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やり直せるだろう

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「ーー天真は、私と松永の子ではないのです」


斎玄さんは、そう切り出した。

宗旦狐が、珍しく動揺の色を見せてる。


「どういうことですか」


「天真は、わたしと、わたしの夫の子だったのよ。もう、元夫だけど、とんでもないろくでなしでね。とても、天真をそばに置いておける環境じゃなかったの」


そう言いながら、松永さんは腕をさすった。

めくれた袖先から見えたのは、丸い痛々しい跡がついた肌だった。


「だから、赤ん坊だった天真を施設に預けるしかなかった。それから、なんとか元夫と縁を切るために、裏の世界の人に助けを求めたの。実家とは、元夫との結婚を反対された時に縁を切ったから、今更頼れなくてね」


裏の世界の人……って、ヤのつくご職業の方々だろうか。

いくら実家に頼れなくても、ヤのつくご職業の方々を頼ろうなんて、よくそんなこと考えたな。


「皮肉な話だけど、元夫がそっち側の人間だったから、直ぐに受け入れてもらえたわ。わたしも、朝倉くんと同じ医学者の端くれだったからね。こうやって、ここで闇医者の仕事もらって暮らしてるの。でも、そうは言っても、決して綺麗な仕事とは言えないでしょ。天真を迎えに行ったら、苦労させることは目に見えてた。そんな時、朝倉くんが後継ぎに困ってるって話を聞いてね」


「それで、私が天真を迎え入れた。私の愛人の子としてな」


そう、か。

朝倉家の後継ぎは、代々血族であることが掟だった。

だから、天真さんはどんなに朝倉家の人間から厭われようと、斎玄さんの愛人の子でなければならなかったのか。


あの日、斎玄さんと天真さんが交わした約束って、その事実を斎玄さん以外の朝倉家の人間に漏らさないことだったんだ。

それが、天真さんと朝倉家を結ぶ、ただ一つの繋がり。


家を存続するためだったといえ、それは綾子さんと天真さんにとってあんまりだ。


「斎玄さんは、二人の気持ちを考えなかったんですか」


「……綾子と天真には、申し訳ないと思った。だが、そうするしかなかったんだ。ーー私は、本当に最低な夫で父親だ。自分で望んでなったつもりでいたが、いつの間にかそうあることに甘えて、蔑ろにしてしまった。どれだけ償っても償いきれないな」


あの、自嘲的な笑みを浮かべながら懺悔する斎玄さん。


「それでも、償ってください」


と、宗旦狐が厳しい口調でこう言う。


「母上にも天真にも、夫として、父親として、もう一度やり直してください。ーー大丈夫です。きっと、まだやり直せるはずです。せっかく、生きてるんですから」


息子からそう言われた斎玄さんは、初めて少しだけ明るく笑っていた。


「そう、だな」


宗旦狐の言うとおり、きっと、この人たちならやり直せるだろう。

何度も、満足のいくまで、やり直せるだろう。



あたしはこの日、楽しく生きることがどういうことなのか、少しだけわかったような気がした。

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