エフレア視察
◇◇
橙と白の街並みを行く。
一面の白い石畳と橙の煉瓦の建造物。
随所を木材で補強された、美しくもがっしりとした印象を受ける風景の間では、住人の元気な声が響いている。
まるで祭りの前日か、と思わんばかりの賑やかさだが、バシアスが言うにはこれがエフレアの日常らしい。
街を取り囲むように存在する3つの森林と、そこでしっかりと濾過され蓄えられたた地下水。
とかく自然に恵まれたエフレアでは、木材加工と造酒の仕事と質には事欠かず、酒飲みと職人達にとっての天国と言われているのだとか。
そんな事情から、エフレアは常日頃から田舎街にあるまじき不夜城っぷりを見せているらしい。
常に誰かが酒を飲み、常に誰かが声高らかに笑っている
そんな上品な街並みに似合わない明るい声が、常にどこからか響いているのが、エフレアと言う街なのだった。
「ふむ、よいよい。民の笑顔こそ我が努力の成果と言うものよ」
けれど、そんな街に似つかわしくない気品を纏うグレイラディは、それを愛おしむ様に眺めながら歩いていく。
彼女にとって、その賑やかさこそが、普段の頑張りの報酬なのだと言うように。
「だが、やはり少々様子が違っておるな」
「それはそうでしょう。今日はルイ達もいます。この時期に見知らぬ人間がいれば、民も不安がるのは当然かと」
「そうじゃな。いずれ近いうちに民に周知させねばなるまい」
隣にいたバシアスの言葉にグレイラディが答えた。
現在、俺達は横2列になって歩いている。
前列にバシアス、グレイラディ。
後列にフェテレーシア、俺、ホープの順だ。
横1列になって道の幅をとってしまうのも、両端の人物が物理的に話せなくなるのもよろしくない、というホープの言により、こうした形式をとる事になったのである。
で、そんなエフレア使節団とすれ違う人々もとい魔族達は、グレイラディとバシアスに挨拶しようとしたところで、後列の俺達に気が付いてどうしようか迷った末に、申し訳なさそうな顔で歩み去っていくのだった。
さもありなん。
バシアスの言う通り、神々との決別による被害が囁かれる昨今、見知らぬ人間など関わり合うだけの意味はない。
領主様と一緒にいるから恐らくは大丈夫だろうけど、かといって積極的に知り合おうなんてつもりも無い、ということらしい。
俺達というよりも、むしろ俺とホープから逃げるように、エフレアの人々は去っていくのだった。
「気を悪くしたのならすまぬな。ルイ、ホフマン。民も悪気があるわけではないのじゃが」
「仕方ないよ。ボク達だって、同じ立場ならきっと同じような事になるかもしれないし」
少し残念そうに、けれど気にするなとホープは言う。
俺達がどう思っているにせよ、魔族からすれば俺達は脅威かもしれない存在に他ならない。
だからこそ、ホープはそんな事実を受け入れて割り切った。
「まぁ、それならそれで構わないさ。顔を見せたら殺し合わなきゃいけない訳でもなし、こっちが大人しくしてる分には魔族達も手を出してこないだろ? だったら今はそこまで気にする事でもないんじゃないか?」
対して、俺は割と気楽に捉えていたりする。
俺は以前、魔族は人間を恨み殺しに来る存在だと思っていた。
理由も分からないまま、あの夜の草原でバシアスに、赤い館ではグレイラディに殺されかけた。
フェテレーシアの助けが無ければ、俺達は確実に殺されていたと言ってもいいだろう。。
それに比べれば、この状況は別段悪いものではない。
手を出さなければとりあえず安全という現状は悲観すべきものではないし、いずれ問題なくこの町の魔族とも言葉を交わせる日は来るだろうと思う。
なにせ、殺し合った相手とも、今ではこうして並んで歩けるくらいなのだから。
「む、何か言いたいことがあるのか? ルイ」
そんな俺の言葉を、嫌味を含んでいると勘違いしたのか。
バシアスは歩を止めず、首だけを回して後ろにいた俺を見た。
何を隠そう、目の前の彼には問答無用で俺たちに襲い掛かった実績があるのだ。
これは、それを蒸し返したように捉えられたのだろう。
「そういうつもりはねぇよ。別に、あんたたちにも事情があったってことは、今はよく知ってるからさ。文句はあったが、今更責めるつもりはない。今のは、単に俺たちの安全の話でさ。いつ殺されるかもしれないってビクビクしてた以前から考えれば、今でも十分希望は見えるってコト。フェテレーシアから魔族に関して説明を聞いた時は、本気でこの世界でやっていけるか不安だったからさ」
魔族狩りと、それを原因とする魔族の人間への憤り。
自分に関わりの無い事で向けられる敵意。
