違いない
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資料室は、一瞬で静かになった。
「連絡しなくてすみません。寂しかったですか?」
にこにこと迫ってくる宗旦狐。
なんか腹立つ。
「嫌われたのかと思ってました」
「そんなわけないじゃないですか。連絡取ったら、本当になるみさんの家まで押しかけそうだったんですよ」
ほほーう。
「まあ、二週間くらいほっとかれても別にどうってことありませんでしたけど」
むしろ、久しぶりにぐーたら過ごせて楽しかったし?
別に寂しくなんかなかったもんね。
宗旦狐、見るからにしょぼーんとした顔してる。
「……でも、二週間が限度です。よく覚えておいてください」
宗旦狐の顔が一気に明るくなった。
わかりやす。
「ところで、斎玄さんと天真さん、あれからどうですか?」
ちょうど二人になったから、会ったら聞こうと思ってたことを聞いてみた。
「元気ですよ。後継ぎの話も、天真に向いてるみたいです。うるさい親戚がいるので、黙らせるのに苦労してるみたいですけどね」
「そうですか。うまくいくといいですね。……あ、でもそしたら、天真さん花鳥風月辞めなきゃいけませんよね」
そう言うと、宗旦狐は引きつった笑みを浮かべた。
「いや、それはそうなんですけど。ほのかさんは大賛成で……」
「え?でも天真さんいないと立ち行かなくないですか?」
経営とか全部天真さんが受け持ってたらしいし。
「それが、母が代わりに経営することになりまして」
「……綾子さんがあそこで働くってことですか!?」
あの、綾子さんが、あの、花魁みたいな服着るの!?
「いえ、経営面だけなんで、完全に裏方に回るみたいなんですけど。母の実家は元々旅館で、そういうことが得意だったらしくて、本人は楽しんでます」
そう、か。
楽しいなら、それに越したことはないからいいんだけど。
「ほのかさんもほのかさんで、なぜか朝倉家に居座っているらしいんです」
「もう天真さんと付き合っちゃえばいいのに」
「そうは思うんですけど、二人ともうんざりするほど鈍いらしくて。父と母は毎日やきもきさせられてるみたいですよ」
ああ、なんとなく想像がつく。
そっかあ、一ヶ月でそんなに進展があったんだな。
「よかったです。みんな、進み出してるんですね」
「なるみさんは、何か変わったことありませんでしたか?」
そうそう、宗旦狐に話しておこうと思ってたんだった。
「あたし、資料室のお仕事辞めようと思ってます」
「そうですか」
宗旦狐は、少し寂しそうに笑った。
でも、反対するつもりはないらしい。
「宗辰さんと会わない間に考えたんですけど、あたしも、もっと変わりたいなって思ったんです。いつまでも先生たちに甘えてないで、ちゃんと自立したいなって」
宗旦狐に会うまでは、この大学に骨を埋める覚悟だった。
でも、今は外の世界が見てみたいと思う。
汚い人間はたくさんいるけど、今のあたしにはあたしを認めて好きでいてくれる人がいる。
それだけで、乗り越えられるような気がした。
「それに、先生たちと離れるのは寂しいけど、でも宗辰さんがいてくれれば、繋がりは絶たれないじゃないですか」
あたしも、変わりたい。
宗旦狐の隣にいてもおかしくないような人間に。
「応援してます。ーーでも、なるみさん、最初の頃に比べれば随分変わりましたよ」
「どこがですか?」
「一番は、俺のことを好きになれたところですね」
……ふふ、違いない。
人間を好きになるなんて、思ってもみなかったもん。