この脂肪削ぎ落としてくれえええええ!!!!
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あたしと宗旦狐は、一足先に病室を出た。
廊下を二人で歩く。
「なんとかひと段落ですねー」
いやあ、疲れた。
でも、結果的にまるっと収まったし、あとはもう本人たちがなんとかするでしょう。
「本当に、ありがとうございました」
と、突然宗旦狐が改まってお礼を言ってきた。
「なるみさんがいてくれて、本当に助かりました。なるみさんが言ってくれたから、父も母も天真も、変われそうです」
そんな、畏まって言われると、なんかむずむずする。
でも、今ならあたしも少しだけ素直になれる気がした。
「先生のおかげです。あたし、先生と会うまで自分と家族以外の他人とか、どうでもいいと思ってました。……でも、先生のこと好きになって、なんかちょっと変われた気がします」
世界が広がったっていうか、明るくなったっていうか。
あたしの箱の中、結構いろいろなもん入ってんじゃんって気づけた。
いや、宗旦狐が入れてくれたのかな。
無言の宗旦狐。
不審に思って横を向くと、口元を手で押さえてる。
「なるみさん……俺、嬉しすぎて泣きそうです。諦めないでなるみさんのストーカーしててよかった……」
「そういえばストーカーでしたね!」
よもやこのストーカーを好きになるとは。
人生何があるかわからんな。
「月川さん」
と、背後から呼ばれる。
振り返ると、綾子さんが追いかけてきてた。
綾子さんを見ると思わず身構えるの、直さないとな。
「どうしました?」
「主人から、天真のことも、全部聞いたわ。……あなたがいなかったら、きっとあの人、今も話してなかったと思います」
ああ、天真さんが斎玄さんの子じゃないって話、聞いたんだ。
と、綾子さん、あたしから目を逸らす。
「だから……その……感謝してるわ。でも、だからと言って宗辰とのことはまた別ですからね」
……ツンデレかよ。
「母上、俺は何を言われてももう家には戻りませんよ」
「わかってる。後継ぎのことは、あの人に任せるわ。ーー朝倉家の嫁に来るなら、其れ相応の覚悟をなさいと言ってるのよ」
よ、よめ?
いや、気が早くね?
あー、宗旦狐の目がきらきらしてる。
「なるみさんとの交際を、認めてくださるんですか?」
「……好きになさい。ただし、順番を間違えたりしたら承知しませんからね」
「それは大いに同感です。承知しませんからね」
と、宗旦狐に釘をさす。
「あら、意外とまともな貞操観念を持ってるみたいね」
「意外とってどういう意味ですかねえ、お義母さま?」
「そのままの意味よ」
「……嫁姑問題に発展するの早くないですか」
そんなこんなで、とりあえず、宗旦狐との交際は認められたのだった。
宗旦狐の車に戻ってひと息つく。
「今日って、大晦日なんですよね」
開いた端末の日付を見てふと思う。
年が開ける前になんとかなってよかった。
「先生、これから塾ですか?」
「いえ、休みなんです。でも、今日はさすがに家にいたいですね」
激しく同感。
なんかもう、一気に肩の荷が下りて脱力感が半端じゃない。
「ところで、なるみさんいつから俺のこと名前で呼んでくれるんですか?」
「またその話ですか」
「もう交際の許可はもらったわけですし、ステップアップもできますよね?」
「今さっき順番間違えたらダメだって言われたじゃないですか!」
「もちろん、子どもは結婚してから考えます。安心してください、用具は各種取り揃えてますから」
い、いつの間に……!?!?
ってか、各種ってなに!?!?
やる気まんまんじゃねえか!!!
「あー!急に実家に帰らねばならないような気がしてきましたっ!!」
「逃がしませんよ?運転手は俺ですからね」
「待って!!ダイエットする!!するから待って!!」
「もう待てません。ちゃんと俺の名前が呼べるようになるまで、優しくじっくりみっちり教えてあげます」
ひいいい!!
目がマジだ……!!
「せめて!せめて全身整形を……!!」
「大丈夫です。俺、なるみさんが男でも自信ありますから」
なんの自信だ馬鹿野郎!!!
「お、お慈悲を……!!」
「そんなものありません」
誰かあああああ!!
この獣物なんとかしてくえええええ!!!
それかこの脂肪削ぎ落としてくれえええええ!!!!
あたしの絶叫は、心の中で虚しく響き渡るのだった。