この世界の覇権を握る魔族に拒絶されたら、それこそ生きてはいけなかっただろう。
襲撃、迫害、村八分。
殺されるにしろ飢え死にするにせよ、そんな結末は望んでいない。
だから、“警戒されている”この状況でも、最悪の条件よりはマシか、なんて思えてしまうのだった。
「うん……私は、今の魔族と人間の関係はちょっと悲しいかな」
と、不意に左でフェテレーシアが言う。
「魔族狩りのせいで今じゃすっかり冷え切っちゃったけど、人間と魔族は昔から協力して生きて来たんだよ? 人間は魔族じゃ思いつかないような、いろんな物を考え出して、魔族がそれを魔法で実現させる。そういうことを繰り返しながら、魔界は発展してきたの」
語る少女の声には、さっきまでの元気がない。
それだけの固い絆がありながら、どうしてこうなってしまったのだろうと嘆くように。
「私、トレジャーハンターでさ。いろんな街の遺跡にお邪魔して、壁画や発掘された文献に触れて来た。その多くに人間と魔族の協力が描かれてて……。それを見るたびに、人間ってすごいなぁって思ってた……だから、ずっと魔族と人間が仲良く手を取り合って行ければいいなぁって思ってたんだ」
5年近く前から本格化した、人間による魔族狩り。
いや、正確に言えば神々との決別という組織による、連続魔族殺害。
永らく築き上げてきた人と魔族の絆は、そうした者たちの手によって砕かれた。
魔族にとって、その暴挙がどう映ったのかは想像に難くないだろう。
肩を組み、共に歩んできたパートナーの中に、突如紛れ込んだ侵略者、否、殺戮者たち。
夕食の中に一品、毒を仕込んだと言われるようなものだ。
毒入りの食べ物以外は安全に食べられると言うのに、その一品が分からないならその全てを警戒し捨てるしかない。
その毒を引いた場合、その先には破滅が待っているかもしれないのだから。
魔族の対応というのは、つまりはそういう事だ。
5年間かけてわかったのは、敵が人間によって構成された組織である事くらい。
それ以外の内情がほとんどわかっていない不明性から、魔族の人間に対する猜疑心は堅固なものになっていた。
「だからね、私の夢は、もう一度魔族と人間が仲良くできる魔界を見る事なんだ。以前のように、魔族と人間が仲良く過ごしていた頃の……共に歩み発展してきた時代の事を知れば、それも実現できるかなぁって。あはは、ごめんね。ちょっとしんみりさせちゃったかな」
申し訳なさそうに、沈んだ空気をごまかすように笑うフェテレーシア。
せっかくの皆での外出にこんな空気を持ち込んだことを気不味く思っているのだろう。
けれど、人間と魔族の関係を、こんな風に思ってくれている少女の存在に、少し胸が熱くなった。
今は離れていても、また手をつなげる日を夢見る少女がいてくれることが、とてもうれしくて。
「そっか。叶うといいな、その夢」
心から、そんな日が来ればいいなと願っていた。
フェテレーシアは俺の言葉に一瞬きょとんとしたあと、
「ふふふ。一度助けてあげたんだから、その分協力はしてくれるでしょ?」
「わかったよ。その時は任せてくれ」
「あ、言ったね! 頼りにしちゃうからね!」
2人して笑い合う。
俺とフェテレーシア、にひひと向き合うのは奇しくも人間と魔族。
少女の夢が始まるのは、きっとここからなのだろう。
「よし、では手始めに皆でエフレアを楽しんじゃおうか!」
ホープの言葉で、一行の空気に明るさが戻る。
今日はせっかくの、協力者グループでの初めての外出なのだ。
「そうだな。バっ君、どっか美味しいお店知らないか? 出来れば肉が食いたい!」
「ボクはお酒とか興味あるかなぁ。なんかここのお酒美味しいらしいし」
「俺は仕事で来てるんだがなぁ! それとバっ君と呼ぶな!」
「グレイラディは何か欲しいものないの?」
「う……むぅ……こうして買い物というのは実は経験が無いのじゃ……大体は使用人に任せているのでな。身の回りのものは大体使用人が用意するから、欲しいものと言われても、急には思い浮かばないのじゃ……」
「そうなの? じゃぁ一緒に見て回らない? 私のセンスで良ければ、似合いそうなのを見繕ってあげる!」
街の賑やかさに負けじと、5人の声は人ごみの中で咲きほこる。
街行く魔族達は足を止め、怪訝そうにこちらを眺めている。
けれど、そんなこと気にならないくらい、このやり取りは楽しくて。
白い石畳の上を行く足取りは、自分でも驚くくらい軽やかなのだった。
◇◇
買い物、昼食、ちょっとした名所観光。
そうした視察が一段落した後、バシアスによって、ある種本題の場所に案内された。
