遺書5
遺書5
当時の私は、もちろんそんな母上の心中など察することはできませんでした。
ただ、愛されたくて、母上の子どもになりたくて、兄上と女装をしては母上の部屋へ行って見せました。
時にはさなえと一緒に、兄上に母上の香水をかけたりして叱られました。
しかし、その叱り方もあの時のように発狂したような感じではなく、本当の母親のような叱り方で、私にとってはそれさえも嬉しかったのです。
しかし、兄上の健康を願って始めた女装は、ある日を境にしなくなりました。
兄上が高熱を出して倒れたのです。
夜中、兄上が救急車に運ばれて行くのを、私は玄関から見送りました。
辺りは騒然としていて、兄上の名を呼ぶ母上の声が響いていました。
私はその次の日、父上の部屋に呼ばれ、兄上のことを聞かされました。
生まれた頃から病弱だった兄上は、医者から長くは生きられないだろうと言われ続けていたようです。
救急車で運ばれるのも、一度や二度ではなかったと聞きました。
父上はあの日、私にこう言いました。
「お前には、宗辰の代わりにこの家を継いで欲しいと思ってる。私は、そのためにお前をこの家に引き取ったんだ」
自分が、これから死ぬ兄上の代わりになる。
父上の言葉は、当時の私にはあまりに重すぎました。
私のこの家での存在意義は、そこにしかなかったのです。
しかし、母上はきっと、宗辰の代わりになる自分を認めたくはないだろう。
愛人の子である自分など、宗辰の足元にも及ばない。
そう伝えると、父上はそれでいいのだと言いました。
私はあの日、父上と約束を交わしました。
それは、決して誰にも明かしてはならない、父上と私だけの秘密となりました。
そして、朝倉家と私を結びつける、たった一つの証となったのです。
母上も、兄上も、朝倉家親戚一同、誰も知らない。
父上と私だけの秘密。
その約束を交わして、私は完璧な兄上の代わりになることに決めました。