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第二話

 日和さんのせいでそれからと言うもののなんだか田宮さんと顔を合わせづらくなっちゃった。


 次からどんな顔して話せば良いの?と悩みつつ、日和さんに否応もなく呼ばれて今日も収録の見学をしていた。マネージャーの戸谷さんは断ってもいいよって言ってくれたけど、日和さんのシーンが見たいという誘惑にはどうしても勝てなかったんだもの。


「今日は見学だけ?」


 暫くして顔を出した田宮さん。本当に私が来た時だけこうやって出てきているの?


「あ、え、はい、そうなんですよ、今日は見学だけなんです、はい、うん」


 私、思いっきり挙動不審になっちゃってるんじゃないかな、日和さん、何でそんなニヨニヨ顔でこっちを見ているんですか?! あ、水嶋さんが加わった。


「どうしたの、具合でも悪い?」

「い、いえ、元気いっぱいですよぉ」


 日和さんと水嶋さんのニヨニヨ笑いも気になるし、真里菜さんの尖った視線も気になるし、もうどうしたら良いの私。


「んー? なんか変だね、マコさん」

「そそそ、そうですかー? 私っておバカなのでいっつもテレビではこんな感じで出てますよ?」


 それは嘘じゃない。おバカキャラが私のキャラなのでいつもボケ担当みたいな感じでベテランMCさんに突っ込んでもらってるし。会話のリズムも良いからなかなか楽しいやり取りだよって褒めてもらってるんだけどな。


「でも、それって演技でしょ?」

「え?」

「違うの?」

「え?」

「違わないよね、マコさんの素はおバカじゃないよね。そういうキャラで売りに出してるだけでしょ?」


 あれ? なんでバレてるの? なんで?


 今のドラマでも真面目な役柄だけどあくまでも演じているマコちゃんはおバカです、頑張って真面目キャラやってますよ~みたいな感じで通用しているのに。日和さんぐらいじゃないかな、私がおバカキャラを演じているのを知ってるのって。


「あ、田宮さん、それってドラマの役のこと言ってるんですよねえ。頑張ってシリアスな役やってるから勘違いしちゃってますよお。私は……」

「本当のマコさんが知りたいな、俺」

「やだなあ、田宮さん。マコはいつもこんな感じですよ?」


 じっとこっちを見ている田宮さんがあまりにも真剣なので、エヘッと笑う顔が引きつった。なんだか傍から見たらどんな状態だという感じになってきたぞっと。


「あらぁん、もしかして告白タイムかしらん」


 そんな聞えよがしに何をのたまってるんですか日和さん。水嶋さんまで何か変な踊りまで始めちゃうし普段のキャラと全然ちがーう!!


「……水嶋さん、なんであんな変な踊りしてるのかな」

「なんでですかねえ……私のおバカがうつったのかも……」


 あれは何ていう踊りなんだろうって不思議そうに水嶋さんを見ている田宮さんの横で笑顔が引きつったままで固まってる私。一体どうしましょうこのピンチ。社長命令もあるのでマコはおバカキャラを崩す訳にはいかないんですよぉ。


「ね、少し二人っきりで話せないかな」

「ここでお話できないことですか? これでも一応はアイドルなので男の人と二人っきりになるとマネージャーさんに怒られるんですけどぉ……」


 テヘッと笑ってみせるが、自分でも口元が引きつったままなのが分かる。


「やっぱり今日のマコさんは変だね」

「えぇ、そうかなあ……」

「二人っきりの方がいいと思うんだけどなあ」


 真面目な顔をして私のことを見下ろす田宮さん。


「どうして、ですか?」

「だってギャラリーのいる前でキスなんかしたら大騒ぎになるでしょ、やっぱり」


 えっと今の空耳かな、田宮さんがキスがどうとか言った気がするんだけど。


「マコちゃんのファーストキス、ここでもらっても良いの?」


 意地悪そうに囁いた田宮さんの顔を見ながら、頭が真っ白になると同時に顔が真っ赤になったのが分かった。


「いやぁぁぁぁ!!!」


 その場から走って逃げ出した私を見てきっと皆、本当のおバカになったと思ったに違いない。


「なんで? なんで?」


 頭の中でぐるぐる回っている“なんで”の単語。どうして田宮さんは私がまだ恋愛もしてないキスもまだな女だって分かったの?! しかも、なんでその私の初めてのキスを貰う気満々でいるの?!


「なんでなのぉぉぉ!!」


 海に向かって叫んでやる! 他の乗組員さんが何事かという顔をしても気にしない! 恥ずかしくてあっちにはもう戻りたくない。このまま戸谷さんに送ってもらって帰ろう。そう思ってスマホを出したと同時に肩を掴まれた。


「え……あ、戸谷さん」


 戸谷さんが困ったような笑顔を作って立っていた。いつも思うんだけど、戸谷さんナイスタイミング。


「マコちゃん、気をつけないと。アイドルは恋愛すると魔法が解けちゃうって言っただろう?」


 これはいつも戸谷さんが言っているお決まりのセリフ。


 うちの事務所の社長が脱アイドルを果たすまでは恋愛禁止と言っているのをこうやってふざけた言い回しで所属している子達に釘を刺す意味で言い聞かせているのだ。まあそれをきちんと守っている子は極一部なんだけどね。