――イフレース自警団。
エフレアの治安を守る防犯組織にして防衛組織だ。
犯罪の調査及びこれの取締り、領主への犯罪者への送致。
また、エフレア近辺で市民の脅威となる存在を発見した場合、これの対策に当たるという役割を担っている。
その性質上、エフレアにおける神々との決別への対策も、ここが一手に引き受けているらしい。
ここはその詰め所だ。
中には数人の魔族がおり、俺達を怪訝な目で見ている。
「確かに、ここには寄っておくべきだろうね」
「だろう? 少し中に入ってくる。グレイラディ様、行きましょう」
バシアスとグレイラディが詰め所に入っていき、中にいた魔族と言葉を交わす。
ここからは何を言っているのか聞こえないが、相手の表情からしてあまり穏やかな雰囲気ではない。
不審な物を見るような目でちらちらとこちらを伺っている魔族達と、それを冷静に説き伏せているであろうバシアス。
しばらくして
「来い」
言葉も短く、バシアスから詰め所の中に招き入れられた。
詰め所には5人の魔族。
そのどれもが俺達に不信の瞳を投げかけている。
「で、あんたらがグレイラディ様の協力者になったっていう人間か」
その中で一人、艶のある黒髪の魔族が俺達に詰め寄ってきた。
「ガルハール!」
「分かってるよ、バシアス。お前が魔族に人間を紹介することが珍しいと思ったまでだ。まだ信じちゃいねぇが、無暗に手を出すなんてことはしねぇよ」
バシアスの制止に、ガルハールと呼ばれた男は振り返る事もせず応える。
切れ長の、鷹を連想させる鋭い目と、硬く引き絞られた唇。
彼は、油断なく俺達を値踏みする様に眺め、俺達の言葉を待っていた。
「ルイ・レジテンドだ。バシアスの紹介の通り、人間だ。今は縁あってグレイラディと協力関係にある」
「ほぅ? 意外だな。生意気な態度ではあるが、素直に名乗ってくるとは思わなかった」
「まぁ、こっちにもいろいろあるんだよ」
前は名乗る余裕もなく襲撃されたのだ。
名乗る機会があるのなら、是非自分は敵ではないと申し出ておくことに越したことはない。
けれど、下手に出ていると捉えられると、それはそれで困るのだ。
「で、俺は名乗ったけど、そっちはどう?」
「……ガルハールだ。イフレース自警団でエフレアの警護をしている。お前たちが怪しい動きを始めたら、俺が手を下すと覚えておけ」
言葉が通じるとはいえ、彼らは人間を根本から信じていないのが良く分かる、そんな敵対上等の自己紹介だった。
グレイラディの前だからと一応挨拶は交わすが、お前とは相いれないと言われているような緊張感が走る。
「……ボクはホフマン・レジテンド。ルイの父親代わりだ。同じく、グレイラディとの協力関係にある」
「フェテレーシアでーす! 私は魔族だけど、ルイやホープと一緒に、グレイラディに協力してまーす!」
そんな空気の中、ホープが続いて名乗りを上げる。
心なしかフェテレーシアが不機嫌そうなのは、彼女が理不尽な対応に怒っているからなのか。
バシアスとの初戦で助けられたときの事と言い、彼女はこうした理不尽が嫌いな性格なのだろう。
とはいえ、穏やかとは言えない空気ではあるが、お互いに紹介は済んだ。
「まったく……両者の気持ちは分からんでもない。だが、今は納得してくれ。ルイ達の助力は、俺達が奴らに対抗するうえで、きっと必要になるものだ」
そこに、意外なことにバシアスが口を挟んだ。
「あぁ? 随分とコイツらを高く買ってるじゃねえか。あの人間嫌いのバシアスとあろうものがよぉ」
「好き嫌いでえり好みしていられる状況じゃなくなってきてるんだよ。俺達には奴らに関する情報が不足している。それを人間の視点から補ってくれるのがルイ達だ。魔界での住居を提供するという条件で、そういう協力を取り付けている」
「それが裏切られない保証がどこにある! 一緒に住んでいるのが魔族に関する情報を引き出すためで、目的が済んだら寝首を掻かれるなんて笑えねぇぞ! 大体――――!」
「おい、ガルハール! いるか!」
バシアスをまくし立てるガルハールだが、そこまで言った所で、突然響く声にその先を遮られた。
声の先を見ると、血相を変えた金髪の魔族がいる。
「リューディスか。どうした!?」
「怪我人だ! ロフの森の護衛に行っていた3班が、謎の人間に襲われたらしい!」
「なんだと!?」
にわかに騒がしくなる詰め所。
太陽に雲がかかる
――神々との決別の活動は、エフレア付近でも活発化している。
それはある予兆のように、
温かに街に降り注いでいた光を遮った。
次回は9/26投稿予定です
※11/26 改稿済みです




