警団(まぞくたち)を追い払わんと抵抗した。

今回の一連の出来事は、つまりはそういう事だったのだ。


「貴方は手酷く追い返されたという訳ですね――――」

「ビスティスだ。で、俺はあの森に辿りつき、そこを住処に決めたってわけだ。森は獣使いにとって仕事場みてぇなもの。地の利は俺にも味方したようでな。おかげで半年は潜伏出来た」


 獣使いはビスティスと名乗った。

 ビスティスは魔族の存在を知らなかった。

 否、彼らが持つ強大な力だけは理解していた。

 魔族の人間への敵意、その犠牲者として。


 彼もまた、俺達のように元いた世界から魔界へとやって来たのだという。

 事情も分からないまま、それでも街の明かりを頼りに歩き出したビスティスだが、彼にとって非常に都合の悪い現実を魔族達は抱えていたのだ。

 およそ5年ほど前から始まった、人間による魔族狩り。

 人間への敵意。

 いや、恐怖か。

 どちらにせよ、当然のごとく人間である彼は魔族の街に受け入れられる筈もなく。


 その後の事はもう説明するまでもないだろう。

 逃走と潜伏。

 どうにかロフの森まで逃げ延びた彼はおよそ半年間もの間、文明から隔絶されて生きてきたのだ。

 そうすれば、どんなに不便でも襲われる事はないと信じて。

 

だが不運なことに。

先日エフレアの自警団と出会ってしまったのだ。

 

 人を憎む魔族と、魔族を恐れる人間。

 発生する事態など、子供にだってわかる。

 その結果として、俺達が戦う事になったのだ。


「その、アンタが襲われた街って、もしかしてエフレアの事か?」

「エフレアが今向かってる方角にあるってんなら、それじゃねぇな。むしろ反対方向だ」

「北東……グエルの方角か。半年前にグエルと言うと、ちょうど魔族狩りの被害があっている頃だな」


 バシアスが傷痕を撫でながら俯いて言う。

 合成獣による負傷はホープの治癒魔術によってある程度回復しているが、やはり痕はどうしても気になる様だ。


「そういやぁ、そんな物騒なことを言ってたなぁアイツら。仲間の仇だの、人間は敵だの。なるほど、そんな事情があったのか。ったく、揃ってズレてやがる。筋違いの報復も良い所だ。同種の別個をいたぶったところで、不要な憎しみが増すだけだろうによ」


 ビスティスが苦々しくぼやく。

 ……実際にバシアスたちに襲われた俺達としても、それには同意だ。

 訳が分からないまま命を狙われる理不尽と恐怖。

 抗う事の出来ない力の大きさ。

 自分に非がないのにそんなものを振るわれたのだと知れば、憤りたくなる気持ちもよく分かる。


 けれど、魔族には魔族で人間を恐れる理由があるからこそ、過激な対応に出ていた。

 同じ街に住む見知った顔ならいざ知らず、突然やって来た人間など信用できる筈もない。

 彼らとて、人間が全員的ではない事くらいわかっている筈。

 だが、その敵が判別つかないからこそ、彼らは人間全体をを敵として警戒しているのだ。

 

 どちらも、軽々しく責められるものでもないし。 

 どちらが悪いのかと言われたら、それは――――?


「しかし、そう考えると俺達がフェテレーシアに助けてもらったのは幸運だったんだな」

「ん?」

「いやさ、人間だからって敵認定しない魔族って意味でさ。それどころか、危ない所を助けても貰ったし」


 魔界に来てから、すぐにバシアスに襲われた事を思い出す。

 あの時彼女の助けが無かったら、今ここにいる事も無かったに違いない。


「うんうん、気にしないでいいよ。私は私のやりたいことに従っただけだから。でも感謝されるのは素直に嬉しいのです」


 ふんす、と緑の髪の少女が胸を張る。


「あ? どういうことだ? というか、何でお前らはそんなに親しげなんだ?」


 眉を(ひそ)めるビスティス。

 人間と魔族は険悪な関係である。

 だというのに、普通に話す俺達の様子が気になったのだろう。


「あぁ、俺達も魔界に来てすぐに魔族に襲われたんだ。で、そんなときに助けてくれたのが、この()なんだよ」

「へェ……」

「その後もいろいろあってさ。一度は逃げ切ったんだけど、追跡されて見つかって、やむなく戦ったり、負けて牢屋に閉じ込められたりな」

「……ルイ、なぜこっちを見る……?」


 揺れる馬車の中、ビスティスの要望に応え談笑は続く。

 さっきまで殺し合っていた仲だというのに、随分と気楽だと思う。

 

 ……いや、それも当然の事なのかもしれない。

 望むわけでもなく魔界に来て、訳も分からないまま魔族の攻撃に晒された彼は、堪らず森に隠れ潜んだ。

 それからの彼の生活に安息と言うものはなかっただろう。

 いつ折ってくるかもわからない魔族達を警戒し続け、恐れを分かち合うどころか話せる相手もロクにいない。

 それをおよそ半年だ。

 久しぶりの理解者、敵対しなくていい存在が、果たしてどれほど彼にとっての癒しになるか――――。

 

 俺達が殺し合ったのは、誤解と言う不幸な巡り合わせによるものだった。

 ならば、誤解(それ)が晴れた後は、互いに理解し合い手を取りあう事も出来るだろう。


獣使いとの決着がつきました

今回登場した新キャラ、ビスティスは「もしもルイ達がフェテレーシア(=好意的な魔族の協力者)と出会わなかったら」という意味を担うキャラクターとなります。

自分より強い存在に怯え、隠れ潜む生活。

緑の少女との出会いが無ければ、ルイとホープもこういう生活を送る可能性があった……あるいはそのまま死んでいた可能性もあった、と考えると、二人は本当に幸運だったんですよね


※次回は10/29投稿予定です

※12/18 改稿完了

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