「田宮さんの悪ふざけには困っちゃうね、ビックリしちゃったよ」

「単なる悪ふざけだったらいいけどね」

「まあ悪気があったとは思えないし、こっちはロケに協力してもらっている立場だから今回は大目に見てあげて?」


 相手が同じ芸能界の人間だったら社長の鉄槌がくだるんだろうけど違う業界の人だし。戸谷さんが社長に報告すると色々と話がややこしくなっちゃうから、ここは黙っていてあげて?と暗にお願いしてみる。


「あれ、庇うの?」

「そうじゃなくて、ほらアイドルなんかと接触がないとこっちの事情なんて分からないでしょ?」


 こっちの事情を知らないんだから仕方がないと思うんだよね。本当に芸能界って異質というか魔窟というか、ちょっと怖い世界だもの。


「ふーん……庇っちゃうんだ?」

「そんなことないけど。ほら、ちょっとした悪ふざけだったとしか思えないし」


 なんで私がまだキスもしていないか分かったのは謎だけど。


「もしかして魔法、解けちゃった?」


 戸谷さんまで!


「そういうわけじゃないよ」

「マコちゃんが誰かを庇うなんて珍しいよね」

「もう、そんなんじゃないってば」


 なんか今日はやけに絡むなあ……。


「魔法が解けた人魚姫は泡になって消えちゃうんだよ、マコちゃん」

「もう、戸谷さん、しつこいよ?」


 イラッとして戸谷さんを軽く睨んだ。


「残念だな」


 ニッコリ笑った戸谷さんの手が私の肩にかかった。


 ん?と思う間もなくトンッと突き飛ばされて気がついたら水の中だった。


 あれ? なんで私、水中にいるの? まだ泳ぐには早いよね、しかも服着たままだし。沈んでいくなあ……あ、ここから見える太陽って何だか綺麗。それと水の中ってなんだかとっても気持ちいい、この季節、冷たいのがちょっと難点だけど。


 けど……なんで水の中にいるの私。



+++++



 そして次に気がついた時、一番最初に目に入ったのは心配そうに私のことを見下ろしている田宮さんの顔だった。


 いつもかぶっている制帽がなくなっていて髪の毛から滴がポタポタ落ちている。遠くで誰かが喚いている声も聞こえるんだけど何を言っているかまでは分からなかった。


「人魚姫を助ける王子様の話なんて聞いたことない」


 ポツリと零れ出た私の言葉に田宮さんの顔に安心したような笑みが浮かんだ。


「ごめんね、規格外で。何があったか分かってる?」

「戸谷さんとお話していたら、次の瞬間には水の中にいたの」

「そっか。まあ見た人がいるからマコさんの話は後でいいと思うよ。あ、それと、もう一つ謝っておくね」


 首を傾げて見上げている私の頬を田宮さんの手が撫でている。


「人工呼吸の為ではあったけど結局、皆の前でマコさんのファーストキス、もらっちゃった。ごめんね?」

「あら、血色が良くなったわねマコちゃん、よかったわ」


 日和さんの言葉と同時に恥ずかしさで呻いた私の様子を具合が悪くなったと勘違いして騒ぎ出した監督さん達の言葉をこれ幸いにと、田宮さんは私を抱っこして医務室に運んでくれた。“これ幸いに”が余分だ? そんなことないよ、だって私を抱っこして歩いている時の田宮さんの顔はとーっても満足そうだったんだから。


「着替え、持ってきてあげるね」


 そう言った田宮さんが持ってきたのは紺色のトレーナーの上下。


 ずぶ濡れになった洋服達は田宮さんが後ろを向いてくれている間に素早く脱いでゴミ袋の中に詰め込んだ。あーあー……お気に入りのスカートもブーツもぐちゃぐちゃだよ……。そう呟いたらタオルで頭をごしごし拭いてくれていた田宮さんが笑った。


「やっぱ女の子だね、こんな時にでも服の心配なんだから」

「だって、大事なマコの衣裳ですから。しかも自腹ですよ? お気に入りのだったし」

「衣裳じゃないんだ?」

「今日は撮るシーンもなかったですしね、完全に私のお洋服」


 田宮さんに会うのは気づまりではあったんだけど、何故かいつもより気合をしれてお洒落をしてきちゃったんだ。もしかしてそれを見て戸谷さんは魔法が解けたなんて思っちゃったのかな?


「けど良かったよ。うちの連中がマコさんが浮いてこないって大騒ぎした時はどうしようかと思ったからね」


 落ちただけならともかく、そんなに深くない水深で私が浮かんでこないことに皆が慌てたらしい。


「なんだか気持ちよくて水の中で眠っちゃったみたい……苦しいとか全然感じなかったの」

「水は結構な量を飲んでたよ?」

「それも覚えてないの」

「ふーん……」


 そこで医務室のドアを叩く音。顔を出したのは田宮さんと同い年ぐらいの人だった。


「着替えたら医官に診てもらった方がいいだろ?」

「そうだな。じゃあマコさん、お医者さん来るから診てもらって、後は他の人の指示に従って」

「あい。あ、田宮さん」

「ん?」

「助けてくれて有難う御座います。田宮さんも早く着替えて下さいね、風邪くと困るから」

「うん、ありがとね」


 軽く手を上げて田宮さんは出て行き、入れ替わりにこの艦に勤務しているお医者さんが入ってきた。


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