糟糠之妻
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「確かに、あの先生はどこか影がありながら、芯はしっかりしてるという魅力的な性格ですね。親友の十字架を背負いながらも、妻を心から愛していたんでしょう。ただ、家庭的な人間とは程遠いですね」
確かに、作中の先生は最愛の妻には何も知らせず、一人で自殺してしまう。
お酒を飲んでみたり、本を読みふけってみたりして、決して家庭的とは言えないと思う。
でも、あたしはそんな先生を支えたいと思ってしまったのだ。
「あたし、高校生のときに糟糠之妻っていう漢文を習ったんです」
糟糠之妻ーー長く苦辛を共にしてきた妻のことをいう。
「あたしは、身分の高い女との結婚を光武帝から勧められても、長く苦辛を共にしてきた今の妻と別れることを拒んだ宋弘の妻が、羨ましかったんです。そういうものに憧れてました。だから、こころの先生と一緒に、乗り越えていきたいと思ったんだと思います」
言い終わってから、あたし、ひどく後悔する。
糟糠之妻なんて、あたしみたいなデブスにはなれるはずない。
そもそも他人から愛されたこともないんだから。
一生かけたって無理だろう。
きっと、宗旦狐もそう思ってる。
うわあ、顔熱い。
なんであんなこと言っちまったんだ。
身の程知らずも甚だしい。
「ま、まあ、あたしごときが、糟糠之妻なんてなれるわけないんですけどね!ほら、想像するだけただですから!」
うげえ、凄まじく変態に聞こえる。
もう黙ってハヤシライス食べとこう。
あたしは、宗旦狐の視線を感じながら、ハヤシライスを口に運ぶという作業を繰り返す。
「なれますよ、なるみさんなら」
……え?
あたしが顔を上げると、宗旦狐はなぜだか嬉しそうに再び箸を取って食事を再開していた。
……変なひとだ。