事故死というか親父の性
「九郎ー。先に親父と車乗ってるからなー。早く来いよー」
玄関から親父の声と車のエンジン音が響いてくる。
「んー」
荷物を鞄に詰めている九郎は空返事を返す。
俺の名前は三仲九郎 十七歳の高校生だ
学力は普通、運動神経も普通、容姿も普通と三拍子揃った普通の人で
親父と爺ちゃんと暮らしている。母と祖母は俺がまだ小さい時に死んでしまった。今日から俺達は夏休みを利用して旅行に行くのだ。
ようやく荷物を詰めた九郎は鞄を車のトランクに載せ、車に乗り込む。
「じゃあ行こうか……酒臭!?」
車に乗り込むと酒の匂いが充満していて、二人は慌てて酒の小瓶を隠そうとする。
「全然隠せてねえよ!匂いでバレるわ!
何で車運転するのに二人とも酒飲んでんだよ!!」
「大丈夫!大丈夫!俺は今まで一度も事故った事ないんだぞ?今回もきっと大丈夫さ」
このアホな事を言ってるのは俺の父親の三仲浩二 見た目は少し若いが立派な三十九歳の中年親父だ。
「そんな赤ら顔で言っても説得力ない。俺まだ死にたくない…。」
「酒は百薬の長じゃー!酒を飲んでたら死なないんじゃー!!」
……もう一人アホがいた。この爺は俺の祖父 三仲龍一郎 七十歳で言動から分かる通り少々呆けている。
九郎は深いため息をつき愚痴を溢す。
「全く…せっかくの旅行なのに…」
酔いの廻った浩二が出発の声を挙げると共にアクセルを強く踏み込む。
「それじゃ、レッツゴー!!」
突然だがここで三仲家の周辺の地形を説明しよう。
三仲家は街から少し外れた山の中に家が建っている。しかし重要なのはそこではなく、山道のガードレールの先が深い崖になっているということである。
急加速を得た車体は真っ直ぐに道路を横断し、ガードレールに激突する。強烈な衝撃が車内を駆け抜け、車の前面を大きく歪ませると同時にガードレールを破り、残った勢いのまま虚空に車体を浮かせた。
車体は数瞬の間空を飛びそして重力に従い下に落ちていく。
視界いっぱいに地面の色が広がり、そこで九郎達の意識は落ちた。
気が付くと九朗達は見知らぬ場所にいた。
空も地面も白く、地平線が見えるほど広い。そして何もない中にポツンと長机と椅子が二脚置かれていて、そこには二人の女性が座っている。
左に座っている女性は髪が腰まで伸びていて、右の女性は髪をサイドで括っている。二人とも相当な美人だが絵画に描かれていそうな、どこか現実感のない女性達だ。
二人の女性は混乱している九朗達に一言一句同じ事を告げる。
「「三仲御一行様、残念ながら貴殿方はお亡くなられました」」
「「「俺(儂)は……死んだのか…」」」
目の前の女性の言葉に九朗達は愕然とする……かと思いきや取っ組み合いを始める。
「俺は……死んだのか…じゃねえよ!親父が酒飲んでたせいじゃねーか!どうすんだこの野郎!」
「人の性にするんじゃないぞ、九朗。
自分の胸に手を当てて考えてみろ、自分にも悪いところが有ったんじゃないかって。」
「完全にお前の性だよ!!」
二人の取っ組み合いを尻目に龍一郎は椅子に座っている女性達に近づく。
「ヘイお姉ちゃん方、美人じゃの!儂とナイトをレッツパーリィーしない?」
九朗と浩二の喧嘩を見て呆気に取られていた彼女達は自分の仕事を思い出す。
「コ、コホン、では改めまして私は精神の神 ピネマです」「私は肉体の神 レシュ」
彼女達はピネマとレシュというらしい。
「三仲九郎さん 三仲浩二さん 三仲龍一郎さん先程貴殿方はお亡くなりになりましたね?」
三人とも頷く。さっき俺達は車ごと崖から落ちたのだ。落下の痛みは無かったが、まず間違いなく死んだと思う。
「その認識が有れば結構です。人によっては亡くなられた事に気付いていない人もいるので。
ここは全ての亡くなった方が来る場所、まあ案内所です。此処で説明を受けてもらった後に、天国や浄土に行けるかの試験をしたり、次の肉体へと転生をします。あっ、現世でいう地獄みたいなものは廃止になったのでご心配なく」
つまりここはあの世とこの世の中間ポイントみたいなものだろうか。なんだか説明とか試験とか車の免許を取りに来たみたいだな。
「何で廃止になったんですか?」
「いやぁ、地獄って拷問とかしなくちゃいけないじゃないですか。でも最近人口が増えた性で亡くなる人の数も激増して……地獄じゃ捌ききれなくなっちゃって、だいたい人員が少なすぎるんですよ!それなのに他の神は色々押し付けてきて……」「あのクソ上司め!ヅラを取ったぐらいで減給にすることないだろが!」
しまった。途中からピネマさんの愚痴になってしまった。
それにしても神の世界も相当なブラックらしい。断片的に1ヶ月連続勤務やサービス残業などと聞こえてくる。というか気付いたら親父も一緒に会社の愚痴を溢している。
と、ここまで無言だったレシュさんが暗黒面に堕ちているピネマさんを叩いて正気に戻す。ついでに九郎も浩二を殴り正気に戻す。
「ハッ!?スイマセン、取り乱しました。」
「あの、俺達結局どうすれば良いんですか?」
「あっ、では別室にーー」
その時、九朗達の近くに光の球の様な物が現れる。光の球は徐々に形を変え、人程の大きさに成った時、球は羽と頭上に輪っかを持った十二歳ほどの少女に変わった。
「突然どうしたのウィン?」
「説明中すいません。実は…ゴニョゴニョ」
突然現れた女の子はピネマさんとレシュさんに何やら耳打ちをする。
そしてそれに対抗するように親父が俺にロリだあぁぁぁ!と耳打ちしてくる。こいつの脳内は一体どうなってんだ。
話を聞き終わったピネマさんはと怒りと諦めが混じったようななんとも言えない顔を浮かべた後、こちらに向かい
「え、えーと………おめでとうございます!!実は此処に来た方が皆さんで丁度百万人目になります!そして商品として、なんと、なんと、異世界に行ける権利が贈呈されまーす!!」「イエーイ。」
端から見ても無理にテンションを上げてるのがまるわかりだ。
「い、異世界?」
「はい!正に剣と魔法な感じの異世界です。」
俺も高校生。異世界に行けるという話に興味がないという訳ではないが、話がいきなり出てきた上、理由が完全に嘘で余りにも怪しすぎる。
「すいませんがお断「異世界!?よっしゃあああああ!!行きます!行きます!」
「ゴラァァァァ!!勝手返事してんじゃねーよ!」
「何言ってんだ九郎?俺達はこのままだと天国か転生しか無いんだぞ?それだったらせっかくだから異世界ライフをエンジョイするしか無いだろう!」
微妙に正論なのがイラッとくる。
「…けど親父、爺ちゃんにも聞いてないのに勝手に決めるのは……そういや爺ちゃんは?」
思い出すと爺ちゃんの姿をずっと見ていない。
辺りを見回してみると、大分遠くの方に顔を膝に埋めながら体育座りで座っている。どうやらピネマさん達にナンパを無視されてからずっと落ち込んでいたようだ。
思ったよりも長くなって変な所で切ってしまった…