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第一話


 生き物の全ての故郷は海だっていう話を小さい頃に聞いたことがある。


 私は海水の向こう側に見える光が遠くなるのをぼんやり見上げながら、生きとし生けるものは海から生まれて海に還る、そんな話を思い出した。



+++++



「マコちゃーん、そろそろスタンバイね」

「はーい」


 台本を閉じると立ちあがった。メイクの係の人が最後の仕上げにと頬にパタパタとファンデーションをはたいてくれる。


 私の名前は榊原真子。“マコ”って芸名で活動する芸能人、自分で言うのもなんだけどアイドルだ。


 最初は歌手としてデビューしたけど最近ではドラマ出演のお仕事もしている。なんでも私が出ると出ないとでは視聴率が二%ぐらい違うそうだ。正直どの程度の影響があるかなんて自分ではピンと来ないけど、演技は楽しいから好き。好きな事をしてファンの人達に喜んでもらえるって素敵だよね。


「いいかな、マコちゃん?」

「はい、いつでも大丈夫です」


 今やっているドラマの収録では主人公の妹役。


 チョイ役ではあるけど、脇を固めるベテランの水嶋彼方さんや松下日和さんに会えるからとっても楽しみにしていた。憧れの俳優さんや女優さんに会える機会ってなかなか無いから、可能な限り撮影現場に出てきては二人の演技を見させてもらっていた。


 それに気がついた監督さんと脚本さんが急きょ出番を作ってくれたのが今回の収録。話が変に反れたら困るから、そんなことしないで欲しいってお願いしたんだけど結局は出ることになっちゃった。


 見学させてもらうつもりだけだったのが邪魔をするようなことになっちゃって、水嶋さんと日和さんに謝りに行ったら笑って気にしないでって言ってくれた。勉強熱心なのは良いことだよ?っだって。


 五分足らずの出番。それでも憧れの俳優さんと絡めるシーンでとっても嬉しい。録画の予約をしておかなくちゃ。


「監督にどんな媚をうったのやら……」


 OKが出たので戻ろうとしていたところでそんな言葉が耳に入った。


 声の主はヒロイン役の佐々真里菜さんだ。とっても綺麗な人なんだけど、なんだかテレビで見ていたのと実際とでは随分と違う人なんだなあって思ってしまった人の一人。


「そんなの売ってませんよぉ、マコは松下さんにデレデレしてただけですぅ」


 こういう時はちょっとおバカなアイドルを演じていた方が安全だとマネージャーの戸谷さんが言っていたので、その通りの応対をする。実際、そういうキャラで通しているので疑われることもないし。


「ふぅん」


 鼻で笑うと言ってしまう真里菜さん。真里菜さんは視聴率女王とまで言われている女優さんだ、私みたいな小娘を目の敵にする必要もないぐらいの人気なのにどうしていつも突っかかってくるのかな……。


「ふぅ……」


 ちょっとだけブルーな気持ちが込み上げてきて溜め息が洩れてしまった。


「なんだか芸能界っていうのも怖い世界だねえ」


 後ろで笑いを含んだ声が聞こえてきた。振り返ると田宮さんが立っている。


「こんにちは、田宮さん。今日は船の外にいて良いんですか?」

「うん、今は勤務外だからね。撮影しているって聞いて見物に出てきたんだ」


 田宮さんは海上自衛隊の人。


 このドラマは海上自衛隊員が主人公のお話で護衛艦の中での撮影もあるってことで、その撮影協力をしてくれている護衛艦に乗っている人なのだ。確か通信士とか言ってたかな、たまにこうやって私に声をかけてくれる自衛官さんの一人だ。


「今日、マコさんの出番ってあったの?」

「本当はなかった筈なんですけど、急きょ本が変更になったみたいです」

「へえ、そういうこともあるんだ」

「それで厭味言われちゃったんですけどね……」


 えへへと笑ってみせた。


「ちょっと大人げない気はしたなあ」

「でもお、本が変わって困るのはやっぱり演じる人ですよ。せっかく覚えたセリフが本番直前で変わっちゃうわけですし。だからマコが迷惑をかけたって自覚はあるんです、これでも」

「ふーん、大人だね、マコさん」

「こう見えてもハタチの大人ですから、あと一ヶ月で」


 エッヘンと偉そうにかまえると、クスクスと田宮さんが笑った。


「真里菜さんが出ていたら十五%は堅いですし水嶋さんや松下さんが出ているから二十%は確実なんですよ。そこに私を加えたら二十%超えが確定するからって。これ以上は欲張りって感じるんですけどねー」

