もしや……この狐、謀ったな……!?
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「なるみさんとまた会えたのは、この資料室のおかげですね」
と、宗旦狐は辺りを見回す。
「宗辰さんが来てから一気に賑やかになりましたからね。美月ちゃんが来て、巧さんが来て、天真さんが来たこともありました」
この資料室、なんで外部の人たちばっかり集まるんだろう。
「ここは、俺にとっても特別な場所です。ーーだから、ここからもう一度、始めませんか」
「……始める?」
何を?
首を傾げてると、宗旦狐は急にあたしの前で跪いてジャケットのポケットから小さな箱を取り出す。
中には、ガラスケースの向こう側でしか見たことないような、豪奢な輝きを放つ指輪。
「俺と、結婚してくれませんか」
えっ…………ええっ?
「子どものこととかは、なるみさんの仕事が落ち着いてからでもいいです。必ず幸せにします。浮気なんて絶対死んでもしません。ギャンブルもしません。というかしたことありません。お酒もほどほどにします。二度と線路に落ちそうになるような飲み方はしません。お金もそこそこあります。子どもがいつかできたら、ちゃんと子育て手伝いますし、家事も手伝います。ーーだから、俺と結婚してください」
………………前半部分、全然頭に入って来なかった。
でも、これは、えっと、ぷろぽーず、だよ、ね?
なら、答えは決まってる。
「はいっ」
「……本当、ですか?」
宗旦狐、信じられないみたいな顔してる。
いやいや、あなたが言ったんでしょうが。
「食費かかるし、ウェディングドレスのサイズ探すのも大変だと思いますけど、あたしでよければ……わっ!」
宗旦狐が急にがばあっと飛びかかって来た。
でもってあたしのことぬいぐるみみたいに抱きしめて、頬ずりしてくる。
「ありがとうございます!絶対幸せにします!」
「……よ、よしよし」
大きい子どもみたいだなあ。
そんなこと思ってると、資料室の扉の向こうから小さな声で「せーの」って声が聞こえてくる。
その直後、ばんっと扉が開いた。
「おめでとうございまーす!!!」
ぱんっぱんっぱんっと、クラッカーが鳴る。
大旦那に柳原先生に仏、それから夏花先輩と美月ちゃんだった。
「ええっ……!?」
もしや……この狐、謀ったな……!?
「なるみさん!!おめでとうございます!!…….お兄ちゃんと……うぅっ……幸せになっでぐだざいっ……!」
美月ちゃん、顔面が、顔面が涙と鼻水で凄いことに。
「あ、ありがとう」
「おめでとう!びっくりしたよ。さっきまでこのこと知らなかったから、わたしと北条先生もなるみちゃんと同じくらいびっくりしてる」
「いや、でもめでたいよ。朝倉先生、月川さん、おめでとう」
あ、やっぱり夏花先輩と仏は偶然居合わせたのか。
「ありがとうございます」
「さっきのプロポーズ場面、ばっちりムービーで撮りましたからっ……!」
美月ちゃんが鼻水啜りながら端末を高々と掲げる。
「美月、あとでそれ月川さんに送ってやりな。大事な証拠になるから」
「佐々木先生と違って、そんな証拠なくても俺はなるみさんのこと幸せにしますよ」
「朝倉、いいから、さっさと早く指輪はめてやれ」
あっ、そうだった。
宗旦狐は、「すみません」と照れたように笑いながら指輪を箱から取り出す。
えっと、あ、左手の薬指だっけ?
あたし、左手を宗旦狐に向けた。
……あ、ちょっと待って。
このむちむちの指にあの指輪入んの?
えっ、待って入らなかったら恥ずかしいんだけど。
でもここで引っ込めるわけにもいかないし。
みんなの視線が、あたしの指に集まる。
あたし、違う意味でどきどきしながら、自分の指を見つめた。
……第一関節通過……第二関節……通過ーーおお、入った。
「凄い、ぴったり」
あたしでさえ自分の指輪のサイズ知らんのに。
「なるみさん、俺の情報収集能力知ってるでしょう」
にやりと笑う宗旦狐。
本当に、このスキル怖すぎ。
「よーし、じゃあ今日はみんなで仕事の後二人の結婚の前祝いだね」
「あ、わたし、お店とっておきまーす」
「美月、お兄ちゃんと花村さんに連絡しまーす」
「渡辺さん、ちょっと高い店でもいいからね。私が持つから」
「北条先生だけかっこいいことさせませんよ。私と佐々木も出します」
「え?僕も?」
「当たり前だろうが。ーーじゃあ、二人とも、今度こそ後でね」
そう言って、再びみんなは出て行った。