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……なんで
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「たとえば、先ほど大河原先生が仰った、月川さんの長編小説ですが、私は読んでみて卒論並みに苦労した作品だと感じました。物語の設定や文章の構成、そして盛り込まれた知識。これは、月川さんが大学で学んできたこと全てが表現された作品です。大河原先生は、これをお読みになられましたか」
「……いいえ」
少し、大河原が怯んだ。
宗旦狐は容赦なく続ける。
「それから、嫁の貰い手がないと仰っていましたが、彼女がいつも弁当を手作りしていることを先生はご存知ですか。人を気遣えないと仰いましたが、彼女が自分のためでなく親のために怒っていることに気づいていらっしゃいますか」
宗旦狐の口調は、あくまでも穏やかだった。
でも、的確に相手の盲点を突いている。
……なんで。
なんでこの人は、会って四日くらいしか経ってないあたしを、こんなにも理解できるんだろう。
男なのに。
天敵なのに。