「うーん、スポンサーに対して一%でも視聴率が高い方が色々と都合が良いんじゃないのかなあ、俺はよく分からないけどね。……何?」


 こちらがじーっと観察しているのに気がついたのか、田宮さんが首を傾げる。


「やっぱり本職さんの方が似合うなって」

「制服?」

「はい」


 そうかなあと田宮さんは自分の服を見下ろしている。


「僕は俳優さんの方がかっこいいんじゃないかって思うけど? 顔もいいし足も長いし」

「けど似合ってるのは田宮さんの方ですよ?」

「そう? そう言ってもらえると嬉しいかな」


 ちょっと照れたところが可愛いって思えた。


「マコちゃん、艦内のシーンがあるけど見学に来るかい?」


 助監督さんが声をかけてくれた。私、まだ護衛艦の中って入ったことないんだよね。こういう機会ってなかなか無いから直ぐに頷く。


「じゃあ僕についてくる? 何処でロケするかは分かってるし」

「はい、行きますぅ!」


 嬉々として田宮さんの後をついていく私は完全にミーハーなお嬢さんだ。ちょっと腹立たしげにこちらを見ていた真里菜さんの視線に全く気がつかなかった。


「ねえマコさん」

「はい?」

「真里菜さんって彼氏いるのかな? あ、単なる好奇心とかそういうのじゃなくてね、なんか撮影が始まってからこっち、話しかけられることが多くて」


 困っちゃうんだよねって笑っている。


「さあ……二年前に破局報道がありましたよね、あの後は私も知らないんで。隠してるんじゃなくて、少なくとも私は聞いたことないですね」

「そうか……」

「真里菜さん、美人ですからね、悪い気はしないでしょ?」

「うーん……」


 少し考え込むと周囲に誰もいないこと確認するように見渡した。


「……ここだけの話、正直言ってね、俺の好みじゃない」

「うは」


 そうなのか。あんだけ綺麗な人だったら男の人は誰でも好きになるんじゃないかなって思ってたけど、田宮さんは違うんだ。それにねと田宮さんが続ける。


「僕達の仕事って芸能界以上に不規則なんだよ。特にこういうご時勢だから皆が思っている以上に色々とあるわけ。だから軽い気持ちで付き合ってみたいな、なんていう理由だけで声をかけてくる人とはね、ちょっと……あれ、なに目をキラキラさせてるの?」

「すっごーい、田宮さん、そんなこと考えてるんだあ!」

「え、なんかイメージしてたのと違ってた?」

「ううん。そんなことないですよ。私、制服がかっこいいーとか言われて天狗になってる人が多いんだとばっかり思ってました。ちゃんと色々と考えているんだなあって」

「それって褒められてるのかな……」


 ちょっと複雑そうな顔をしている。


「そのつもりなんですけど」


 私の中ではもっとチャラチャラしているのかなって思ってたんだけど違ったみたい。


「やっぱ違うんだなあ」

「なんか褒められてる気がしない……」


 田宮さんはずっとぶつぶつ言いながら勤務時間が近づいてきたので戻るねーと言って行ってしまった。


「アイドルさんはお気楽でいいわよね」


 しばらくしてパイプ椅子に座って見学していた私に向かって真里菜さんの冷たーい一言が飛んできた。んー……そうなのかな? 時々おバカキャラ演じているのが辛くなる時もあるよ?と思う。


「そうですかー? 私、真里菜さんみたいな女優さんになりたいから頑張って皆さんの演技の見学させてもらってるんですけどお、セリフ、あんなにたくさん覚えられないからどうしようっていつも思いますぅ」

「貴女みたいなポッと出のアイドルが女優として通用するとは思えないけど」

「あはー、やっぱりそうですかあ……厳しいなあ~~」

「真里菜さん、そろそろ出番ですよ」


 マネージャーさんが声をかけてきたので会話は中断。真理菜さんも女優さんの顔に戻ってその場を離れた。


「……なんであそこまで目の敵にされちゃつてるのかなあ、私。これまでそんなことなかったのに」

「それはね、マコちゃん、きっと男のせいよ、お・と・こ」


 日和さんがウフフと笑いながらやってきた。


「おとこー?」


 日和さんは隣にある折りたたみ式のパイプ椅子に優雅に腰をかけた。この人が座るとそれが例えパイプ椅子でも豪華なソファに見えてしまうんから不思議。さすが大女優さん。


「さっきマコちゃんがお話していた自衛官さん、いたでしょ? 真里菜ちゃん、あの人が気に入ったみたいでしきりにモーションかけてるのよ、気がついてた?」

「いえ、ぜんぜん。あ、でも田宮さんが声をかけられることが多いみたいなこと言ってました」

「でしょ?」

「でも、それとこれとどういう関係が?」


 首を傾げて日和さんを見詰める。


「あらぁん、そこまで知っているのに分からないなんてマコちゃんたら初心なんだからあ♪ かっわいいー♪」


 あのう日和さん、イメージが崩れるからその話し方は何とかしてほしい、ですよ? 私のお母さんと同世代だなんてとても思えない。


「田宮さんはね、どっちかと言うとマコちゃんがタイプみたいなのよね。それが面白くなくて真里菜ちゃんはマコちゃんに八つ当たり。大人げないわよね?」

「私、そんなにここに来てませんけど?」

「けどマコちゃんが来た時って必ず田宮さんっていない?」


 そう言われればそうかも。だからいつも顔を出しているんだと思ってた。


「え? え? えぇぇぇぇ?!」

「あらあらあらあらマコちゃん、今まで気がつかなかったのぉ? 彼、マコちゃんがいるからここに顔を出していたのよ? 気が付いてなかったなんて可哀想な田宮さん」


 日和さんはワザとらしく悲し気な顔をしてみせた。


「気がつくも何も……そんなこと考えもしませんでしたよ!」

「きゃぁぁ、顔を赤くして可愛いんだからあ♪ あ、彼方くーん、見て見て、マコちゃんの真っ赤よぉ」


 うぎゃあぁぁ、やめてくださぁぁぁい!! ギャラリーを増やさないでぇぇぇ!!



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