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子どもみたいな心情

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そうか、それが引き金になって天真さんはあんなことしたのか。

宗旦狐が身内の恥だって言って、言いたがらなかった意味がわかった。


「じょ、冗談で言ったのよ。本気でそんなこと言うわけないでしょ」


「自分が何を言ったかわかってるの!?冗談で済まされるはずがないでしょ!?」


松永さん、ブチ切れ。

自分が生んだ子を思えば当たり前か。


あたしもブチ切れたいけど、一旦押し込めて綾子さんに近寄った。

鞄から遺書を取り出して、綾子さんに突き出す。


「これ、天真さんが書いた遺書です。これを読むべき人は、あたしじゃなくて、あなただと思います」


綾子さんはあたしから顔を背けた。


「……いやよ。どうせ、ロクでもないこと書いてるんでしょう」


ロクでもないこと書かれるようなことしたって自覚があるってことか。


「あなたは、天真さんの母親なんじゃないんですか」


そう問うと、綾子さんはきっとあたしを睨みつけた。


「母親にも妻にもなったことのないあなたに、あたくしの何がわかるっていうの!?ーーそうよ、全てあなたのせいだわ……!憑き物家の穢れたあなたのせいで、天真はあんなことになったの!!あなたのせいよ!!」


「母上!いい加減に……」


「いい加減にしなさい!!」


あたしは、宗旦狐の言葉を遮って怒鳴りつけてた。


もう、我慢ならん!!


「仮に憑き物家が存在したんだったら、とっくにあんたたちの家なんか土地も抉れるくらい消滅させてるわ!!」


でもって朝倉家から吸い上げた資産で、月川家一族いつまでも幸せに暮らしてたわ!!


「そんな、本当に存在するかわからない不確かなものに縋って、人のせいにして、母親であることからいつまで逃げ続けるつもりですか!」


「あたくしは、あの子の母親なんかじゃ……!」


「あなたはそう思ってたとしても、天真さんにとっての母親はあなたなんです!松永さんではなく、あなただったんです!それでも、まだ逃げるんですか!?」


松永さんが下唇に噛み付いた。


生みの親の松永さんにとっては、辛い言葉だったかもしれない。

でも、天真さんの遺書に松永さんのことは、一文字も書かれていなかったのだ。

つまり、天真さんが本当に愛されたかったのは、綾子さんなんだと思う。


「……今更、どうやってあの子と普通の親子になれって言うのよ……!?あの子は愛人の子なのよっ!?」


綾子さんの顔は、酷く歪んでいた。

今にも泣きそうな、幼い子どものような顔。


きっと、これが本音なんだろう。

愛したくても愛し方がわからず、助けを求めたくても求められなかった。

まるで、暗闇の中でどうすることもできず、ただ泣くことしかできない、子どもみたいな心情。


「愛人の子でも、あなたを母親として見ていたんです。ーー確かに、あたしには愛人をつくられる妻の気持ちはわかりません。でも、親に愛してもらえない恐怖はわかります」


あたしも、新しい父親が来た時は怖かった。

ちゃんと愛してもらえるかどうか、親としてみてもいいのか不安だった。


天真さんもきっと同じだったんだろう。

自分の子ではないと母親から言われた時、どれだけ絶望したか、あたしには少しわかるような気がする。


「自分から逃げたくなる気持ちも、痛いくらいよくわかります。あたしも、人から傷つけられたり、嫌われるのが怖くて、ずっと逃げてました。穢れてることを隠して、どうせデブスだからと卑下して逃げ続けてたんです」



「ーーでも、もう、逃げたりなんかしない。宗辰さんは、あたしに穢れてないって言ってくれたんです。だから、あたしもあなたに言います。綾子さん、あなたが天真さんの母親です」



あたしは、この人が好きじゃない。

自分勝手で、平気で人の人生を狂わせられるこの人は、正直最低だとも思う。


愛人の子をどう愛したらいいのかわからなくて、愛人をつくった夫を責めるしかできなくてーー

そうやって、人のせいにし続けてきたんだろう。


でも、この人は宗旦狐の母親だ。

だから、どうにか、少しずつでいいから、変わってほしいと思う。

あたしも、変わりたいと思うから。


「お願いします。読んでやってください」


と、松永さんが綾子さんに頭を下げた。


「こんなことあなたに頼むなんて、おかしいことだと思う。でも、あの子の母親は、あの子を今まで育ててくれたあなただけだから……!お願いします!」


松永さんは、泣いていた。


あたしは、遺書をもう一度綾子さんに差し出す。



綾子さんは痛みに耐えるかのように目をつむってから、それを受け取ってくれた。


「……一度、家に戻るわ。あの人のこと、お願い」


綾子さんは松永さんにそう言って、歩き出した。


それから、無言で見守っていた宗旦狐とすれ違いざまに、


「あなた、とんでもない子連れてきたわね」


と、心底嫌そうな声を出す。

宗旦狐は、


「ああいうところに惚れてるんです」


と、恥ずかしげもなく返しやがった。

綾子さんは少しだけ肩を震わせると、遺書を胸に抱えて去って行った。

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